流通革命の足音
緊急の呼び出しでもないので、ギルバートが視察を名目に身辺整理を終えたのは三日後だった。
それでも急いだというのだから、領主権限で行う決裁の多さが際立っている。
日ごとに溜まっていくであろう案件数を予測して開けた予定は最大で二十日間。
それ以上時間を掛けてもアルスが簡単に破綻することは無いが、発生した損失を取り戻すのは面倒。
このため、ギルバートはガーランドでの滞在期間を、長くて三日と決めていた。
現在は視察と休暇を兼ねてラボリに滞在中のギルバートは、ここで初めてラボリの貴族達セリナ・セルジ・リンクスの働き振りを目の当たりする。
もののついでに追い払ったアールの現状も含めて。
その明らかな労働力不足の現状に呟いた一言は「これでよく回ってるな…?」だった。
「人が雇えん以上、仕方あるまい。
それともギルがラボリに人を送ってくれるのか?」
「考えておこう…」
出来もしない約束は結べず、薮蛇にしかならない話をギルバートはその一言で終えた。
後日ラボリ領内をお忍びで回って進捗を確認するのも予定に入っているため、そちらの話へとシフトしていく。
しかし領主館内だけでこれでは、領内を回る間に一体どれだけの約束事を結ばされるか分かったものではない。
早くもギルバートの中で『この視察は失敗だったかもしれん』とジワリと冷や汗が伝った。
ラボリ領主館内の案内が一段楽したところで、理熾・ネーブル・フィリカ・ギルバート・セルジ・セリナの六人で昼食を取ることになった。
他の面子は自由行動。
普段参加しないフィリカは、ギルバートが来たことに面白半分で首を突っ込んできただけだった。
話の内容は色々と移り変わる。
迷宮の現状、魔境の偵察状況、取引関連、住民の生活状況、転居関連などなど。
そんな中、この多忙さの話題になり、スミレが居なくてはラボリ・アルス間のやり取りが今以上の地獄だったと声が上がった。
少なくともこれだけの少数で新規開拓地の手入れを、この速度で進めていくのは不可能だったと。
「でも一番はスミレが居なくてもやり取り出来れば良いんだけどね」
「空間系の魔法は適性が無ければ魔力を著しく必要とするから常用は無理だろうな」
「そうでもないぞ?」
食事を終えて皿などが引き下げられた頃に出た理熾、ギルバートの会話にフィリカが首を突っ込む。
しかもまさかの内容で、だ。
セルジは目を見開いて立ち上がり、「魔道具化出来れば一財産だぞ!」と声を上げた。
「単に迷宮と同じ魔法陣を刻めば良いだけだ。
そこに流す魔力は普段迷宮が支払っているが、肩代わりすれば問題ない」
「それは迷宮だから供給できるだけだろう?」
フィリカの声にセルジはすぐに肩を落として着席する。
これらは過去に繰り返し実験された事柄でもある。
「そうとも言えるし、違うとも言えるな。
これはまだ仮定の話だが、恐らく『迷宮が<空間使い>だから消費が小さい』だけだろう。
だから地上で同じ魔法陣を刻んでも、必要な魔力量が一般な魔法士換算で数百人規模で掛かるのが現状だ。
距離が短く、規模が小さくなればそれだけ消費も抑えられるが…まぁ、それだと送る意味も無いしな」
「結局意味が無いじゃないか」
落胆するセルジに、フィリカは目を細めながら「ところがそうでもない」とまたも否定の言葉を添えた。
呆れていた貴族達は、その一言にハッと惹き付けられてフィリカを見る。
もし可能となれば一財産どころではなく、世界の流通を牛耳れるような破格の案件だった。
「どういうことだ!」
「くくく…まずは前提の話から始めようか。
魔法陣を始めとする刻印魔術は、魔力を供給すれば発動することが出来るだろう?
しかしそこに掛かる魔力量は、熟練者に比べて割高な傾向があることも知られているはずだ。
また、難易度が上がるにつれてその割合は上がっていくため、《空間転移》などの高難度の魔法では消費が追いつかない」
話の腰を折るように理熾は「え、そうなの?」と首を傾げるのを、フィリカが「そうなんだよ」と笑う。
【魔女の一撃】の核を使った魔法はどれも十分な威力があった。
それこそ100個単位で《火炎弾》を放つくらいなのだから、理熾が疑問に思うのも無理はない。
あれは簡単な魔法だから実現しただけであり、理熾と同じ能力を持つ熟練者なら倍以上の規模で発動させることも可能だったのだ。
「それに刻印魔術を施せる者が少なくて高価で、熟練者の威力と比べて出力や精度で劣る。
日常に流用する基礎魔法ならその差は許容出来ても、こと戦闘に利用するには危険すぎて常用不可だ。
そうだな……モノによっては『奥の手』と位置付けて使う戦闘巧者も居るかもしれないがな」
「何の話をしている?」
「刻印魔術を取り巻く現状だよ。
さて、では刻印魔術を『熟練者が使う』ことはあるだろうか?」
既にフィリカのための場となりつつある昼食会で、本人がにやりと笑って問う。
確信を秘めたその男前な笑みを見ながら、全員が思考し、ネーブルが代表して「いや、無いな」と当たり前の結論へと至った。
「その通りだ。
わざわざ使える属性を封入した魔法具に金を掛けるくらいなら、新たな装備に費やす方が正しい選択だからだ。
そもそも『熟練者』と呼ばれる者が、同系統の外部術式の補助を必要とするわけも無いからな」
「お前自分で何を言っているか分かってるのか?
正しい選択とか、必要としないとか、『認められていることを前提にする』のはおかしいだろう?」
「ところがそうじゃない。
この刻印魔術は一部の酔狂を除いて、熟練者は常識的に行わない…つまり『試されていない』ということだ」
「だからそれが…」
「そう、それこそが盲点なんだよ。
一度でも使ってみればよかったんだ。
同じ道具を素人と熟練者で使い、どんな結果が得られるかを」
「だから魔法具を使ったところで差は大して変わらんだろう?」
「はは、ならやってみるか?
もう薄々感付いているだろうがな」
そう言ってフィリカは、ネーブルの持つ【衝撃魔法】が刻まれた魔道具を投げ渡した。
フィリカが指示したMP消費はたったの10と、戦闘になれば牽制に使う猫騙し程度の小爆発だ。
現にネーブルが魔道具を通して使用した魔法は、会議室の中央で「ボンッ!」と音を立てて弾けるに留まった。
「セルジ、次はお前が使ってみろ」
「フィリカ…この歳になって子共扱いはやめて貰えんか」
「私からすれば『人族』の誰も彼もがひよっこだ。
それより消費は10だ、きっちり狙って使えよ?」
「やれやれ、魔法士でもないおれにこんなことさせるなんてな…」
発生した魔法はやはり小さなもので「ポン」と可愛らしい音を立てただけ。
つまり同じ消費でもこれだけ差が生まれるということで、注目を集めるにはいいかもしれないが、これでは戦闘には使えない。
結局分かりきったことを証明するに留まったかに見えたが理熾が「おかしいよ?」と水を差した。
「同じ魔力量で同じ構築式を使ってるんだから、結果も同じにならないとおかしい。
この場合違うのは『誰が使ったか』で、その中でも『熟練者かどうか』が一番違う。
こうなると後は『魔力自体に何か違いがある』って考えた方が良いんじゃないかな?」
「その通り。
練度は構築式の正確さと速度のことを言う。
熟練者はこの練度を上げることで適応するが、そこでもう一つの要素が『魔力の質』だ」
「それぞれの構築式が必要とする魔力の質が違う?」
理熾とフィリカの言葉をネーブルが引き継ぐ。
魔法の根幹部分は誰一人気にしていない。
たとえ誰かが研究していても、それを世間に公表するだけの力があるかは別になる。
だからこの話は、フィリカが独自に広げた発想に根付くものだった。
「そうだな、これが『適性』と呼ぶべきかもしれない。
私で言えば【精霊魔法】だが、これは『精霊が好む魔力を作れる』と考えれば良い。
リオ君なら『時間・空間・重力に適性のあるの魔力』になり、ネーブルなら『【衝撃魔法】用の魔力精製』だな」
「つまりスミレが【空間魔法】を効率よく使う為の魔力を作り出せるってことか?」
「正解」
「だが何で『作り出せる』になるんだ?
適性と言うなら『持っている』と言った方が………。
あぁ、そうか…だが、それを知ったところで特に意味は無いだろ?」
「くく…ネーブル、お前も大概優秀だが、リオ君ほど非常識じゃないな」
「褒められてるのか貶されてるのか判断に困る評価だな」
「え、僕ってそんな風に見られてるの?」
フィリカとネーブルのやり取りを静かに見守っていた周囲は、理熾の感想に小さく吹き出した。
この空気だけで証明された理熾は、残念そうに「そっかぁ」と呟くだけに留まり、思わず笑った大人達を内心慌てさせることになる。
本人はただ受け止めただけなのだが。
「前置きが長い。
結論を言え、フィリカ」
「領主のくだらん仕事など放っておけギルバート。
後でいくらでも取り返せる案件だ、生き急ぐなよ?」
「わし達は魔法士ではない。
細かい話を聞いても理解は進まんぞ」
「仕方ない。
全て端折って言えば、【空間魔法】を付与した魔道具の作成は可能だ。
作成・運用コストは比較的安く済むため、お前達貴族は私に土下座しながら『作ってくれ』と懇願することになるだr
―ガンッ!
「ろう…って早いなセルジ?」
土下座ではないものの、テーブルに手と頭を押し付けたセルジ。
その行動に全員が目を見張るが、当の本人は「馬鹿かお前!」と頭を下げたまま声を上げる。
「爵位も無い俺の懇願くらいで流通が変わるんだぞ?
ならばおれはいくらでも頭を下げるし、報酬を積んだ上でお前を褒めちぎってやるから、今すぐ作って早く寄越せ!」
「くくく…おいおい、セリナはともかく、隣の頭が上がったままだg
―ガンッ!
「よくやる…」
「…痛いぞ」
見れば隣に座っていたギルバートの頭を押さえつけるセルジが居た。
この情報が確かなら辺境伯としても、頭の一つや二つくらい平気で下げるが、押さえ付けられるのはどうかと思っていた。
そう、このラボリ財務官は『商機』を決して逃さないのだ。
それが『選べる被害』であればなおさらに。
「冗談だったんだがな」
「今の話は全て嘘だと!?
商売の話で虚言は許さんぞ!!」
「いや、頭を下げさせる方だ。
モノが作れるのは本当だ…が、いくつか問題もある。
そのために前置きを入れたんだが、黙って聞く気はあるか?」
「勿論だとも!」
額をさすりながらギルバートが恨めしげに「このクソジジイ…」と呟く。
セリナが慌てて冷やしたタオルを持ってきて冷やしていた。
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