指揮官ジン
偉い人も大変なのです。
下からの突き上げが的を射ていると威厳を保つ為の行動が難しいのです。
大概の人は理不尽だと気付きつつも人のせいにするものです。
点呼を取った後はすぐに行軍だ。
多くの荷物は大型の荷車に乗せられて進む。
行軍速度は一番足の遅いものに合わせられる。
この場合は当然荷車だった。
といっても小走り程度の速度で移動するのだが。
短距離だし、長期に留まる予定も無いのでそれ程荷物を持っていかないとはいえ量は多い。
一台に20人以上の荷物などが載せられるのだから当然だ。
荷車には兵糧・回復薬・整備用具など必要不可欠なものばかりが載せられる。
牽いているのは馬鹿でかい馬2頭で、体高は理熾の2倍くらいある。
それを見た理熾の感想が「世紀末かよ」だったのはお察しだ。
そんな光景を見ながら「それにしても」と指揮官のジンは首をかしげる。
何故かかき集めていた矢の在庫がほとんどなかった。
ギルドの部屋では全員が弓兵でも持ちきれないだけの矢を用意したのだ。
それが忽然と消えていた。
矢自体は別に高いものでもない。
当然誰かが着服するはずも無く、そもそも持ち歩ける量ですらない。
部屋に集めた矢が無くなっていたので仕方なくギルド中から改めて2000本ほどかき集めた訳だが釈然としない。
確かに部屋には4000本の矢があったはずなのに、と。
気になることといえば他にもある。
フィリカだ。
ここに居る者は誰も知らないようだが、あの魔女は危険すぎる。
戦力としては申し分ないが気分屋で、行動の全てが良く分からない。
今もあのフィリカが子供と仲良く並んで歩いている。
まさかの光景にジンは目を疑うが、事実として受け入れるしかない。
何があればあのようなことになるのかは分からないが、あの女が子供好きだというのは良い情報だ。
戦力として当てにする以上、あいつの弱点…いや、利用できるものを把握していた方が有利だ。
今回の事にしても気分で動かれてはとても困るのだ。
ジンはそう思って隣を歩く弓兵を観察する。
確かあいつは支給品の弓を持っていたはずだ。
あの子供は俺が弓の所在を聞いたらフィリカを眺めて言い淀んだ。
恐らくだが、フィリカが再調整するために取り上げたのだろう。
子供で成長が早いから毎回調整が必要とは何とも面倒なものだな。
だがだからと言って、使い慣れた弓…いや、むしろフィリカが作った弓を持たないのはおかしいくないか?
特にあの子供はフィリカのお気に入りだろう…代用品でも何でも、あいつならすぐに用意するだろうに。
そうは思うも、結果は分からない。
きちんとあの場で問いただしても良かったのかもしれないが、ギルド側が討伐者個人に立ち入ることは余りよろしくは無い。
それで嫌われでもして仕事をやめられても困るのだ。
それに毎度の結果は「あの女は本当に読めない」ということに尽きる。
考えるだけ無駄である。
この行軍の最中も物資の分配に頭を巡らせる。
フィリカも居る以上、分配にも明確な理由が求められる。
理由が無ければ納得しないし、理由があっても意味が弱ければ突っぱねられる。
何ともふざけた話だ。
そう思って溜め息を吐く。
そして何より分配が出来た際は過不足無く機能するのだからやってられない。
何というか、「お前は考え無しか」という副音声が聞こえてくる気がするのだ。
少なくともそれで助かったことも多いのだが、気分が良いものではない。
恐らく指揮官として参加すれば俺よりも遥かに上手くやるくせに、指揮官にはならずに口出しだけはする辺りかなり鬱陶しい。
要はあいつは思い通りにならないと気に入らないのだ。
なら最初からあいつが分配なり、配置なり、作戦なりを実行すれば良いのだ。
だがそんな面倒はしたくないとか言う。
指揮官の素質も能力もあるくせに、なりたくないなど、どんな侮辱か。
とりあえず前衛にそれぞれ回復薬を最優先で持たせる。
持つ量は最低で3本、最高で5本まで。
余った分でその他の部隊に均等に割って持たせ、更に余らせた分を最後衛で管理する。
戦闘中に回復薬を使うタイミングがあるか、と問われれば微妙だ。
常に危険に晒されているので、一度下がった方が賢明だとも思える。
だからと言って後衛が全ての回復薬を持てば良いかというとそれも微妙だ。
回復薬の効力は割と強力なのだ。
飲めば身体の中から体力と傷を回復させ、ある程度増血もする。
ただし物凄く不味い。
怪我の箇所に掛ければ擦過傷くらいなら即座に治るし、腕などが多少えぐれていても質にもよるが一応塞がる。
味と即効性を考えて患部に掛けることが多く、前衛であれば折を見て全身に被れば傷も体力もそれなりに回復する。
余りこの辺りの事は考えたくは無いが、使えず死んでも周りの誰かが拾って使える。
動きの激しい前衛には荷物にはなるが、その辺を考えると出来る限り持たせておいた方が良い。
それに比べ他の物資は即座に使えない。
食事は戦いながらでは食べられないし、武器も研げないし、交換も無理だ。
結局一度下がらねばならないので、その辺の分配は必要ない。
それよりも魔法薬…魔法士に回すのは当然として、アクティブスキルを使う前衛にも持たせたい。
しかし価格と相談すると用意できる量にも限りがある。
今回も合計で20個しか用意できなかった。
これでも多いのだが、とにかく魔法士に2つずつと残りは全て後衛で預かる予定だ。
管理を任せられる人材が居ないので、指揮官として俺が何とかするしかあるまい。
そうして分配先などを決定していく。
あの女の横槍が入らないように。
そして目的の戦場に到着するなり、分配を始める。
今回の分配に対して異論は無いらしく、フィリカは大人しくしている。
これでようやく心が落ち着ける。
あぁ、ダメだ。
もう一つ忘れている。
罠だ。
罠を展開しなければならない。
荷車から罠を引っ張り出して配り、指示する。
平原なのでトラバサミや剣山、落とし穴など、地面への設置型しか使えない。
逆に絞れるので散々持ち出してきた。
とにかく全てを設置し終えてようやく仕事を終えた。
指揮官も楽ではないのだ。
こんなこと、誰にも伝わらないし伝えてはいけないのだが。
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ジンの思惑など全く知らずにフィリカと理熾は話しをしている。
理熾は何故だか知らないが、おっさんのねばっこい視線が向けられるのが物凄く気になる。
気持ち悪いとまでは…一応言わないが、流石に熱視線とも言えそうなものを受ける理由が無いため、軽く怯える。
「ね、ねぇ、フィリカさん。
何かジンって人からの視線が怖いんだけれど」
「あー…あいつは変な奴だからな。
もしかすると、リオ君が気になるのかもしれないな」
「気になるってどう言う意味で?」
「さぁ、本人じゃないから分からないが…。
あいつの趣味も知れんしな…まさか男の子が好きとか?」
「ぎゃぁ!」と理熾が小さく悲鳴を上げる。
それによって改めてジンが理熾を向く。
最早その視線には恐怖しか感じない。
「ま、まぁ…指揮官だし。
アレだよ、きっと。
うん、子供の僕の能力が疑わしいんだよ。
そう思っておくよ!」
まさか侮られていた方が良いと思うことがあるとは思わなかった。
何の為にここに参加したのか少し考えてしまう状態だ。
「はぁ」と理熾は溜息をしてしまう。
そんなことより頭を切替えねばならない。
ここは戦場で、遊び場では無いのだから。
「ところでさ。
この罠を使うには、ここからさらに南方面から相手が来た時しかダメだよね?」
そういって目の前に展開されている罠のエリアを指差して聞く。
実際罠の設置場面や、設置状態を見るのは初めてだ。
びっくりするほど巧妙に隠れていて、簡単に見分けが付かない。
戦場が…というか、足元がこれではまともに歩くことさえ難しい。
「そうだな、この位置関係だとそうなるんじゃないか?」
そういって二人で状況を確認する。
一番高密度に罠を設置してる位置を思うと、最適な位置取りも見えてくる。
「でもさ、少し角度を変えて向こうから来たらどうするつもりなんだろ?
最悪森を回って反対側から襲われたら僕らが罠を背負って戦う羽目になるんだけど」
「ぁー…あいつはその辺分かってないんじゃないのか?
ほら、リオ君みたいに情報を読むタイプじゃないんだよ」
「おぉぅ…それって既にピンチかもしれないね…」
呟きながら思案する。
戦いとは、戦う前から既に、とっくに始まっているのだ。
準備という意味でも、情報という意味でも。
「いつもなら私が指摘を入れるんだが…。
今回は誰も入れていないところを見ると、皆納得はしてるんじゃないか?」
「うーん…僕が言っても良いけど、話聞かなそうだしなぁ…」
「あぁ、あいつは意見を勝手に否定だと思い込むタイプだしな」
「最悪じゃ…」
「だから分配を張り切ってるだろ。
私が参加する度に忠告を言うから、『今回こそは』って張り切ってるんじゃないのか?」
「ぇーだからってその他をほったらかしって…そういえば斥候は出したのかな?」
「さぁ…?
まぁ、罠までは頑張ったから斥候は忘れてる可能性はあるな」
「ぎゃー!!」
理熾としてはありえなかった。
斥候を遊ばせたまま(というか手伝わせてる)での罠展開や、分配作業とか信じられない。
むしろ新人でさえ魔物の情報収集をするのに、何故できないのかと。
あちらを立てればこちらが立たずでは話にならない。
一人ではないのだ。
むしろソロである理熾ですら、同時進行で情報収集と行動をしているというのに。
何よりそれぞれを別部隊として配置してるのに同時に動かせてないとか意味不明である。
それなら全員掛かりで1つずつ作業を終えていく方がよっぽど早い。
「…あの人が指揮官時って、被害どんな感じ?」
「辛うじて死者は出ない」
「その心は?」
「死ぬ前に皆逃げる」
「最悪だー!!」
どうやら戦上手だなんて思ったのは全くの誤解だったようだ。
お読みいただきありがとうございます。
残念執事こと、指揮官のジンの頑張りにフォーカスしてみました。
残念はやっぱり残念でした(。。




