崩壊前夜3
キュッと可愛らしく結ばれた口元は、何が面白いのかゆっくりと口角が上がっていく。
その口から飛び出したのは、先程叩き付けた『挑戦』の内容だった。
「何人が僕に挑戦するか分かりませんが…そうですね、たとえば10人参加したとしましょう。
それぞれ1000カラドの参加費を支払うと合計で1万カラドが集まります。
僕に勝った人はこの参加費を総取りし、以降の参加者の方には参加費を僕から全額お返します」
急な申し出に静まる室内。
言葉が耳を滑って頭に残らず、聞かされた説明を何度も反芻する。
一拍の間を開けた理熾は「つまり」と前置きを入れて続けた。
「参加者は負けなければマイナスにならず、僕が勝つには全員を負かさないといけません。
また、今回の発端は僕の実力不足ですので、誰かに負ければこの班から抜けて黙って帰ります…どうしますか?」
この中で一番の部外者であるレイヴンは、暴動に発展しかねないこの挑発的な提案を、一足先に理解して『この期に及んで商売するのか?!』と驚く。
同時に、ふてぶてしくもにこりと可愛らしく笑う顔に、ゾクリと背筋を冷気が撫でるような感触を幻想する。
突然の制圧、突然の提案にあっけに取られていた会議室に集まる者から、「やったろーじゃねぇか!」といった怒声と共に手が上がった。
周囲に立つ護衛に勝てずとも、目の前の小娘如き捻れると思ってのことだろう。
「ネーブル、後で言い逃れできないように手を挙げた全員のカードを記録して」
「鬼かお前」
「手を止めずにそんなこと言うとか全然説得力ないよ?」
「セルジも喜ぶ稼ぎ時だろう?
ま、同僚をいじめ過ぎるのはどうかと思うが」
「手を上げた方はこちらへ。
んー…数が少ないですね…たった三人?
まさかこんな子供に負けるのが怖いんですか?」
含み笑いを浮かべ、人数を数えながら挑発する。
一体何人とやるつもりなのか、一体何の勝負をするつもりなのか。
情報が足りない中、それなりに高額な賭け事に踏み切るのは難しい。
中には「ふざけんな! そんな問題じゃねぇ!」や「何をするつもりだ!」と叫ぶ者も居る。
実際その通りなので仲裁者に一番相応しいレイヴンも簡単には口を開けない。
いらない茶々を入れたことでこの事態を引き起こした一人でもあるからだ。
彼からすると『これ以上の問題が起きないでくれ』と願うばかりだが、そこへ平然と油を注ぎ足すのは理熾の役目だ。
「あぁ、なるほど、皆さん賢いですね。
では情報を追加いたしましょう。
こうなった以上、指揮権はもういりませんが、単独行動を許してもらわなければなりません。
実力を示す競技は『一対一の腕相撲』、情報を追加したので、次は3000カラドで受け付けますよ?」
腕相撲と聞いて上げかけた手が、吊り上がった金額と共にふらふらと彷徨う。
ここに集う者達は皆が皆それなり以上の実力者でも、ただ一度だけの賭け事に3000カラド…日本円にして約30万円ともなれば十分に大金だ。
それでも手を上げる者が居るのは、やはり勝負が『腕相撲』だからだろう。
参考にしろ言いたいのか、理熾はわざわざ袖を巻くって細腕を見せながら言い放ったのだ。
いくら見た目よりも能力値が優先されるとしても、鍛えていない身体に高い能力値は宿らない。
あの細腕でどうして荒くれ者達の相手ができると…誰もが疑問符を浮かべる。
「まさかこれだけ居る討伐者様が子供相手の腕力勝負に自信が無い?
ふはっ……そうですよね、こんな子供に負けた時、何も言い訳できませんからね!」
わざわざ『子供』を強調しながら楽しそうにくすくすと笑う理熾。
殺気立つ周囲と、彷徨わせていた手を勢いよく上げる面々。
一体、どうやって勝つ気なのか。
どうすればこの場が収まるのか。
ギルド職員のレイヴンは『だから煽るなと!』と内心大荒れで考えるも既にとっくに手遅れ。
ここまで場を整えられてしまえば、最早やりきるしか穏便に終える手立てが無い。
「あーあ。
魔法士の方はともかく、近接職の方でまだ上げていない『腰抜け』がこんなにも居るとはガッカリです。
仕方ありませんから、最後のサービスですよ?
僕はどちらの腕でも受け付けます。
これで『利き腕』の制限もなくなりましたし、皆さんこぞって参加してください。
あ、今回の追加条件で料金は5000カラドに値上げしましたのであしからず?」
元々高額だったのに、後から参加するほどに値段がつり上がる。
最初から参加している者達は、理熾の一声で跳ね上がっていく『総額』が楽しくて仕方ないらしく、巻き込もうと煽る始末。
事態の収拾をつけるどころか騒ぎが大きくなる一方で、これ以上騒いだらこの班自体を解散させられる恐れも出てくる。
そうした空気を嗅ぎ取ったネーブルから(ここが退き時だ)と【以心伝心】で伝えられた理熾はまとめに入る。
「あれ、まだ残ってる人が居るんですか。
まぁ仕方ありませんね…それでは最後にルール確認といきましょう。
ルールは簡単、一対一で行う腕相撲。
倒す相手は僕一人で、対するそちらは手の上がった順に腕を指名して挑戦を受けます。
ただこの数ですからね。
僕には各対戦が終わった後に、最大五分の休憩時間を頂きます。
喉が渇いたり、トイレに行ったりしたくなると思うのでそれくらいは構わないですよね?」
既に出されている条件が整理されたことで少し落ち着く会議室。
理熾の言動に反発があっただけで、明らかに挑戦者に有利なせいで誰にも異論はないのだ。
「そして審判はギルド職員のレイヴンさんにお願いします。
この場をややこしくした僕ではなく、そちらの味方でしょうから。
支払いに関しては分割でも構いません。
この争いもギルド内のものですから、報告・仲裁義務がレイヴンさんに発生します。
ギルド職員が関与するので、後で『無いから出せない』とはお互いに言えませんし、ね?」
まさかのとばっちりを受けるレイヴン。
目に見えて『俺に振るな!』といった表情をするも、首をゆっくりと縦に振るのみ。
理熾の説明の横で、ネーブルは淡々と金額と参加者のリストを作る。
事態が収拾されたと判断したハッサクは、足元に絡め取っていた大男を放して署名させ、スタスタと壁際に移動た。
何とも役割分担が明確な面子である。
「手を上げない残りの人は僕に文句がないって思ってて良いかな?
ギルドに報告した上での仲裁なので、これ以降の苦情は制裁に発展するかもしれませんね。
といった情報を加味して改めて問います。
もう参加者は居ませんか?
これから参加するなら一万になりますが」
上がり掛けた手がまたも途中で止まる。
いったい何処の馬鹿がただの酒場の言い争い程度の内容に一万カラドもの大金を賭けるというのか。
勝てる勝てない以前に、その事実が正気ではない。
条件を一つ積み上げるごとに発言を抑えて参加者を削る理熾。
ファロにネーブルが持ち掛けた提案は、こうして仲違いを起こして独立パーティを容認させる状況を作ること。
既に組み込まれた班からギルド公認で離脱さえできればそれでよく、だから今回の件で理熾が負けても問題なかった。
そう、理熾が『班から抜ける』のはどちらの結果を得ても同じだからだ。
魔境で自由になるための金だと思えば、この場の出費はそう高い額ではない。
何より魔境産の素材を丸ごと持ち帰れる理熾達からすると、金銭的な問題は毛ほども無かった。
お読みくださりありがとうございます。
活動報告にてラフ画の公開を行っています。
かっこよく書いていただいたあの人がお目見えとなります。
http://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/1575649/




