060 久々の自宅
カルナル家を後にした俺達は、デンジーレ領主のボリーバル公爵に会いに行くことになった。
カルロスは昨夜の醜態をさらした後、ずっと眠っているのでそのままカルナル家に置いていくことにしたのだが、長女のハルカさんが甲斐甲斐しく世話をしているのを見て、ルミナと顔を合わせて微笑んでしまった。
カルロスの代わりにポーリナさんに付き添ってもらい、公爵家から迎えに来ていた馬車に乗り込む。
今回は美月が面倒くさがったため、三女のユイカに遊び相手を頼んできた。
公爵の家はさすがに大きさが違ったが、執事やメイドが勢ぞろいして並ぶこともなく、公爵自身が出迎えてくれたことに少々びっくりした。
カルロスと会ったときに護衛していたバルトンさんが、公爵と俺を引き合わせてくれる。
「こちらがコウサカ家の長男であるダイチ様でございます。お隣はカルナル家の次女ルミナ様でございます、旦那様。」
「おお、ダイチ君、ルミナさん、よういらっしゃった。先日は、うちの兵達が野蛮な行動をして迷惑をかけてしまったが、決してそちらに危害を加える気などなかったことだけ弁明させて欲しい。」
「カルロスから大体のことは聞いております。うちの父が権力を嫌う性質がありまして、こちらも強引に逃走した形になりました。申し訳ありませんでした。」
双方表面上は和解しておかないと面倒臭そうだったので、握手しておく。
「ルミナさんが自由に日中も行動できるようになったとか。本当におめでとう。」
「ありがとうございます。すべてコウサカ様一家のお導きによるものです。ボリーバル様には幼少より目を掛けて頂き本当にお世話になりました。」
「アルソーが心配していたから、カルロスとの話も考えていたのだが、どうやらダイチ君と幸せになることを決めたようだね。」
思っていたよりも結構いいおっさんだな。これは、帰って親父に印象が違ったことを報告しないとね。
その後世間話をした後、塔や魔神にどう対応するかについて、モンブシオ国王との調整が上手くいっていないという話になった。
「先ほどヌエボデンジーの都でついに塔が見えたという報告をポーリナが受けた。まだ近くには来ていないようだが、その塔が通る場所でなにが起こっているのかは判明したよ。」
「塔は移動しているだけではなく、なにかをしているのですか?」
「ああ。周辺の町や集落で起こったことだが、あの塔はあらゆるものから魔力を吸い上げているようだ。」
「今は塔に魔族もいないはずですが、自動で動いて魔力を集めているということですか!」
「そういうことになるな。塔は上空20mほどの空中を人が歩くほどの速度で動いていて、その下にいるものから魔力を吸い上げている。それは魔物でも人でも同じだ。魔力を抜かれた物たちは、一様に倒れ、数日は昏睡状態へと陥っているようだ。」
「救済はしているのですよね?」
「ああ、ヌエボデンジー周辺のギルドの冒険者や、救護兵などが駆けつけてはいるようだが、なにしろ倒れた者の数が多い。村や町が一瞬で昏睡していくようなものだからな。」
「それは大変な事態になっていますね。ポーリナさん、親父達はどうしているのでしょう。連絡はありませんか?」
「リアコールさんによると、ネナさんが、勇者の日記をほとんど読み終わったそうよ。
どうやら、勇者は女好きの馬鹿野郎って話ですけどそれはどうでもいいですね。
それから大空洞の女王は実は男で、酷い目にあわされていたようですが、それもどうでもいいですね。
最後に魔界への入り口は、この世界で一番魔力が溜まった、あるいは溜めた場所に開くらしいということです。
現状では塔しか考えられないということを伝えられました。」
「親父はどうせ飛行機で遊んでいるだろうし、とりあえず物資の補給をして一度エルフ領へ戻ろうか。」
「そうですね。魔界へ向かうなら塔へ全員で行く必要があるでしょうし。」
「ダイチ君、コウサカ家の皆様にこのボリーバルからお願いがあるんだ。」
「なんでしょう?」
「実はモンブシオ国王なんだが、私や他種族の助けなどいらん、という返事を寄こしてきているんだよ。いまだに魔族などと戦えると思っているらしく、モンブシオにいる国軍だけで塔を破壊しようとしている。
エザキエルとかいう魔族からの情報で、塔には自動迎撃機能とやらがついているそうで、中は迷宮並みに怪物もいるそうだ。
しかも浮いているのにどうやって攻め込む気なのか…
どうかボリーバル国王の頭を冷やし、塔の機能を止めることに手を貸してやってくれないか。」
「痛い目にあったほうがいいかもしれませんが、とりあえずポーリナさんから親父へ連絡を入れてもらった方がいいでしょうね。俺が連絡するよりも早く親父達が動けるでしょうから。」
「そうか、そのほうがよさそうだ。よし、ポーリナ、カールクラム君に連絡を入れておいてくれ。シュウイチさんならなんとかしてくれるかもしれない。」
「すでに状況は伝えております。私が聞いていることを各所にいるエルフは共有しておりますので。」
おお、個別通話じゃなく、一斉送信なんだな。一家に一人エルフが欲しいかもってか、ハイベールとかいう可愛い子が同行してくれるんだったな。ちょっと楽しみだ。
隣でルミナがジト目をしているけど、なんて勘の鋭い子なんだ!
ここで目をそらしたらやられそうだ。
「だめですよ?」
「はい。」
「シュウイチさんとネナさんが、今から国王に会いに行くそうです。なんかピジョですか?精霊に乗って行くとか。」
「げ…ああ、まあいいか。そのほうが早く終わりそうだ。」
怪訝な顔をしているボリーバル公爵とポーリナさんに出立を伝えると、玄関まで見送ってくれた。
「ああ、ボリーバル公爵様、カルロスさんは光魔法で、安息の眠りを甘受しているはずですので、よろしければ数日カルナル家にお任せした方がいいかもしれません。」
「ポーリナから聞いているよ。まあハルカさんには迷惑をかけるがね。」
「それではまた!」
「モンブシオを宜しく頼む!」
頭を下げるだけにし、返事はできなかった。
残念ながら俺達は魔神と戦うよりも日本に帰ることを優先するかもしれないしね。
ミヅキと合流し、カルナル家から一気に上空へと飛び立つ。
対魔神連合の経済効果か、人も他種族も活発に出入りし始めたこの町は、往年の賑わいを取り戻す日が来るのかもしれない。
「お兄ちゃん、この後はどうするの?」
「ロッカの町でゲンネーさんからお土産受取らないといけないから、最初に家に帰ろうか?家、ロッカ、そしてドワーフの郷で3姉妹に会って帰るってとこだろうな。」
「わかった~。じゃあ、とりあえずロッカは通るけど寄らないのね。」
「まだ10時だけど、ロッカまでは歩いて6日くらいの距離だったよね。てことは、300km前後かな。ノアでも一泊二日だったような気がするけど。でも飛んだら2時間でつくだろ。ヤタ、飛ばすぞ。」
クアアアア!
ヤタも元気だ。
「美月、こっからはほとんど町もないから、地形だけ大まかに書いておけばいいよ。」
「はーい。じゃあ、飛ばす前に風で壁を作っておいてね。」
「わかった。しっかりつかまってろよ。ヤタ行くぞ!」
これまでの旅で一番のスピードを出して空を飛ぶ。
今までは正直おっかなびっくりだったけどもう慣れたし、風圧を感じることもないので流れ去る景色がどんどん過ぎ去るのを楽しめるようになってきていた。
あまり低い場所を飛ぶと、景色に酔ってしまいそうだったので、ある程度高度を上げると、まったく気にならなくなった。
「結構山とか川があったんだねえ。」
地図を作りながら美月が感心している。
確かに林や森に囲まれた道を走っただけだったから、地形なんて気にしてなかったもんね。
「ダイチ、すごいスピードが出ているようですが、魔力は大丈夫ですか?」
「ん、全然問題なし。あのビキニパンツのおかげだろうね!」
魔族のドロップであるビキニパンツはTバックのくせに無尽蔵のスタミナ効果というものだ。
スタミナ=魔力かどうかは知らないが、魔力が減ってる気もしない。
まあ、いつものボクサーパンツの上に重ね着しているんだけどね。
「わ…私も、今日はスタミナ装備です…」
ん?ルミナなんで赤くなるの?
って、まさか!直に着ているのか!?
「あの…俺は普通のパンツの上に装備しているんだけど、ルミナは…?」
「え!?え!?」
赤くなって下を向いてしまった。
「ダイチのいじわる…」
いや、俺のせいかよ!もういいよそれで!むしろ俺のせいだよ!
「後で見せてね。」
とりあえず追撃しておいた。
「今日はルミナ姉ちゃんの近くに来たら弓で撃ってやる。」
「美月、いつからそんな子になったんだ!お兄ちゃんは悲しいぞ!」
「これからお兄ちゃんじゃなくゴキブリって呼んであげようかな。」
「ごめん。それだけはやめて。」
馬鹿な話をしていると、遠方に町が見えてきた。
「お兄ちゃん、もしかしてもうロッカに着いた?」
まだ1時間程度しか飛行していないが、さすがに空を飛ぶとあっという間だ。
ロッカの町は、山に囲まれた谷になっている場所だったようで、結構道もアップダウンがあるし、町も街道にへばりついているように見える。
それでも一応柵と門はあるし、メインストリートに宿屋まであるので、村ではなくやはり町というべき佇まいだった。
ここでは、ゲンネーさんの屋敷に夜お邪魔することにしているので、そのままスル―して自宅へと向かう。
「なにも見えませんが、結構遠いのですか?」
「半円球になっている丘を探してほしんだ。」
「丘ですか?ん~。向こうに川は見えますが…」
「ああ、あの川か!じゃあ、道につながるけもの道があったはずだ。」
高度を落としてけもの道を探すと、すぐに見つかった。
「お~!懐かしい我が家だ!」
「え?なにもありませんが…」
「まあ見てて。」
半球に見える小さな丘の正面に立つ。
丘には短い草が一面に生えていたが、明らかに周囲よりは雑草が少なかった。
ダンドリルに魔力を通すと、おもむろに丘の自分より高い位置に差し込む。
そのまま右へ1m程移動させ、切り下げる。
下の方も1m程左へ斬った後、上へと斬りあげる。
中へと狭く斬ったので、落ちることはない。
そこの両端に手を入れられるくらいの穴を穿つと、ドア状になった丘の一部をよっ!と声をかけて引き上げた。
「わあ!中が空洞なんですね!なにか見えますよ。」
ルミナが興味深々といった趣で、中を覗いている。
「おうちへようこそ!」
美月が明るい声でルミナの手を引いて入り口へと入って行く。
「お兄ちゃん!早く鍵出して!」
重い土のドアを横にどけて、声をかける。
「小屋の自転車の籠に入れてるよ!」
中でルミナがファイアの魔法をつかったようで、結構明るくなっていた。
「すごい!これは木でも漆喰でもないし、石でもありませんね?」
外壁のタイルを見てルミナはびっくりしている。
さすがに現代建築を見たことのない人には、面白い作りになっているだろうね。
玄関の材質にも、靴を脱いで上がることにもいちいちびっくりしながら、リビングへと向かう。
ソファーにルミナを座らせ、ロウソクに火をつけていくと、テレビやパソコン、水道にトイレに風呂など、美月がルミナを一生懸命案内していた。
洗濯機なんかどうでもいいじゃないかと思いつつ、親父から言われた通り各種スパイスや、業務用スーパーで買いだめしているカレー粉やシチュールウ、マヨネーズやケチャップをどんどん大きな旅行用かばんに詰め込んでいく。
美月は2階の俺の部屋や、自分の部屋をルミナに案内しているらしく、きゃあきゃあと歓声が上がっている。
…ん?
ちょっと待てよ?
「ダイチ!この女の人達はどうして服を着ていないのですか!?」
ちょおおおおおおおおおおおおおおおお!
美月、なんで俺のベッドの下まで見せる必要があるんだ!!!!????
階段を見上げるとセクシーグラビアアイドルが胸を腕で隠したセクシーショットや、薄衣しか纏わぬ、ほとんど裸体を隠していないような格好の女の人が載っている雑誌を片手に、ルミナが睨んできた。
ああ、あれは別に隠す必要がない本棚の本だった。
「それ親父のだよ。日本じゃ普通の本だから気にしないで!」
ふふふ、ここでうろたえたら負けなんだ。強気でいかないとね!あと親父すまん!
ルミナの顔を見ずに、なんでもないような顔で、必要物品の調達を再開する。
とりあえず食料品のバッグは一つ完了したので、続いて下着や、洗剤などの日用品を探し始める。
するといきなり後ろから抱きつかれた。
「ダイチ…いやです。あんなの普通じゃないです。」
ルミナが泣いている?あれ?なんかおかしいぞ?
額をぐりぐり背中に押しつけられているようだけど、後ろを向かせてもらえない。
「ダイチ、もう私だけ見てくれないとだめです。あの本は全部燃やします。」
「あ、ああ、ルミナがしたいならそうしてくれ。あんなのはもう見る気もないから。」
「本当ですね!絶対他の女の裸は見てはいけませんよ!」
「あ…じゃあ、ルミナのだけ…」
「そうですよ!私のだけですよ!私の裸以外絶対に見ないでくださいね!」
え?見ていいの!?頼んじゃうよ!?
「ルミちゃん?なにすごいこと言ってるの?」
美月の冷静な突っ込みに、ルミナはきゃっ!と飛びのいて、ああああ…と顔を覆ってしまった。
まあ、可愛いから抱きしめておこう。
「ルミちゃん一途だね!よし、私も大知の監視を手伝うから頑張ろうね!」
げ。この頃みんなと一緒に寝てるから溜まってるんですけど…
ベッドの下の本、隠し持って行こうかと思っていたんですけど…
美月が意地悪い顔でこっちを見た…その後俺の部屋のほうを見る。
あ、こいつ知ってんのか!?
美月の顔がにたーっと笑ったところで、俺は必死に両手を合わせて懇願しておいた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんもちゃんとルミちゃんを守ってあげてね。じゃないと裏切るからね。」
「はい!!」
最後に新しく出現していた猫のカリカリを持って、家を出た。
「この場所は、すごい魔力の密度を感じますね。やはり魔界と異世界と繋がったせいでしょうか。」
ルミナがふとそんなことを言う。
ん~。俺達はあまり感じないけど、確かにベヒモス討伐の報告のときにも、ゲンネーさんあたりがそんなことを言っていた気がするな。
「他の空間とは違う時の流れを感じます。もしかして、この空間では時が普通に流れるのを止められているのかもしれませんね。」
まあよくわからないけど、ルミナとしては奇妙な感覚になるそうだ。
「さ、忘れ物はないね!?蓋を閉めるぞ!」
美月はお絵かきセットやら新しいノートやらをランドセルに詰めてしょっている。
服や、食糧、カリカリなんかはでかいボストンバックに詰めてからヤタの足にくくりつけている。
大金の入ったバッグはルミナに任せ、俺はロッカの町で手に入れるお土産のために無手になっている。
土のドアをえいやっと土手にはめて、そこをルミナの炎で綺麗に溶かしていく。
「スタミナの下着を着けているんだよね?」
「ええ、ドアの溶接を頼まれていたので、つけてきました。」
「すごいよね。この炎の色なんかバーナーのようだ。」
「バーナーですか?でもかなり温度が高そうですよね。ちょっと自分でもびっくりしています。」
この土手はブーモが全力で作り固めたものだったので、ちょっとやそっとじゃ壊れないだろうけど、斬った場所はもろいから溶接するよう言われていたのだ。
「さあ、今夜の宿まで戻ろうか!」
ロッカの町は相も変わらず寂れていたが、町には猫族以外の種族も結構集まっているようだ。
門番さんに挨拶してから歩いていると、前回はブーモだったが、今回はヤタにみんな平伏している。
そういえばロッカでは、上位精霊が土地神として扱われていたな。
「おおおおお!ダイチさん!美月さん!お久しぶりでございます!それにカルナル家のルミナお嬢様ですね!この町を取り仕切っているゲンネーと申します。カルナル様にはいつもお世話になっております。」
ノッシュ爺さんとイトッチュ=クッサーも一緒だ。あ、=クッサーは俺が勝手につけた名前だ。
あいかわらずのぶっとんだワキガの匂いをさせているので、あとでゲンネーさんに忠告しておこう。
この町にはハイルケンさんというエルフが精神通話役として配置されたようで、ゲンネーさんと一緒にこのあたりの獣人族をまとめて派遣部隊を編成中だそうだ。
ウゲ集落からも何人か来ており、ライターのことで礼を言われた。
役に立っているようでよかったよ。
美月は子供の猫族がいなくて憤慨していたが、それでも女性の猫族の耳を触らせてもらって顔が溶けていた。
その夜は、ゲンネーさん主催の決起集会が予定されており、そこでなにか演説をと言われたのだが丁重にお断りしておいた。
だって、コウサカ家の目的は魔神殲滅じゃないからなあ…。
俺が断った代わりに、ルミナを推薦した。
なによりも銀髪赤目、真っ白な肌と透き通るような美貌は、集まった兵士達を鼓舞するに相応しいだろう。
赤くなったルミナに大丈夫!できる!君ならできるんだ!と某松岡さんなみに気合を入れてあげたら、なんとか承知してくれた。
ゲンネーさんもほっとしていたよ。
それにしても決起集会か。
明日にはここからヌエボデンジーへと兵士が出発するそうだ。
無事にみんな帰ってこられるように、俺もちょっとは手助けしないとね。
美月も珍しく気合の入った顔をして鼻息を荒くしていた。
ん?なんで鼻息荒いんだよお前。
「お兄ちゃん!!あのちっちゃい子!!猫族だよね!!??」
そこのちっちゃい猫族の子!早く逃げて!!!!
「みゃああああああああああああああああああああ」
ごめん、取り押さえられなかった。
もっと短く簡潔にしたいところなんですが、難しいですね。
逃げ切れなかった猫族の子供は、ちゃんとお母さんが隣にいたので、無事救助されました。




