露纏いし焔の竜
魔物のランクとは、同一ランクの討伐者パーティである三~五人程度が無傷で倒せることを基準に決められている。
一つランクが上がると魔物単体の戦力は単純に三倍以上強くなると考えればわかりやすい。
そう考えると意外にも高ランクの魔物も倒せそうな気もしてくるだろう。
しかしその常識が通用するのはCランク以下の下位、中位は日頃目にする『世間一般的な魔物』まで。
本来ランクは種族や性別によってきめられているわけだが、Bランク以上……上位の魔物であるほど個体差の触れ幅が大きく、目安にしかならない。
故に『災害指定以上』は別格の依頼となり、そもそもが大規模の殲滅戦を想定しているのだ。
上位の一番下に当たるBランクでも参加者は最低でも十人を越え、そこに同列ランクの者が名を連ねていても、安全に狩れるとは言いがたい過酷な戦場。
特化型優勢のこの世界では得意分野が限られるのも手伝って、Bランクの最低三倍は強いとされるAランクが居れば確実に勝てるわけでもない。
そんな中、理熾たちの前に現れたのは遥か格上のSランク。
ネーブルたちは対人特化で専門外だし、スミレはそもそも戦闘経験が乏しい。
大番狂わせを引き寄せる理熾も、よくてAランク相当で収まってしまうことだろう。
つまりこの場で対等と言えなくはないのは、昇格の声が掛かっているフィリカと、未だ才能の底が見えない詩織と穂波だけだった。
しかしパーティにSランクが三人も居ると大甘に見積もっても、魔物のSランクとやりあえるとは全く思えない。
火山の中央で静かに佇むSランクを確認したネーブルは即座に撤退を指示した。
この場の誰一人文句を言うことなく従い、マッピングを終えた最下層から脱出して百五十層にまで逃げ延び、今はテントを張って作戦会議が開かれている。
「作戦なんて物は無い。アレは無理だ。諦めるしかない」
「そんなに?」
「そんなに、だ。霊亀の時は俺も退いたが、今回ばかりは頷けない」
「え、でも……」
「相手は周囲の景色が揺らぐほどの高温を宿す幻焔竜だぞ!?」
淡々と叱るネーブルにしては珍しくテーブルを殴りつける。
理熾の腕まで失った探索の最後がこれか、と状況を正確に理解しているからこその発露だった。
Aランクまでなら相手によっては手段があるかもしれない、と思っていたが、これでは単に危険を冒しただけである。
相手の感覚が鈍くて本当に良かったと胸を撫でおろす。
ハッサクが推奨した撤退は、正しかったという訳だ。
いや、実際は見逃されたのかもしれないが。
「順調とも言えない道程だったが、最下層にまで来て討伐難易度がSランクの大物とはな」
「フィリカさん知ってるの?」
「討伐したことはないがね」
「……幻焔竜なんてマイナーな竜よく知っていたな」
「それを言うならネーブルだろう」
「危険な魔物は一通り頭に入ってるからな。
逆に珍しいってことで知ってるのも皮肉なもんだが…こんなところに生息してるとはな」
「珍しいってことは数が少ないってことかな?」
「報告はあちこちから上がっているけれど『新規』はそんなに、って感じだな」
「うん? 討伐対象じゃないの?」
「あいつらは縄張りに入りさえしなければ危険じゃないんだよ。
だから見るだけならそんなに気にする必要は無い。主食が岩石とか溶岩だから滅多に人を襲わないからね」
「共存できるわけだね…って、溶岩食べるなら火山にしかいないんじゃないの?」
無謀と断言するネーブルは既に攻略を諦めているが、理熾はそうではない。
霊亀にしても反対されていたことをひっくり返してきたのだ。
少なくとも幻焔竜の情報が出揃うまで理熾が止まることはないだろう。
「幻焔竜は縄張りにすると決めた地に、最初に儀式魔法で魔法陣を築く。
アレクセイの闘技場と同じで、周囲の魔力を使って自身に有利な環境を作るためにな」
「……あ、なるほど」
「そうだ、だから百五十階層と最下層で環境が激変してたんだ。
『火山』は幻焔竜が敷いた魔法陣によって迷宮が侵食された環境ってわけだ。
それに陣を敷いてしまえばエサだけは豊富にあるからな……幻焔竜が他の魔物のことなんて一々考える必要も無いだろ」
あるとき迷宮主として召喚された。
その魔物は環境すら変化させることができ、迷宮の思惑とは外れて最下層は作り変えられた。
環境変化に魔物は死に絶え、適応できたのは飛行系の魔物だけ。
数少ない生存を許された魔物が他の階層に比べて見境なく襲い掛かってくるのは、エサがなく常に空腹だからだった。
何も理熾たちが率先して攻撃して歩いていたわけではなく、すべてが『迎撃』だ……と、様々な辻褄が合っていく。
「え、それって地味に人が住める場所が減っていくんじゃない?」
そんな説明に理熾が考えるのは陣取りゲームだ。
フィールド上に進入禁止エリアが唐突に増えていき、しかも周囲が火山になって荒れるとなれば被害は甚大だ。
直接的に襲われなくとも、環境に押し潰されては被害が早いか遅いかの違いしかない。
「そうだが討伐となると霊亀以上に馬鹿みたいな犠牲が出る。
だからよっぽど主要な都市の近くじゃないと放置されるし、逆に領土を増やすために多大な犠牲を払ってでも攻略に乗り出すことがある程度だ」
「霊亀と違って攻略法があるわけだね?」
「一応危険度が尋常じゃなく高いが対策はある程度確立してる」
「ならそれで」
「数が足りないから不可能だ。
攻略法なんぞ言いたか無いが、主人は納得しないだろうから話すがちゃんと聞いたら頷けよ?」
こうしてネーブルの講義が始まった。
そもそも『大きいは強い』を体現する竜種にしては、サイズはリザードと同じかそれ以下の三メートルほどと体躯がかなり小さい。
攻撃範囲も狭めで軽量な分、他の竜種に比べて物理的な威力は一段劣る。
だが小さい体躯は軽くて速く、的が小ければそれだけ攻撃そのものが当てにくく、回避も難しいとなればぬか喜びもいいところだ。
そして火山環境に耐えられるほどの防御力は、他の竜種に引けを取らないどころが群を抜いており、数多の耐性は魔法士の介入を許さない。
そして特筆すべきはその能力。
焔と露という相克の属性を持つ幻焔竜に、本質的な不得意属性はない。
さらに溶岩を食べるだけあって土にも適性があり、熱を操るからか気流まである程度支配下に置く。
竜の基本技能である息吹は当たり前のように使い、さらに火と雷の複合属性までもが確認されている。
また、焔を操り高温の露を纏うかの竜は、砂漠の陽炎の奥に見えるオアシスのように、局地的で恣意的な錯覚を引き起こす。
十数メートルにも及ぶ効果範囲内では捕捉すること自体が難しく、人からすると巨体であるはずの竜への攻撃が空振りして届かない。
むしろ錯覚により間合いを誤認させられ、接近を許してしまって攻撃を受けることもあるので厄介極まりない。
そんな幻焔竜の真骨頂はここからだ。
危険な攻撃に対し、竜の体躯から実態無き露への形態変化を行い、周囲へ拡散して回避する。
挙句、バラ撒かれた一露からでも収束・実体化を果たし、転移とも言える高速移動さえも可能とするのだ。
「……硬くて早くて捕捉もしにくくて、攻撃に回れば威力が高く、しかも追い詰めたら逃げられる?」
「他の竜も何かしら能力を持っているんだ。
大体が捕食だったり反撃だったりで攻撃的に使うが、その点幻焔竜は防御に重点が置かれてる」
「もしかして火山補正とかあるの?」
「竜種の中には環境ごと有利に作り変える『固有結界』が使えるが、幻焔竜は火山がそれだ。
溶岩の都合と同時に強化にもなるし、そもそも火山って環境下は他の生物にとっては厳しすぎる。
Sランク認定されるだけあって、十倍以上サイズが違うAやBランクの火竜より遙かに厄介な竜なんだよ」
「んー…どっちかというと防御寄りだから安全?」
「馬鹿言うな。それは言葉の綾だ。竜種なんて最強種相手に『防御寄り』とか関係ないぞ。
人が火山なんて作れるか? 根本的に出力が……いや、存在の格が違う。
それを数と装備と知恵で犠牲出しながらゴリ押しして『ようやく渡り合えるかも?』ってのが真の竜種だ」
「Cランクって弱かったんだね」
「他の魔物と比較すれば弱くは無いが、『竜種』とは比較に……指標にもならない」
捲くし立てるように話すネーブルの説得は、はたして理熾に届いているのかどうか。
顎に手を添え頷いてうんうんと相槌を打つ。
代わりに穂波が「強いは強いけど、討伐難易度の『Sランク』って倒しきれない……逃げられるってこと?」と新たな質問を投げ掛けた。
「それも含まれる。
Aランクと同等以上の強度に足の速さ。加えて致命的な攻撃は『露』への形態変化で完全回避した上で瞬時に回り込んでくる。
火山との相性も良くて、少しでも休ませると周囲から溶岩や魔力を還元して回復するし、そもそも人側が環境に長時間耐えられない」
「最後のだけは装備でクリアしてるわけね」
「それも何処まで耐えられるか……露を纏い焔を喰らう幻焔竜だぞ?
近付くほど暑くなるし、戦えば熱が篭る。のぼせるのも時間の問題だ。
持久戦でしか勝ち目が無いのに、何もかもが戦線を維持するのすら難しくするんだ」
諦めかけた霊亀なんて目じゃない危険度。
情報を追うだけで無謀さがよく分かる。
「ちなみに攻略法は?」
「簡単に言うと囲って攻撃の手を休めず殴り続ける」
「わぉ、思ってた以上の脳筋プラン!」
「大概の高難度討伐はそうなんだから仕方ないだろ。
細かく説明するなら、露に化けて包囲網を抜けられないために、先に《結界》で覆って逃走を防ぐしかない」
「《結界》で防ぎきれるの?」
「露自体は単なる水滴だから、高密度で展開すれば移動を防ぐのは難しくない。
だが、《結界》自体の強度は幻焔竜の攻撃に耐えられない。
物理的にも魔法的にも人は圧倒的に劣るために術者と《結界》を守りながらの持久戦を強いられる。
そしてどちらかが潰された時点で終わりだ。人側が『全滅する』って意味じゃなく、逃走を阻めないから『討伐失敗が確定する』わけだ」
「《結界》守りながら攻撃し続けるの?」
「幻焔竜が弱るまで延々とな」
「……竜種の体力って知ってる?」
「昼夜問わず四日~一週間追い回せば何とかなるんだろ?」
ネーブルが皮肉気に「へへっ」と乾いた笑いを添える。
討伐の糸口を探して話していた穂波も「無茶苦茶だよ!」と匙を投げるほど、どうにもならない相手だ。
何せ範囲攻撃でもある息吹でも使われれば、人はおろか《結界》すらも貫通してしまう。
ただの体当たりですら《結界》が耐えられるかもわからない。
それが露になって一瞬で移動までしてくる竜が相手では、一応の攻略法がありながらもどうやって倒すのだ、と絶望的になってしまう。
しかし
「フィリカさん。幻焔竜と戦ったとして、持ちこたえられますか?」
そんな全体を覆いつくすような不安感に切り込んだのは、やはり先ほどまで唸っていた理熾だった。
お読みくださりありがとうございます。
というわけで、Sランク竜種『幻焔竜』の紹介でした。
攻守ともに隙がなく、あり得ないほどのタフネスを保有する竜種相手にどうやって攻め入るのか乞うご期待ください。




