機密事項2
一つ目の《転移門》はフィリカの店の裏庭。
即座に選んだにしては広さもある。
理熾は自然な動きで前へと踏み出した。
展開した二つ目の《転移門》は目の前に居るエリルの背後。
攻撃ではなく単なる前進…エリルの反応は一瞬遅れて対応出来ず、あっさりと理熾に押し込まれる。
他の者が来ないように門を閉じることも忘れない。
スミレなら気付く上に場所の特定も可能だろうが、それでも即時対応は出来ないだろう。
スミレはスミレなのだから。
「っと、と…どうしたリオ君?」
思いの外強い力で押されたエリルはバランスを取り直しながら訝しげに問うた。
急にこんな場所に連れ込まれたら、誰だってそんな反応をするだろう。
むしろこの落ち着き加減が上に立つ者を思わせる。
「ちょっと内緒話がしたくて」
対する理熾はそれだけ答える。
言葉を吟味するが、一体何から口にすれば良いかが分からない。
理熾の【直感】は既に答えだけを明確に知らせている。
いや、【限界突破】と【瞬発】を併用して無理やりに上げた思考速度が、だ。
「内緒話、とは?」
「…うん」
一言、冷静になるための言葉を入れて話し始める。
「セリナさんの話を聞いてどう思いました?」
「どう、と聞かれると困るな。
セリナ様の周囲の安全は我々の仕事だ。
だからこそ今回の件、リオ君には本当に感謝している」
「それだけ、ですか?」
「…それだけ?」
「セリナさんが誘拐された時に色々考えたんだよ。
貴族は絶対に絡んでいる。
でも戦力を集めると目立つから、商人と組んでる、ってね」
「それはギルバート様からの言葉からの推測?」
「うん。
『法案関連だと思う』って聞いたからね。
他にもセリナさんだけが狙われてるし…。
いや、全く騒ぎを起こしていないっていうのが凄く気に掛かったから」
「素晴らしい。
是非騎士団に入ってもらいたものだ。
今では奴隷だが、四人の尋問も完璧だったようだしね」
エリルは笑みを浮かべながらそう評価する。
実際あの場面でそこまでの推論を繰り広げられる者は相当に少ないだろう。
いや、下手をすると居ないとまで言える。
理熾には【神託】という情報があったからこそ辿り着けたのだから。
「ありがとう。
でも聞きたいのはそこじゃない。
何でエリルさんは攫われたことに対してあんなに慌てていたの?」
「……なるほど。
私がリオ君が言う『貴族』だと思われているということか」
意図を汲み取ったエリルが溜め息混じりにそう呟く。
理熾は「答えて欲しいんだけど」と険のある言葉で追求する。
「証明出来ないのが心苦しいが、そんなことがあれば誰だって動揺する。
特に私の立場は騎士団を取り纏める長…この街の治安維持を任されている者だ。
動揺するに値する理由だと思うのだが?」
「うん、でも。
目の前に居たよね?
『無事な姿』を見ているし、料理を受け取っていた。
つまり事件は解決していた訳で、報告も『後回しにされる話』ってことだよね?
それを『何で騎士団長が理解出来ないのか』の説明が欲しい。
組織の動きを一瞬で判断しなければならない立場で、何でそんなことになるの?」
「遠征疲れ、というものもあるだろうな。
それにあの場は気を抜いて良い場だろう?
やはり思考能力は落ちてしまうよ」
理熾の指摘は厳しい。
しかしエリルの態度は揺るがない。
何を言っているのか分からない、という風を装う。
理熾は「はぁ…」と溜息を一つ入れる。
感情を爆発させた理熾は無意識に【威圧】を使用し、胸倉を掴んで問う。
指向性を持たされた気配は、エリルとしても後ずさりたいほどの密度でもって押し寄せる。
「それこそありえない。
逆にその程度の人でもアルスの騎士団長になれるの?」
「耳が痛い言葉だ。
次が無いように努力しよう」
「『次』なんて悠長なことを言って良い立場ですか?」
「全くだな。
だが『二度目』を無くす努力をするのも長の務めだ」
理熾の言葉は言い掛かりに近い。
誰にでも気を抜く瞬間はあるだろうし、特にさっきのような場面であれば余計だろう。
エリルの言った通り、遠征から帰って緊張から解放されたというのも重なっているのだから。
そんな言い掛かりでもエリルは大人な対応をする。
「…確かに『貴族』としてなら私の名も挙がる可能性はある。
容疑者の一人という意味だけれどね。
それにリオ君の予想通りなら、商人を引っ張り出してこないと本命だとしても証拠にはならないぞ?」
「そうだね。
でも良く考えれば商人は必要ない。
元々戦力が必要だからって、『集めてもおかしくない人選』で可能性として挙げていた。
けれど実際に『戦力として使える人攫いにツテがあれば良い』だけだから商人が絡む必要は無い」
「だとしてもそのツテが必要になるな?」
のらりくらりと躱すエリルに理熾は怒りを募らせ、腕を引き寄せる。
力は強くとも体重が軽い理熾は、引き寄せた分だけ踵が浮くが気にしない。
しかしエリルは理熾の握る手をあっさりと外して地面に立たせた。
そんな優しい自然な仕草にも苛立ちが増し、思わず手を出す理熾。
今度は拳を握り締めて。
「なっ!
落ち着けリオ君!」
至近距離にも関わらず、あっさりと払い除けられ、距離を取られた理熾は更に苛立つ。
即座にバランスを取り直し次は本気で打ち込むと、エリルも流石に払った上に腕を掴んで固めてしまった。
わざわざ危険度の高い三度目を許すほどエリルは大人しくはない。
その固めた状態をギリギリと力ずくでどうにかしようとする理熾に改めて驚くエリルを他所に、質問を重ねる。
「エリルさん。
僕が子爵に誘拐されたのを何で知ってるの?」
「…どういう意味だ?」
一瞬の間が開き、エリルは聞いた。
「そのままの意味だよ。
その時は『遠征中』だったはずだよ。
ギルバートさん、ルルガさんに説明したのもエリルさんが居ない間だよ!」
「………」
「聞いてるのか!?」
エリルを振り払い、正面に見据えて問う。
そ知らぬ顔を貫くが、そこには若干の焦りが見えた。
【瞬発】を併用している理熾の【直感】はまさに嘘発見器の役割すら担えるらしい。
「子爵の時だけじゃない。
今、問題にしている件もおかしいんだよ。
いや、どっちも最初からおかしかった!」
理熾が叫ぶもエリルは一切答えない。
表情を削ぎ落としたかのような事務的な表情でしか対応しない。
「子爵の時に疑問に思ったのは『顔を隠す』という形で繋ぎ役に会ったと言った時。
既に特定されている子爵側が顔を隠す理由は無い。
だから『本当に顔を隠す必要』があったのはエリルさんでしょ?」
「いや、それこそおかしな話だ。
その時、遠征中だったのだろう?
だとすればその一件に関われるはずが無いじゃないか」
「そこがそもそも違う。
僕が子爵に狙われたのは六日前、ギルドで専属契約を断ってから。
その翌日には尾行が付いていた」
「だから時間的におかしいと…」
「違う。
遠征は五日前の朝からだから、六日前はまだアルスに居た。
だから六日前の夕方から夜の間に子爵と会ったんだ」
子爵と会い、手筈を話し、実行日を決定する。
後は手勢を集めて実行日時、方法などを人攫いに伝えれば良い。
その場に黒幕が居なくとも事件は起こるし、だからこそ万全のアリバイだと言える。
しかし
「なるほど、それなら辻褄は合う。
しかしそうなるとツテはどう説明するんだ?
それに結局、『その時居なかった』ということになるのだが」
エリルの質問は尤もだ。
その部分が解決されなければ何の意味も無い。
結局のところ、その部分があるからこそ理熾は『貴族と商人』という犯人像を設定したのだから。
「その場に居なくても誘拐くらい起こせる。
誰かリーダー役を立てれば良いだけだから。
そうじゃなくてもある程度場を整えて報酬を支払えば良い」
落ち着いた声で理熾はそう答える。
この考えは最早確信を得ている。
まさにギルド機構というのはゴロツキの集まりだ。
しかしそれでもきちんとした管理者が居るのでしっかりと回っている。
それが個人単位か、組織単位かという違いしかない以上、エリルが『出来なかった』という確証には至らない。
だからこそエリルを呼び出したし、今ここで『中心を抜いた話』が成立している。
「色々考えたんだよ。
タイミングとか、やり方は完璧なのに何で逃げ方が雑なの?
何で実行犯だけが捕まるの?」
「………」
「繋ぎ役は居るはずなのに、繋ぎ役だけが見付からないのは何で?」
「………」
「この二つの話は状況が違うのに何で『やり方が重なっている』の?
僕の時は50人、セリナさんの時は20人。
セリナさんを狙う数なら分からなくは無いけど、Eランクの子供に50人も必要?」
「………」
理熾の問い掛けにエリルは沈黙で返す。
首謀者でしか答えられないような内容だから当然だ。
それに答えてしまえば自白になる。
そんな馬鹿なことを誰もしないだろう。
「やり方が同じなのは『黒幕が同じ』だから。
やり方が雑だと感じるのは、想定していた『求めるもの』が違うからだ」
「求めるもの?」
「まだ、しらを切るのか!!」
理熾は激昂のままに、新しく手に入れたスコップを《亜空間》から取り出し横薙ぎに振り回した。
【愚者の塊体】を回収しに行った今朝、フィリカから受け取っていたものをほぼ本気で、だ。
お読み下さりありがとうございます。
さて、盛り上がってまいりました。
結論が宙ぶらりんのままですが、長くなるので次回に続きます。
あ、というか次回は皆さんお待ちかねのスコップを振り回しますのでご期待下さい(‘‘




