【幕間:執務室】領主の軌跡3
特別編最終話。
残り10年のお話となります。
日々変化するアルスの景色が、見れる程度に落ち着いたのは20年ほど経った頃。
それまでは日々山積みされる問題に忙殺され、瞬間の判断を常に求められるような状況だ。
しかもその時の判断が間違っていれば、さらに多くの問題を引っ提げて手元に戻ってくるのだから、雑な返事も出来ず気が抜けない。
よくもまぁわしを含めアルス領に引き入れた面々が20年という長期間に渡り潰れなかったものだと感心する。
いや…むしろそれくらい器用でなくては役にも立たんのかもしれんな。
あの破綻が嘘のように活気溢れる街にはなった。
とはいえこれらは全て仮初めの姿。
アルス領の借金は減るどころか増えているのだから。
最初期にあった借金の整理はまだ終わっておらず。
ここに至るまでに積み増しした借金の多くはクライン家が肩代わりしている。
つまり20年経った今でもアルス領は『利益を出していない』という訳だ。
いやはや、恥ずかしいものだ。
これだけの時間を費やしてもこの程度。
まったく…身の程が知れるというものだ。
それでも街の経済は活況であることに変わりなく、日々規模は拡大していった。
この好景気をゆっくりと鈍化し、維持に向かわねば恐らく何処かで折れる。
例えばガーランドの景気が落ち込んだ時。
何かしらの産業が時代遅れになった時。
一番ありえるのはクライン家という財布が尽きた時、か?
だからせっかくの好景気に水を差すのも…と税の取立ては相変わらず緩やかではあったが、税の種類や比率は少しずつ上げていた。
時間を掛けてゆっくりと。
領民達に『税金の支払い』という、わしらの勝手で領民達の負担を下げられる余剰分を作っていくために。
例えばの話。
年収の3割が税だとすれば、わしらの一存で最大で3割分まで『領民の純利益が増やせる』ようにな。
そんな時が来ればわしらが直接的に割りを食うだけなのだから、税の引き下げ騒動にならぬように細心の注意を払っているがね。
いや、まぁ…格好を付けても実際は赤字経営なので一概に経済対策のみという訳では無いのが情けない。
しかし街の経済規模が大きくなるほどに細部が見えない。
敷いている税制は初期に設定した3つの税を骨子に毎年変更・更新していた。
法や体制も同じく、フィード家やシュルフ家を筆頭に助言を受けて組んでいたが、どちらも現実に即しているかは分からない。
施策の全ては全領民に益が出るように…など夢物語。
必ず抜け道・落とし穴が存在し、施策から零れ落ちたり抜け出たりする者が現れる。
特に問題なのはわしらが新たに打った施策で破綻する者達が居るかもしれないことなのだから。
ほんの少し余裕が出来たある時、ふとアルスの街を見渡してそんなことを考えた。
わしのような役職者に話を持ってくる者・来れる者は限られていたからな。
いや、報告者を疑っている訳ではない。
単に情報を『まとめて報告する』以上、削られたり意図が変わってしまった内容も少なからずあるはずだ。
直接話したところで伝わらないこともあるのだから、間に人を挟むほどに意図せぬ方向に向かうのは仕方ない。
わしの手元に来るまでに何人もの手を渡り歩いた後なのだから。
何がきっかけかは覚えてはいないが、そんなことを父の前で呟いたらしい。
すると「だったらギルバートが商売を…経営者をすれば良い」と言い出したのだ。
既に領主という最大に近い規模の経営者ではあるが、確かに領主業に専念しすぎていたかもしれない。
代官時代はもっと小さなことでも見落とさなかったはずなのだから。
むしろ父を思えばその指摘も『まさに』の一言だ。
アルスの経理を握りつつ、趣味で父、わし、クライン家の資産運用を平行して行っている。
つまりいくつもの莫大な財布を手に持つ父なのだが、平然と新規事業の発案や売買の品定めをしている。
なるほど、確かに父は『経営者』も行っているな。
…どちらかと言えば投資家だと思うが。
そうして思い立ち、作った一つが『あけみや』だ。
情報収集を目的として作ったが、採算度外視には絶対にしないし、出来ない。
そんなことをすれば他の経営者に迷惑が掛かるからな。
とはいえ『放し飼いにしたい不審者の収容』や、『新技術の試験場』、『人材育成の場』として利用するつもりで作った。
単に『宿を趣味で作りました』では外聞も悪いし、色々とこじつけた感じだが。
そこで優先したのは食事と浴場。
部屋の広さを抑えて数を増やし、宿泊客数を稼げるようにしたのは意図的だ。
寝るだけの部屋にそこまで広さを求める庶民は居ないし、ある程度の金を持つ者は使用人を連れているからな。
高級宿一歩手前の金額設定なのは邪魔な貴族を泊めず、逆に泊まるような貴族であれば情報収集をするための値段。
そして何より『金の価値』を理解しているであろう金持ちを泊めるためだ。
立ち上げにはノイズの両親が尽力してくれ、一年程の試験運用を経て二人は抜けた。
事務処理能力の高すぎるシュルフ家は、立ち上げと行き詰まりを感じた時に真価を発揮するからだ。
ちなみに彼らはわしからの爵位を拒否していて、その理由が『クライン家の下に付きたくない』らしい。
翻せば『いつでも抜けてやるから覚悟しろ』という訳だ。
何とも生意気な話だが、それを言われて引き下がらせるだけの能力を持ち合わせているから笑うしかない。
そうして立ち上げ期を終えたシュルフ家が抜けたあけみやは、領主館や騎士団などの行政組織で働く使用人達の研修地としても使われている。
宿屋の仕事は多忙を極める。
いや、やることが掃除・洗濯などの家事手伝いに加え、接客や金銭の取り扱いにまで至る。
最低限の仕事を覚えるだけで大変で、それらを『効率的に回す』のは更に難解だ。
このためあけみや出身の使用人の評価は他の追随を許さぬほどに高い。
ただ、その中にはシュルフ家の者もちらほら居たことを思えば定期的に調整措置を取ってくれているのだろう。
ありがたい限りだ。
そんなあけみやをノイズの両親から引き継いだのはその時の筆頭侍女。
それから更に一度代替わりをして、今のセリナに引き継がれたのが5年前の12歳の時。
10歳の時にあけみやで手伝いを始めていたので、年上の新入りよりも遥かに使える子供だった。
作業に関しては小さい身体なので難しかったが、その分を効率と指示で補っていたのだ。
余りにも早い就任に当初は異論もあったが、わしは感知しなかった。
その時の責任者が「セリナになら出来る」と託し、セリナが「やる」と決断したのだ。
わしが横から「無理だろう」といきなり口を挟むべきではないし、ダメならば本人が責任を取る。
むしろそこで大きな失敗をしてくれた方があの子にとって重要な経験になるとさえ思っていた。
あけみやは情報収集用の宿屋だが、研修地でもあり、『失敗する場所、出来る場所』なのだから。
ちなみに。
あけみやもそうだが、わしの副業的な事業は全て外に出していない。
だからとひた隠しにしている訳では無いから、感付かれる可能性は大いにある。
ただ、やはり公表していないのと、そもそもわし自身一般の店にふらりと『視察』の名目で入ったりするからな。
領主だと知られているので、何処へ顔を出してもどうしても『扱い』が変わってしまう。
逆に言えばわしが『どんな理由で扱いが変わっているか』が分かっておらず、事業主だと知らない従業員も居るかもしれない訳だ。
面白い話ではあるがね。
セリナがあけみやで采配を揮い出した同じ頃、ようやく公共施設や民間の建設が一回りした。
以前から打診が来ていたギルドの受け入れが整った瞬間でもある。
建築の規模や必要となる土地が大きいため、通常は領主側と折半して建てる。
それを掛かる費用の全てをギルド持ちとしたのは赴任したガゼル嬢の判断。
「財政難のアルスに拠点を置くにあたって、それくらいの対価が無くては申し訳ありませんから」
とのこと。
こちらとしてはありがたい話なので受け入れた。
対価として持ち出したのは、要望のあった土地の手配と、設計通りの建造許可だ。
少々複雑な構造で、大きさに関しても他を威圧するようなサイズになってしまったが…単に借りを作るよりは遥かに良いだろう。
思えばこの時点で『辺境』としての立地を理解していたとしか言いようが無い。
そうしてようやく成立したギルドとの提携は、最初から引き入れていればと思うほどの収益を上げた。
ただ領主就任直後で税制がザル状態であればこうはならなかっただろうがな。
ギルド員という新規労働力を獲得したアルスは更に開拓が進んだ。
遅れ気味だった街道の整備もこれを機に推し進めた。
元々物資が足りずに自己完結気味…というか、消費ばかりのアルスだったが、素材の出荷が行えるようになったからだ。
これが本当に数年前。
他の領地に比べてスラムが小さいのも、官民問わず能力が高いのも。
アルスに住む領民達は誰も彼もがこれらの『過渡期』を経験しているからだ。
いや、この30年間すべてが過渡期だったと言えるかもしれない。
そんな不安定な過渡期を経験したアルス領の住民達は能力が高いので、新参者には厳しい土地かもしれないな。
だがそれでも頭角を現す者も当然居る。
最近の話ならば、リオ君はまさにと言うべきだな。
思い返せば何の力も無い不審な子供だった。
ガゼル嬢に依頼してカマを掛け、セリナに監視させた2ヶ月ほど前が本当に懐かしい。
平和的に野うさぎの話をした次に会ったのは約10日後。
オークの緊急討伐戦でアルスと領民を救ってくれた時だ。
初めて聞いた時は思わず「何の冗談だ?」と報告に来た事務官に問い合わせたものだ。
当然答えは変わらず、驚く以外の感情が沸かなかった。
あけみやで寝込んでいるリオ君の様子を見に行き、同行したというフィリカに話を聞いても同じ回答。
わざわざ子供の冗談に付き合うタイプでは無いことを思えば確かなのだろう。
軽い事情説明と共に、功労者であるリオ君に立場を明かすことに躊躇いは無かった。
その後謝罪のために領主館に呼び出したところで更に驚いた。
たった13歳とは思えない受け答えは最初からだが、この10日で一体何があったのだろうか。
領主としての顔を知った上で、わしと対等に話すのだから恐れ入る。
12歳であけみやの責任者にセリナを就任させたわしが言うのも変だが、それでもこの成長には目を見張ったものだ。
後から思えばフィリカの影響を多大に受けていたのだろう。
それからは顔を合わせる度に思考のキレは増していった。
元々の素養に加え、<空間使い>という希少クラスを手にして『出来る範囲が広がったから』だろう。
だがいくらなんでも初陣で緊急依頼まで出した群れを半壊させることなど出来るはずが無いんだがなぁ…。
まさか街の外で拾った無力な子供がこれほどの才覚を持ち合わせているなどと誰が予想出来ただろうな?
その後もリザードの討伐や、エリル達よりも早くシミルの工作員を捕縛するなどの功績まであげる。
工作員の方はフィリカが捕まえたらしいが、その間にリザード2体を抑えるだけでなく屠ってさえいる。
片割れはユニーク持ちで、進化準備まで行った個体なのはギルドでも確認している事実だ。
その辺りからだろうか…簡単には使えないが『強力な駒』としてリオ君を見るようになったのは。
いや、その随分前のオークの緊急討伐の時から頭の端には引っ掛かっていた。
だからこそ僅か10日間という短期間で役職を明かしたのだから。
そう…いつかは知れるわしの役職を、『知られる前に教える』という小細工まで使ってな。
子供相手の評価としては最悪だ。
自己嫌悪すら抱くが、リオ君は残念ながら領主側を認めさせるだけの実力と成果を積み上げてしまった。
だからこそ13歳に精鋭の工作員を与えたのだが、その結果が転送員の誘拐だ。
大国相手にほぼ完璧な偽装工作を施した挙句の成果に、わしとエリルは状況を掴みきれなかったのも今は懐かしい。
相手側に余裕が無いから良かったが…いや、そこを見越して行動を起こしたとも話していたな。
大人顔負けの計画性にわしとエリルはフィリカに叱られる始末だしな。
他にもキング討伐には感謝しか無く、貴族相手の大立ち回りは驚かされたし、セリナの件でも世話になったか。
おぉ…思っていたよりも世話になっている事が随分と多いな。
随分とアルスに貢献してくれているものだ。
ただ、その過程で発生した問題や騒動の全てに蓋をしたのは領主であり、ギルドマスターだ。
でなければリオ君を取り巻く環境はもっと劇的に変化しているだろう。
その隠蔽の対価は十分すぎるほど支払ってもらっている。
分かり易いものでいえばそうだな…ポルンやオークを討伐してもらったのは記憶に新しい。
加えて大氾濫の前兆の報告、アシュレイ殿の保護によるラボリ迷宮の発見など。
他にも先日のBBQ直前にエリルが遠征の報告に来た時の話もそうだ。
『アルス領の懸念事項』という内容を思えば、客人の前でするような話ではない。
だからあれは逆の意味…実を言うと『リオ君に聞かせたかった話』なのだ。
ポルンやオークをわしらへの好意で狩ったリオ君なら、アルスの危険性を知っていれば対処してくれるとの『打算』から。
大氾濫が起きているかどうかはさておき、全体的に魔物の数が増えていることには変わりない。
対策は必須であるものの、やはり手が足りない。
実際の戦力でなくとも<空間使い>の移動能力を借りるだけでもかなり違う。
距離が短かったにも関わらず、討伐期間はエリル達が往復5日に対してリオ君達は半日ほどだろう。
『魔物討伐の時間だけ』を比べるなら恐らくエリル達の方が圧倒的に短い。
目標討伐数がエリル達の方が多いにも関わらず、だ。
注ぎ込んだ人数が多く、それにより対応策が増えるのだから当然かもしれないが、反面現地までに掛かる時間と労力は桁違いに多い。
それらの改善だけで対策資金と人員に余裕が生まれることを思えば引き込んでおくに越したことは無い。
実際今はラボリ迷宮を開拓するためにスミレの力を借り受けている訳だから、なんともありがたい助力だ。
わし個人の感情でならば『リオ君に悪い』と思うが、領主として我を通せる状況ではない。
少なくともこの魔物の増加現象が落ち着くまでは味方で居てもらいたいし、戦力として考えるしかない。
そんな打算が多分に含まれていたのをエリルは気付いているだろう。
察しが良すぎるのも困ったものだが、そんなわしの他力本願をエリルは非難しない。
恐らくルルガも『平和になるならそれで良い』と笑う。
わしには勿体無いくらいの部下だ。
たまにやりすぎるのは困ったものだがな。
「ふぅ…」
思わず出る溜息は、昔を思い返したからか。
24歳の若造でアルスの領主になって早30年。
山積する問題を何とかしている内に経ってしまった。
未だに積み増しされる難問が記された紙束。
わしが二十歳で爵位を継いだことを思えば子供達には悪いことをしたかもしれん。
いや…確かに託すタイミングも無かったが、むしろ楽をさせすぎたかもしれんな。
何だかわしばかり損を見ている気がしてきたぞ?
父は未だに現役ではあるが、あちらは使える後任を立ててあるし今となっては半分以上道楽だ。
当主として領主を続けるわしは流石にしんどいなぁ。
少なくとも『クライン辺境伯』はそろそろ息子に譲りたいものだ。
長男を筆頭に全員嫌がりそうだが。
そんな益体もないことを考えながら、毎日のように机に積み増しされる紙束をわしは今日も処理する。
今日よりも少しでも発展した明日を作るために。
お読みくださりありがとうございます。
過去最長の3話に及ぶ特別編いかがでしたでしょうか。
アルスはこうやって復帰したのですが、これをもう少し細かく書けば本一冊分(10万文字)くらいになりそうですね(。。
何とも無謀な話を短編に選んだものだ…。
さて、今回はギルバートが行った不審行動の数々の種明かしの回でもあります。
相手に気付かれずに密かに懐柔し、自発的に行動するように促すため。
また、要請に対して快く受けてもらうための下準備と言えるかもしれません。
その為に役職を明かし、奴隷を与え、アルスの情報を渡した全てが、領主として『理熾を利用する』というところで繋がっていました。
ある意味一番の黒幕はギルバートかもしれませんね(‘‘




