018 デンジーレの補佐官
街を囲む城壁はすでに半分崩れかかっていた。しかし戦争や魔物の襲撃はないようで、予算不足によって補修できていないだけのようである。
しかし人がいないわけではなく、結構な人数が大通りに出ているようだ。城門の外から見ている限りでは、活気がある雰囲気ではある。
城門には一応衛兵が詰め、入ってくる者をチェックしているようだ。
「そういえば身分証明にもらった手紙があったよね?」
「ゲンネーさんからもらっているけど、それよりも金のほうが融通が利きそうだぞ。」
ブーモの背中で親父と会話しているうちに、すでに城門前についていた。
「その動物は上位精霊のようだが、あなた方はどこからいらっしゃったのですか?」
ロッカの町とは違い人々が畏まることはないが、それでも珍しい物を見る好奇の目を向けてくる。
衛兵は思ったよりも紳士的で、とりあえずゲンネーさんの紹介状を最初に出すことにした。
「ゲンネーさんの紹介状の通り、ロッカの町から来ました。ここではその紹介状に書かれている領主補佐官様のところへと顔を出す予定でいます。こちらに来る途中で山賊に襲われていた短足族の3姉妹を助けるついでに、山賊退治をしてきましたよ。アジトのほうも綺麗にしてきました。」
呆気に取られている衛兵達に、後ろの馬車に転がしておいた山賊の少年達をとりあえず引き渡す。
少年達から山賊幹部の名前を聞き出すと、衛兵達は兵舎と役所へと伝令を走らせた。
「責任者を呼んでいますので少々お待ちください。おそらくは事情説明をお願いすると思います。そちらのドワーフ族の姉妹にもお話を聞きたいので、しばらく兵舎のほうでお待ち願いたいのですがよろしいでしょうか?」
あら、短足じゃなかったのね。ドワーフでいいんだ。最初からそういってくれればいいのだが、猫耳族の言い方では短足族なんだろうね。
俺たちは兵舎へと進んだが、ブーモと馬達は干草と水をもらってブラッシングまでしてもらえるようだ。兵舎から厩舎は見えるので、よからぬ者がいてもすぐ対処できるだろう。
ノアと馬車も厩舎に置いて、全員で兵舎の応接室へと入室したが、掃除も整理も行き届いていないようで、ちょっと薄汚いな。
間もなくちょっとだけ洒落た格好をしたおっさんと鎧に身を固めたおっさんがどうも~とか軽いノリで部屋に入ってきた。
「はじめまして、デンジーレの町の領主補佐官をしているアルソーです。隣はデンジーレ守備隊隊長のケビンです。」
「はじめまして、高坂修一と申します。妻のネナと、息子の大知、娘の美月となります。そちらのドワーフ族の姉妹はブーナとヤーナとキーナだそうですが、こちらの言葉はあまりわからないらしいです。まあ、簡単な話なら聞けましょう。」
まずは捕まえた山賊達の場所を伝えると、すぐにケビン隊長が捕縛に向かうと言い、部屋を出て行った。結構フットワークが軽いところを見ると無能ではなさそうだけど、この町の状況を見るとまだ安心はできそうにないね。
それから、馬11頭は山賊のものだが、残りの2頭は3姉妹のものであること、馬車には山賊の装備を放り込んであること、アジトの金品はまとめてナップザックに入れてあることを親父は馬鹿正直に伝えている。
後で聞いたら、どうせばれるんだから言っておこうと思ったそうだけど、一番の原因はどうせ大した金額にはならないだろうから、と思ったことだそうだ。
ところがアルソー補佐官は、親父に輪をかけて正直者だったようだ。
「金品はアジトまで討伐していただいたコウサカさんのものです。ギルドには領主名で討伐依頼を出しておりましたし、頭領と何人かの幹部には懸賞金も出るはずです。それに馬や装備もよろしければ換金しますがいかがいたしましょう。」
うわ、なんて太っ腹。普通こんな予算のなさそうな異世界の都のおえらいさんなんて、がめついって相場は決まっていそうだけど。
「ご親切にありがとうございます。失礼ですが、ゲンネーさんから紹介していただいたカルナル補佐官とは、アルソーさんのことではありませんか?」
「恐らく違いますが同じことですよ。ゲンネーさんが紹介していたカルナル補佐官は引退した私の父親です。ゲンネーさんは父親の同期でよく遊んでいただきました。私はアルソー=カルナル、父はホッシオ=カルナルです。私は少し前から父親を引き継いで補佐官になったばかりの新米ですよ。」
因果律って知ってるかい?いいことはしとくもんだね!ちなみに俺は知らないよ!
アルソーさんのおかげで話はスムーズに進み、馬は一頭2万タン、11頭で22万タンとなった。
馬は結構安く流通しているらしく、20万円くらいってことかな。
馬車に載せていた装備類はほぼ使えない物や売り物になるものではなく、馬とあわせて金貨25枚を受け取ることとなったのであった。
「よろしければ、アジトにあったという金品も一緒に確認させていただいてよろしいでしょうか?単なる興味なんですけどね。一応鑑定もできますので。」
「おお、鑑定ができるのですね。それは願ってもないことです。是非お願いします。」
ナップザックには金品の他にいくつかの装飾品と短剣2本が入れてあるはずだ。あとはアジトにそのままおいてある。なにかあったらケビン隊長がどうにか処理するだろう。
金貨18枚、銀貨613枚が中に入っており、それだけで24万1千3百タンだ。241万円!
まじすか!ほんとっすか!現実世界だったら、一ヶ月でいくら分稼げるんだよ!
銀貨500枚を金貨5枚に両替してもらい、今この場でもらった金貨は48枚になった。480万円くらいなのか!?
金貨は親父がノアに隠しているが、あわせると100枚近くになる。この世界に来てから一週間が過ぎたが、お金に困らないのはとても助かる!使い道はまだないけどね!
「装飾品はひとつだけですが魔法具がありました。これは明かりを閉じ込めていますね。コボルトの魔玉よりも強く、室内全体を照らすくらいの明かるさの上、少しの魔力でほぼ永続的に使えます。便利な品ですね。金貨1枚程度の価値だと思います。」
まあそんなもんだろうな。あの連中の中には魔法を使ってくる奴もいなかったし、そんなにでかい山賊じゃなかったんだろう。でも短剣についての話を聞いたら、山賊に感謝してもいいかなと思った。
「この短剣は発動条件が特殊ですが、結構な代物ですよ!対象を刺すと刃先から風を相手に送り込むようです。風の精霊を使えて素早く動くことができれば、大きな魔物でも一撃で倒せるかもしれません。価値としては金貨30枚以上でしょう。」
親父とママと美月が俺を見る。照れるなあ。
ぽいっと親父が鞘に仕舞った短剣を投げて寄越す。
いらないからといってお宝投げるな!車買える値段だぞ!
もう一本は綺麗な装飾のある懐剣だった。こちらは女性用の懐刀だそうで、ママが持つことにした。
装飾の施された腕輪は、アクアマリンのような水色の宝石が埋められた金でできた綺麗なものだった。これは美月へと渡された。
「なかなか珍しいものを見させていただきました。あの短剣はそうそうお目にかかれるものではありませんよ。」
「なんで山賊が持っていたのでしょう。」
「犠牲者に商人か、貴族がいたのかもしれませんね。いずれにしろ被害届が出ていませんので、アジトを壊滅させたコウサカ様のものとなりますよ。なにかありましても、こちらで処理いたします。」
最後に、できればアルソーさんの家に2,3日逗留していてほしいことや、ドワーフ3姉妹にはあらためて明日事情を聞きたいといったことを話し、それを了承して移動することになった。
懸賞金の確認は3日ほどかかるそうで、それまではデンジーレの町を探索できそうだ。
今夜は短剣を抱いて寝ようかな。間違って刺しちゃったら目も当てられないけど。
アルソー家で出会う妖精に魂を奪われるまでは、そんな気分でした。
算数って自分で管理すると数学よりめんどいのである。