019 カルナル家の妖精
山賊を連れたケビン隊長が兵舎に戻ってきたのはそろそろ陽も沈むころだった。
すでに山賊一味は兵舎の裏手にある地下の牢屋に詰め込まれている。
領主による簡易裁判はあるだろうが、頭領はじめ幹部は処刑、ほかのメンバーは鉱山送りが決定するだろうとのことだった。
頭領は金貨2枚、幹部は1枚と銀貨50枚の懸賞金が懸けられていた。幹部は4人いたので、金貨8枚が手に入った。
アルソーさんからお誘いを受け、今夜はアルソーさんの実家、カルナル家でお世話になることにする。
兵舎から大通りを進み、遠くに領館を眺めながら左折していくと、カルナル家が見えてきた。
このあたりは、現在官僚などの住む区域になっており、デンジーレの都の中でも治安はいいほうらしい。カルナル家はその中でも丘になった見晴らしのいい場所に建てられており、白を基調とした3階建ての建物だった。広大な敷地には馬車寄せのロータリーもあり、裏手に向かって庭園も広がっている。
両開きの玄関を入ると吹き抜けのホールに階段が両側から上へと続いており、正面には初代カルナルの肖像画が飾られている。
玄関には執事らしき壮年の男性とメイドが2人立っていた。
「ヨーゼフ、妻と娘たちを呼んでおくれ。」
アルソーさんに命じられたヨーゼフさんは、すぐに奥の部屋へとアルソーさんの家族を呼びに行った。
そのあとを3人の女性がやってくる。
「こちらはゲンネーさんの町からやってきたコウサカさん一家だ。今夜から何日か泊まっていただくことにしているので、お前たちも失礼のないように応対しておくれ。」
3人ともにこやかに返事を返してくれ、歓迎をしてくれるようだ。うちに親父が同僚を連れてくるとめんどくさい顔をしている誰かとは大違いだな。
「妻のサヤと娘のハルカにユイカです。もう一人娘がいるのですが、あまり人前には出ない子でして、あとで食事のときにでも…」
3人娘なんて、どっかのドワーフみたいだな。でもその容姿はかなり違う。この町も黒髪黒目が基本のようで、やはり日本の異世界なんだろうなと感じられるが、貴族の家族というのは一味違う。3人は長い髪を三つ編みにし、それぞれに合った形で後ろで留めている。
肌は透き通るように白く、さすが親子といった顔をしている。長女のハルカさんは17歳、三女のユイカちゃんは11歳だそうだ。ユイカちゃんは美月と同い年だが結構小柄で、どっちかというとハルカさんと美月が同じ位に見える。しかし、久々に間近で美人を見ると緊張するね。
「ヨーゼフ、客間にみなさんをお連れしなさい。みなさん、本日からはこちらのアカネがお世話をさせていただきますので、用がありましたらすぐにお申し付けください。」
アカネさんはメイドだ!ただし超がつくベテランっぽいメイドさんでした。残念。親父よりも上だねありゃ。
親父とママ、俺と美月、ドワーフ3姉妹とわかれた部屋にしたが、たぶんママは夜中に美月のベッドへともぐりこむんだろうな。どうせなら最初からこっちで寝ればいいのに、いびきに我慢できなくなるぎりぎりまで一緒にいたがるんだよね。
客間にいると、アカネさんがお風呂の準備ができたことを伝えてくれる。おお、やはりあるところにはあるんだな!聞くと湯船に水を張って、焼いた石をいれて沸かすお風呂らしい。
地球でも同じようにお風呂をつくる地域があったはずだ。早速お風呂に行こうとすると、女連中に後から入りなさい!と押しのけられた。パンツ一丁なのに。
服を脇に抱えて、とぼとぼ部屋へ帰り着替えた後、親父の部屋へと顔を出す。
「大知、明日はデンジーレの大通りで、ウインドウショッピングでもするか。」
「まあ、資金はあるからいいんじゃない?ドワーフ郷までの旅の準備も必要だし。俺は風の短剣を手に入れたけど親父も武器なんかは見たいでしょ?」
この世界の服は、正直飾り気のないものが多いので、ママたちもそんなにショッピングには積極的でもなさそうだ。アルソーさん一家も、そんなに宝石やらシルクやらで飾り立てているわけでもなかったし、オシャレはそんなに盛んではないらしい。
まだまだ風呂には入れないらしいので、一人で庭園を散歩することにする。あたりは薄闇に包まれているが、いい香りのする花が見事に咲き誇っている庭園は美しいものに興味が薄い俺でも満足できる規模だ。
ふと人の気配を感じて、百合のような白い花が咲き誇る一角を見ると、そこに妖精がいた。
真っ白な髪に最初驚き、まゆげやまつげまでもが白く、その目は黒目の部分が赤く輝いている。おそらく同い年くらいかと思われるその顔は、どう考えても日本人に近いこの国の人とは思えないほどの造形美である。すっと通った鼻梁から柔らかそうな唇へのライン、大きく開かれた二重の目、線が細いとはこのような顔立ちのことを言うのだろうかと、輝くような立ち姿に見とれて、いや一瞬にして心を奪われてしまったらしい。
頭の中に霞がかかったようにぼうっと見とれていると、その少女が鈴の転がるような声で語りかけてきた。
「あなたは誰?どうしてここにいるの?」
「あ、ごめん、俺は高坂大知です。15歳の高校一年生で日本人です。今夜から何日かこちらにお世話になるようです。」
「よかった、お客様なのですね。私はルミナ=カルナルです。この家の次女です。見ての通り白子ですので、びっくりされているようですね。」
「あ、びっくりだなんて!綺麗すぎて見とれて…あ、す、すいません。」
耳まで真っ赤になっている自覚があるが、この暗さなら大丈夫だろう。
「ありがとうございます。あなたも純粋なハポネス人ではなさそうですね。」
「ハポネス人…、あまりよくはわかりませんが、俺はこの国と同じ人種の父親と遠い国出身のママとのハーフですよ。」
だめだ、会話するだけで苦しいほどに嬉しくなる。いつも親父にお前は理想が高すぎるから彼女ができないんだなんて言われているが、ルミナはそんな理想なんて遥か下に見えるほどの神々しい美しさだ。
「あ、食事の時間のようです。ご一緒に館のほうへと入りませんか?」
ルミナが近くに寄ってくるが、それとともに花の香りを集めたような思わず鼻を動かしたくなるほどの良い匂いにくらっとする。
「よ、よろこんで。是非ご一緒させてください!」
緊張のあまり声が裏返ってしまう。ころころ笑うルミナの笑顔にさらに卒倒しそうになった。
たぶん俺はもう彼女の顔から目が離せないだろう。
館に入ると、もうみんな食堂へと集合しているようで、ルミナと一緒に食堂へ入るとみんなびくっと背筋を伸ばしてしまった。
「ルミナ、珍しくお客様の前に姿を出せたのだね。コウサカ様、うちの次女のルミナです。初めて見るかもしれませんが、白子といって、体の色素が抜けている病気なのです。こう見えても元気なのであまり気にしないでいただけると助かります。」
「アルソー様、私達は実はこの国の人間ではありません。妻はさらに遠くの国から私に嫁いでくれています。そして、白子はアルビノ…先天性白皮症という病気であることが判明しています。おそらくですが、ルミナさんは太陽の光が苦手ではありませんか?肌が赤くなったり、目から涙が止まらなくなったりしませんか?」
「おお、白子のことをご存知でしたか。その通り、昼間は家から出ないため、家族ともなかなか行動をともにできずにいるのです。」
「それでしたら少しはお力になることができると思います。強い日差しを避ける用意をすれば、日中でも外を歩けるようになりますよ。」
親父の話しでは、サングラスと日傘、袖の長い服に手袋などを着用することで問題なく太陽の下を歩くことができるそうだ。アルソーさんとルミナさんは熱心に親父の話しを聞くと、大変感激して親子で抱き合って泣いていた。
「大知、ノアにサングラスと傘があったはずだ。取ってきてくれないか?」
サングラスは俺のとママのがあったが、可愛い装飾があるママのサングラスを持ってきた。
「これはサングラスというのですか?こう耳にかけるのですね。」
ルミナはママのサングラスをかけて、黒地にスヌーピーが大きく描かれた傘を差した。
嬉しそうにその場で一回転すると、ふわっと広がったスカートとともに俺も踊りたくなってしまった。
「大知さん、明日は私を外に連れて行ってもらえませんか?」
首をちょっと横にかしげ見上げるようにお願いされたら、断るわけがない。
「大知、顔が溶けてよだれがたれてるよ!」
美月、余計なことを言うな。いいから応援しなさい。
ルミナを見ている間に食事は終わってしまった。
あれ、俺は飯食ったっけ?
あまずっぱい話なんて!