001 高校1年生
北国の豊かな自然に彩られた山脈を遠くに見ながら、田んぼ脇の国道を自転車で走る。
一応田んぼが緑になったり黄金色になったり、刈り取りが終わって土しかなくなったりと、風景は少しずつかわっている。
しかし、半年もの間に通っている道ではあるが、一度も心躍る通学ってのに遭遇したことはない。
その理由として、家を出てから学校まで19分、山と田んぼと畑、そして黒毛和牛のいる牧場しかないのだ。
したがって、道端でチェーンが外れて困っている美少女とか、パンを咥えて走る美少女が曲がり角から出てくるとか、電信柱の影でラブレターを持ちながら熱い視線を送ってくれる美少女とか、半径5km以内には完璧に存在していないと言える。
今日も牛の糞や鶏の糞が芳しい悪臭を放つ肥料山を横目に、アップダウンの激しい道を走り続けていた。
校門まで続く地獄坂を上っていると、地元の大工さんたちが門の上に看板を取り付けてくれていた。
毎日変わらないと嘆く日常ではあるが、今日からは文化祭が始まる。
その看板は生徒の手作り感満載のみすぼらしいものではあったが、文化祭だと感じることができるので感慨深い。
山中にある田舎高校の文化祭だけあり、他校の喧嘩好きな番長さんや、着飾ったお姉さんや、女子高のカワイ子ちゃんなんか、影も形も見せてくれないが、とりあえずは授業よりも楽しく過ごせる。
今回の文化祭では俺がリーダーとなり、紆余曲折を経て迷路を企画した。
お化け屋敷はスタッフが離れられないし、喫茶店などは3年生が独占している。
極力仕事をしたくないので、客がきても放っておけば勝手に遊んでくれるだろうと、迷路にしたのだ。
夕方にはたいした問題もなく、一日目の営業を終了した。
後片付けを確認していると、前方からこのごろ気になっているA組の青山さんがやってきた。
「ゴリラおつかれ~。あさってどこ行くか決まった?」
青山さんはいつもどおりの人懐こい笑顔で聞いてくる。
ちょっとまて、今俺のことをなんて呼んだ?これでも一応ハーフで少しは見られる顔してんだぞ?
「だって筋肉ゴリラじゃん。」
非常にお調子者で1年生のムードメーカーでもある青山さんにかかれば誰でもこんなもんらしい。
今回も文化祭前から、打ち上げの計画をもちかけてきていた。
「やっぱカラオケがいいな。安いし!」
ファミレスって案もあったが、小遣いがいつも厳しい俺としては、食べ放題飲み放題のカラオケのほうが助かるのである。
「やっぱそうしよっか。今日の典子先輩の歌すごかったよね!あんな人とカラオケ行ったら楽しそうだよね。」
青山さんが言う典子先輩は、今日のカラオケコンテストで優勝した3年生の先輩だ。
「無理だろ。B組は何人かに声をかけようと思っているけどA組はどう?」
「ん~。私は大知だけでもいいんだけどね。」
あ。なんか甘酸っぱいぞ。あれ?これって・・・
「仲のいい子だけ誘うから、大知もできれば他に二人くらいだけにしてほしいかも。」
「お、おう。わかった。じゃ、カラオケじゃないほうがいいかな。」
「それはまた後でね!じゃあ片付けてくるね、ばいばい!」
片付けが終わって、暗くなった道にため息をつきながら自転車を坂道に向けて走らせると10月の冷気が顔を刺す。
この北の地では、10月の夜はすでに冬である。
坂道の手前でスマホにメールが入った。差出人は父親だ。
『何時ごろ帰ってくる?』
この父親は俺と妹の美月には非常に甘く、遅くなるとよく迎えに来てくれるから少し期待しながら返信する。
『今終わったよ』
迎えに来てとか、疲れたとか書くと、逆に迎えにきてくれなかったりするので、そのまま送信してみる。
『じゃあ、頑張って帰って来いよ』
さて、頑張ろう。
家に着くと小屋に自転車をしまって、一戸建ての中古住宅へと急いで入る。
耐え難い空腹の上、体の芯まで冷たくなっていたが、暖かい家の空気と、生姜焼きのような匂いに「ただいま」といいながら、急いで靴を放り出し、ダイニングへと向かう。
「「おかえり~」」
妹の美月と父親が声をそろえて迎えてくれた。
母親は近くのコンビニでバイト中だ。
高校生にもなって、親に反抗することもなく家族で仲がいいのは、この挨拶なんだろうなと思いながら、うがい手洗いのあとテーブルに座る。
今夜は、豚汁に大根とわかめのサラダ、それに豚肉のチーズ丼だ。たぶんセールだったんだろう。
生姜焼きの匂いかと思ったが、俺が顔を出したタイミングでチーズを入れたみたいなので、俺の推理も遠くはなかったな。
噛むというより、飲み込む勢いで飯を食いながら、今日の文化祭の様子を父親に報告すると、一生懸命に聞いてくれる。話をし始めたのは、よく噛んで食べろと注意されてからだが。
その後は、風呂に入ってから、LINEでクラスのみんなと今日の反省会をしていた。
「ただいま~」
22時を過ぎたころに母親の声がする。父親は歩いて3分のコンビニに毎晩母親を迎えに行っているが、少々甘やかしすぎじゃないかって俺は思う。
「お帰りママ」
高校生になって母親をママと呼ぶのもどうかと思うが、それ以外だとしっくりこない。というのも俺の母親は、日本人ではないのだ。
南米にあるらしいコロンビア共和国出身の母親は、彫りは深いが少女っぽい雰囲気を纏った一応きれいな顔をしている。
一応と前置きしたのは、体型がドラミちゃんなのだ。
やせていたころはモデルのような体をしていたらしいが、俺の記憶の中では、ずっとドラミちゃんなのでどうしようもない。
父親とママが残念な体型な割りに、俺と美月はほぼ理想の体型だと思う。
美月は華奢な小学生といったイメージはまったくなく、高校生と言っても信じてもらえそうな体型、しかも48人いるようなアイドルよりもよっぽど可愛い顔をしているし、俺もそこらの男供よりは、かなり均整のとれた顔と筋肉質の体型を持っている。
たぶんハーフであるってのが、かなり有利に出たんだろう。
でも、今日はゴリラと呼ばれたが・・・。母親の帰宅にあわせ、一家は一度リビングに集まり今日の出来事を語り合うのだ。
俺の家は4人家族だが、他に2匹のペットがいる。
真っ黒なベルベットのように光る毛を持つ小柄なマンチカンのルナと、生後一年でルナの倍の大きさになったトラ猫のゼウスだ。
こいつらは、いつも美月に追いかけられては俺の部屋に逃げ込むのだが、最終的には美月とママに確保され、切なげな目をして俺を見ている。
父親とママはいつでもくっついているが、よく飽きないもんだと関心させられるよ。
初めての作品です。生暖かく見守ってくださると幸いです。