ポルン6
理熾とスミレは準備を終え、《転移門》を開く。
理熾は地上50mの空中に、スミレは木々よりも高い10mの位置に《障壁》を置いて立った。
その場から見下ろすレモンとネーブルの動きは余りにも素晴らしく、少しだけ見入ってしまう。
二人ともが攻撃主体。
特にレモンは理熾と同じく攻撃特化型で、『殴られるより前に殴れ』を実践している。
防御を捨てるのではなく、『防御が必要な場面』を作る前に例のリザードの牙で作った二刀で切り伏せるというもの。
行動の最中に体力や魔力の回復用に短刀も器用に持ち替えて扱っている。
理熾のように《亜空間》の運用も無く、一切の淀みも無く流れるように動作の最中に装備を取り替えている。
大ポルンから殺到する触手の槍はレモンの攻撃範囲に入った瞬間に斬り飛ばされる。
【均一化】の発動処理すら追い付かない速度の斬撃で、硬化していようが軟化していようが関係なく切断する。
当然触手のまま鞭のように打ち付けられる体液ですらレモンへの到達は許されない。
であればと重量で押し潰そうと体当たりのように押し寄せた体液には、レモンが抜けられるスペースをあっさり刳り貫きすり抜ける。
さらに敵が液体状にも関わらず、平気で足蹴にして何処かへ蹴り飛ばしたりもする。
核の無い体液は本能的に本体に戻ろうとするものの、距離があれば途中で力尽きる。
命令系統が死ねば身体が動かないのは当然だが、それでも暫くは『戻ろう』と努力するのだから恐ろしい。
そしてレモンが飛ばす体液は戻ってこれない程度の距離まで蹴り飛ばされている。
全ての行動が計算づくにすら見えてしまう。
対するネーブルは【以心伝心】をレモンと繋ぎ、【超感覚】と【索敵】を共有。
【群雄割拠】で支援しつつ、触手の槍は硬化部分を剣でいなして滑らせ、液体の柔らかい部分で剣を跳ね上げて切り落とす。
いくら【剣術】や【剣技】を持っていようと本来であれば【均一化】に阻まれる。
液体とはいえ抵抗があるのだから、斬撃の速度がスキルの発動処理を追い越せるはずが無い。
しかしフィリカから受け取った時にネーブルですらも呆れていた剣の性能は絶大らしい。
剣の重量はほぼゼロ。
故に手足のように扱え、切れ味が鋭く、本来あるべき抵抗を感じること無く斬れるのだ。
腕を振っているのと変わりない斬撃は、レモンと同じく【均一化】の発動を待たずに切断する。
レモンのように全て『体捌き』のみで対処出来ないが、回避出来ないものや面での攻撃は【衝撃魔法】で吹き散らす。
『近接で魔法が使えない』と明言する割りにあっさりとそんなことをするネーブルは指揮能力だけでなく戦闘でも規格外だ。
ちなみにネーブルの使う【衝撃魔法】に大きな力は無い。
基本的には『何に主眼を置くか』という構築式を組む。
威力を優先すれば射程と範囲、精度を削る。
範囲を優先するならその他を削るといった具合だ。
やり方は事前ないし戦闘中の空いた処理能力で『特化魔法』の構築式を編んで保有。
適宜術式を解放して魔法を発動する。
例えばネーブルの容量が100で、魔法の容量が50だとすると2発。
魔法の容量をそれぞれ調節し、50、30、10、5、5という風に弾数を5発に調節することも可能。
弱点は多くの処理能力と並行処理する器用さ、そして術式を保管するための膨大な容量である。
保有する魔法の容量によって弾数が変わるため、まさに『先読み』が出来る者にしか扱えない。
自身が持つ【人身掌握】を十分に発揮させる戦い方でもある。
<指揮官>、<戦略家>を同時に持つネーブルにくらいしか扱えない所業である。
魔法士のクラスが無いネーブルが編み出した苦肉の策であるのだが、これが驚くほどの戦果を上げる。
刻印魔法のような簡易魔法はあるが、基本的にネーブルが剣を持った時点で襲撃者からすると魔法の心配はほぼ無くなる。
魔力が無い、低いために剣を持つので、刻印魔法を使用しても害するほどの威力にならないからだ。
つまり相対した場合、ほぼ100%【衝撃魔法】の奇襲が成功し、次の瞬間には剣で切り伏せられる。
『指揮官』の立場で直接戦闘をする時点で負けだというのに、このレベルで戦えるのだからエリートも伊達ではない。
ネーブルは相変わらず予防線を張るのが上手いとしか理熾には言えない。
どちらもフォローを入れている様子が無いくせに、お互いの攻撃範囲を理解して戦い、寄せ付けない。
当然のように攻撃的防御だけでなく、狙える場合は核を壊すことも忘れない。
暴走状態という加減も無い力押しを、相手の行動抑制と自身の技量によって掠らせもしない。
攻撃範囲は武技を使えば別だがレモンで1m前後、ネーブルの魔法でも5m程(魔法のみに集中すれば威力も射程も伸びる)しか無い。
退きながらの戦闘とはいえ、たったそれだけの射程で囲まれること無く殺到する攻撃を寄せ付けないのだ。
理熾が「参考になる」と思わず見惚れるのは仕方ない。
だがいつ何処でそのバランスが崩れるかも分からないのだから、見惚れている場合ではない。
(ライム、そろそろやろうか)
(上手くいくかね?)
(ネーブルが文句言わなかったし大丈夫だよ)
そんな思考会話を終えてリコとライムは魔力を込める。
まずやるのは周辺の重力場への干渉。
4倍までなら重力反転出来ることが証明されているのだから、使わない手は無い。
(ネーブル、レモン、撤退!)
理熾が合図を送った瞬間、一気に飛び下がると同時に地面に伏せる。
その様子をライムと理熾は確認して範囲を設定。
大ポルンを中心として地面から1~30m、周囲50mの空間を3倍の反転重力場(リコの【重力魔法】なので)へと変化させる。
大ポルンは一気に高く伸び上がり、遂には地面に接着している部分ごと浅く持ち上がり浮かび上がる。
いや、上空へと落ちていく。
ポルンは触手を伸ばしたが、躊躇したことと共に落下速度の方が早かったために他の木々へは届かなかった。
周囲に何も無い空中に落としたので重力場の範囲を狭めて更に高さを稼ぐ。
落下する液体のように広がった形は空気抵抗によって丸く整えられていく。
空に落とされた大ポルンは、姿勢制御くらいは出来ても浮いている間は攻撃も移動も出来ない。
発射されたかのように空中に200~300m程も落とされ、通常の重力により減速、落下を始めた。
そんな大ポルンの下の空中にスミレが上部の広さ30m、下部の広さ5m、高さ10mの逆円錐型の漏斗のような《障壁》が組み上げる。
《障壁》に注ぐ魔力は全力で、下部の先には理熾の《障壁》が筒状で接続されていた。
そのまま結構な勢いで大ポルンは「バチャン!」と粘性の液体が叩きつけられる音を奏でてスミレの《障壁》に墜落。
それで活動停止であれば誰も苦労しなかったのだが、支障はないらしい。
スミレは引き続き下部5mの底に当たる《障壁》開け、大ポルンを理熾が作る筒状の《障壁》に落とす。
漏斗を流れる水のように《障壁》を溶かしながらもゆっくりと理熾の作る《障壁》へと滑り落ちていく。
理熾が作る筒状の《障壁》の中央部分は、ライムの手によりほぼ重力が無い。
大ポルンはじたばたと暴れる素振りを見せるが、残念ながら無駄だ。
《障壁》には自身を固定出来る部分が無い上に、《障壁》を足掛かりにしたところで重力も軽いために、攻撃に大した威力は乗せられない。
大ポルンの全てが筒状の《障壁》に落ち込んだことを確認したスミレはすぐに《障壁》の漏斗を解き、最後の一手を放つ。
上下の空いた筒状の《障壁》に対し、理熾は上から、スミレは下から《亜空間》を開けて投剣を放つ。
理熾はこの時点で足場の《障壁》を解き、筒の《障壁》に全力を注ぎながら自由落下。
発射された投剣は共に《結界》が刻印された血魔石が搭載されている。
スミレとリコが刻印に魔力を通して《結界》を全力展開。
性能はいつも通り、全ての《結界》性能を省いたただただ強固な壁。
直径5m弱の《結界》を纏った投剣は理熾が維持する《障壁》で作った筒の蓋をするかのように上下から挟み穿つ。
ドパンッ!!
大質量が水を打つような凄まじい轟音が周囲に鳴り響く。
理熾達は全員耳を塞いで無事ではあったものの、その衝撃音は身体を一瞬痺れさせるほどだった。
例えるなら近くで雷が落ちたような感じだろうか。
大ポルンを挟んで衝突した投剣はスミレ側の《結界》が耐え切れずに即座に粉砕。
空中に浮かんでいた理熾の《障壁》も余りの威力に跡形も無く吹き飛び、光の残滓が舞う。
周囲を理熾の《障壁》に囲まれ、上下を《結界》によって挟まれた身動きも取れない大ポルンは、壮絶な力で圧縮された。
体液だけであれば問題なかったかもしれない。
しかしポルンには最重要器官である核が存在する。
核は自重が軽いため、【重力魔法】で潰すことは出来なかった。
ライムが理熾に教えた事実だ。
だが核が耐えられる以上の圧力で体液ごと潰せば別だ。
現に理熾は最初の段階で投剣を放って押し潰しているのだから。
しかしその時は周囲に威力が飛び散ってしまい、考えていたよりも倒せた数は少なかった。
そのまま放てば攻撃力を体液が吸収、流してしまって本来の威力にならない。
ならば『逃げられない場所』を作って押し込めて潰せば良いという考えに至った。
今回のようにスミレの《結界》が耐え切れなかったとは言え、壮絶な威力を秘めた投剣同士が鬩ぎ合った瞬間はある。
その結果がこれだ。
一瞬に掛かった圧力は、一つの例外も無くあっさりと核の限界を超えて圧壊し尽くした。
余りの圧力に理熾の《障壁》、リコとスミレの《結界》も一瞬で吹き飛んでしまっているのだから、当然の結果だった。
そして今は零れ落ちる体液をライムが【重力魔法】で受け止め、ゆっくりと降下させてくれている。
撒いてしまうには勿体無いのでありがたい。
(作戦終了だな)
とネーブルが伝えてくる。
本作戦の根幹だった理熾とスミレもその言葉で息を吐く。
落下中の理熾は【重力魔法】を使って緩やかに降りていく。
特にスミレは普段使わないような魔力放出によって気が抜けて自前の《障壁》の上にへたり込んだ。
わざわざ《結界》の強度を落としてまで《障壁》を使っているのは視認するため。
タイミングなどは合わせられるが、どうしても極小単位の誤差は出る。
技量が高くとも『完璧』というものは難しい。
特に高速で放たれる投剣に《結界》を間に合わせるだけでも極度の集中が必要。
そこに大きさ、形、強度までを極めて短い時間で設定しなければ間に合わない。
つまり誤差などあって当たり前なのだ。
だからこそ《障壁》の直径が5mに対して《結界》の大きさは4.95mとし、5m未満になるようにした。
筒の中心を射抜けなければ《障壁》に引っ掛かって威力は無くなるし、《結界》が5mを超えてしまえばそもそも筒にも入らない。
近くで状況を確認して誤差を最小にするために《障壁》の維持はしていたのだ。
だがそのたった一枚分の《障壁》でさえスミレには負担だった。
どう足掻いてもスミレの能力値はこの面子で最低なのだから。
(スミレ大丈夫?)
(何とか…矢を捕まえた時よりはマシです)
(おぉ…スミレ引っ張るね?)
(あの時の衝撃は忘れられませんから)
そんな話をしながら理熾は《障壁》の足場を適当に作ってスミレの下へと移動する。
さらに地上では余裕の出来たネーブルがライムに事情を聞いている。
経緯を省いて現状だけを伝えたのだから当然なのだが、理熾としては気が気ではない。
とりあえず叱られることだけは確定である。
そんなことを思いながらスミレと共に《転移門》を使って地上に降り立つ。
《障壁》を器型に作成し、そこへ大ポルンの体液を受け止める。
「入れ物が無いと《亜空間》に取り込めないかも?」とも思ったが、とりあえず大丈夫らしい。
ただし全体を『1個』としてカウントされているようなので取り出すときは注意が必要である。
「なぁ、主人。
ライムを殺す気か?
それ自体は別に構わんが、ライムに見合う戦果はあるんだろうな?」
事情説明を受けたネーブルは「あ゛?」と続けて理熾に問う。
当然今回の件で見合う報酬など無い。
反論の余地などなかった。
単に不利益だけが目の前にあっただけで。
「まぁ、蠱毒を誘発させた件は仕方ない。
解決もさせているしとりあえず目を瞑ろう。
だから二度とするなよ?
それとせっかく窮地を抜け出たくせにいきなり中心地に戻るって馬鹿だろ。
その場では必要だったかもしれんが、主人が止めないといけない状況なんだから、安全策をもっと徹底しろ」
蠱毒による瘴気汚染を考えれば切羽詰っていたのは確か。
スミレからは《転移門》による『通話』は行えても、理熾からは遠すぎて無理。
それに一刻も早く魔物を散らさないといけない場面。
外から攻略するよりは中から連れ回す方が良いという言い分も分かる。
なので百歩譲って『蠱毒関連は大目に見る』という結論に至ったらしい。
だが、だとしても余りにも危険度が高すぎる。
そこを指摘された。
『死んだら誰が解決するんだ』という風に。
対する理熾は「ごめんなさい」としか言いようが無い。
「後な、ポルンは放っておけよ。
ライムが止めたろう?
あいつらが『群れで戦う』ことは基本的に無い。
今回もたまたま群生する環境が出来ただけだからな。
良く考えてみろ。
1000体以上のポルンの胃袋を満たす餌が何処にあるんだよ。
ここを食い尽くしたら勝手に散らばる。
いくつかの集団に分かれるだろうが、それを待ってから倒せばそれで終わりだ。
何回か同じような殲滅作業が必要になるが、主人なら200体程度まで減れば単独でも倒すだろ?」
ネーブルとしてはポルンへ勝手に突入したのは絶対に許せない。
習性はライムが説明したし、止めてもいた。
今すぐやるなら殲滅魔法が必要だとも進言している。
その上、ポルンの数は多いがここは街から遠いことを考えれば緊急性はそれほど無い。
そもそも合体もしていないのだから、あの場面では安全であるとさえ言える。
それを刺激して合体させて今回のことだ。
たまたまネーブル達が間に合ったから良いものの、被害を拡大させただけとなりかねない。
そこまでを踏まえてネーブルは
「少なくとも生き残れたのは運だぞ、運。
一回逃げて俺ら待つって選択肢無いのか主人には。
言っておくが今回の件、最初から最後まで『命を賭ける場面』じゃ無いからな?」
「分かったら反省しろ!」と理熾に拳骨を落とした。
理熾は頭を撫でながら「うぅ…痛い…」と軽く涙目である。
だが
「嘘付け!
俺の手の方が大ダメージだよ!」
「心が…」
「やっぱりなッ!」
とネーブルが痛みで手を振るという一幕があったりする。
理熾は順調に石頭に成長しているようだった。
お読み下さりありがとうございます。
ようやくポルン倒せました。
しぶとかったです。
不定形の粘性液体であるスライム系は斬撃・衝撃などの物理攻撃は威力を流してしまって効きづらい。
だから焼き払うとなっても、水を沸騰・蒸発させるのも割りと苦労する事を思えば『簡単』とは言い難い。
そう考えると物凄く強いんですよね。
この物語では『核』があるので比較的倒しやすかったりします。
まぁ、魔法抵抗が低い設定なので焼き払うのも難しくは無いんですけどね(‘‘
理熾の場合は初めての魔物に対してはっちゃけすぎました。
今回の教訓『人の話を聞け』ですかね。




