アレクセイ迷宮5
鬼ごっこの結末はいかに。
予想が合っていれば貴方も今日から理熾思考です!(‘‘
理熾が提案した契約書は、学園内の食堂を始めとするあらゆる場所で公開された。
そんな中『パーティ』という扱いで日雇いの参加者を募った者が現れ、その手法が一気に広がった。
能力の大小など関係なく、数の暴力で押し潰そうという訳である。
通常であれば、そんな馬鹿げた提案など切り捨てられるものだろう。
攻略法が必要なのは試験を受けている者のみなのだから。
しかし理熾は、その全てを『何でもありの範疇』と認め、問題ないと請け負って許可を出した。
どれだけの自信があるのだと参加者が戦慄したものだが、どちらかというとハッタリだと考えられた。
結果、極々短い間での参加受付であったものの、総勢で400名を超える数になった。
例えたった1日でも。
いくらガーランドの街が広くても。
これだけの数に追い回されては、誰かに捕まるであろうという予想が立ったのも仕方の無いことだろう。
何せ契約書自体は全体に公開されていて、誰が、そして何人参加しているかも分かる状態なのだから。
そんな危険な一日である7月10日…ではなく、翌々日の7月11日。
理熾は艶々した顔で学長室にアシュレイ、スミレと共に現れた。
「リオ様は一体何処に居たのですか…?」
「秘密でーす」
このやり取りから分かる通り、理熾を捕まえられた者など居なかった。
そしてその理由を知るアシュレイは溜息混じりに『喧嘩売る相手は考えよう』と内心嘆いていた。
少なくとも理熾にだけは手を出したくない、と。
「ではこちらが契約書です。
が、くれぐれも悪用しないで下さいね?」
「まさか。
むしろ使わないから意味があるのに」
「…まったく酷い人ですね」
これでこのガーランド在住の300人を超える討伐者や探索者、傭兵達は理熾に頭が上がらない。
契約書の中に生徒の名前もそこそこあるのだから、ある意味で下僕の量産に成功した訳だ。
ちなみにアレン達14人のパーティも参加していた。
今のところ会う予定は無いが、アシュレイと理熾への借りを抱えた今の心境を是非聞いてみたいものである。
やったことと言えば、少し理熾に凄んでアシュレイに追い払われただけだというのに。
「いえいえ、ルールに則ってますから。
契約も正式に結ばれてるでしょう?
それでは迷宮の攻略をしてきます」
「えぇ、行ってらっしゃい。
出来れば知りたかったんですけれどね」
「『賭けに負けた』んだから追求は厳禁ですよ」
そんなやり取りを終えて学長室を後にした。
この契約にあたり、色々と案はあった。
例えば足場の無い街の上空に《障壁》を置き、テントを張って一日優雅に過ごすとか。(テントが快適なので十分休養出来る)
身内の誰かを参加させてわざと捕まり勝者を仕立て上げるとか。(勝者が出た時点で敗者は追求が出来ない)
参加していないメンバーが『当たり屋』で失格者を量産するとか。(参加者は危害を加えると失格だが、不参加者側に罰則は無い)
むしろネーブル、ハッサク、ライム、レモンを投入して参加者を街から追い出すとか。(参加者同士の潰し合いは自由で、街から出ると失格)
皆が頑張って街中を探している間にアレクセイの攻略に勤しむとか。(学園内にあるので範囲外ではないし部外者は入れない)
などなど、一見参加者に有利な『何でもあり』というこの条件は、余りにも理熾に有利なものだった。
そんな中、理熾が行ったことはとても簡単なものだ。
そもそもガーランドに理熾が居なかっただけ。
契約書には『6:逃走範囲は街全域とし、外へ出た時点で逃走者の負けとなる』とある。
この項目の『街全域』という範囲指定は、特に『ガーランドである』という制限をしていない。
つまり『街中』であれば何処でも良く、ラッフェルでもヴァルトルでも問題ない。
理熾は契約を提示した7月9日の夜の時点で、スミレの《転移門》を使ってガーランドから悠々とアルスへと移動したのだ。
『首都ガーランド全域』という表記では無かったのは、こういった落とし穴を用意していたからだ。
しかしこの契約一番の肝はそんな落とし穴ではなく、実は『見付けるのが困難な斥候』と『契約に縛れている』という二点だ。
居るはずも無いガーランドでの捜索は見付ける以前の話だが、斥候職と認識されている理熾を『見付けられないのは仕方が無い』と考える。
その上で契約に縛られているため、勝者が出ていない時点で逃走者側のルール違反は無い。
つまり『ガーランドの何処かに居る』という結論になり、存在しない理熾を探し回ることになる。
契約した時点でどう足掻いても勝てないのだ。
また、バレたところで片道一週間も掛かるために証明の方法も無い。
その上契約内にわざわざ『3:どんな手を使っても構わないが、逃走者以外への危害は即時失格とする』とまで明記している。
だからこそ、契約内容を曲解して『パーティメンバーを増やす』という行為まで認めたのだ。
その辺に関しては単に契約者が増えるということで嬉しい誤算ではあったが、当日はこの他にも何らかの工作はあったのだろう。
ガーランドに居なかった理熾は知る由も無いが。
こうして理熾は悠々とアルスで首飾りを贈ったり、チヂミを食べたりして休日ライフを楽しんでいた。
それはもう気分良くシルヴィアの前に顔を出すに決まっている。
「リオ君酷いよね…。
参加者側の勝ち目がゼロって…」
「おかしいなぁ…ここは『リオ君素敵!』って抱き付くところだよ?」
「違うから。
それ絶対おかしいから」
アシュレイは呆れながら対応する。
こんな冗談を言うような子供が400人以上を相手取って出し抜くのだ。
既に何度かこんな光景を見ているので麻痺しているが、それでもやはり凄いと感じる。
普段とのギャップが酷いとかも含めて。
そんなやり取りを経て、アレクセイ迷宮に到着する。
理熾とアシュレイは25層、スミレは20層の転移スペースからとなる。
25層の二人、そして20層のスミレは即座に森や茂みへと分け入っていく。
《転移門》を見られるのは嫌だからだ。
程なくしてスミレの《転移門》が理熾の近くへと展開される。
理熾は周囲とスミレ側の気配を読み取り問題無いことを確認後、スミレはすぐに門を広げて25層へと移動して合流した。
そこから先はまたも三人での攻略だ。
ただ短時間とはいえ、スミレを一人で迷宮内を歩かせるのは理熾にとってはかなりのストレスだった。
次回があるとすれば何らかの対策が必要だな、と理熾は心のメモに刻んだ。
25層の濃密な気配のほとんどは魔物。
やはり最前線が27層だと思えばまだまだこの辺は未開拓だということだ。
探索を開始してから早々にクロスビーという蜂が出てきた。
サイズは15cm程で個体のランクはGと低いのだが、群れる昆虫系の魔物で集団戦を得意とする。
鋭い鉤爪や顎を持ち、空中を自由自在に飛び回るので一定以上の群のランクはDにまで上がる。
また、周囲の花や魔物から成分を集めて巣の中で発酵熟成させ、非常に栄養価の高い蜜を作る習性がある。
クロスビー達の食事用ではあるものの、この蜜はとても甘くて美味しい上に供給量が少なく高級品。
それに傷の少ないクロスビーなら、炒ってよし、酒などに漬けて食べたり、漬けた酒を飲んだりと様々な需要があるとのこと。
準備さえ整っていれば大変美味しい獲物ではある。
「倒す?
それとも逃げる?」
「いや、それより巣を見付けた方が…」
そんなアシュレイの意見を採用して巣を探すことにした。
群れるとのことなので、同じ気配が密集している場所を探す。
少し移動すると約200m先に、数十匹がわらわら居る場所を感じ取る。
すぐに移動して
「んじゃ一網打尽ね」
「え?」
理熾は首に掛かっている【深化の竜牙】を外して地面に置く。
更に直径が5mとかなり広い《結界》を球体で起動させて維持する。
(スミレ、巣の出入口に一つ目の門作って、二つ目はこっちね)
そんなことを【連携】で伝えて理熾はずんずんと巣に近付いていく。
巣の周辺を飛んでいたクロスビーは理熾を警戒して威嚇や攻撃を行うが、それに合わせて理熾の《転移門》が開け閉めされる。
しかしアシュレイは全てスミレがやっていると勘違いするので問題ない。
出口は全て《結界》の中で、どんどんと溜まって行く。
透明度の高い《結界》は見た目上何もない。
しかし通過しようとすると途端にバチンと音を立てて弾かれる。
周辺を飛び交うクロスビーはこうして《結界》に囚われ、飛び交うには狭い《結界》の中で右往左往している。
ガラスで出来た透明な虫かごに囚われているかのようだった。
「それじゃ揺らすから逃がさないでね」
理熾はそう言って抱えきれない程大きな巣をゆっさゆさ揺らす。
すると一気に外へと飛び出してくるクロスビー。
しかし飛び出る先は敵の理熾の居る空ではなく、全て牙の《結界》の中。
何というか掃除機で吸っているような光景である。
「うわぁ…」
とは、みっちりとクロスビーが詰まった《結界》を見たアシュレイの感想である。
ぐらぐらと暫く揺らして全てのクロスビーが移動したことを気配で確認した理熾はスミレに視線を送って《転移門》を閉じてもらう。
その後球体状の虫かごのような《結界》を収縮させる。
4m、3m、2mと圧縮し、ほとんど身動きが取れなくなったところで最後に牙を持って《結界》を上下に激しくシェイクした。
いくら軽い昆虫型とはいえ、数十匹が入った《結界》をブンブン振り回しているというのに理熾に重量感は無い。
やはり根本的な能力値は他者の追随を許さないのだろう。
そうして平衡感覚をガタガタにされたクロスビーは完全に目を回してしまって身動きが取れない。
討伐対象なので、実を言うと生きたままの捕獲というのは珍しいかもしれない。
ただこのままだと《亜空間》へは入れられない。
そこでいくつかの大き目の甕と酒を取り出した。
目が回って身動きの取れないクロスビーを甕へ次々と放り込み、上から酒を注ぐ。
そっと蓋をして口を封印…彼らは食材として天寿を全うすることだろう。
後は巣を解体するだけである。
中にはまだクロスビーの幼虫とか、女王とかが居るはずだ。
「アシュレイさん、後頼んでも良い?」
「ダメに決まってるでしょ!」
「っち…残念。
構造的に幼虫と女王蜂が居る場所は蜜とは別の場所だよね」
そんなことを呟きながら理熾は巣をバリバリと割っていく。
生物の気配が密集している部分を重点的にえぐり取る。
不格好ではあるものの、蜜の貯蔵されている部分だけを残すことに成功したので全て《亜空間》行き。
残った幼虫や女王蜂は放置しても良いだろうが…どうしようかと考える。
「幼虫とかって食べたりするの?」
「…ボクは嫌だけど火を通すと美味しいって言う人も居る」
「持ち帰った方が良い?」
「もう5分過ぎたよ!」
どうやらさっさと先に進みたいらしい。
理熾達はもう二度と迷宮に来ることは無いが、『自然破壊は良くないか』と適当に納得した。
食料や働き蜂達が無くて生き残れるかはかなり疑問だったが。
こうして25層での初戦は理熾の圧勝だった。
クロスビーの酒は理熾、蜜の分配は頭割りの予定である。
どうやらアシュレイは蜜が欲しかったらしく、ことのほか喜んでいた。
討伐には一切手を出さなかったのに…もしかしなくとも虫が苦手なのかもしれない。
そう思うと可愛いところもあるのかもしれないと理熾は失礼なことを考えていた。
そんな和気藹々(?)としたクロスビーを倒した直後にも関わらず今後の方針を決めて進む。
進行方向に出てくる魔物は別パーティが居ない場合は討伐対象として戦闘。
基本戦略は前衛アシュレイ、後衛スミレの二人で戦う。
初撃は奇襲、その後通常戦闘へ移行が理想的。
ダメなら最初から通常戦闘も良いが、奇襲を受けることだけには注意を促した。
周囲を警戒する理熾が居るので問題は無いだろうが、油断してやる意味もない。
数が多い場合でも優先順位を決めて確実に一体ずつ倒して行った。
スミレが《亜空間》からの攻撃を行う事無く戦闘を終えているのは、明らかにアシュレイの強さだろう。
反面アシュレイが存分に力を発揮出来ているのは、圧倒的なスミレの補助能力のおかげである。
そんな二人が戦闘中の理熾は、戦況の観察に加えて新たに近付く魔物の排除を担当していた。
ある意味で安全に戦える環境を作っていた訳である。
こうして25・26・27層の探索はサクサク進んで行った。
27層の終盤、理熾がまたも魔物を感知した。
「…また左手側に気配がある…どうする?」
「数は?」
「2…って、これ獅子猿かも?」
聞き耳を立て手に入る情報は木々がしなる音と、葉や枝と毛皮の擦過音。
地面を伝う振動もそれほど感じられないということは体重も軽い。
距離はそこそこあるものの、【直感】を併用した【索敵】から逃れるには最悪でも【隠密】が必要だ。
「てことはまた斥候かなぁ…」
「ぅ…」
つい先日襲われたばかりなのだからか、アシュレイが呻いた。
命の危機だったことを思えば無理も無いが、知らないスミレは首を傾げた。
獅子猿2体よりも遥かに面倒で強い相手ばかり倒しているのだから。
「オレガノが倒す?」
「え…?」
「いや、なんだかうずうずしてるみたいだから。
良いんならオレガノに任せるけど」
理熾はそう言ってアシュレイの返答を待つ。
こっちには向かって来ているが距離はまだ150m程もある。
考える時間は十分にある。
「うん、じゃぁオレガノにお願いしても良いかな?」
とのアシュレイの返事。
気が付けばするりと理熾の服から滑り降りていた。
何をするのかと全員が頭に『?』を浮かべていると、どんどん体液を増していく。
【膨張】を使っているのだろうが、その量が凄い。
周囲の地面が覆われていき、しかもそこはかとなく気配を漏らす。
いや、そもそも【隠密】を持っていないのだから当然だ。
「ね、ねぇリオ君大丈夫?」
「うーん…多分?」
そんな会話をしている間にも獅子猿らしきの気配は近付いてくる。
距離は70mを切った辺り…。
この場に充満するポルンの気配に気付いたのか、急にこちらへと侵攻方向を変えてくる。
「そろそろ見えるけど動かないでね」
「う、うん…」
オレガノが薄く広がる地面を眺めるアシュレイは気が気ではない。
木々の合間に何かが見えた。
だが理熾の予想とは違った。
そして『地面を伝う振動』を思い出して理熾は間違いに気付いた。
獅子猿は足腰が弱くて地面に着地するのが下手糞なのだから。
お読み下さりありがとうございます。
予想が当たった方いらっしゃいましたでしょうか。
とはいえ、かなりの部分こじ付けなので正解者が居ると逆に怖いんですけども…。
追記
『片翼の竜』という別作品を書いています。
こちらも読んでいただければ幸いです。




