ガートルードの悩み3
ギルバートはソファに背を預け、小さくギィと軋ませ天井を見上げた。
興味を…いや、そもそも相談だ。
ガートルードが「たとえば?」と食いつくのは仕方がなかった。
「まず確認だが、魔境に突撃するのは『抱えきれない戦力を削るため』でもあるんだろう?」
「余りリオ君の前で話したい内容では無いが、概ねその通りだ」
「やはりそこか…つまり『治安維持』には向かない者達の処遇だな。
そんな者達を重用しているから管理に手間と費用が掛かると思って構わないのか?」
「あぁ、抱えている戦力の中でも、個別に動く傭兵団の扱いが難しい」
「傭兵って…ギルドみたいな大きな組織が纏めてるんじゃないんですか?」
傭兵にもランク付けされている以上、そんな風に口を挟んだ理熾の疑問はもっともだった。
しかし騎士と討伐者と傭兵で扱いは随分と違う。
相変わらず常識の抜けた理熾に、ギルバートは「ざっくり言うとだな…」と説明を始めた。
「騎士は魔物や人を問わず対処する公的な戦力を指す。
他の二者は民間が持つ戦力になるが、これだけだと討伐者と傭兵の違いが明確に分からないだろう?」
「確か相手が違うだけですよね。
討伐者が魔物で傭兵が人だったと聞きましたけど」
「それはかなり好意的な解釈だな。
実際は仲介を…いや、ギルド組織を挟むかどうかが大きく違う」
つまりギルドが管理する戦力が討伐者、しなければ傭兵という区分けだ。
良し悪しはあるものの、特に脳筋傾向のある暴力者達は、仕事の完遂度や不当な値引きを始めとする客との双方向の揉め事に対処する能力など無い。
そうした様々な面倒事の処理を一手に引き受けてくれるため、一定の能力や知識、常識を手にするまでギルドに所属する方が便利だ。
対して世界をまたぐギルドに所属しない利点は分かり易い。
仲介料を取られないことと難易度を無視して仕事を自由に決められる。
所属していれば発生する可能性のある、注意や懲罰も無いため、本当に自由を謳歌できることだろう。
ある意味それらの『所属義務』を嫌ったのが傭兵という人種とも言える。
この他にも規約違反者、当該地域の犯罪者など、素行が余りに悪いことでギルドから追い出された者も傭兵となる場合がある。
いや、むしろこの後者の割合の方が多いかもしれない。
個人で動いてた傭兵達が集まったのが傭兵団になる。
その一団はギルドで言うところの『パーティ』や『クラン』と似た扱いになるが、管理・統括する組織は存在しない。
単にお互いの格付けがあり、それが周知されているだけになる。
暴力を仕事に使う中では一番信用が薄く、頼りにされても『無法者』と揶揄されることが多い。
「ギルドが仲介する仕事は一定以上の信用が存在する。
その恩恵を受けられないのが傭兵というわけだ。
中でも討伐者が『対魔物』と扱われるのはギルドで行う選別のお陰だ。
わざわざややこしい対人案件を、有能な者に割り振って失敗して死亡や奴隷落ち、もしくは誤認逮捕を引き起こさないためのな。
何かの手違いで無実の者や貴族に嫌疑を掛けて捕まえれば、逆に不敬罪や傷害罪などの加害者として追われてしまうからな」
「え、もしかして最初は騎士と同じ仕事してたんですか?」
「鎮圧を主としていた創設初期の話だがね。
今では面倒な対人の依頼など、わざわざ受けてくれない。
余程の理由や後ろ盾、高額な報酬があってようやくだな。
逆に言えばその分騎士が対人に力を入れらてもいるから、すべてが悪いとも言い切れない」
「じゃぁ何で傭兵は仕事を受けるんですか?」
「質の良い仕事はギルドが持っていくから、確信が無い曖昧な場合に傭兵が使われる。
その分高額でリスクも高い『割に合わない仕事』の場合が多い。
要はギルドが断った仕事が回ってくると思えば分かり易いかもしれんな」
「だから傭兵達は『切り捨てられる可能性』を頭に入れている。
今回の件で言えば、放逐された傭兵達はまず確実に盗賊に身を落とす。
そうして暴れ回ってそのまま隣国へと抜け、何食わぬ顔で傭兵業を営むだろう」
最後にガートルードが説明を締めた。
無法者と名高い管理されぬ暴力である傭兵を招き入れるとは、こうした弊害を飲み込む必要がある。
かの二国が急場を凌ぐためにやむを得ず取り込んだ傭兵達は重要な戦力だったが、取り込んだ数が余りにも多すぎた。
傭兵を雇うならば常に新たな戦場を作らねばならず、戦場を作れば出費がかさむというのに支援は削られていく。
悪循環は回り切り、穏便に追い返すための手切れ金は用意できず、戦費に回せる財源は足りなくなった。
それならば魔境遠征で多くの領地を確保し、余剰な戦力を削れれば…と、そんな思惑が透けて見える。
ギルバートとガートルードはそれが悪いとは思わない。
領地や国家運営など、そんな取捨選択の連続だ。
救えるものなど高が知れている。
気の毒には思うものの、使い捨てられる身の上を『選んだ』のは傭兵達自身。
いや、命を売って戦力を提供する以上、こうした危険は討伐者にも起こりえる。
どちらにせよ、今更戻ることなど不可能だった。
理熾は嫌な顔をしながら『大人の世界』を理解する。
あえて二人が話したのは、この夢も希望も無い最悪の状況で、最善を選ぶのが『領主の勤め』だからだ。
優しい若き領主が失敗しないように。
「財政の立て直しはともかく、二国を『属国』にすれば治安維持に派兵するのはありだろう。
傭兵共にも『雇用主が変わった』と言えばいくらか軟化するはずだ。
最有力の賊候補には違いないから、戦力さえ整えば最悪鎮圧も視野に入れられる。
ただこれは二国の了解と、周辺国の説得が必須になる。
ガーランドが戦力増強に動き出したと思われても困るからな。
特に魔境へ遠征をするタイミングでの属国化など、戦力の拠出を強要したようで外聞が悪い」
「なるほど。
財政難を理由に属国化するのは、互いにイメージが悪いのも事実。
『ガーランドに要請された戦力の融通』を『ガーランドからの強制』に取られるわけか。
『平和』を輸出品目に上げているガーランドには致命的な汚点になりかねない、か…」
「問題はそこだけじゃない。
属国…他国を『従える』以上、庇護下に置かねばならず、管理コストが馬鹿にならない。
優しさを見せて名ばかりだとうちばかりが損するというのに、きっちり従えたところで損が膨らむんだからな」
「確かに。
他国の財政事情は大体分かっても詳細までの把握は不可能。
特に日和ってる周辺国は魔境対策にどれだけ資金投入されているか分かってないだろうしな」
ガートルードは眉間を揉みながらギルバートが出した案を検分する。
事は国に影響を及ぼす問題だ。
元々こうした内容はわざわざ聞くまでも無く、議論し尽くされている。
それでも案を求めるのは、本当に行き詰っているのと、ギルバートの手を借りられる可能性を考えているからだ。
大領主の二人に王族を交えれば国の勢力の半数を超える。
小国とはいえ、それだけの決裁権が動かせれば事態が好転する可能性も小さいながらあるだろう。
「財政面でテコ入れするなら一つ案はある。
二国とヴァルトルの流通路に緩衝地を設けて関税を一律化し、三国で税制協定を結んで分割統治するとかな。
品目ごとに掛ける必要のある関税を一律化するだけで管理コストがごっそりと浮く。
その分自国の産業に直撃するかもしれないが…そこは調整でなんとかしてもらうしかないな」
「それだと財政的に割を食うのはガーランドじゃないのか?」
「無いものを生むのは不可能だから、表面的にはそうなる。
ところが二国は『魔境を挟んでいる』という地理的な状況があるので、設置される緩衝地は間を取ってヴァルトル領内に作ることになる。
つまり運送費用の関係で、どちらにも距離が短いヴァルトルが『一番安い値段で買い取れる』わけだ。
手持ちの現金は出ていくが、それ以上に買い込めることになり、消費さえ支えればお前が一番得をするはずだ。
特に今は『魔境遠征の準備期間』だから、安く多く買えることになるんじゃないのか?」
「税制の緩衝地か…」
「それだけで作った緩衝地の流通量は目に見えて増える。
周辺領民の生活は潤うし、商いが活発化するから商会からの結果的に徴税額も上がるはずだ。
それに二国に金が無いなら、国家間の取引を『物々決済可』にしてもいい。
国ごとに決まってる関税は国家間での約束事だ。
交換で手に入れた物を国内や周辺国に流すだけでも十分な利益になるだろ。
いきなり増えた輸出品目にすぐ対応出来るわけがないから、セルジなら関税が安い内に嬉々として売りつけに走るだろうな」
「アルス立て直しの件もあって一段落ちる程度の似た案は上がっていたが、調整出来る者が居なくて頓挫してな…」
「頓挫?
ただお互いに『この税率で』って話し合いだけでか?
調整役を立てられないなら何にせよ手詰まりじゃないか」
「二国側に余裕がなくてな。
こちらで手を回すのにも限界がある」
「二国が大した調整も無く頷ける、単純明快でガーランドの国益を損なわない案を出せと?
そんな妙案が簡単に出るなら何処も外交に人員を割かないぞ」
呆れるギルバートと、そんなことは百も承知の折衝役を任されたガートルード。
藁にも縋る思いで理熾を呼び出す名目で引っ張り出したが、酷い現実の前に儚く散ることとなる。
「交渉を持とうにも二国は余裕が無い。
五都祭に来たのが武官側だったのも、内政担当者に空きがないからでもある。
治安維持目的で武官を貸し出すにも、文官を送り込まないとまさしく話にならないのに内政干渉扱い。
日和見の周辺国は二国を財政面で追い立て、緩やかに衰退する様を見ているだけ…この状況を私にどうしろと」
「うぅむ…二国の外交能力が高ければ財政難も無かったとはいえ、完全に行き詰っているな。
ガーランドの生い立ちを見るような状況だ。
いっそ周辺国が更地になるのを見届け、更地になった魔境を切り崩す方が楽かもしれんな」
「諸外国と意思疎通している間に大氾濫が起きるわけだからな。
戦力を削がれる前に打って出れると思えば周囲が滅んでくれた方が幾分か気が楽だ」
などと物騒な話に突入する。
実際にそんなことをすれば難民の受け入れや、他国との流通路が壊滅したりとそれはそれで問題が山積するのでありえない話だ。
ただこれだけ絡まった状態だといっそのこと…と魔が差すのも仕方ない。
実際に国同士のシガラミで身動きが取れなくなっているのだから。
「ねぇ、思ったんだけど…その二国を買い取れば良くないですか?」
置き去りにされていた若い領主は、提案とも言えない内容で口を挟んだ。
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