未開拓迷宮の守護者
4つ目の部屋に渡った時、理熾は先程までとは違う何かを空気に感じた。
《障壁》の足場に座って眼下を見渡して観察する。
四方の壁は毎度のことだが、広さが明らかに大きかった。
50m四方にも拡張され、更にその中の一つの面の真ん中に人が出入り出来る程度の扉が。
そしてその上の高い位置に切れ込みがあった。
そう、丁度『覗き窓』のような不自然な切れ込みが。
扉は遠目に見ても普通過ぎた。
この違和感だらけの部屋の中での『普通』なので、逆に浮いては居たがそれくらいの印象しかない。
挙げるならば頑丈そう、というくらいだろうか。
対する覗き窓は20mの高さの天井に対し、18m程の見下ろせるような位置。
そして縦横が50cm×2mと結構なサイズだった。
閉じている扉と、目線の高さにあるガラスも嵌っていない開放的な窓を見比べる。
…わざわざ魔物が点在する地面に降りて扉を押し開けることを考えれば扉という選択肢は無いだろう。
そう判断を下し、《障壁》を延ばして壁の厚みや奥がどのようになっているかを確認しに近付く。
その移動の最中に背後で大きな動きがあったのを警戒中の感覚が拾い上げた。
そして次の瞬間、おぞましさが背筋を撫でた。
何かは分からないが、途轍もなく『嫌なモノ』が現れたことを知らせたのだ。
「…~~~ッ!?」
理熾は声にならない声を上げ、《障壁》で飛び石の足場を作って前へと跳び退く。
気配を殺すために小さな《障壁》の足場に、壁に背を叩き付けるかのように張り付いて異常の原因を探す。
いや、探す必要すらなかった。
対面にある壁の全面が、ずず、という音と共に迫り上がっている最中だったのだ。
そして下からゆるりと開く『向こう側』から、ドライアイスの煙のような黒いもやがこちらの部屋を侵食していた。
いや、特にその黒いもやに何かあるわけじゃない。
実際にそのもやを受けて魔物の死体が溶けたりとか、腐ったりとか、はたまた生き返ったりということは無いのだ。
だが、それでもその不吉に感じる黒いもやは警戒に値するらしく、生きている魔物は威嚇と共に退いていた。
(あ、そうか…。
まだ『生きている魔物がどうなるか』は分からないのか)
理熾は内心そんなことを考える。
リコとは【連携】で意識を共有したままなので(ましたー…アレきらい)という返事を貰ったりした。
となると『視る種族からしても嫌だ』という訳だ。
背筋を撫でる不快感を抑えながら理熾は待つ。
何が出てくるのか、と。
上がる壁の向こうに佇んでいたのは小柄な人型の骸骨。
動き易い肘丈の作務衣のような合わせ着にゆったりとしたサルエルパンツのようなズボン。
上着として袖のある、ちらほら穴の開いた襤褸マントを引っ掛け、身の丈ほどの先が尖った錫杖を右手に持っていた。
また、膝丈の襤褸マントの裾からは先程の黒いもやがゆっくりと流れ出ていた。
(こわぁ…何アレ)
(アレ、きらい)
見れば見るほど気味が悪く、そんなことを呟けばリコもぶれずに返事をした。
身の毛もよだつと表現出来る骸骨の魔物。
それが単に雰囲気だけでないのならば、恐らくアレがこのラボリ迷宮の守護者なのだろう。
早々に退散するのが良いかもしれないが、この場に出口は無い。
すぐ傍にある開放感溢れる窓の先が何処に繋がっているか分からないので、簡単に飛び込む訳にもいかないのだ。
もし追いかけられでもしたら、最悪は狭い通路の上に袋小路を背負って戦うハメになる。
そうなってしまえば逃げるどころでは無い…等と考えていると
『小僧、ココへどうやって入った?』
唐突に骸骨に話しかけられた。
理熾は余りのことに改めて壁に背をドンと押し付けてしまう。
ついでに頭も壁につけて天井を見上げ、ふぅと息を吐く。
今まで頭の良い魔物は居ても、喋る魔物は居なかった。
故に理熾としてもこの声掛けは想定外。
そんな大きな衝撃を受け流している最中だったのだが、重ねて『おぬし聞いておるのか』との質問が飛ぶ。
気を取り直した理熾は
「えっと、初めまして」
ととても間の抜けた答えを返した。
そんな返事に呆れたのか骸骨は骨をカタカタ鳴らしながら
『カカッ抜けた小僧じゃ。
だがわしが欲しい答えとは違うの』
と告げながら初めて理熾に顔を向けた。
眼窩の奥がぼんやりと赤く、目のように見える。
顔に肉が無いので表情を読み取ることは出来なかったが、少なくとも『会話が出来る相手』と考えて理熾も対応する。
問答無用で戦うよりは色々マシだろうと。
「僕は迷宮を攻略しに来た者です」
『なるほど、若いのに大したものじゃ。
してどのようにしてこの場におる?』
「この階層では5分間立ち止まれば足元に落とし穴が開くみたいですね。
ここへは4回の強制移動を経ています。
もしかすると直通の道があったのかもしれませんけれど…」
『ほぉ…なるほど、正規の手順でこの場に居ると』
「…え、他にも方法があるんですか?」
『いやなに、ここは管理者が居る珍しい迷宮でな。
『裏口』から入ることもありえるのかと少し思ぉての。
カカカ、これは随分と失礼な話を持ち出してしもうたようじゃ』
「失礼…?」
疑問を持ったが、この骸骨はこの最下層に子供が一人で居るのはおかしいと言いたいのだとすぐに理解した。
そして「あぁ、そういうこと」と思わず口にして頷く。
いつものことだなとも考えながら。
『すまぬなぁ』
「良いですよ。
慣れてますので」
『では改めよう。
歓迎するぞ挑戦者。
わしはこの迷宮を守護する骸骨の愚賢者…アガタじゃ。
迷宮核を欲するならば…わしを踏み越えてゆくがよい』
錫杖で地面をカツンと音を立てて突き、襤褸マントをはためかせながら黒いもやを撒き散らす。
まさしくボス的な所作と雰囲気だが、長くは続かなかった。
何故なら
「あ、いらないです」
と理熾が返答したからだ。
余りの空振りにアガタと名乗った骸骨の愚賢者は顎をカタカタ鳴らす始末。
肉の無い顔なのに若干気落ちしているようにも見受けられた。
『…おぬし、つい先程攻略しに来たと言ったではないか……』
「え、うん。
単に探索するためだけに来たんですよ。
どんな魔物が出て、どういう迷宮で、何層あるのか。
大氾濫の予兆があるなら間引きなんかもしないといけないし」
『何とも面白味の無い輩じゃ…』
「一応仕事で来てるので…」
苦笑いをしながら返した答えは全く子供らしくないものだった。
【神託】という理由もあったとはいえ、趣味の領域でもあるので正しくは無かったが。
『その仕事の中に迷宮核は…』
「入ってませんね。
この迷宮を討伐するかもまだ決まってません。
こちらの事情が通用するかは分かりませんが、本当に調査のためだけに来てます。
まぁ、迷宮核が手に入った方が良いけれど、絶対って訳じゃないし…面倒事になるくらいなら、僕はいらない」
その返答で張り詰めていた空気が一気に弛緩する。
実を言うと迷宮内の魔物を討伐すれば大氾濫が止まるかどうかなど理熾は知らなかった。
ただ、溢れ出る魔物の数は確実に減るので、結果的に被害は少なくなると思っていただけだ。
何より大氾濫の概要が『迷宮から魔物が溢れ出す』ということを考えれば、単に迷宮核を奪って解決するとは思えなかった。
むしろ核を奪って迷宮を討伐することで、今現在迷宮内に居る魔物を追い出してしまい、大氾濫が起きる可能性もあるのだ。
迷宮周囲を開拓中でそんなことを引き起こしてしまうと戦犯扱いになりかねない。
何にせよ、迷宮核を発見した時点で一度帰還し、ギルバートの判断を仰ぐことになっていた。
これは現在領主指示で探索している全探索者共通のお達しなので、勝手に破る訳にも行かない。
そんな事情がアリアリだが、アガタと対峙することを回避出来たようで少しだけ安心する。
内心では【神託】も核の持ち帰りではないので、執着する必要が無いという計算もなされていた。
ただ<迷宮創造者>は引き摺って帰らないといけないが。
『何とも無欲なものよの。
近頃の生者は皆そうなのか?』
「んー…どうだろう。
というか今さらっと不死者宣言したね…」
『カカッ、見た目通りという訳じゃな。
ところで…おぬしはどうやって空中に立っておるのじゃ。
あぁ、いや、秘術というならば無理に聞き出しはしないでの、気楽に答えてくれればよい』
骸骨のために表情は見えないのだが、好々爺の雰囲気に切り替わる。
もしくは研究者の好奇心だろうか。
少し考え、理熾は使えると思って提案した。
「アガタさん」
『なんじゃ坊主』
「あ、忘れてました。
遅くなりましたが理熾です」
『うむ、名は必要じゃて』
「はい、それでですね。
ご質問されたこの方法は、過去に誰かが出来たかもしれませんが一度たりとも広まったことがありません」
『ほほぅなるほど。
独自術式、と言いたい訳じゃな?
それはそれは、随分と興味をそそられる話だの』
「ありがとうございます。
だから教える代わりに、僕の質問にいくつか答えてくれませんか?」
アガタからすると『新技術』だが、理熾からすると足裏に展開した小さな《障壁》という技術は単なる使い方。
外に出しても何ら問題ない。
また、出来る者も限られている上に、ただの『発想の勝利』なので知られれば簡単に真似されてしまう。
この世界に特許や著作権が存在するかは不明だが、個人が展開する魔法技術にまで制限など掛けられないだろう。
であれば、交渉条件としては随分と安い話だ。
『ほぅ…魔物を相手に取引とな?
いくら話が通じるとしても虚言を吐くかもしれぬぞ?』
「情報なんてそんなものですよ。
当人が信じてれば嘘でも真実ですしね」
『カカッ!
おぬし見た目通りの年か?』
「えっと…13歳ですよ?」
『なるほど、面白い小僧じゃ!
何でも聞くがよい。
知る範囲で答えようではないか!』
ありがたいことに理熾の胡散臭い話に乗ってきてくれた。
そもそもお互いの情報が正しいかどうかの確認など出来ないのだから条件は同じなのだ。
それに理熾からしても今のところ手がかりゼロなので、その辺はどちらでも良かった。
「守護者のアガタさんが居るということはここが最下層ですよね」
『その通り。
この5層が最奥となっておる』
「ここの迷宮主は貴方だと思いますが、もう一人の主…<迷宮創造者>は何処に居ます?」
と駆け引きなどせずに理熾はド直球を放り込んだ。
お読みくださりありがとうございます。




