アルス訓練場4
次の挑戦者求む!
そんな話です。
余りにも鮮やか過ぎる勝利。
一方的な展開に誰もが唖然としてしまう。
団長であるエリルも、いくらイルが戦闘訓練を始めたばかりいえ、これほどまでに簡単に負けるとは予想していなかった。
何せ弓と重戦士である。
鎧にダメージを通すのは至難であるはずなのだ。
それを距離の操作と関節への射撃だけで勝ち取ってしまった。
駆け引きという一点で歯牙にもかけなかったのだ。
「さて、ハンマー君。
何か言い分はある?」
圧勝を演じた理熾が敗者に言葉を掛ける。
呆然と理熾を見るしか出来なかったイルに意思が戻る。
「…まいり、ました」
「よろしい。
てな具合で、負けるつもりはありません。
手合わせしてくれる方は他にいますか?」
その理熾の言葉に全員が無言で返す。
弓兵が近接することで距離を作るとは誰も思わなかったのだ。
イルでなくても負けているところである。
「エリルさん…」
と訓練兵を指差して誰も受けてくれないことに理熾は残念そうな顔をする。
「戦闘訓練はこれで終わり?」という風に。
あんなにも逃げ道無く完膚なきまでに一人の騎士を潰しておいてそれは無い。
あのイルはこれからどうやって騎士団で面子を保てばいいのだ。
プライドを粉微塵にされたイルが目の前にいるのに、誰が二人目になろうと思うんだ。
そんなことをエリルは思う。
「そこは考えてないのかよ」とも。
「…いや、全く。
賞賛を禁じえないよ。
私も弓兵が接近してきたら「何かある」と思って離れるからな。
その後の展開は違うだろうが、距離をとるところまではイルと同じだろう」
エリルがそのまま理熾を評価する。
これで少なくとも『理熾が凄い』というだけで、『訓練兵が間抜け』では無いことを保障された訳である。
イルの面目も立つというものだ。
噛ませ犬だが。
「しかし、その手を全員の前で見せたのは悪手だったな。
次からは対策されるぞ?」
そう言って「次からは対策すれば勝てるだろ」と言外に告げる。
二人目の挑戦者を出すために。
そんな配慮も理熾に掛かれば瞬殺である。
「そう思う人は挙手!
ほら、次掛かってこいやー!」
相変わらずテンションが高いまま、理熾は元気いっぱいである。
基本的に挑発スタンスは変わらないらしい。
理熾の怒りの導火線は湿気っているが、やはり全員に侮りの視線を向けられたのには思うところがあったようだ。
それにしてもこれで身体のあちこちの骨にひびが入っているのだから恐ろしい。
理熾くらいしか事実を知らないが。
そんな中、二人目が現れた。
次は片手剣と盾を持つオーソドックスな騎士だった。
片手剣も盾も矢を払い落とす事が出来るので、対策としては上々だ。
後は距離をいかに潰せるかが鍵である。
「では、いいか?」
改めて全員の前で準備を問う。
手の内がバレた側の理熾は矢の補充すらしていない。
「うん」
「参ります」
お互いが返事をする。
今度の距離も5mである。
エリルが一瞬眉を顰めたが、「最早何も言うまい」ということらしい。
先の戦闘を見て対策を練った騎士や訓練兵達は憤慨している。
「その程度だと思われているのか」と。
だがやはり理熾は余裕の表情を崩さない。
「はじめ!」
先程のイルと同じく騎士は前に出る。
盾を前に突き出して突撃の構えで突っ込んでくる。
轢くつもりなのだろう…一瞬たりとも速度を緩める素振りも無い。
対する理熾も等しく距離を潰す。
誰もが『同じ手』だと思った。
しかし理熾は止まりも下がりもせずに近接し、全員が「玉砕覚悟か!」と目を剥く中、盾の上から全力の《拳打》を叩き込む。
【剛力】、【身体能力強化】、【肉体強化】、【体術】、【武神】、【魔闘技】に武技を纏った攻撃は【神威の護手】を通して盾を強打する。
盾を持った腕は壮絶な衝撃を支えられずに肘が曲がり、鎧を強かに打って騎士ごと吹き飛ばす。
盾自体がかなり高級品だったらしく辛うじて凹む程度で済んようだが、騎士は20m程も吹き飛んで転がった。
決して軽装ではなく、要所に金属の防具を身に付けている騎士が、だ。
ちなみに昨日ルルガが打ち込んだ《拳打》は重戦士のイルを数m吹き飛ばしたが、手加減はされている。
それを遥かに超える威力だったのは想像に難くない。
おぉぅ…こんな威力があるとは…まさか死んでないよね…?
僕も20m以上吹き飛んだ経験あるし大丈夫だよね!?
うん、次からは自重しよう。
……次の相手っているのかなぁ…?
すっと《拳打》の構えを解き、余裕そうな顔で理熾は内心で焦りまくっていた。
「アレはヤバイ」と理熾の《拳打》を見た瞬間に思ったルルガの指示で、すぐさまヒーラーが駆け寄って首を振る。
骨折やひびなどは無く、ただの打撲だったらしいが完全に意識が飛んでいた。
むしろ20mも吹き飛んで打撲だけとは凄く頑丈だと理熾は密かに思う。
ドクターストップを告げられた騎士はそのまま担架に乗せられ連れて行かれた。
その一連の光景を全員が呆然と見守っている。
「………リオ君、君は弓兵ではないのか?」
エリルがそう理熾に問いかける。
総員の疑問である。
それを
「え、弓兵って殴っちゃダメなルールとかあったっけ?」
とあっけらかんという風に答える。
確かにルールは無い。
ルールは無いが、両立できるなら皆やっている。
出来ないからこそ『役割分担』があるわけだ。
それをすっ飛ばしているのだから、全員が納得いかない。
一体どんな修羅場を、どんな訓練を施せばこうなるのか分からない。
そう、弓兵の癖に前衛を置かないなんてありえない。
だから全員が「近接さえすれば勝てる」と思っていた。
けれどそうは問屋が卸さない。
相手の思い込みを利用することで不意打ちする理熾からすれば分かり易いご褒美である。
「あぁ、多分だけど皆勘違いしているよ。
僕はパーティではなく、単独です。
なので1対1で負けるつもりは毛頭ありません
うん、弓兵だからと近付いてもこんな感じだね!」
改めて言い放つ。
全員が「何で殴れるんだよ」と疑問が浮かぶがその問いは氷解される。
理熾は単に前衛すら置かない弓兵なのだと。
今までそんな発想は無かったが、目の前にあるものは仕方ない。
世の中にはそういうものもあるらしいことを理解する。
「リオ君、そうやって手の内をバラすと対策されるぞ?」
「ふふ…対策できるものならね?」
エリルの忠告も何処吹く風である。
弓兵が弓を使うのも、距離を開ける対策を採るのも分かる。
近接された時用に殴り合いが出来るようになる(そんな威力ではないが)のもまだ分かる。
理熾が切れる手札の内で、もっともありえる札しか出していないのだ。
余程のことが無い限りこれ以上出すつもりは無いが、この上剣や魔法が使えると知ったらどう思うだろうか。
悪戯心から「それも良いな」と思ったりするが、手札を軽々に使うわけにはいかないのだ。
「ちなみにー。
僕の討伐暦は3日です…あれ、4日だっけ?」
「「「「はぁ!?」」」」
全員が目を剥く。
辛うじて団長のエリルは無言、副団長のルルガが「嘘だろ…?」と言うだけに留まった。
E・Dランクはその上のCランクを加えて中級ランクと言われている。
今がEだということは、ようやく下級ランクを乗り越えてきたばかりのはずなのだ。
なのに、たった数日でEランク…しかもこの幼さで。
と全員が驚愕したのだ。
「そんな相手に負けるとかかわいそー」
と理熾は煽る。
これには全員が改めてざわつく。
正直この戦闘訓練で必要なのは、奇襲しか出来ない理熾の対策能力を鍛えることである。
素質的には負ける理由が無いほど強化されているだろうと理熾は思っているが、扱うだけの技術が無い。
いくら体術や武神が補正してくれていたとしても、使うのは理熾なのだ。
技術としてきちんと持たねば意味が無い。
加えて相手の武技を見学することも含まれる。
ハンマーと盾持ちは共に策で瞬殺しただけである。
ちゃんとした実力ではあるものの、奇襲とそう大して変わらない。
まぁ、相手の情報を常に持って戦えるわけでも無いので、十分な戦果ではあるのだが理熾は納得できない。
ガチンコで勝たねばならないのだ。
「エリルさん。
埒が明かないから二人ずついこう」
これにはエリルも閉口する。
2対1という戦力差は本当に絶望的なまでの差である。
攻撃密度・攻撃範囲が2倍なのだ。
種類も2種類になるのだから、対処が難しい。
今の2戦を見るに十分な実力を持っているとは思うが、2戦とも情報不足が主な敗因である。
理熾が策を弄するタイプであり、近接も行えると知れれば単純に距離を潰した殴り合いをするだろう。
なのにさらにハードルを上げるという。
「リオ君、それは流石に舐めすぎじゃなかろうか」
「そうかな?
今の2戦で、僕は息すら乱してないよ。
ちなみにあの二人より上手く僕と戦える人って居たの?」
全員が沈黙する。
先の2戦を見た今なら居るだろう。
が、見るまでは予想だにしない方法で打ち破られている。
あの二人は貧乏くじを引いたようなものなのだ。
侮りという油断を携えて。
「だそうですよ?
ちなみにまだまだあるから気をつけてね?」
気負いもなくそんな事を言う。
これこそが策である。
「そんなことで対策できると思うなよ」と言ったのだ。
たったこの一言で「何があるか分からない」と全員が縛られるのだ。
そんな部下達を見てエリルが溜め息をつく。
ルルガも同じ気分だろう。
「エリルさん、ルルガさん。
部外者が言うのもなんだけど…」
「あぁ、これは酷いな」
「まさかここまでとはな…」
二人も頷く。
たった一言で強張るなどありえない。
何より『何があるか分からない』など当たり前なのだ。
一々他人に言われて気付く、気付かされるなどもっての他だ。
こうなると理熾の策が嵌ったというよりは、そもそもの心構えの部分で足りていない。
「しかしそうなるとリオ君は凄いな。
不測の事態を踏まえて行動しているようだ」
「いやぁ、むしろ思い通りの方が現実を疑うよ?」
「戦場ではまさにそうだからな…」
エリル、ルルガと対等に話し合う理熾。
団長も副団長も、前線に出るので考え方が同じ。
理熾もスフィアに着いてからは常に死を背に生きてきたため、考え方が恐ろしく実践的なのだ。
だから対等に話せる。
たかだか走り回って一般人より体力があり、技術が使える程度の輩と同じ目線なはずが無い。
「緊急も最初の報告数より遥かに多かったのだろう?」
「数で3倍以上かな。
追加でウッドウルフも居たし」
数を問われて答える理熾に気負いは無い。
それは終わった事だし、何より一人での数字では無い。
単に止めを刺したのが理熾なだけである。
ウッドウルフは別ではあるが。
だが「ざわり」と空気が変わる。
討伐依頼で半数を倒した討伐者である理熾。
依頼内容は、オーク50体である。
だからオーク25体前後(それでも十分に多いが)を一人で倒したと全員が思っていた。
それが、3倍…150体の半分といえば75体だ。
最初の依頼と同じ数なら一人で倒せる討伐者なのだと、勘違いする。
オーク50体を単独で葬れる訓練兵など居ない。
そもそも正騎士ですらそんな数を相手にしない。
その事実に『1対1で負けない』という宣言がいかに真実かを理解した。
何より理熾はソロだと話しているし。
「何この空気…?」
「馬鹿だからな、こいつら」
「走り込みからやり直させた方がいいだろうか」
先の発言は理熾、ルルガ、エリルの順である。
ルルガとエリルの二人は空気の変わりようを理解した。
だからルルガは「馬鹿だ」というし、エリルは「認識力が足りない」と再訓練を示唆する。
理熾もたった一人で戦ったという話はしていない。
というより討伐者の依頼なのだから、集団戦闘に決まっているのだからとんだ勘違いである。
「んー…今日はダメそうだね?」
と弓をエリルに返却しながらの理熾の言葉に二人は頷く。
これだけ浮き足立っていればどうにもならない。
むしろ今日の訓練が出来るかも怪しい。
何せ理熾がまた見て回るのだから。
「エリルさん、ルルガさん。
もっと武技が知りたいから、そんな訓練とか資料とか無いかな?」
理熾の知識欲は貪欲だ。
それは今までも、これからも。
そんな勉強家の理熾を見て二人の指揮官は「騎士団に欲しい」と思うのだった。
お読み下さりありがとうございます。
理熾の無双ぶりはレベルが上がったことが大きいですね。
それに格下の理熾がハイオークを下した経験も大きな要因でもあります。




