ラボリの相談役
ネーブルも理熾の考え自体はよく分かる。
失敗しても魔境なら吐いて捨てるほど実験体は転がっている。
表層部に限ってはどれだけ駆逐したところで文句を言われず、むしろ英雄扱いされること請け合いだ。
それに商人として華々しくデビューしてしまった理熾としては、今更逃げ隠れする必要も無いというのも大きい。
全ての功績は『理熾一味』に与えられ、理熾だけが特別に取り沙汰される恐れは随分と低くなっているのだから。
その反面、討伐者ランクの上限が省かれたネーブル達へ、ガゼルから昇格の熱烈なお誘いが頻繁に届いた。
ラボリの大氾濫鎮圧などの功績で改めて精査して引き上げるとかなんとか。
しかしその全てを理熾は断っていた。
必要な時にネーブル達を引き抜かれてはたまらないからだ。
その点については配下全員が同意していたのでガゼルも手が出せず、結果折を見て提案する程度に落ち着いていた。
もしも何かしらの要請に応じてくれても、Eランクだと正規の報酬が出せないのでガゼルとしてはやりきれない思いがある。
何とも役職者殺しの集団だろうか。
理熾が投げつけた案件で皆が準備している間に、当の本人はフィリカの工房へと顔を出す。
行動指針を考えるのはラボリの主要人物。
文句を言うのは相談役みたいな扱いになっているフィリカの仕事、という感じだろうか。
フィリカはコッペリアの各部を開けてカチャカチャといじっている最中。
設計に際し、他の装備同様、今回も素材作りから始めている。
このため機巧部分の大半を素材や作成物の特性で補う、違う意味での特別製。
設計思想の違いというべきか。
動力部分と伝導部さえあれば『後は術者が何とかする』という完全な切り分け思想。
通常とは全く異なり、スミレの<空間使い《ディメンショナー》>を最大限に利用した『人体投影』を主体に作られている。
感覚で寸分違わぬ座標を取り出せる<空間使い>の空間把握能力は、設計系技士からすると垂涎の能力だともいえる。
ちなみに一般的なものは『力ある人形』を目指すため、体格や出力が非常に大きく、見た目も大雑把でゴーレムかと見間違う程度の出来。
下手をすると余りに武装を取り付け過ぎ、ずんぐりとして二足では立てず、動物に倣って四足、昆虫や蜘蛛を模して六足・八足と千差万別。
挙句『足』では支えられぬ事態に陥り、接地面の広い車輪を付けて戦車や装甲車に近いような感じになることもある。
最早『何処が人形だ?』と疑問も生まれるが、人力を圧倒する点で優秀な機巧技術とも言える。
人と違って上限が緩い分、性能を特化・先鋭化していくのは仕方ないのかもしれない。
ただ、燃費が悪かったり特化し過ぎて汎用性に欠けるなど、問題は山積みされている。
そんな特別仕様のコッペリアと<人形遣い>で繋がっているのか、その横でスミレが目を瞑って感覚を確かめていた。
年齢的にまだ成長する可能性のある『スミレの形に作ってある』ということは、微調整が頻繁に必要になることだ。
この誤差が大きくなれば、まだクラスを手に入れて間もないスミレでは操りきれない。
逆にこの手法によって一般的な<人形遣い>よりも遥かに高効率で操作方法を習得しているとも言える。
一足飛びに難易度の高い機巧人形を、自分型に設計して難易度を下げて操る。
また、その技術向上の副産物で木材兵を3体従えていた。
習得後1ヶ月にも満たないクラスだけで五都祭集団戦の勝者になっているのも、理熾的な学習方法故だろう。
これでは周囲は『昔からコッペリアを使っていた』と勘違いするのも仕方ないというものだ。
ともあれ、マリネのようにあっさりと対応する者も居るので、『コッペリアが特別強いか?』といった問いには疑問が残る。
やはり理熾の周囲に居る者達は総じて『初見殺し』の性質が強いと考えるべきだろう。
「魔境とはまた思い切ったことを言い出す。
あそこは空気を漂う魔素の濃度が高く、魔法が発動しにくい場所で有名だぞ」
「え、そうなんですか?」
「知らずに、か」
呆れるような声色のフィリカだが、手は止まらない。
それにネーブルも指摘しなかったとなれば理由も思い当たる。
「まぁ…スミレを除けば遠距離魔法をメインに使うメンバーは居ないから不便は無いか」
というわけだ。
魔法士で言うならライムだが、補助特化の彼はどちらかといえば中近距離を得意とする。
スミレや理熾が扱う《亜空間》や《障壁》は基本的に視界内。
転移系の魔法についても、ヴァルトルに戻れれば何とでもなる。
たとえ半分の距離に縮まっても戻ることくらいは可能だろう。
「質問なんだけど『魔素』って空気に溶けた魔力のことですよね?」
「あぁ、それが濃いと魔法の制御が難しい。
世界を塗り潰すのに更に濃い魔力が必要だからな。
スミレ、右腕と指を動かしてくれ…何処かに違和感はあるか?」
理熾とのやり取りの合間にも作業を続けるフィリカ。
問い掛けにスミレは「はい」と指示された行動を取る。
腕を上げて回したり、手をグッと握りこんだり、指を一本ずつ開いたりと動作確認を行う。
ゆっくりであるものの、ただの機巧人形が動いていると思えば随分と精密な動きだった。
「少し反応が大きすぎる感じがします」
「反射と認識の速度がバラつくのか。
すぐに調整するから右はカットして次は左だ」
「はい」
同じような動作を繰り返すスミレと腕をいじるフィリカを眺めながら理熾は続ける。
ちなみに邪魔にならないように適当な場所で《障壁》に座り、《亜空間》から飲み物を取り出して口をつけている。
何処でもリラックス出来るのは理熾の特技かもしれない。
「それって迷宮が居るからかな?」
「微妙なところだ。
どちらかと言えば瘴気に近いんじゃないのか?
雑多な魔物が高密度で存在している訳だしな。
リオ君が言ったように、迷宮が高位の<空間使い>だとすれば大氾濫時は魔力で地上を染めていることになるしな」
「んー…その空気って吸えばどうなるの?」
「うん?
別にどうにも…あぁ、いや、一応吸収は出来るか。
民間治療に毛が生えたようなものだが、魔力の回復量が他所より若干早くなると聞いたことがある」
「あ、そうか。
迷宮の魔物もそうやって少し強化されてるしね」
「…人と魔物を一緒にするのはどうかと思うぞ?」
少し呆れたような声で言うが、特に気にはしていない。
迷宮に挑んでいたパーティが、出てくると随分と精強になっていた、などといった話もある。
単に迷宮産の強い魔物と相対した結果なのか、空気に当てられてかは特に研究結果が無いのでフィリカの知るところではないが。
「んー…少なくともその魔素の濃い空気って魔物には良いんだよね?」
「状況を考えるとそのようだが…どうする気だ?」
「向こうの空気をこっちに持ってくる?」
「何のために?」
「魔素を薄くすれば少しは魔境が弱るかと思って」
と思い付きを話す。
フィリカは手を止め、少し驚いた様子で理熾を見た。
相変わらずその面白い発想は何処から来るのか、と。
「…どうやってだ?」
「そこはほら、スミレの《転移門》で繋いで、だよ」
「繋いだところでそう簡単に入れ替わらんだろう」
「【風魔法】使っても良いけど…多分その辺は大丈夫だよ。
ほら、透明な水に色水を入れたら一気に広がるでしょ?
魔素の性質をよくは知らないけど、多分そんな感じで薄まるよ」
あっさり言う理熾には大した根拠も無いが、濃度の高いものは拡散しやすい。
フィリカには色でたとえたが、理熾のイメージはどちらかといえば冷房や暖房が効いている部屋の扉を全開にするような感じだ。
たったそれだけで温度が一定になっていくことを考えれば、門さえ開ければ悪くない案だろう。
「…この辺りを魔境に変える気か?」
「いやぁ、どちらかといえば魔力を奪う気、かな。
ラボリって少し弱ってるから、濃い魔素を中に入れれば大分違うんじゃないかなぁって」
理熾の思い付きが描くのは点滴。
最低でも人工呼吸器のような意味合いだ。
少なくとも生命維持に役立つだろうと考えてのことでやはり根拠はない。
ただ迷宮が活性化している地域の空気だ。
ほぼ確実に迷宮にとっては良い環境だろう。
「実行に移せるかどうかはともかく。
非常に興味深い内容だ。
迷宮を管理するだけでなく育てる算段をつけるとはな」
そう言って作業に戻るフィリカ。
頭では理熾の考えを反芻しつつ手を動かす。
先ほどと同じように「スミレ、左はどうだ?」と調子を確かめる。
「いや、思い付きですよ?」
「魔素の話を聞いただけでこの回答だ。
私が面白くなるのも無理はあるまい?
しかしそうなるとスミレがコッペリアを使うタイミングがなくなるな」
「左に違和感ありません」
「そうか、なら次は両足を頼む。
終わったら右腕をもう一度見てくれ」
淡々と交わされていく動作チェックを邪魔しないように話す。
今の主役はこの二人で、理熾はお邪魔している立場なのだから。
「コッペリアは使いますよ。
魔物を連れて帰るのが一番ですしね。
というより、もしする気なら先に拠点作らないと危なっかしいですよ」
「それもそうか。
面白い話だと急ぎすぎたな」
カチャカチャと音を立てながら調節するが、これで本職じゃないというのが恐ろしい。
そんなことを考えながら「そこでですね」と理熾は本題へと手を伸ばす。
「なんだ、コッペリアの新武装の提案か?
そういえば亡者の操手の核は良い見世物になったな。
次は双頭犬オルトロスの核を使って能力のブーストとか、触れるだけで【凶刃】が発動するとかどうだ?」
「それは面白い案ですね。
けど今回はそっちじゃなくて、フィリカさんも魔境攻略を手伝ってくれませんか?」
理熾はにこやかな笑顔のままフィリカに聞いた。
お読みくださりありがとうございます。
一ヶ月越しに本編に戻ってきました。
まだ予断を許さない感じで、全然お話になりません…。
もう少しどうにかならないものかなぁ…。




