【幕間:執務室】領主の軌跡
300話の特別編です。
今回は趣向を変えて理熾の話ではなくギルバートの話。
アルス領主として任命された経緯などについて書いてみました。
ふとした拍子にわしがこの地に赴任してきたことを思い出す。
勤め人の父は、領地を持たない爵位だけの貴族だった。
しかも今の辺境伯よりも二つ…いや、その爵位はわし用に伯爵よりも上位として用意されたものなので三つも下の男爵。
そのせいでうちは平民としては裕福だが、貴族としては貧乏な家柄だと思い必死に学業などに打ち込んだものだ。
だから『学園の生徒』というくくりではそこそこ優秀だった。
対して学業以外の新たな刺激は、将来『知らなくて困る』ということが無いように、知識を吸収するためと割り切ってしまっていた。
その中には遊戯に属するものも存在していたが、残念ながらのめりこむほどの熱意は起きなかった。
何とも冷めた学生生活だったものだ。
そんな学生生活と共に、幼き日のわしはクライン家の一員として父の手伝いもしていた。
運営する領地など無くとも、貴族である以上は雑務はあるし、むしろ監督役の真似事までしていた。
しかも数字に強い父がやっていたことは、基本的に複雑でややこしいことばかり。
何度も『ただの雇われ男爵がやることか?』と思いながら難事に頭を捻らせていた。
ただわしもどちらかというと父に似ていたらしく、作り込まれた施策や方法を模索し、改善策を考案することが楽しかったのだ。
『自分の手で状況を変える』というところに魅せられていたのかもしれない。
それが功を奏したのか、父と同じく勤め人だったわしは、代官として領地を任されるようになっていた。
雇われ領主のようなものなのでそこまで威張れた訳ではないものの、その土地の責任者なのだからしっかりせねばならない。
また、代官就任が決まった同じ頃、父が急に「隠居する」と言って仕事も辞めて引きこもった。
それが共に二十歳の時だ。
外から見るとわしが当主を追い落としたとか。
逆に父がわしの昇進が気に入らなかったとか。
はたまた病気で臥せったとか、そんな風に受け取られたかもしれない。
当主を降り、勤め人としても引退した年齢がまだ37歳なのだから、そんな噂も立つというものだが…実情は全く違った。
父は「クライン家をようやくギルバートに渡す決心が付いた」と告げたのだ。
つまりわしが代官として赴任する先で箔をつけるために『当主を降りた』訳だ。
あの時は嬉しいことではあったが、なかなか重たいと思ったものだ。
何せ同時期に初体験である代官も任され、当主になった途端馬鹿みたいな額の金を持たされたのだから。
いや、金だけではなく『資産』だったのだが。
そう、実を言うと我がクライン家は貧乏でも何でも無かったのだ。
領地を持たないクライン家を引き継ぐのだから、当主になったところで受け継ぐものなど無い。
貴族としての役目と、家の雑務を押し付けられるだけ…そう思っていたのが懐かしい。
それが蓋を開けてみると我がクライン男爵家は莫大な資産を持っていた。
どうやら多数の権利収入や、それらに付随する多額の運用益を得ていたらしい。
その額もそこらの子爵・伯爵…下手をすると公爵家よりも金持ちなのだから驚くしかない。
わしの父は異常に数字と新技術に強いのは知っていたが、それでもこの額は無い。
それを二十歳で当主の座に付くまでさっぱり知らなかった訳だ。
余りの落差というか格差に「冗談だろ?」と呟いたのを良く覚えている。
当主の座と共にぽんと渡された『資産の目録』を食い入るように見るわしに対して父はにやりと笑っていたのもな。
結局、父から託されてわしが扱っていた金額は全体の資産からすると万分の一にも満たない、余りにも小額なものだった。
わしへの仕事の分配は金額の大小ではなく、仕事内容の重要度で選んだらしいが…それにしたって酷い話だ。
まぁ、全体の金の流れを知る機会が今まで無かったのは確実に父の策略だろうな。
そのせいでわしや妹はこの事実を知らずに育っているんだから。
まったく、とんだ食わせものだよ。
ただそんな莫大な資産を前にしても、わしと妹は今までの境遇からか、自らに使う金というものが余り無かった。
いや、妹の場合は既に嫁に出ていたので金を使う使わないという話でも無かったか。
だが貧乏性というほどでは無いものの、着飾ることや見栄を張ることに大した興味が無かったのは事実。
例え家に居たとしてもわしと同じように浪費に走ったとは思えないな。
それらは金持ちを振り翳す貴族達を、羨ましく思いつつも浅ましく見ていたからなのかもしれない。
実際に『必要なモノ』なんてのは一握りなのだから、無駄にモノを持っていても邪魔なだけだ。
ちなみに父は『引きこもった』とは名ばかり。
確かに仕事も隠居して、クライン家が抱える仕事への口出しは一切しなかった。
あぁ、顧問的な感じで疑問・質問や方針の相談には快く相手してくれたがね。
それとは別に、わしと父の個人資産に加え、クライン男爵家が持つ資産の一部の運用に精を出していたのだ。
先見性のありそうな事業に金を出したり、見知らぬモノを買い漁っては転売したり。
はたまた新たな利用方法を検討し、方法と共に売りさばいて権利収入化したりと様々だ。
とはいえ父は金が欲しい訳ではない。
単に趣味として行うことが実益として返って来ていただけ。
それだけで十分な才能だとも思うが、長期的に見れば膨大なプラスを刻んでいたのは恐ろしい話だ。
一体あの発想や決断力は何処から来ていたのか、未だにさっぱり分からない。
何故これでわざわざ『勤め人』などを行っていたのか不明だ。
というか仕事を辞めてからの方が明らかに稼いでいるのだから、本当に馬鹿馬鹿しい。
わしが父には勝てないと思う一つだな。
そんな折、アルスが破綻した。
いや…国際社会的には『破綻寸前』とされていたか。
前領主がやりすぎたのが主な原因だが、周囲の貴族も甘い汁を吸っていたらしい。
10年以上もの長期に渡り、周囲を騙し続けてやりすごしたのだけは思わず感心したな。
年に一度、税の調査や資産の状況確認を行う訳だからな。
書類に嘘を書くにも見せ金は必要だし、色々と苦労したに違いない。
無いものは出せないからな。
そんなアルス破綻後のガーランドは更に荒れた。
貴族・商会・個人問わずに金を借りまくったらしく、『破綻したから借金は返せません』では話にならなかった。
そんなことをやってしまうといくつもの貴族が没落し、国民の経済が崩壊し、国全体の財政基盤がごっそりと無くなる。
下手をすると10年以内に国自体が無くなるような緊急事態だった。
まぁ、少なくとも五大都市の一つが破綻すればそれくらいにはなるだろう。
四輪馬車の車輪が一つでも壊れたら動かないのと同じだ。
それに金を返すだけで話が終わらないのも問題だ。
清算すれば終わりなら、多少財布が痛くとも王族が声を掛ければ貴族達は頷いただろう。
放棄出来るならそれで良いのだが、破綻した都市の場所が悪すぎた。
ガーランドは辺境の国として周辺国から『防衛費』を受け取っている。
つまりガーランドのみならず、周辺国にとっても『辺境』という土地は余りにも重要な場所だからだ。
これが『魔物の群れに襲われての一時撤退』ならば他国も納得しただろう。
その遠因で破綻したとしても同じくだ。
しかし単なる『浪費の結果』という余りにも酷い理由では国際的な信用が失墜する。
いや、既にその信用は最底辺だとは思うのだが…むしろ『この苦境をどうする気だ』と問われている状況だったのだ。
つまりアルスの街を捨てるどころか立て直す必要があった訳だ。
しかも他国に頼る事無く、ガーランドのみで。
この緊急事態に国としてアルス救済を掲げたが、放置した責任は王族にあるとされた。
実際アルスの暴走を止められたタイミングは何度もあったし、温い監査で10年以上も見過ごしたのだから追求を受けるのも仕方が無い。
これを受けて王族は即座にアルス前領主と連なる貴族全ての資産の差し押さえた。
一部の証拠等が無い貴族は爵位の降格、その他の真っ黒な貴族達は剥奪に加え処刑や隷属化された。
この件に関わる親類・縁者にも粛清は及び、アルスは一時的に管理する者が完全に居ない空白地帯となってしまった。
これはアルスの建て直しに邪魔になりかねない貴族を全て排除するためでもあった。
さらに王族は爵位の上から順にアルスの再建の打診を行った。
爵位の高い領地持ちが優先的に打診されたのも、別収入があるからこそアルス復興の財源が確保出来ると考えられたからだ。
元々一つ以上の領地を治め、貴族の位を持っている状態なので話が来ること自体は問題ない。
それだけ資産を持っている訳なのだから、順当な話でもある…が、それは任せる側の理論。
破綻したアルスは最早廃墟に近い。
『立て直し』と名の付く通り、労力を思えば掛かりすぎ、必要となる金の上限も分からない。
だというのに、辺境という立地に加えて防衛という負担が大きく、どうしても利益にならない。
五大都市の一つを治めるという箔はついても、延々と赤字を垂れ流していては維持すらままならない。
これでは現在治めている土地まで巻き込んで衰退してしまう…というのが状況を知る大領主の統一見解。
要は空白地帯のアルスに、今後どれだけの金を掛ければ良いのかの目算すら立たなかったのが大問題だったのだ。
底に穴が空いている浴槽に湯を張るようなもので、しかもその『穴の広さ』すら分かっていない。
都市を復元することすら出来ず、産業を興して収入を得るなど夢物語のような状況なのだ。
これだけの悪材料が揃っていれば普通は引き受けないだろうな。
それに『状況を知らない・理解出来ない無能』に話を振るほど王族は無能ではない。
嫌なことを押し付けていると理解しつつ行った要請は、そのすべてに適当な理由がつけられた上で拒否された。
そんな負担を抱えるだけの余裕は無いし、現地の領民には申し訳ないがそこまでする義理もないという訳だ。
打診を受ける者が居らず、結局子爵という位にまで話が降りてきた。
その時に声を掛けられた直属の上司が、雑な断りと共にわしを推したのだ。
上司からするとただの逃げ口上ではあったが、代官を勤めていたわしに任せてもとりあえず大丈夫だと判断したらしい。
少なくとも『悪化だけはさせない』という信頼を持たれていたのは良かったのか悪かったのか…。
本来であればわしのような下っ端貴族が行うような事業ではないのだからな。
しかしそんな明らかに人選ミスというか、ありえない人事だったのだが、王族側が乗り気になってしまった。
それにわしの父がやたらと金を稼いでいたこともあったのだろう。
対外的には男爵から辺境伯という無茶な昇進扱いでの要請で、しかもその内容は酷いものだった。
完全に丸投げ状態な上に、何故か隠居している父の方が先に知る始末。
「打診まで受けた」とわしに教えてくれた父の困り顔は死ぬまで忘れられそうに無い。
既に当主として立っていたわしではなく、引退した父を先に口説きに行く辺りが実にいやらしい。
まぁ、誰がどう見ても嫌がらせにしか思えないんだがな。
そうして知らぬところで話は進んでしまい、わしへの打診は『これ以上アルスを放置することは出来ない。どうにか受けてくれ』と来た。
どうやら遂に後が無くなったらしい。
既に破綻しているのだから末期もなにも無いのだが、そこまで放置したやつ等が使う言葉はあくまで『要請』だ。
そんな姿には流石に怒りを覚えたが、見栄を張らねばならない貴族とは業が深いと諦めもした。
わしらのような下っ端貴族にはさっぱり分からないがな。
ともかく。
明らかに荷が重過ぎる要請をどう拒否したものかと思考をめぐらせるも意味は無い。
退路を完全に断たれた瞬間でもあり、受けるしかないという状況作りにだけは賞賛を送りたい。
そしてその話に同席してくれていた父が「ギルバートがやる気なら私も手伝ってやる」とぼそりと耳元で呟いた。
一番の懸念事項である経理面で、これ以上無いくらい頼りになる言葉を貰ったことで諦めも見通しもついた。
数字を扱う仕事で父以上の者など知らないからな。
どうせ押し付けられるのならばと、受けさせられた場合のために考えていた条件を突き付けた。
内容は精査されていなかった即席なものではあったものの、未だに交渉カードとして有効な条件なため、冴えていたとも言えるだろうな。
1:全領地から一定額をアルス用の予算として支出させる
(現物納品でも構わないが、その場合はアルスの要望に沿うものとする)
2:クライン家の権限で取り立てた者へ異議を申し出ないこと
3:他者の介入により領地を取り上げない
以上の3点。
いや、『復興の目処が立つまでアルスからの徴税を行わない』の合計で4点か。
1は当然の要求だが、条件の中でも『国から』では無いのが一番のポイントだ。
つまり交渉の場面を領地ごとに切り離せるため、個別対応が行える。
その反面かなり面倒ではあるものの、緊急避難的に見える『現物納品』を考えればことのほか使い勝手が良かった。
また、小さな領地の場合は個別では大変なので代表者を取り立てて総括して交渉することも含めた。
流通の面で個別に支出するよりも効率的で、むしろ相手側に寄る形と思われ、好意的に受け取られた。
だが実際は異なる。
復興に際して金が掛かるのは『圧倒的に物が足りずに買い集めるから』だ。
逆説的な考えだが、物さえ集まれば金は必要無くなる。
しかも物納の品目は『アルス側が指定する』ことにしてあるため、交渉は有利に運べる。
特に産出量の多いモノや特産品を要求すれば無駄な出費も無く、むしろ買い足しの交渉までを行って出費を極限まで抑えた。
しかも支援期間中ずっと使う流通経路となればアルスが金を出さずとも、他の領地で整備が進む。
何せ『アルス用の予算として支出させる』となっているのだから、運搬費用も相手持ち。
つまり道が悪ければ悪いほど期間も費用も掛かってしまうため、街道整備を行った方が結果的に安上がりなのだ。
そうなればモノの出入りは捗り、辺境とは思えない程にアルスとの交易は効率化されていく。
まぁ、収支が整い始めた今となってはアルスへの支援を止められかねないがな。
とはいえ、いきなりアルスとの交易を停止することにはならないだろう。
整備された交易路や効率化の仕組みを捨てるなんてのは馬鹿のすることだ。
つまり支援を打ち切られたところで、今後は流通の中継地としても役立てる可能性もある。
ただ『モノが足りない』と要請した内容ではあるものの、いくらでも汎用性が効いて笑えてくる。
アルスの消費だけでなく、出荷という面でも大きな利益を生み出すはずだ。
2は単純に下っ端貴族のクライン家には直属の部下や、アルスで使える貴族がほとんど居なかったのだ。
であれば在野から役立ちそうな者を取り立てるほか無いのだが、その度に横から茶々を入れられていては全く前に進まない。
確かに他国の諜報・工作に類する者が介入する可能性があることは認めよう。
しかし、しかしだ。
当時のアルスを思えば紛れ込んだところで目の前の仕事に忙殺されるだけだ。
その結果がアルスの復興なのだから、入り込むよりは少し引いた位置で傍観者に徹する方が余程良い。
もし入り込んだところで過労死しかねないほどの仕事を押し付けられ、勝ち取るのがアルスの復興。
成功させたのならばガーランド国やアルス領での地位は約束されているのだから、わざわざ他国の間者に戻る意味は無い。
『今までの頑張り』を捨てさせるほど忠誠心は高くないだろうしな。
つまりわしが認めれば、アルス領内に限り大概の人材を採用出来る。
だからあのシミルの工作員四人と転送員をあっさりと引き入れられられたのは、この『2つ目の条件』があるからだ。
他の貴族にばれたところでお咎めは無いし、利益として反映されている以上は『英断だ』と言われる内容だからな。
いやはや、その当時にこんな馬鹿げたことが起きるなんて思ってもいなかったがね?
3は当然の要求だが、この末期状態をひっくり返した場合、やられかねないというのがわしと父の共通の考えだった。
下っ端貴族だったクライン家に『それだけの力がある』と告知してしまうことになるからな。
誰がどう見ても『有能の証明』なので、他の貴族や王族からすると『成り上がり』に他ならない。
わしが復興させた後に「ごくろう」と一言掛けられて領主の座を奪われたらやってられん。
押し付けたくせに何とも酷い話だが、ありえるのが貴族という社会だからな。
交渉の場で突きつけた、これらの条件は快く受け入れられた。
端から出来ないと思われていたのと、成功すれば儲けもの程度だったのだろう。
現状維持ですら『資産を食い潰す』のだから、王族から見ても多額すぎるクライン家の資産を減らすのに一役買うと思われたかもしれない。
まったく損な役回りを押し付けられたものだよ。
お読みくださりありがとうございます。
書いたは良いものの、1話で収まる量じゃなかったので分割しました。
それでも随分と多いんですけどね…。
次回に続く、ということでよろしくお願いします。




