禁秘の最奥
トコトコと軽快に霊亀の背を歩く理熾の後ろを楽しそうに追いかけるフィリカ。
さらに後ろにはネーブルたち配下がラザフォードを引きずるように連れ、最後にトボトボと詩織と穂波が続く。
建前上は前と後ろに『最強』(フィリカ・詩織・穂波)を配置している形だろうか。
だが、本質的には理熾のはっちゃけ具合に、二人の幼馴染が付いていけてなかっただけだった。
予想外の展開やこうした扱いに残念ながら慣れっこの配下たちは、新たに組み込まれた幼馴染とラザフォードを眺めながら軽く遠い目をしていたりする。
当然のようにこの中にフィリカは数えられていない。
さすが昇格待ちのAランクとでも言うべきか、初見の状況でも大した動揺もない。
この順列のまま霊亀の首元まで行き、見下ろすように理熾が頭を眺めていたかと思うと―――トンと軽い調子で飛び降りた。
習熟した二人の<空間使い>だが、この場は霊亀の魔力圏内。
空中に《障壁》を展開するのも随分と手間がかかる。
維持もできなくはないが大量の魔力を消費しても安定性は望めず、余り実用的とは言い難い。
つまり、<空間使い>といえども高度のある場所から飛び降りるのは危険なのだ。
慌てて理熾たちの背を追うように首元に駆け付ける。
そして全員の目の前で、理熾と背負われているスミレはパクリと霊亀に食われてしまった。
―――はぁ!?
フィリカを除く全員がそんな声でハモリ、当のフィリカは感心なのかなんなのか、「ほぉ?」と声を漏らすに留まった。
ラザフォードはあんぐり口を開けたままだし、詩織と穂波は二人仲良く手を繋いで「ちょ! 理熾君?!」と名前を呼んで混乱気味。
レモンが「ネーブル、主人が食われたぞ!!」と指さしながら状況説明をするが、そんなことは誰が見てもわかる。
ライムは「口から入るってマジでそういう意味か…?」と頭を抱え、ハッサクが眉間にしわを寄せたまま思考に埋没。
反応が一周回った辺りでフィリカが意地悪そうな笑みを浮かべて声を掛ける。
「で、指揮官サマはこの状況をどうする?」
「性悪女め…(主人、そっちはどうだ?)」
(ちょっと気合入れないと思念会話が届かない感じかな!)
「へぇ、なかなかやるじゃないか」
呆然としていたネーブルが即応した策はフィリカを感心させた。
霊亀の身体を挟んだ【以心伝心】と【連携】を使った連絡手段。
届くかどうかも怪しいものだったが、受信を放棄した出力一辺倒のスキル行使により、理熾とネーブルを繋ぐことに辛うじて成功する。
ちなみに霊亀の魔力圏内なので、発信者の近くに居ないと聞こえないため、今は理熾の背に乗るスミレとネーブルの隣に居るフィリカくらいしか聞こえていない。
「うるせぇ…今ちょっと忙しいから黙ってろ」
「くく…承知した」
(いきなり食われるんじゃねぇよ!)
(いやぁ、なんとなくこれが最善かなぁって思ってさ)
(だーかーらー! 先に相談しろ馬鹿主人!
お前の背にはスミレも乗ってるんだからもっと考えろよ!)
(うん、まぁ…結果オーライ?)
(貴重な<空間使い>二人をみすみす失くすところだったんだぞ馬鹿!)
ネーブルからしても理熾の思念会話は遠いため、叩き付けるように意識を張るのは問題ない。
が、割と本気で怒りの感情が乗っているのは否めない。
握り込まれた拳が微弱に震えているのは錯覚ではないだろう。
「まぁまぁ、ネーブル。
その辺はおいおいに回すとして、私たちもさっさと中に入ろうじゃないか」
ニヤニヤしながら仲裁するフィリカ。
ネーブルは恨めしそうな視線を向けて「何喜んでるんだよ!」と小さく呻く。
他の面子はやり取りが聞こえず何が起きてるのかわからないため、焦りながらも不思議そうに見守っていた。
「くそ…(それで、そっちの状況はどうなんだ)」
(どう、って言われてもまだ口の中っぽいね)
(あぁ、いきなり迷宮に入ったわけじゃないのか)
(うん。その辺はよかったけど、これってやっぱり普通に食べられたんじゃないかなぁって不安になるね)
(おせぇよ…)
ネーブルの言葉が全てを物語っていた。
対外的にも当人的にも…いっそ誰もが『食われた』としか思えない。
ともあれ、合流しなくては話にならず、ネーブルは右手をサッと上げてハンドサインを送る。
「で、どうするんだ?」
「二人一組で飛び降りる。
組み分けはハッサクとフィリカ、俺とシオリ、ラザフォードとホナミ、レモンとライムだ」
「理由は?」
「戦力差と相性。あとこの組み合わせなら落ちても死なん」
「くく…在野にこれだけの逸材を放置してると思うとギルドも貴族も嘆くしかないな」
「変なことを言いふらすなよAランク。
これでも良心的な役職者にちょくちょく声を掛けられてるんだからな」
「お前もリオ君同様、身内に引き入れないと使いにくいタイプだしな」
「お前が言うな…それより準備しろよ」
ネーブルは話を切り上げ、それぞれに指示を出す。
穂波に少々不満が出たが、戦力外を連れて来た以上物理速度で動ける最大戦力を付けるに越したことは無い。
レモンやフィリカで代用するのもアリだが…万全を期すならこれ以外の選択肢はない。
説き伏せるだけの理論を持つネーブルを前に、穂波も我がままを貫くつもりではない。
単なるちょっとした愚痴だったわけだが…反応が思った以上に厳しく、少し凹む穂波。
何も穂波に限った話ではなく、少し気が緩んでいる様子なのは詩織も同じ。
これまでの魔境遠征ではありえない様々な体験や、指揮官役から外れたことで心に余裕があるというのも要因になるだろうか。
年相応な反応ではあるものの、まとめ役としては溜息が零れる。
「それじゃ一組ずつ行くぞ」
ネーブルの号令と共に、メンバーは文字通り霊亀に飲み込まれていった。
・
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太陽を見ることなど叶わないほどの閉鎖された空洞。
当然のように光など存在せず、ただ暗闇が横たわるのみ。
魔物を模しているからか体温が存在し、壁は蠢動し湿り気を帯びている。
これらに対する結論は、ぬめっとした高い湿度と猛暑日のような外気温だ。
ただこれだけでも気力・体力をがりがりと削っていくのに、加えて足元は変に柔らかく不安定。
最悪なのが生臭い臭気で、動物に顔を舐められ続けているような…そんな獣の臭いで満たされていた。
ネーブルが危惧していた通り、霊亀の中は生存するには非常に困難な環境下だということだ。
こんな暗闇もあろうかと、理熾は光が灯る道具を取り出していた。
既にネーブルが示していた問題への対策はばっちりだった。
「…何で理熾君平気なの?」
「うん、他の…ラザフォードさん以外が平然としてる…」
そう幼馴染二人が口を覆い隠しながら不平を漏らし、呼ばれたラザフォードは一人地面にへたり込んだままだった。
理熾を始めとする配下五人とフィリカの服には【最適化】が付いていて、なおかつそれが最善の結果をもたらしていると思い知らされた瞬間だった。
しかしフィリカは我関せずを貫き、理熾やスミレの手持ちには【最適化】を全身に施せるような道具はない。
あるとすれば【捕縛布[血魔石屑]】くらいだが…あんなものを巻きつければ、三人がそのまま荷物に早変わりするだけだった。
「えーっと…とりあえず奥行こうか。
迷宮まで入れば多分環境も戻るだろうし」
結果、理熾も答えを語らず、議論を先延ばしにして進む方針を取る。
散々な環境に嫌そうな顔をする幼馴染二人と、へたり込んだラザフォードを連れて霊亀の喉奥を目指す。
ちなみにラザフォードはレモンが首根っこを掴んで引き摺ってきていた。
ある意味湿り気を帯びてぬめる口腔内は、運搬に際して有益には働いていた。
かくして霊亀は本来の姿を見せる。
つまり…口内を通り抜けて喉を越え、食道へと繋がるその先に開く入口は、間違いなく迷宮であった。
「何と言えばいいか…ほんとにこんなところに入口があるだなんて信じられないね」
<迷宮創造者>が関心を示し、レモンに引き摺られてベタベタになった身体を起こした。
最初からそうしていれば服も汚れなかっただろうに…周りはそんなことを思うものの、500mの自由落下で腰を抜かしていたのだから仕方ない。
理熾達から比べると身体強度も大したことの無い一般人レベルのラザフォードがショック死しなかっただけマシだろう。
「てことは、主人の予想的中ってことだな。
後は攻略するだけだが…入る前に血魔石を何処に残すんだ?」
既に何度か試してみたのだが、全ての攻撃は無意味に帰した。
この場も結局『霊亀の体内』ということで、【拡散均衡】の恩恵が万全に働いていることが証明されただけだった。
「その辺に括り付けとけば良いんじゃないかな」
「それもそうか」
近ければ良い程度の感覚で、迷宮入口付近にある出っ張りにネックレスのように輪にした血魔石を掛ける。
わざわざ管理に忙しいラザフォードまで引っ張り出し、ようやく念願の迷宮に到達した。
ここからは本気の探索だ…全員が意気込む中で理熾は号令を上げた。
「それじゃ帰ろうか」
フィリカは驚き腕組みを外すにとどまったが、他の面子は軽くつんのめるような面白い反応をしていた。
お読みくださりありがとうございます。
ツギクルに登録してみましたので、もしかするとそちらで何か書くかもしれませんね。




