050 許さない
かぽーん
高坂家謹製エルフ領の共同風呂は、最初に作ったお風呂を解体し、近場の空き地の仕様許可を受け、女湯、男湯の二つの大き目の風呂を作製した。
エルフ達は銭湯の使用については共同管理とし、精霊魔法を使えるエルフの輪番によって運営を行っていくことにしたようだ。
ブーモと親父の共同制作による銭湯は見事に日本式を再現していて、なんちゃって富士山の絵も飾られているし、黄色い粘土で作ったイスと桶も完備しているが、残念ながらシャワーだけは、この世界にもとからある落下式の水を使う以外どうしようもなかった。
熱い風呂のあとの水シャワーはないよりは気持ちいいかもね。
「親父、風呂はいいねえ」
「いいんだけどさ、このエルフってやつらはなんでこんなそろいも揃って・・・」
俺達もエルフも一緒に風呂に入っているのだが、エルフは全員揃って湯船の中に沈んでいる。
みんな見た目は20歳そこそこの青年でその立ち居振る舞いは落ち着いたいい男といったところなのだが、風呂に入った途端素潜りの特訓でもはじめたかのように、頭のてっぺんまで浴槽に沈み込んでいるのだ。
「あ、また浮いてきた。」
「大知、あっちへ寝かせるぞ。」
しかも10分ほど脅威の潜水能力を発揮した後、のぼせて浮いてきてしまう。
みんな潜っているので、俺達が世話をしなきゃどうなるんだろう。
早急にカールクラムさんに言って、対策を採る必要があるな。
「エルフは水の中に入ると水の精霊と明瞭に会話できるのですが、この浴槽の中の精霊は非常に気持ちいい場所をもらえて浮かれています。それでついつい長話をしてしまいまして・・・」
まったく精霊ってやつは落ち着きがないやつららしい。
そしてそれに付き合うエルフもね。
エルフはもともと人間よりは魔力が多いため、この銭湯程度の水と沸かすための火の用意くらいは、6人も集まればあっという間にできてしまう。
まあ、うちの家族がいなくても、ここの銭湯は存続していくことだろう。
さて、銭湯を作製している間にエルフ領の外縁でまたも虹が発生していた。
今度の虹はしっかりと下から上へと立ち昇る大きな虹で、ちなみにアーチは描かず真っ直ぐ立ち昇っていた。
小人の女王様一行がエルフ領に到着した合図だった。
そのときはノアとトレーラーを空っぽにして、迎えに行ったのだが、一人の脱落もなく小人達は元気にやってきた。
小人達だが、銭湯を見たとたんに浴槽は完全にプールと化し、泳ぎの達者な者がコーチとなり非常にうるさくなってしまった。
目の前を30cmほどの小人が泳いで行くのは、最初のうちこそほほえましかったのだが、どうもおっさんのケツの集団に嫌気がさし、浴槽を仕切ることにして対処した。
女湯のほうでも同じ現象が起きたそうで、そちらも臨時休業して同じ作りになった。
「エルフってなんであんなプロポーションなの・・・」
「無駄毛処理がいらない体っていいわよね・・・」
「私のぉ・・・が一番小さい・・・」
美月、小さいエルフがいないからしょうがないじゃないか。
他の二人の声は聞こえない。ことにしとこう。
男のほうは日本男児の勝利ということで!
誰も気にしていないけどね。
「だ・・・大知は・・・成長したんだな・・・」
約一名落ち込んで呟いているが、これも聞こえない。ことにしとこう。
夜だけではなく、朝も昼も果物だったので、俺達はちょっと離れた場所で猪のような獣を狩り、バーベキューばかりしていた。
乾燥肉じゃ、あごが疲れるばかりで飽きるからと、ママの至上命令がでたおかげだけど、正直果物では食った気がしない。
エルフは森での殺生を禁忌としているわけではなく、単に好きではないからという理由で肉は食っていないらしい。
野菜のスープとかは、三日に一度くらいは食べるようだが、基本は果物だけと言っていた。
エルフ領には市場や物々交換のバザーなどが開かれているが、基本果物しかなかった。
時折り飾りや寝具などに使う獣の牙や毛皮などが出品されているが、俺達が目を引かれるものはなにもない。
「そろそろ今日も虹を上げようか。」
俺がベールに声をかけると、ルミナもやってきた。
「ご一緒します。」「おいてくなんてひどいお。」
ルミナは歓迎するけど、ブーンは残っててもいいよ。
まあ、いつも通りブーンは俺のフードに入り込み、ベールを抱えたルミナを俺がお姫様抱っこする。
首に手を回すとルミナはちゅっと俺の唇にキスしてくれた。
「「ヶ・・・」」
木の影から二重に舌打ちが聞こえてきたけど、もう慣れた。
「精霊君、よろしく!」
すぐに足を竜巻が包み上げ、上空へと連れて行ってくれる。
あっかんべーをしている美月とアーマのコンビにベールとルミナが手を振る。
なんて可愛いんだろう。
いつまでもこうやって抱いていたい気分になるよ。
「もっとはやくとぶお!もたもたするなお!」
こいつは落ちてくれてもかまわないよ?
ドワーフ郷は遠くなりすぎて今は方向しかわからないが、そこそこの高さから、虹を振りまく。
こうやってヤタの帰還を待ち続けてすでに3日が経っているが、遅すぎる気もする。
エルフの精神会話によると、すでに小人の魅了から開放された人々はドワーフ領で保護されているそうなので、ヤタなら1日で帰られそうな場所にもかかわらず、もう3日目なのだ。
「今日帰らなかったら、捜索に行かないとな。」
そんなことをルミナと話しながらも、虹はどんどん大きくなっていた。
「お!なんか近づいているお!」
おおう!ついに帰ってきたのか!
と思ったら、点にしか見えない飛行物体は二つあるぞ。
ヤタじゃない・・・
あの翼は、羽毛ではなく皮翼だ。
しかもビキニアーマーと・・・紐アーマー!
「見ないでください。」
ルミナ、今飛んでいるんだよ!
それ危ないからね!
「ごめん、死んじゃうから、降りよう!下しか見ないから離して!」
しっかり両目を塞がれてはどうしようもないため、すぐに下降に移る。
ヤタは大丈夫なのだろうか。
あいつオスだったのかな・・・
警告を発しながら地上に帰還すると、すぐに親父達が駆け寄って来てくれた。
「ビキニはどこだああああああ!」
あ、土にめり込まされた親父がさらに氷漬けにされている。
まあ、放っておいても大丈夫だろう。
「エルフの郷に目印を上げてくれていたのはあなた達だったのね。お久しぶり、元気だったかしら?」
地上に出た5人の魔族の頭領、エザキエルだった。
あいかわらずのビキニアーマーだったが、となりにいるサディエルがさらにひどい。
この前の紐よりはまだましだったが、3cmほどの布が3点についているだけで、やっぱり紐だった。
「大知、ごめんね。」
あ、暗闇・・・
なんか布で目隠しされてしまって、何も見えない。
「なにをしているのかな?シュウイチとダイチは私の酒飲み友達なのに、いじめているのか?」
エザキエルがそういうと一気にプレッシャーが跳ね上がったのだが、そのプレッシャーが味方から発せられているのはなぜだろう。
「特にダイチは私のお気に入りなのだぞ?」
「ダイチ、魔族の言うことは信じませんが、本当ですか?」
「ヘッドロックされていただけだぞ!」
信じるなよ・・・。
「む・・・」
頭をいきなり引っ張られた。
「ダイチは私の大切な人です!あなたなんかに渡しませんからね!」
ああ、このまま死んでもいい気分になってきた。
も~~~~んのすごくやわらかいよ・・・
この山で死ねるなら、登山家冥利につきるだろうけど・・・
「る・・・ルミナ・・・い・・・息ができな・・・ぃ」
離れなければ死ぬかもしれないのに!
離れたくない!
「あ、ごめんなさい!」
ふう・・・
「もっかい。」
あ、心の声が!
「ぁ・・・あとでなら・・・」
ばりん!
「大知!まだ早いぞおおおお!」
あ、氷漬けの親父が復活した。
こっちに走ってくるかと思ったら、ママに抱きついてるわ。
わけわからん。
「コウサカさん!あれが魔族ですか!?」
カールクラムさんとリアコールさんを先頭にエルフ達がやってきてくれた。
「あれとはなによ。こちらは魔神の姫であるエザキエル様よ。そして私が魔族最強の美女サディエル様よ。よく覚えておきなさい。」
「サディエル、最強の美女は私だから黙ってなさい。」
「・・・はい。」
サディエルは小石を蹴っている。
まあ、前回は雑魚っぽかったしな。
「さて、魔神復活にはあなた達エルフはちょっとばかし邪魔なのよね。さくっと消えてもらおうかしら。」
「結界があって手を出せなかったんですよね~。」
「黙ってなさい。」
「・・・はい。」
うん。こいつらからプレッシャーは感じないわ。
「やっかいな奴らが来ているぞ。大知、この前の蜘蛛共を覚えているか?」
親父に向かって頷く。
確かにあいつらは強そうだったし、数が多い。
「数は数十。西の方角だ。まだ増えそうだ。」
エルフが西に向かって横隊を組む。
「私達が対処します!魔族は宜しくお願いします!」
不安は残るが、ブーモとヒポポにも迎撃を命じ、あちらはまかせることにした。
なんていっても、森の中ならエルフが最強って説も・・・日本にいた頃読んだ小説ならそうだった!
「相手はアラクネって奴らだ!気をつけろよ!」
「「「「「「「「「ぇ・・・」」」」」」」」」
やば、エルフが顔色なくしているわ。
そこに小人達がやってきて、片っ端からエルフの肩によじ登っていった。
「「「「「「「「「これならいける!」」」」」」」」」
なんでみんなで唱和するんだか!
まあ、いけるって言うならまかそうか。
「アラクネは強いわよ?まあ、私のほうがもっと強いけどね。」
「やっぱりやるのか?結構やりづらいんだがね。一緒に酒飲んだ仲だし。」
「馬鹿言ってないで、さっさと片付けましょう。あんな恥知らずな格好している奴なんて!」
「恥知らずってなによ!ちゃんと今日は布をつけてきたんだからね!」
「黙ってなさい。」
「・・・はい。」
中央には盾の魅了効果は期待できないが魅了されはしなそうなルミナとママが立ち、その脇に俺と親父が立って、背後に美月が弓を構える。
ローホ達小人レンジャーも俺達の肩によじ登ってきて、やる気のある気合の入った目で相手をにらみつけていた。
よし、ここで魔族を倒せば、魔神復活も防げるかもしれない!
そう気合を入れたところで、魔族二人の後ろの空から、黒い稲妻が俺達の中央に向かって飛んできた。
やべえ!あれはまずいぞ!とんでもないエネルギーを感じるが、体が動かない!
ものすごい衝撃が俺達の中央で炸裂する。
「ママ!ルミナ!」
衝撃が消えた後、美月を抱えて横に飛んだ親父と、俺の間にいたはずの二人は影も形もなくなっていた。
「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
俺と親父は同時にダッシュし、バンバンドとダイドリルに風の短剣を振りかざす。
エザキエルは親父のダッシュにすぐ反応し、後方に飛び退ったが、おれのダイドリルは一撃でサディエルの首から上を吹っ飛ばした後、胸にさした短剣から出た風は体を四散させていた。
「サディエル!・・・貴様達カルツエルとダングエルに続きサディエルまでも!もう許さんからな!!」
「・・・サディエルがやられたのですか!エザキエル様!どういたしますか!?」
後方から現れたドービエルが先ほどの黒い稲妻を放った張本人らしい。
許さないのはこっちだ。
ただで帰れると思うんじゃねえぞ!!!!!
もしもの世界でも嫌なことは嫌なんですよ。
銭湯や温泉で泳いじゃだめ!
(そっちかい)




