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公募ガイド 虎の穴 第14回 投稿作品 『困り人』

作者: あべせつ

 第14回課題

悲喜劇。悲惨な出来事なのになぜかおかしい。悲劇でもあると同時に喜劇でもある人間臭い話を)


『困り人』             あべせつ

 

「これでよし」武彦は狭い店内をぐるっと見渡すと一人ごちた。店の中には所狭しと色とりどりの新しい自転車が並べられている。

明日はいよいよ念願のオープン日である。

 中学を出てからすぐ、町の小さな自転車屋に弟子入りしたが、対人関係が下手な性格が禍し、半ばケンカ腰で飛び出た後は大手のチェーン店を転々として口を糊していた。

自分には会社務めは無理と悟り、毎月の給料から僅かずつではあるが資金を貯め、四〇歳を幾つか過ぎて、ようやく初めて一国一城の主となったのである。


「しかしこの店に出会えたのは本当にラッキーだったな」

開業にあたり、あちこちの不動産屋を探したが、なかなかこれと思う物件に出会えなかったのであるが、偶然にも破格の条件の物件に空きが出たという知らせを受けた。

急いで見に来ると国道沿いの三階建てマンションの一階店舗で、広さも一〇坪と手ごろである。駅にも近く、近隣には大手スーパーも幾つも並んでおり、自転車屋をするには好条件である。敷金が必要ではあったが予算内であったし、何より家賃が破格に安かった。この辺の相場の半額である。

これなら自分にも手が届く。武彦は一も二もなく飛びついた。


内装工事も終え、商品も揃った。

これでもう誰からも偉そうにこき使われることもなく、自分のしたいようにできる。

武彦の胸は希望に弾んでいた。


 翌日はあいにくの雨であった。雨天時に自転車に乗る人は少なく、皆、足早に店の前を通り過ぎていく。初日にケチがついた気がして武彦は一人奥のカウンターで不貞腐れていた。


するとそこへ一人の老婆が現れた。

 「ちょっとごめんなさいよ。あらここは自転車屋さんになったのね」その小柄な老婆は濡れた靴底で真新しい床に足跡をつけながら、ずかずかと店内に入り込んできた。


「いらっしゃいませ」初めてのお客さんかと思い、武彦は満面の笑みで立ち上がった。

老婆は武彦の前に来ると、そこにあった小さな椅子に勝手に座ると、いきなり世間話を始めた。自分は隣の家の者で、三年前まで定食屋をしていたが、病に倒れてからは毎日暇を持て余している。娘と孫がいるが自分をほったらかしで、一向に訪ねてこない。ここは前にはペットショップが入っていたが二か月もしない間に出て行った。その前の店も何か月もしない内に出て行った。 だからおたくが入ってくれて嬉しい。これからは毎日来させてもらうわ。などと一しきりまくし立てると嬉々として出て行った。

武彦はあっけにとられたが、ご近所さんともなると無下にもできんな。またうちの宣伝もしてくれるかもしれんしと楽観的に考えていた。 


 それから宣告通り老婆は毎日やってきた。

初めは一〇分ほど世間話をするだけであったが、その内、昼時に粕汁を持ってきては一時間、三時に紅茶を入れてくれては一時間と滞在時間が伸びていき、一日三回小一時間ずつ居座るようになってきた。

二週間もすると話題は一巡を終え、毎回同じ話題が延々繰り返されていくようになっていった。

孫や娘への愚痴と、自分の自慢、近隣の店の悪口などが壊れたテープレコーダーのように再生続けるのである。


しかもそれは客が来ている時でも止むことがないのである。老婆はパンク修理で待っている客にまで話しかけ愚痴を聞かせ続けるので

最初はにこやかに聞いていた客も最後には逃げるように金を払って出ていってしまう。

 これは営業妨害だ。武彦は老婆に客が来た時は帰ってほしいと頼んだ。

すると老婆は白目を剥き口から泡を飛ばして「日頃世話をしてやっているのに、この恩知らずが。こんな不親切な店はあかんと言いふらしてやる」と怒鳴り散らして出て行った。

翌日からもまた何事もなかったかのように老婆は来た。 老婆が来る時間帯になると武彦の胃がしくしく痛むようになってきた。

二か月後、武彦は入院し店を畳んだ。


「はい、ご苦労さん。いつも助かるよ。」

かなツボ眼の男が老婆に分厚い封筒を渡しながらそう言った。

「今度の自転車屋は三か月。悪くないやろ」

老婆は封筒の中の札束を数えながら答えた。

「しかしあんたも悪やなあ。高い敷金取っといてさっさと追い出すやなんて」

 「そうかてあんな安い家賃で居座られたら

損するがな。安い家賃は餌やがな。敷金を高くしといて開店さすのが利巧やで」

むふふふと二人は顔を見合わせた。

         


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