002 家のまわりは大平原
「だいち~~~!朝だぞおおお!、お~~きろおおおお!」
父親の大声で起こされる。周りには幼馴染はいないし、妹は俺より遅く起きるし、スマホの目覚ましに起こされたことはない。
よだれをたらしながら寝ている美月を起こし、眠い目をこすりながら階段を降りていくと、パンが焼ける甘い匂いにやっと目が覚めてくる。
今日はいつものトーストではなく、フレンチトーストみたいだ。
美月と父親は朝はごはんじゃないと目が覚めないとか言いながら、朝から大盛りご飯を食べる。俺とママは、パンじゃないと食べすぎで動けなくなるのでいつもトーストだ。おかずは大体お弁当のおかずの残り物になっている。
ママは料理にコンプレックスでもあるのか、すでに料理することをあきらめて、親父に丸投げしている。正直助かった気分ではあるがそれは言わない。
言うと大体機嫌が悪くなり、しばらく口も聞いてくれなくなるのだ。
「なんか停電中らしい。ボイラーが使えないから水で洗うんだな。」
「げ、まじか。ドライヤーもだめなの?」
「しょうがないだろ。すぐに復帰するさ。」
聞くと、朝方に地震があったらしく、停電になっているそうだ。水とガスは大丈夫そうなので、ご飯も問題なく用意できていた。以前あった大震災から、親父はこういうときのためにいろいろと準備しているから頼もしい。
親父とトイレ争いしながら朝の支度を終え、学生服を着る。この季節は学生服の中にパーカーを着込むのが決まりのようなもんだ。
青いアシックスの長距離走用に買ってもらった靴を、悪いとは思いながら通学に使っているのを慌しく履きドアを開ける。今日もいい天気で、おもいっきり息を吸い込むと、いつもよりも透明な空気になにか違和感を感じた。
玄関を開けた目の前には、いつもどおり自家用車のノアと、その隣には色も型式も同じ自分の家のと同じ親父の会社のノアが駐車してある。
駐車場の先には親父の親戚が作ってくれた二坪ある小屋がある。俺の自転車もそこに入っている。庭も塀も問題なし。親父が適当に手入れしている庭はいつもどおり草ぼうぼうだ。更なる違和感を感じつつも自転車を小屋から出し、駐車場の出口を向く。
そのまま俺は固まってしまった。
おやじ、どうなってんだ?
ご近所さんの家、どっかいっちまったよ。。。
それどころか、電信柱も道路も畑も向こうの杉林もないんだが。
俺は慌てて家族を呼び、外の風景を見て、一家総出で口をあけたまま固まってしまった。だって、空には太陽が二つならんでいるんだぜ、どうなってんだこれ?うちを残して、町全部が夜逃げしたらしい。
親父は泣き始めたママの世話でてんてこ舞いだし、美月は口をまだ開けている。虫が入るぞ、そのままだと。
町全体が夜逃げした景色は、どこまでも続くでこぼこした平原だった。ところどころ遥かかなたに森っぽいところが見えるけど、見る限りでは人工物はどこにもない。
「なあ親父、ここどこだ?」
「そんなことより大知、ママが泡吹いて倒れたわ。家に運ぶの手伝ってくれ。それから美月の口しめてくれ。」
うん、虫が入ったらかわいそうだからね。
とりあえずママをソファーに寝かすと美月にまかせて、親父と一緒に外に様子を見に行くことにする。
「なあ大知。今日はとりあえず学校休みだな。俺もしばらく会社無理っぽいわ。しゃあねえから、散歩しねえか?」
「会社行かなくてもよくなって嬉しそうだな親父。俺もとりあえず文化祭中止っぽいよ。たぶん俺だけみたいだけど。それから散歩はなんか用意してから行ったほうがよくないか?」
「用意っつってもなあ。せいぜいスコップと鉄パイプくらいしかないぞ?車をつかえるかどうかは様子を見ないとまだわからんし、道もないから遠くに行くわけにもいかんしな。」
「んじゃ、とりあえずそれもつわ。ああ、じいちゃんの双眼鏡もあるから、もってこ。ちょっとスコップとパイプよろしく。」
7年前に亡くなった祖父は普通ではない多趣味な人で、音楽から外国旅行から格闘技に山歩きに・・・まあいいか。とにかくスーパーマンみたいな人だった。その息子の親父も田舎に外国人妻を連れてきたかわりもんだけどね。
親父と一緒に家の敷地から一歩出てみる。
草原といってもかなり丈がありそうな草が腰のあたりまで伸びている。なんか近所にもよく生えていたような先っぽに麦みたいな感じな穂先のある雑草だ。鉄パイプを振りながら草をかきわけ、一歩ずつ進んでいく。
結構進んだかなと思って振り向くと、すぐそこにまだ家が見えている。ちょっとした坂道を上がると、やっと回りを見渡せる場所に出る。本当ならそこにコンビニがあるはずなんだが、ママの職場もなくなったらしい。
そこから周囲を見渡すと、見事にまわりにはなにもなかった。
「大知、なんか道みたいなのあるぞ。ちょっといってみよう。」
風景に脱力していると、親父が道を発見したらしい。いつもの親父よりなんか生き生きして見えるのは気のせいだろうと思いつつ、親父の後を追う。
確かに獣道みたいに見えるが、これって道なのだろうか。せいぜい30cm幅の道があるようにも見えるけど、草が倒れているだけにも見える。南から北の方へとぐねぐねと続いているようだ。親父が着ていたジャケットを脱いでいるのを見て、俺も汗をかいていることに気づく。
「親父、なんか暑いよね?今10月なんだけど。。。」
「ああ。どう考えても初夏って感じの気候だな。」
「あとさ、ここ、地球じゃないよね。太陽って普通一個だもんね。」
「もうさ、あれでいいだろ。異世界ってやつ。よく小説サイトに出てくる奴だろ。」
なんかいつもと同じサイズの太陽の右上に青っぽい太陽がもう一個ある。見れば見るほど引き込まれそうになるが、強引に目をそらして、親父の顔を見る。なんかさっきよりもさらに楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「おし、とりあえず異世界ってことでいいだろう。ママの様子を見てから、車が動くか実験しよう。」
「おっけ。家で不自由なのは電気と水道?」
「いや、水は出るんだわ。いつもより出が悪い気もするけどさ。問題は電気なんだ。冷蔵庫が止まったら、食料がアウトかもしれない。」
「なんで水出るんだよ。水道管はきれてんじゃないの?」
「知らん。考えたくもない。今帰ったらもう出ないかもしれないな。」
「食い物もどうすんの?帰れなかったら。。。どこに帰ればいいのかもわからないけど。。。一家で餓死はやだよ?」
「まあ、米はあと20kgはあるからしばらく大丈夫だろ。冷蔵庫のものはとりあえず干してみるか。」
どうにかなるかなんてわからないけど、二人で家に引き返すことにした。
書き溜めは10話ほど