【幕間:開拓地】財務官セルジ・クラインの場合4
リオ君が旅立ってすぐの頃、アールのヤツは俺達が望んだ全ての資料を取り纏め、再度ラボリに持ち込んだ。
何とかラッフェル領のエクス・オーランド伯爵から温情を引き出し、その足でギルに顔を出した行動力には賞賛を送ろう。
とはいえ、当然のように撃沈したようで、使用人達が路頭に迷うことになった。
そう、あいつはエクスを相手に『雇用先を用意する』と豪語したらしく、周囲も使用人達の引き抜き工作が行えなかった。
当てのある使用人達も居ただろうに、元男爵の手前残るしかなく、今となっては行き場もない。
ギルに引き入れてもらってラボリに参画する思惑からの行動だろうが、爵位の重さを知っていれば相変わらず先見性の欠片もない。
馬鹿を戴くとは不憫なものだな。
だが間違いは誰にでもある。
結果的に失敗へと傾くことも同じくだ。
だが、やってはいけないことをやらかしたのなら責任を取らねばならない。
アールが資料を提出しながら今回も泣きついてきた様を見て改めてそう思う。
こいつは本当に馬鹿だな、と。
あの契約を結んだことを悔いているのなら、そこがまず間違いだ。
俺は鬼ではないし、セリナも悪魔じゃない。
真摯な態度や対応をするならばラボリ側も受けようがあるだろう。
しかし代案も無く、ただ『取り下げてくれ』と頼むだけとは余りに酷い。
正式に結んだ契約を取り下げさせるのだから、謝罪をするのが最低限、当然のことだ。
まさかたったそれだけの事で『真摯な態度』と言うつもりか?
そんなもの、鼻で笑われるだけ…貴族としての責務を果たせ無いなら平民として生きれば良いのだ。
それを俺達の話を良いように鵜呑みにしてエクスに虚偽報告した。
アールのヤツはこともあろうに『ラッフェル領主に唾を吐いた』わけだ。
その後使用人を巻き込んでギルに玉砕し、挙句が俺に泣きつく…これが貴族だと?
違うだろう…まったく度し難いものだ。
俺は資料をぺらぺらと捲り、予定通りの『救済措置』を行う。
傍らではセリナとリンクスが同じように資料を捲り、優秀な者の資料を束から引き抜いていった。
黙って状況を眺めるアールに俺は問い掛ける。
「なぁアール、お前は教育には明るい方か?」
「セ…セルジ様…?」
意味は分からんだろうなぁ。
いや、分かったところで今更意味も無いんだがな。
「俺は常々思っていることがある。
『馬鹿な貴族はいらん』とな。
もう一度聞くぞアール、お前の子供は頭が良いか?」
「………私はどうなっても構いませぬ…。
しかし家の者だけは…どうにかしてもらえませぬか」
陥れた自覚はある。
しかしそれでも限度はあるだろうが。
傷口を広げるだけ広げおって…遅いんだよ馬鹿め。
「お爺様、どうにかなりませんか?」
気持ちを押し殺して淡々と資料を整理していた、心優しいセリナはそんなことを言うが、暫くは置いてやることは出来てもそこまでだ。
エクスからすれば完全な裏切り者だからなぁ…追放程度で済ませられれば良いが、一族郎党斬首とかになりかねん。
程度には因るが背任行為はそれほど重い罪だからな。
ちなみに今回の場合、ラッフェル領主に喧嘩売り、アルス領主に尻尾振ったことで大領主間の不和を招きかねない事態を引き起こしている。
外から見るとギルが馬鹿なアールを誑かしたように見えなくも無いからな。
状況は逐次ギルに報告しているので問題ないだろうが、やらかした内容からするとアールのミルド家は丸ごと絶望的だろう。
まぁ、もう爵位も無いのでただの平民…それも大領主に喧嘩売ったイカレた家だがね。
「…当主のお前は首を括る覚悟をしておけ。
それでエクスの小僧の機嫌を取ってやる。
後はお前の子供次第だが…俺が手ずから教育してやろう」
「………ありがとうございます」
泣き崩れる中年男。
相変わらず汚らしいが、俺の横のセリナがホッと息を吐いて頬を緩めているなら今回は良しとしよう。
とりあえずミルド家の面々は、ラボリ領主館に宿を取らせることにし、早速馬鹿なアールを部屋から蹴り出して説明に行かせた。
短期間にラッフェルとアルスを行き来するのは負担が大きいからな。
どちらにせよこれで『抜粋』ではなく、アール元男爵陣営を全て抱えるハメになった。
俺は開いていた資料をパタンと閉じて考える。
さーって、エクス用の権利はっと…これか…これはちょっとなぁ。
対価がアールでは高すぎるが…まぁ、他ならぬセリナの頼みだし仕方あるまい。
そうして準備をしている内にリオ君から、王都へと呼び出しがあった。
俺とセリナを呼び出したのはファロの借金話を終結させるためだ。
というかあの子供領主が五都祭の個人・集団の両方で優勝しただと?
無茶苦茶だなおい…といった思いを心に秘めたまま、前座にさくっと借金話を終えた俺達は、アールに目隠しをしたまま王都に引き摺って来た。
こちらの本命は、五都祭に顔を出しているエクスの小僧と話をつけるためだ。
「すまんな、いきなり呼びつけてしまって」
「何を仰いますセルジ様。
ガーランド国内で貴方との商談以上の大事などありますまい」
場所は下手な部屋や宿よりも遥かに頑丈で防音性能の高い、クライン家が持つ特注馬車の中。
ここならエクスと対面したところでスミレをアールに知られることが無い。
あぁ、何でこんな屑に俺が気を割かなきゃならんのだ。
「それにセリナ様も随分とお綺麗になって。
こちらこそ我が領の面汚しがご迷惑をお掛けしているようで大変申し訳ありません」
「俺が持ちかけた商談が始まりなのでな」
「はは、違いない。
しかしこれはどの者にも訪れる可能性のある未来。
それが適わねば没落するのが必定…我等の立ち位置など砂上の城と変わらぬものです」
「その通りだ。
で、今回呼び出したのは頼みがあるからだ」
「えぇ、伺いましょう」
「アールを引き取りたい」
単刀直入に告げる。
隣に座るセリナは真剣な面持ちで、アールは静かに消沈していた。
エクスに至っては「ふむ…その面汚しを?」と眉を揺らすだけ。
あぁ、これでは俺がエクスを怒らせてるようじゃないか。
何とも損な役回りだ。
「そうだ。
無理を承知で頼んでいる」
「理由を聞きましょう」
「うちの孫が甘くてな」
「はははっ!
それはそれは…いやはや、セルジ様も十分に甘いではありませぬか」
「俺が甘いのは孫に関わることだけさ」
大笑いするエクスに事実を告げる。
勝手に野垂れ死ねば良いものを…何でこんなむさくるしい中年を助けてやらねばならんのか。
何とも虚しい戦利品だろうか。
「でしょうなぁ…しかし聞けませぬな」
「だよなぁ」
「お話はそれだけですか?」
「いいや?
ここからが本番だ…俺と賭けをしないかね?」
「賭け、ですか?」
方針が全く揺らぐことの無かったエクスが少しだけ興味を傾けた。
そうそう、意表ってのはこうやって突かねばな。
俺は「そう、賭けだ」と続け
「アールはくれてやる。
それこそ煮ても焼いても構わん。
本人にもそうなる覚悟を決めさせて連れて来ている」
「それは最低限の話でしょう?
ラッフェル領主の顔に泥を塗った挙句、アルス領主に尻尾を振りに行ったそうじゃないですか」
流石に情報は筒抜けか。
アレだけ派手な動きをすれば目を瞑っていても耳には入るだろうな。
いや、情報を仕入れてくる優秀な者を身近にきちんと飼っていると表現する方が正しいか。
「けしかけたのは俺達だが、まさかエクス相手に虚言を吐くとは思わなかったな」
「ふふ…法を敷く側が法を犯すとは皮肉な話です」
「まったくだ。
俺もいつ死ぬか分からんからそう時間は取らせんさ」
「何を仰います。
今も元気にラボリを開拓しているじゃありませんか。
ラボリ領主のリオ殿も面白い方ですし、たった三ヶ月で拓いたのでしょう?」
実に楽しそうに話に乗ってくる。
どうやらエクスもうちの領主のファンになったようだ。
何とも人を絆すのが上手い子だ。
俺は「今のところはな」と苦笑交じりに返しながら話を進める。
指を三本立て
「3年だ」
「3年ですか?」
「あぁ、その期間でミルド家を育てる。
ラッフェル領主が認める貴族にして、ラッフェルに送ってやる」
「ほう、セルジ様自らですか?」
「おうともよ。
その代わり3年で役立たずばかりなら一族丸ごと好きにしろ。
いや、使えるようになってもそっちで好きに使って構わんが免罪だけしてやってくれ」
「これはまた人が悪い。
それでは単なる先延ばしではありませんか。
しかも私が負ける可能性だけしかありませぬ」
そもそも今回の件は最初から一族丸ごと厳罰の対象だ。
つまりは『厳罰』から『賭けにするから極刑な』とすり替えを持ちかけているだけでエクスに何ら得は無い。
単に3年もの間待たされるだけで、しかも認めるほどに優秀なら免罪までしなくてはならず、面白くはあっても乗れはしない。
「ま、そう言うと思ってな。
まずはこいつが取引した領民の支払い賠償から始めよう」
俺はそう言って人数とは釣り合わない、明らかに多い250万カラドの証文を提示した。
これにはエクスといえども放置出来る額ではないし、臨時収入としては過大な額だろう。
ま、見込んでいたファロの借金の内、アールとリンクスの分が丸々浮いているので、これでもラボリにとっては安いんだがね。
「ふむ…随分と額が多いようですが?」
「なに、ちょっとした迷惑料だ。
引っ掻き回したのは間違いないし、一つの家を没落させたわけだしな」
「なるほど、これで手打ちですか」
「いや?
俺は『賭け』と言ったんだぜ。
これで終わったらただの商談だろう?」
「おっと、これは失礼しました。
私としても過大な金額に目を奪われたようで」
っは、馬鹿言うな。
体面を気にする貴族が『金で動いた』と判断されるような事実は嫌うだろうが。
これで手打ちにしてくれるヤツがわざわざアールの厳罰を望むかよ。
食いついたら金を攫われた上でアール達が首を吊ることになるだけだ。
「俺から賭けのテーブルに乗せるのは権利」
「権利?」
「おう、翡聖鉱山の使用権だ」
「翡聖っ!?」
声を上げたのはアール。
黙っていれば良いものを…ほれ、セリナとエクスは…絶句かよ。
分からんでもないが、それくらいの価値はお互いに必要だろう?
顔に泥を塗られたエクスからすると、今回の件は単に粛清すれば良いだけだ。
いや、むしろ『粛清しなくてはならない立場』に居る。
それをわざわざ賭けに乗らざるをえない内容ってのは難しいものだ。
その『乗らざるを得ない内容』ってのがこの翡聖鉱石って訳だな。
翡聖鉱石は魔力伝達能力の高い、機巧技術に必須の希少金属の一つだ。
こいつがあるから値が跳ね上がるが、実験せねば効率化も実用化も出来ないというジレンマ。
実用化は大量の試作消費の上に成り立つ以上、この鉱石が手に入る鉱山は喉から手が出るほど欲しいだろう。
「立地もお前のラッフェル領内で産出量もそこそこある。
男爵家なら丸ごと二つくらい平気で買える価値があるだろう。
まぁ、他にも屑金属や毒も出てるから仕分けが面倒らしいがね?」
「それはまた随分と大きく出ましたな…」
「お前と『周囲』を納得させるにはそれくらい必要だろう?」
「いやはや…値切るだけでなく売るのも上手いとは。
流石は立て直しの一人…。
侮っていたわけではありませんが、これほどとは…しかしその価値がそやつにあるのですか?」
エクスの問いを聞いてアールがキラキラした目で俺を見てくる。
見るな寄るな拝むな気色の悪い。
対して怪訝そうな視線をセリナが送って来るのにも非常に納得がいかん。
ジジイはお前のために心を砕いてるっていうのに。
即座に「うむ、これっぽっちも無いな」と断言すると、悲壮感を滲ませて消沈する中年男。
あるわけ無いだろこの馬鹿が…本当に何処まで馬鹿なのだお前は。
うざいことこの上ないが、俺の目的は最初から一貫している。
「俺はただ孫の前で良い格好がしたいだけだ。
だがそのために不幸なお前にはこんな茶番に付き合ってもらっている」
「ははは!
いやぁ、これはまたも一本取られましたな」
後腐れも無く、コストも掛からない。
死罪は非常に簡単だ。
対して育成はその真逆。
育つかどうかも分からない者を相手に時間と金と機会を与え続けねばならない。
華が開けば良いが、適合するかや挫折しないかなどなど不確定要素も多い。
何より比較できないほど高価なモノが天秤の向こう側に乗っている現状では、どれだけ身を粉にして学べば良いかも分からない。
ある意味拷問にも等しい苦境がこの先には待っていることだろう。
大笑いするエクスに追い討ちとなる言葉を投げかける。
「たった3年で『翡聖鉱山』よりも高価に磨かにゃならん。
死んだ方がマシだと思うくらいに身と心を削ってやるから、少しは溜飲も下がるだろう?」
俺としても簡単には権利をやる気は無いのでね。
結果的に使えないようなら俺が手ずから使い潰してやる。
権利が渡ってもつりが来るような使い方をな。
「分かりました、その条件でお受けしましょう。
どうせですのでその馬鹿も一緒に教育して頂けますかな?」
「構わんよ。
どうせラボリは人手が足りんからな」
「なるほど、ではここまで想定内ですか」
「まぁな。
翡聖鉱石で落とせなきゃ、後はこの場でこいつの首を刎ねるくらいかね」
「なんとも血生臭い想定を…」
「そこまですればお前も頷かざるをえないだろ?」
「止める間もなくやられてしまえば確かに…えらく強硬手段ですなぁ」
顎をさすりながら「うーむ」と呻るのはポーズかね?
エクスも俺達が出ているからにはその程度予測してるだろうに。
「…私はアールに一切期待していませんが、セルジ様を信用しています」
「そりゃありがたい話だ」
「故に持ち掛けられた過大な賭けに乗るのです」
「無理を言ってすまぬな。
どちらにしても損はさせんさ」
「えぇ、期待しております。
ですので教育費としてその証文を引き取ってください」
「うん?
これは迷惑料だと言ったろう?」
「そうですなぁ…セルジ様以外なら受け取ったかもしれませぬ。
しかしその金は本来アールを経て私が受け取るもので、貴方が出す必要はありません。
故に、アールの一族には翡聖鉱山に3年の延滞料を加えて300万カラドの価値を要求します」
くっは…まさかの上乗せかよ。
出した金を突き返された手前、今更押し込むのも難しいし…こいつ何処までもやりおるな。
「ま、エクスが言うなら仕方あるまい」と証文を引き取りながら告げる。
「ありがとうございますセルジ様。
ではアール。
セリナ様とセルジ様に感謝し、一族の命を賭して励みなさい…次はありませんよ?」
「ハッ!
ありがとうございます!」
俺のためにわざわざ念押しまでするか…仕方ないとは言え本当に信用がねえな。
これで俺達は死ぬほど使える労働力を無償で手に入れた。
ま、翡聖鉱山の権利が天秤に乗ってるから『無償』ってのは随分と誇張だがな。
土地、住居、店舗、領民、警備、事務とこれで何も無いラボリもある程度は揃ったか。
後必須なのがギルドの支店とギルド職員の誘致か…って、領地の規模からして最初からやることがでかすぎるんだよ。
いくら管理迷宮があっても、未開拓の上に領民ゼロの状態でギルド支部建てる話が出るか普通?
はぁ…まぁいい…。
とりあえずエクスには後で何かしら土産でも送りつけておくか。
王都にあるクライン家に馬車で向かう帰路でそんなことを考えていると
「お爺様ありがとうございました」
「構わんさ。
俺がお前に『相談しろ』、『好きにしろ』と言ったんだからな」
そう、好きにさせるために俺が来た。
甘やかせるのはジジイの特権だからな。
「だが覚悟しておけセリナ。
抱えるということは、それだけ重荷が増えることだ。
当然膝を抱えて蹲っているような者を救い上げるのはもっと大変になる。
アールのためにエクスを黙らせるのも面倒だったし、ここからその一族を鍛えるのも随分な手間だろう?」
「はい…」
自分の『手に余ること』は往々にして起きることだ。
どれだけの権力、金、人脈を持とうとも、無理なものは無理だ。
「そして好意が一方的なものであればいつか必ず破綻する。
双方向なものですら、関係を保とうと思えなくなればすぐに崩れるのだからな」
お互いに利益しか見ていなければ相手を使い潰してしまう。
逆にお互いを気遣いすぎていても利益が薄く意味が無くなる。
ほどほどが一番だが、そこを見極めるのが難しい。
「他者の荷物を引き受けてばかりでは潰れてしまう。
抱えるものは選び、抱えたいのならば工夫を凝らせ。
それが出来ないならどんなに価値があって拾いたくとも、絶対に手を出してはいけない」
「…はい、心に刻みます」
「はは、なら今回の件は十分黒字だ。
セリナの成長に使う金なら俺は惜しまんしな」
万感を込めて伝える。
俺はラボリの財務官だが、その前にセリナのジジイだ。
仕事に支障を来たすのはまずいが、それ以外なら好きにする。
あいにくと上司も俺と同意見らしいから、こんな無茶も行える。
死に際に何とも良い職場に出会えたものだな。
お読みくださりありがとうございます。
こうしてラボリはセルジが参加してから一ヶ月で一定の開拓を完了させていました。
無いものは他所から買い取り、しかも賭けが一つあるだけで費用はゼロに抑えています。
M&Aの精神ですが…無茶苦茶ですよね(。。
以前『借金の平定者達』でギルバートがオウルとガートルード相手に話した通り、セルジから金を引き出すのは非常に難しいようです(笑
ちなみにセルジが参加してなかったら、正規の手順で理熾が五都祭に参加することが出来ず、状況を整えて『王族たっての呼び出しで開拓地を特例的に離れる』になっていました(笑




