061 え?誰?
「魔神は未だに姿を見せてはいませんが、その影響はこのモンブシオ国のいたるところで発現しています。現にヌエボデンジー周辺では、町の皆様が魔力を根こそぎ吸い取られ、こん睡状態に陥っている方も多いとのことです。
このような事態に、ここモンブシオ国に住むすべての種族が手を取り合い抵抗していくことに賛同していただけたことは・・・」
ルミナがここロッカの町に集まってくれた種族の戦士達に向かい、堂々と演説を行っている光景は、新しいルミナの一面として非常に好ましく感じた。
ついこの前までは、病気のためとはいえ、館の敷地から出ることもなく引き篭もっていた少女だとはとても思えない。
「・・・だから皆さん!絶対に一人もかけることなく、このロッカの町で再会できるよう、どうか命を大切に、そしてモンブシオ国の笑顔を守れるよう、魔神を打ち倒してきましょう!」
うおおおおおおおおおお!
集まった戦士達は、ルミナの演説に意気を大いに高揚させ、明日からの進撃に気合を入れなおすことができたようだ。
「はぁぁぁ・・・緊張しました~。もうやらないですから、絶対に変な約束しないでくださいね!」
俺の顔を見てちょっと睨むと、ぽふっと俺の胸に飛び込んできた。
なにこの可愛い生き物。
「いやあ、素晴らしい演説でした。これは祝勝会のときにもお願いしなければいけませんね!」
拍手しながらゲンネーさんがやってきたのだが、そのセリフにルミナはもう無理です!!と返事をしていた。
周辺の動物を戦士達が狩りつくす勢いで狩ってきたため、広場の焼き場は、すごい量の焼肉や丸焼きのブースができ、それぞれの場所でアルコールが振舞われていた。
この場所で飲み始めたら人生が終わってしまいそうなので、ルミナと美月と一緒に屋内の女子供が食事をしているところで、俺もご飯をもらっている。
「明日の出発時間にあわせてダイチさんたちも出発するんですよね。ばたばたして忘れたらいけないので、コウサカ様からの依頼があった、干し肉とジュースにワイン、それから川魚の燻製も用意してありますので、お渡しします。」
ちょっとまて。誰がそれを運ぶんだ?
大きなキャリアに乗せて樽が4つ!運ばれてきた。
「えーっと・・・どうしよ。」
「ああ・・・まさか飛んでくるとは思わず、このような形で用意させていただきましたが、無理でしょうか・・・?」
ルミナをおんぶして飛んで・・・でもあの樽二つくらいでルミナより重そうなんだよな。
そういえばヤタが3人乗せて飛んでたな。ママも。
「まったく問題ないですね。ヤタの背中に乗せることになると思うので、二つずつ縛って、背中の上に乗るようにしてもらえますか。」
「わかりました。命じておきましょう。」
その夜は、3人で一部屋を貸してもらい寝ることになったのだが、美月にずっと睨まれていたのでなにもできなかった。
このお預け状態はいつまで続くんだろう・・・
翌朝、ゲンネーさんに見送られて、俺達は兵士に先駆け飛び立つことになった。
兵士達に雄姿を見せて更に戦意高揚を図らせて欲しいとの思惑らしく、早朝からばたばたさせられたがなんとか間に合ったような感じだった。
「よし、ヤタも大丈夫そうだな。」
兵士達の歓声も聞こえないくらい離れたところで背中のルミナに乗り心地を聞いてみた。
「ダイチの背中はあったかいですよ。ダイチがよければこのまま行って下さい。」
もう、この娘はあったかすぎ!
前回と同じ速度でかっ飛ばし、あっという間にドワーフの郷へと到着する。
もしかしたら、ヤタはワイバーンと戦ったことで更にパワーアップできているのかもしれないと思えるほど、余裕で4つの樽と美月を運んでいた。
門へと到着した後、すぐに3姉妹のところへと向かった。
「楽しみだな~。どんな胸当てになっているんだろう!」
美月は自分専用の装備ができることにわくわくしているようだ。
「ヤーナ、ブーナ、キーナ!来たよ~!」
すぐに奥から3姉妹がやってきて、美月とルミナとハグしている。
「ババブミヅキボーボババブボー!」
ヤーナが誇らしく美月に胸当てをつけ始める。
弓用の胸当てだが、真紅のワイバーンの鱗で作られたそれは体のカーブに合わせた鱗の配列となっており、しなやかで美月の体にぴったりとフィットしていた。
また、普通の胸当てよりも右肩までしっかりとカバーし、上腕の部分でとめるようになっていた。
右腕には細工された宝石のように磨かれた魔玉がはめられており、とても綺麗で凛々しく美月を飾っている。
「かっこいい!すごいよこれ!体の動きをぜんぜん邪魔しないし、すごい強さを感じるよ!」
美月が弓を構えてみると、その腕輪から腕の動きをサポートするような力を感じたそうだ。
「本当に素晴らしいものを作っていただけたようですね。しっかりお礼をしなければいけませんよ。」
ルミナが自分のことのようにうれしそうな顔で、美月と一緒にドワ3姉妹にお礼を言ってくれている。
まあ、ルミナも手袋をもらったしね。
手袋はワイバーンの皮膜で作ったらしく、うすいのに保温効果はばつぐんらしい。
手袋の甲と指の部分には鱗を配列し、強度もかなり上げているようだ。
「ゆっくりしたいけど、決戦が近づいているようだから、早めに行くよ。みんな元気でね!」
美月と3姉妹はお別れにもう一度ハグし、名残惜しそうにしながらも、笑顔で手を振って門で待つヤタのところへとむかった。
「よし、こっからは休憩なしでエルフ領へ向かうぞ。」
ヤタと一緒に一気に飛び立ち、エルフ領へと向かう。
「ブーン、そろそろ着くからおきろよ。」
こいつはほとんど俺のフードの中で寝くさりやがって。
「ベール起きなさい、そろそろ虹で合図をして欲しいの。」
ベールも俺のフードで寝ていたが、こいつら急接近しすぎじゃないのか?
仮にもベールは次期女王のような存在なんだろうし。
アーマはもうからかうことも構うこともやめたようだ。
「ベール、がんばるんだお!」
「はーい!」
エルフ領の上空につくと、ベールが虹を撒き散らす。
今回の虹はシャワーのようにエルフ領の結界上空に広がっていく。
いろいろな虹を作れるんだ、結構すごいね。
結界が解けていくと、本来のエルフの森が広がっていく。
中央のマザーツリーは、俺達が飛んでいる高さくらいまで大きさがありそうだ。
結界の効果でまったく見えないんだから、エルフの結界って結構すごいよなあ。
マザーツリーの前にある広場から、ピジョが飛び上がってくる。
出迎えてくれるようだけど・・・
翼が結構大きく広がっている。
前はばたばたと羽ばたいていたはずだが、今はほとんど動いていないぞ。
良く見ると、翼の下からジェット噴射のようなものが出ている。
うわ、ジェット機かよ!
一瞬で俺達の高度までくると、行き過ぎてはるか上空まで行ってしまった。
どうやら自慢したかっただけらしいが、規格外の精霊になっちまったもんだ。
広場に下りると、みんなが出迎えてくれた。
「大知、美月、ルミナ、ご苦労だった!とりあえずゆっくり風呂にでも入って、らくにしてくれ。」
親父がヤタから美月を降ろしながら、労ってくれる。
「お帰り大知、美月、ルミちゃん。おうちはどうだった?」
ママも俺達一人ずつに抱きつきながら、ほっぺにキスをしてくれる。
昔は普通にしてたけど、今はなんだか恥ずかしいよなあ。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま、お嬢様方。お茶の用意ができましたので、どうぞこちらへ。」
丁寧に出迎えてくれるメイドが目に入った。
坊ちゃま?お嬢様方?
「えっと・・・どちら様でしたっけ?」
「いやですわダイチ坊ちゃま。エザキエルです。お忘れですか?」
「ああ、エザキエルさんだよね。うんうん。。。。えええええええええええええ!?」
「え?エザキエルって、エザキエル?どうして?なんでメイド服着てるの?」
「魔族のエザキエルさんですか!?檻に入っていたんじゃ????」
俺と美月とルミナが目を丸くすると、ママが微笑んでいった。
「この娘はもう私の奴隷なの。ベヒモスの盾と女王様の鞭でちょっと調教しちゃった。」
てへって顔であっけらかんとママは衝撃の一言を放った。
「「「えええええええええ!?」」」
「奥様の愛の鞭に私は痺れたのです!奥様のためなら、この身が砕け散ろうとも誠心誠意お勤めをさせていただきます。」
深くお辞儀をしたエザキエルは、とてもあの魔族とは思えなかった。
「もうね、ママはちょっとなにかを吹っ切ったようでね。この頃では、メイド教育に全力を傾けているんだよ・・・」
なにか親父は遠い目をしている。
「まあ、エルフの皆さんが問題ないならそれでいいのかもな。」
カールクラムさんとリアコールさんも、かわいそうな目でエザキエルを見ていた。
いったいどんな調教をしたんだか・・・
「よし、大知風呂だ風呂!」
親父に引っ張られ風呂へと向かうが、その前にもらった懸賞金やお土産の話をする。
ノアにおいた宝箱に親父が金を入れると、いっぱいになっているはずの宝箱に金貨はするすると飲み込まれていった。
金貨はいくらでも入る4次元宝箱だけど、貴金属以外は受け付けてくれないらしい。
ルミナと美月もママにお土産の手袋を渡し、きゃあきゃあ騒ぎながら風呂へと向かっていた。
「奥様、お背中お流しします。」
エザキエルまで一緒に行くし。
かぽーん
「大体のことはエルフの精神通話で把握していると思うが、二つほど隠していることがある。」
「隠していること?どういうこと?」
「モンブシオ国王と会談してきたんだが、最初はほとんど威嚇されたよ。」
親父の話によると、いきなり捕縛されるところだったという。
その捕縛に掛かってきた兵士達を蹴散らそうと親父が向かおうとしたとき、ママが止めたそうだ。
ママはベヒモスの盾を取り出しと女王様の鞭を一振りした後、「お座り!」と叫んだ途端に、兵士全員がママに忠誠を誓ってしまったそうだ。
国王の周辺にいた貴族と取り巻きも、兵士の威を借りていなければすでに敵ではなく、親父とママが席について、現状報告を受けている間に、国王も諦めて連合を組むことを承知してくれたそうだ。
国王親衛隊もママの命令で部屋の外に出されたので、最後には国王は泣いて謝っていたそうだ。
とんでもないね。それでいいのか国王。なんか哀れでかわいそうに思えてきた。
「それから、塔に関することだが、一回攻撃してみた。」
「ええ!?ママと二人で?」
「ああ。だけどな、あの塔はとんでもないぞ。俺の全力攻撃もピジョのブレスもママの炎の槍も一切受け付けなかった。」
地上20mほどを浮かんで移動する塔には、普通の人間では到達できない。
俺達の攻撃が効かなければ、どう攻略すればいいのだろう。
「あの塔の外壁は黒曜石のようなすべすべの材質なんだが、どうも攻撃を受け付けないような感じなんだよ。」
攻撃を受け付けないって、どうすりゃあいいんだ?
「そこで周囲を調べてみたんだが、入り口があった。良く見ると、その入り口は迷宮の入り口に似通っていたんだ。」
ダンジョンか!
「ということはボスを倒すことができれば、あの塔は消滅するってことなのかな。」
「恐らくそうだろうが、お前達と一緒に行ったほうがいいということで、一旦ここへ戻ったんだよ。そして、ママがエザキエルを調教・・・説得し、あの塔の構造を話させることに成功した。」
「とんでもないね。魔族のプリンセスを調教して奴隷化するなんて。」
「まあ、そのおかげで色々とわかったことがあったからな。まずあの塔は周辺の魔力をすべて吸い上げ、最上階に閉じ込めている、魔界で暴れまくっていた魔物にどんどん流れ込ませているらしい。」
魔界で暴れまくった?なにそれ?
「まあ魔族より肉弾戦なら数段強いらしいぞ?しかし、問題はそこじゃないんだ。」
「なんだよ、もったいぶらないで話せばいいじゃん。」
「だな。あの塔の内部では、精霊魔法はまったく発動しない。」
は?
え?
「ちょっと待って!精霊はどうなるの??」
「どうやらただの動物程度になるらしいね。ピジョのブレスは有効らしいから連れて行ってみるけど、他の3匹はだめだ。それに、小人の身体強化の恩恵もなくなるらしいから、小人も連れて行けない。」
「美月の光の矢は??てか、ルミナなんて、攻撃魔法と移動魔法が使えなかったらだめじゃん!?」
「ルミナも居残り組だ。正直、美月も置いていったほうがいいかもしれないが、とりあえず矢を5千本エルフに用意してもらった。」
「親父の身体強化は大丈夫ってことか。」
「まあ、もとから強いからいいんだがね。それから精霊魔法に頼らない魔法、魅了とかお前のダンドリルの起動なんかはまだわからん。それに美月の光魔法による弓の発現と治療もどうなるかはわからん。それに転移魔法だな。あれも精霊魔法じゃあなさそうだ。」
「行ってみないことにはわからないことだらけってことか。」
「とりあえず、ママがいないところでエザキエルを放置できないから、また檻に入れておくしかなさそうだし、それの見張りにルミナは置いていこう。」
「わかった。いつ行く?」
「明日の朝一番だ。寝る前に用意しておけ。」
「了解。さて、俺も弓でも借りて持っていこうかな。」
「なにらくしようとしてんだ。前衛に決まっているだろうが。」
「えー・・・へーい。」
「とりあえず俺達で一当てして、無理そうなら、連合軍に協力してもらうしかないな。魔法を使わない剣術なら、近衛兵や獣人のほうが強いかもしれないし。」
その夜は久々のカレーとビーフジャーキー、メロンジュースにワインで宴会をし、大いに騒いだ。
エザキエルも一生懸命給仕していたしね。
ノアからDVDプレイヤーを持ち出し、ママと親父はサルサを踊りまくっていたし、カールクラムさんとリアコールさんも楽しそうに踊っていた。
しかし、その間中ルミナは俺の背中から離れなかったよ。
大丈夫、絶対に帰ってくるから心配すんな!
新章突入、そして最終章になる予定ですよ。




