未開拓迷宮ラボリ
気に入らない部分をちょこちょこ修正しました。
少しだけ読みやすくなっていると思います。
餞別代りという訳ではないが、ネーブルから貰った地図をハッサクが開くと、清書されていない記録途中のもの。
探索中ではどの位置に下層への入口が存在するか分からない。
そして広くとも直線距離が5kmを越えることは無いので、配分を考え少し粗めに追記していくため、紙の中央から書き始めていくことになる。
これが地図作成の基本で、ある程度の探索が終われば清書されて全体が見易いように位置調整を行う。
ハッサクが語る、そんな真新しい知識に理熾は「へぇ」と感心しながら作成途中の地図を横合いから眺める。
今まで完成品の地図しか見たことが無いので当然の反応かもしれない。
そして何より驚きなのが、数日も探索しているにも関わらず、地図のほとんどが白紙というところ。
ほんの数百m周囲しか確認されていないのだが、その理由というのが非常に単純なものだった。
単に『探索者』の中に罠に対する特化型が居なかっただけだ。
探索者パーティには道具を使う罠士の役割を担える者も居る。
ただしこれはあくまで『道具の管理能力』という意味であり、罠を攻撃や防御として利用するという訳ではない。
罠はどちらかと言えば対人や対群用なので、使われる場面も大規模戦闘や防衛拠点が主になる。
『道具管理』であれば斥候役などが担当することもあるため、生粋の罠士という者はほとんど居ない。
結果、罠士の面々は討伐者や傭兵を選ぶことはかなり少なく、どちらかと言えばギルドや騎士団などに属することになる。
確かに道具管理は生命線ではあるものの、補給の難しい迷宮探索という状況下では罠士は力を存分に発揮出来ない。
『待ち受ける側』である罠士が、探索に向かないのは仕方の無いことではある。
今回も類に洩れず、生粋の罠士は含まれて居なかった。
迷宮では罠の心配をしなくて良いのだから当然の布陣でもある。
しかしこのラボリは、迷宮とは名ばかりの要塞のような造り。
進んでみるとそこら辺に罠が張り巡らされている。
1層くらいはと斥候が不慣れながらも外し、躱しながら進むも周囲の被害は免れなかった。
かといって斥候だけで探索するというのも魔物が跋扈している以上、死にに行くようなものだ。
例え探索の足手纏いだとしても戦力を連れ歩かねば探索自体がおぼつかない。
常識外れの迷宮探索。
そんな中、何よりも問題なのが、翌日になると罠は綺麗に復元されていることだ。
全ての罠を確認した訳ではないが、何度挑戦しても同じ結果になり、これでは進めないと諦めたのが昨日。
そして何とか攻略したのが現状の数百mの距離、という訳だ。
「なるほどね。
来る度に罠が設置されてるってことだね」
「何とも不可解な場所だ」
「同じ場所に同じ罠なのかな?」
「地図上に罠と種類が書き込まれているからな。
恐らく1度目はおっかなびっくり進んで帰還。
外したはずの罠が復活していることに気付いた2度目は地図に書き込み、3度目に再確認して諦めたんだろ」
と予想を立てるハッサク。
その横で地図を覗き見る理熾は「ほほぅ…」と相槌を打ちながら思い付きを語る。
「ということは。
罠士がココに来ればタダで罠が手に入るね?」
「あぁ…罠士だと外せるし持ち帰れるからな」
確かにある意味で『罠の産地』という考え方は間違いではない。
しかしそれは理熾個人の考えであり、常識とは全く違う。
ふと理熾の発言を振り返ったハッサクが
「…いや、普通はそんなこと考えないからな?
『罠があって大変だ』と思うところだからな?」
と突っ込むのは仕方なのないことだろう。
ただ罠にも高級なものがあるのだから、こなれた迷宮での『発掘作業』というのも収入としては割が良いかもしれない。
そんなことを思いつつ、『相変わらず変な損得勘定してるな』とハッサクは笑ってしまった。
そんなこんなで探索を始めてみると、恐ろしいほど順調だった。
というのもハッサクが尋常じゃなく優秀だったのだ。
斥候職の極みが、理熾の持つ【罠士の目】をあっさり凌駕し、先回りで対策してしまうからだ。
確かハッサクのスキル群にはそんな便利なものは無かったはずだけど…と理熾は不思議に思って聞いた。
「ハッサク、どうやって見分けているの?」
「ん?
【諜報】系統に危険度を知らせるものがある」
「え、何それ」
「簡単に言えば…そうだな。
俺は別に『罠の内容を理解している訳じゃない』ってことだ」
そんな会話をしながらも、壁の隙間から狙う弓を誤作動させて発射させていた。
どんな罠でも一度発動させてしまえば後はただのゴミ。
つまり処理としてはこれが一番簡単なのだ。
「でもちゃんと解除もしてるよね?」
「いや、そうでもない。
単純に『違和感と脅威を理解するためのもの』だ。
だから解除出来てるのは俺の経験。
どちらかと言えば発動内容が分かるから、簡単に誤作動出来る感じか」
そんな説明をしながらも罠を看破していく。
おもむろにハッサクは制止の合図を送って立ち止まり、2m程先の地面を指差して理熾に少し大きめの重い石を要求した。
「あの辺に落としてみてくれ」
「はーい」
何だろ、と疑問に思いながらも理熾が《亜空間》から取り出した石を、ぽいと投げ込む。
すると石畳が急に崩れて落とし穴が口を開けた。
更につい今しがた出来た落とし穴を、落ちてきた天井が蓋をする形で覆い被さる。
今はもうガラガラと崩れた石の欠片が転がる音が残るのみ。
この迷宮の通路は照明がそこかしこに仕込まれているので明るいが、あんな穴の中に落ちたら真っ暗で何も見えないだろう。
「おぉぅ…危なすぎるでしょアレ」
「まぁ、穴に落ちてれば天井が降ってきたところで潰されないけどな。
ただ這い上がる時に蓋がされてるから、かなり面倒なことにはなるだろうな」
蓋がされるとかそういう問題ですらないはずなのに、随分と的外れな感想を述べながら、地面となった天井を踏みしめて進む。
ちなみに落とし穴は思いの外攻撃力の高い罠だ。
人ならば無防備で数mも落ちれば何処かを故障する。
それだけならまだ良いが、一緒に落ちた瓦礫に埋まって死ぬこともある。
むしろ害する気なら、下に棘や池・沼といったものも配置されている可能性は高い。
今回で言えば落とされた穴まで重量のある天井で塞がれてしまうのだから、這い上がるのが困難どころか絶望的だ。
理熾のように普通は空中を歩いたり出来ないのだから。
「え、今の石何処から出したの?」
進む最中、アシュレイがポツリと質問した。
全員がふと首を傾げる内容。
確かに周囲は石畳と硬質な壁ばかり。
ゴミや埃が落ちていないとは思わないが、ごろごろと適度に投げ込める石が転がっているような場所ではない。
そこまで考えて理熾は理解した。
「そうか、アシュレイさんにまだ言ってなかったっけ」
という風に。
アシュレイからすると理熾のことで知っていることの方が少ない。
斥候職としてパーティに居て、存分に力を発揮したくせに弓で攻撃していたりとか。
かと思えば鈍器を使う上に、オルトロスと殴り合えるとか。
だったらと斥候も出来る近接職として認識を改めれば、中級までの属性魔法を平然と無効化し、土魔法を放っていたりとか。
今まで詳細を聞いてこなかったことが不思議なくらい理熾は歪な技術を持っている。
「言い忘れてたんだけど」
という理熾の言葉に隣のアシュレイは何をだろうと首を傾げる。
むしろ言い忘れではなく『隠してたんじゃないの?』という思いの方が強い。
理熾の考えをアシュレイが見抜くことは難しくとも、秘密主義であることくらいは既に分かる仲である。
「僕もスミレと同じ<空間使い>なんだよね」
「え?
待って、ほんとに?」
「うん。
だから《空間転移》とかも使える」
「《空間転移》とか…って【空間魔法】の一番難しい魔法でしょ!」
「そうだね。
でもスミレの方が断然上手い」
あっけらかんと告げる内容はかなり無茶な話である。
そもそも<空間使い>の希少性を思えば、小国のガーランドに《転移門》を開けるレベルの魔法士が一人でも居ること自体がおかしい。
大国のシミルですら裏方として従事していたのは4人しか居ないのだから。
それをたった1パーティに、二人もの<空間使い>を抱えるのだから、驚くのは仕方ない。
「え、じゃぁオルトロスと戦った時の《障壁》は、リオ君一人でやったの?」
「うん、そうだよ。
流石にあの速度だとスミレとやり取り出来ないからね」
「急に目の前に来たのは《空間転移》ってこと?」
「正解」
アシュレイの疑問が一気に氷解した瞬間だった。
ただ未だに良く分からないのは魔法士の癖に殴ってるというところだろうか。
もう理熾相手だと今更かもしれない、とアシュレイは軽く諦め気味で続ける。
「あぁ…だからスミレの魔法の使い方がおかしかったのかな…」
「え、何それどういうこと?」
「『<空間使い>は戦わない』。
なのにスミレの後衛としての能力が高すぎるんだよ。
前に出るボクに合わせるなんて今まで誰も出来なかったし。
それってリオ君が実戦でやったことをスミレが真似てるんでしょ?」
「………こういう時だけ鋭い…」
「『こういう時だけ』って失礼だよ?!」
「うん、まぁそんな感じ?
でもあの上手さはスミレだから出来ることで、僕は無理だしね」
そうして身内を評価するのはいつものこと。
その者だから出来ることだという理解をしているからこそ、そんな発言が出来るのだ。
アシュレイに話した今、封印していた《亜空間》の出し入れも自由になった。
「リオ君はどれくらいの距離を移動出来るの?」
「狙うなら10~20kmくらいが普段使いの限界かな。
頑張れば50km届くかもしれないけど…何処に繋がるか分からないから怖いかな」
「スミレは?」
「血魔石を使った目印での感知は500~600kmって言ってたかな。
多分距離だけならもっと遠くまで運べるんじゃないかな?」
「他国に簡単に入れるね…」
「ほら、元々転送員だしね」
気軽に話す理熾を見て、アシュレイは『他国の人材奪い取って来たんだよねぇ』と呆れる。
スミレが外に出せないタイプで、身寄りと背景がそれ程無く、国からも『損切り』されたからこそ何処にも大きな抵抗は無かった。
ネーブル達に関しても同じく、シミル側は『工作員の精鋭』としての未練はあっても、それだけ。
逆にネーブル達からすれば使い潰される境遇から抜け出せたことで随分と気ままに振舞ってさえいる始末だ。
経緯を聞けばかなり無茶な話ではあるものの、その時の理熾の選択は悪くないし、現在進行形で上手く回っている。
仕掛けた側のシミルだけが損を見ているのだから。
やはり理熾にちょっかいを出すとほぼ必ず手痛い仕返しが待っているのだろう、とアシュレイは苦笑いしか浮かべられない。
そんな確認を行いながら進む探索。
既に貰った地図に無い地点にまで踏み込んでいる一行は、次々と罠を発動させたり解除したりして安全を確保していった。
ちなみに現在進行形でハッサクとアシュレイの脳内では地図作成が行われている。
また、アシュレイは探索に忙しいハッサクに代わり、合間で打ち合わせしつつ地図を書き出しもしていた。
彼女も大概高スペックである。
そんな要塞攻略的な探索だけではなく、魔物もきちんと現れる。
でなければ魔物300体を狩ることなど不可能なので当然かもしれないが。
石畳を歩く性質上、足音を殺すことが非常に難しい。
蹄や靴はこつこつ、かつかつと音を立てるし、裸足であってもぺたぺたと音がする。
音を殺す魔物も居るが、それでも振動はどうにもならないし、ハッサクと理熾が他の五感でも感知するので奇襲の心配は極端に低い。
しかも広いとは言え、通路状になっているので襲撃に対する警戒範囲も極端に狭く精度が高い。
分岐があったとしても通常の迷宮のような区切りの無い広場とは段違いに制限されているのは間違いない。
つまりこのラボリ迷宮では、ただ『強者が勝つ』という余りにも分かり易いルールが敷かれている訳だ。
ついでに言えばこの中の強者はレモン一択。
ただハッサクについては学長室で一端を見ていたが、レモンの強さをアシュレイは全く知らない。
パーティ内でも比較的若いことと、普段からかなり気楽に振る舞うことで緩い印象を受けるレモンが強いとは到底思えなかったのだ。
対する護衛役のレモンはアシュレイなど気にせず、いつも通り戦った。
実を言うとレモンが『殲滅者』としての実戦を見るのは理熾も初めてだ。
何度か訓練として戦ったが、手加減されていたし、主に理熾が習う側。
ポルンの時にも戦ってはいたものの、あれは相性の悪い相手な上に、時間稼ぎが目的。
倒せと指示されれば倒せただろうが、結局今までまともな戦闘など無かったのだ。
そんなレモンは、ついさっき現れた巨大なカエルにしか見えないケーロンという魔物3体をまさに瞬殺した。
踏み込みなどの動きは余りに自然で誰も攻撃だとは気付かず、近付いただけにしか感じられなかった。
だが近付き様にリザードの牙から鍛えられた刀は音も無く抜かれていたらしい。
魔物に向かって踏み出したアシュレイに対し、レモンが「血を浴びるから近付くなよ」と注意し、すぐに首を傾げつつも足を止めた。
するとその言葉のすぐ後に頭がぽとりと落ち、血が滴った。
頭が落ちる音と同じ頃、キンという高い音を響かせ、ようやく刀が抜かれていて、今しがた仕舞われたことに気付いたくらいだった。
思い返してみれば確かに右の刀で上からの振り下ろし、即座の斬り上げで2体。
左の刀で横に撫で斬り、残りの1体を。
強い強いとは聞いていたが、余りの現実離れした実力に『こんな辻斬りに遭ったら100%死ねる』と理熾とアシュレイは戦慄した。
それから理熾は戦闘の度に気配を、そして目を凝らしてレモンを追った。
分かったのは『レモンには無駄な動きが異常に少ない』ということだった。
不自然なほどに自然な動きから繰り出される攻撃は、力を滞らせる事無く存分に攻撃力へと変換されていた。
乗せる力や武技に力みや違和感が無く、そのせいで想定以上の威力と鋭さを実現する。
レモンが天才だと言われる所以はクラスでもスキルでもなく、そういった部分なのだと理熾は解釈した。
どんな時でも負けられない殲滅者は、完璧に『殺すだけの威力』を込めて攻撃する。
結果、ほとんどの魔物は一合の打ち合いすら叶わず地に伏せた。
不定形という苦手な相手が居るものの、馬鹿馬鹿しいほどの殲滅力に驚くしかない。
そして器用貧乏な理熾は『やっぱり誰にも勝てない』という思いを心に刻む。
どれほどの力を持っていようとも、使い方が未熟。
小器用な理熾は、他人よりも基礎をすっ飛ばして技術を扱え、だからこそ応用に響いてくる。
天才は基礎を理解せずとも使いこなし、応用時には歴然とした差が生まれる。
この差がすべてであり、理熾には絶対に埋められないものだった。
それにしても。
理熾やアシュレイが手を出す間も無く、近寄って来たと思ったら敵が崩れ落ちるのだ。
魔法を放とうにも反応は圧倒的にレモンが早く、射程の不利などものともせずに斬り捨てた。
いくらネーブルから『危険の排除』を指示されているとはいえ、これでは建物の中を散歩しているのと何処が違うのだろうか。
アシュレイはハッサクの補助をしている分マシだが、理熾は余りの手持ち無沙汰に暇になってくる。
一応ハッサクが『持ち帰った方が良い』と考える罠は理熾と二人掛りで解除。
レモンが瞬殺した魔物は《亜空間》に綺麗なまま保存されている。
今は必要ないが、疲れれば回復薬を。
お腹が空けば食事、喉が渇けば飲み物を提供する。
という風に『パーティ』としては十分に役立っているのだが、暇だと思うのは理熾の性分なのかもしれない。
そうして拍子抜けするほど簡単に探索が捗った。
1層すら突破されていなかった迷宮を、あっさりと2層まで攻略してしまうほどに。
2層の出口、そして3層目の入口で理熾は足元に目印として投剣を踏み込んだ。
そして理熾が持つスミレの血魔石を稼動するとすぐに小さな《転移門》が開いた。
「お呼びでしょうか?」
「うん。
そろそろ帰りたいんだけどそっちはどう?」
「2時間程前に運搬作業が終わりましたので問題ありません」
「おぉ…それじゃもう少しだけ頑張ってくれるかな?」
「はい、すぐに」
言葉と共に《転移門》が開き、こうして本日の探索は終わりを告げた。
探索時間は約4時間。
アレクセイ迷宮を思えば随分と時間の掛かる探索だった。
お読みくださりありがとうございます。




