021 決意
美月は泣きつかれたのかぼーっとしている。
家族だけで部屋に集まり、美月が落ち着くのをまってゆっくり話しをすることにした。
「美月ごめんな、パパはこの世界にきてから色々なことができるようになって浮かれていたみたいだ。家族の安全も考えずに危険なことに巻き込んで、いまさらだけどすごい反省しているよ。それにみんなの気持ちも考えず、楽しそうなことに首を突っ込んでさ。」
「ママも元の世界のことを忘れかけてたかも。いろいろな所にいけるかとわくわくしてたのね。お金の心配もなかったし、いろんな力ももらえたみたいで。美月はまだまだやりたいことあるし、みんなとも会いたいもんね。」
親父とママは美月を慰め続け、美月もだんだんと落ち着いてきたようだ。
「ごめんなさい。ちょっと疲れちゃってた。アンサンブルの大会のこととか、中学校へ入学できないのかなとか、友達のこととか。怖いけど生き物を殺しちゃって、それがなにも感じなくて。すごい強くなったかもしれないけど、苦しいかったの。ブーモや、ドワーフの子たちと楽しく過ごせているけど、やっぱり私は帰りたいみたい。」
「それに大知がルミナさんと仲良くしてたのを見て、もう元の世界なんかどうでもいいのかなと思ったら、おかしくなっちゃった。ルミナさんはすごい綺麗でやさしいと思うけど、この世界の人間なんだもん。」
そうなんだよな。俺は完全に元の世界のことなんか考えてもいなかった。せっかく仲良くなれそうな同級生も現れたのにすっかり忘れてたし。
でもね、ルミナは俺にとって理想の彼女なんだよな。たぶん、元の世界ではどうやっても会うことのない高嶺の花なんだよね。
「美月、ママ、大知、パパはしっかりこの世界でどうするかまだ考えられないでいた。だけどね、決めたことはある。日本へ帰る方法を探そう。その方法を探すためにこの世界を走り回ろう。美月も日本へ帰るために力を貸してくれ。誰もその方法を知らないかもしれないけど、この世界中を探せば、なにか手がかりがあるかもしれない。だから、これからの高坂家は冒険者になって世界をまわるんだ。」
「いいわ。どこまででも私はみんなと一緒なら行ける。日本へ帰るためになんでもしましょう。」
「ありがとうパパ、ママ。もう大丈夫。私も頑張る。いつか帰ることができるって信じる。でも、怖いからパパだけで怖いのと戦ったりしないでね。みんなでいこうね。」
3人の気持ちは固まったようだ。
そう、俺だけが日本のことを忘れてもいいと思っているんだ。
その夜カルナル家との晩餐で、親父はすべてを伝えた。
ある朝地震の後に、見知らぬ場所に家ごと放り出されたこと。
元の世界には太陽がひとつしかなかったこと。
ノアは馬車ではなく、自力で走る自動車だということ。
とんでもない力をこの世界に来た瞬間から手に入れていたこと。
そしてこの世界から元の世界に絶対に帰りたいということ。
アルソーさんは、馬鹿にすることもなく静かに親父の話を聴いてくれた。
奥さんも、娘さんたちも。カルナル家の使用人もドワ3姉妹も。
「ゲンネーからの紹介状には、コウサカさん一家が海の向こうの国からこの地へ流れ着いたと書いてありましたが、それどころではない不思議な体験をされて、この世界へとやってきたのですね。私はコウサカさんの話を信じます。あきらかにこの世界の人間とは違う力を使っていますし持っているようですし。」
カルナル家のみなさんも静かにその話を聞いているが、俺の隣に座っているルミナだけは顔を上げて聞くことはできないでいる。おれはテーブルの下でルミナの華奢な手を握って、離れたくないという気持ちをこめてやさしく握る。
「このデンジーレの都で一番情報の集まるのは冒険者ギルドです。今そのギルドでの一番の話題は、遠く離れたコウロナの町で、異常なほどの魔力が最近使われたという話です。魔法使いや星詠み達は、その影響がどこかで出ているはずだと。私がコウサカさんの話を聞いて思い出したのはその話ですね。」
コウロナの町。この国からはるか南のアイジア国にある魔法が盛んな町だそうだ。
遥か海を越えて行かなければいけないが、この国の人間で行った事のある人は今ではいないらしい。
「私達はとりあえずギルドで冒険者の登録をします。魔物を狩り、ダンジョンを探索し、少しでも約に立ちそうなものを探しながら、世界中から手掛かりを探します。まずはこの3姉妹をドワーフの郷へ送り届けるところから始めますけどね。」
ひとまずすべてを話し一息つくことにした。メイドさんが食後のお茶と果物盛り合わせを持ってきてくれたので、みんなで一服する。
落ち着いたところで、ルミナが話し始めた。
「お父様、お話があります。」
俺の手をぎゅっと握ってきた。ああ、そうか、俺も踏ん張るところらしい。やさしく、しかし強く握り返すと、俺は立ち上がった。ルミナと一緒に。
「親父もしっかり聞いて考えてくれ。」
アルソーさんと親父、それに他のみんなも俺達の話しを聞いてくれるようだ。
「お父様。私は14年間この屋敷の中で過ごしてきました。おそらくコウサカさまが現れなかったら、死ぬまで夜の花たちと遊ぶことしかできませんでした。でも、今日の朝花壇の真ん中で朝の花に挨拶することができました。そしてなによりも大知さんと朝日のなかで会うことができました。生まれてからこのような私を一生懸命育ててくれたお父様、お母様の愛はなによりも尊い私の宝物です。今外の世界を見られるようになった私は、大知さんと一緒に世界を見たいという気持ちが抑えきれません。どうか、コウサカ様一家とともに、この世界を巡る旅に同行することをお許し願えないでしょうか。」
「アルソーさん。親父。俺はまだ一人前じゃない。だけどルミナを守りルミナと一緒に成長したいと心の底から思っています。コウサカ家は日本へ帰る手段を探すことを目標に決めました。しかし、俺はルミナの笑顔を守ることを目標に生きていきます。どうか一緒に旅に行かせてください。」
正直無理なお願いかもしれない。ルミナはまだ太陽の下を普通に歩くことはできないし、特別な力もないだろう。俺達の前にはどんな困難が待ち受けているかも想像がつかない。
親父とアルソーさんはそれぞれ手をこまねき、思案顔をしていたが、最初に口を開いたのは親父だった。
「アルソーさん。大知は私の自慢の息子です。私は大知の言うことはいつも信じることにしていますし、それをいつも応援してきました。ただし、今回のことは私は応援することはできません。アルソーさんが決めたことに異議は唱えませんし、それに後悔することもないでしょう。どうかアルソーさんの考えをお聞かせください。」
「コウサカさん。ルミナは小さいころから自分の心を聞かせてくれたことはありません。外で遊びたいでしょうに、わがままを言うこともなく、この狭い世界で友達も作らずに生きてきました。この子が自分から世界を見たいと言った。親としては心配ですが、是非送り出したいとも思っています。」
「お父様…」
「ルミナ。コウサカさんは日本という場所へ帰るための旅に出る。そのとき、お前は2度と私達に会えなくなる可能性も高いだろう。そして日本へと帰るとき、何が起こるかもまったくわからないんだ。コウサカさんたちだけ帰り、お前だけがこの世界へ残されるかもしれない。それでもついて行く覚悟はあるのか?」
俺とルミナは少しだけ見詰め合う。
ルミナの目に溜まった涙はいまにもこぼれそうになっている。しかし、俺の手をぎゅっと握るとルミナは言い切った。
「私は大知さんとならどこへでも行けます。そして日本という場所へだって絶対について行きます。お父様、お母様、今まで育てていただいて本当にありがとうございます。ハルカお姉さま、ユイカ、もう会えないかもしれませんが、お手紙は一生懸命書きます。世界中で見たことをあなたたちに伝え続けます。私はこの世界ともうひとつあるかもしれない世界を見る旅に出ます!コウサカ様、よろしくお願いします。」
アルソーさんは納得したようだ。親父を見て頷いている。
「大知。日本ならばお前はまだ高校生だ。勉強も続けなきゃいけないし、覚えなければいけないこともたくさんある。ルミナさんを日本へ連れ帰る覚悟ってのはルミナさんを全身全霊を懸けて守っていくということなんだ。アルソーさんはお前のことを信じてルミナさんを預けてくれる。もし途中で投げ出すようなことがあったら、俺はお前を絶対に許さないからな。気合入れていけよ。」
「アルソーさん。親父、それにみんな。俺はルミナさん…ルミナと一緒に生きていきます。なにがあってもルミナを守っていきます。これからも俺とルミナをよろしくお願いします。」
頭を下げると、ルミナもそれを見て一緒に頭を下げてくれた。溜めていた涙がぽたぽたと床に落ちていった。
やってやる。俺はルミナを守りながらこの世界で生き抜いてやる!
大変なことになってしまいました。




