蠱毒2
空中の《障壁》を解いて落下中に理熾がまず行ったのは投剣を投下することだった。
真下に居た魔物達を一掃して着地地点を作るためだ。
リコとライムが【連携】を通じて理熾の行動に同調し、着弾点に同時に【重力魔法】を稼動させる。
足止めと行動抑制を施された空間からは魔物一匹逃れられず、その加重に戸惑うしかない。
発射された投剣は、眼下の周囲10mほどの範囲を《結界》で押し潰す。
敵の数など数えるだけ無駄だ。
全て等しく、潰されるのだから。
投剣によって均された5cm程上に《障壁》の足場を展開。
そんなものでもなければ血濡れの肉塊に足を突っ込むハメになる。
その場に【重力魔法】で重力を軽減して降り立つと、周囲にはまさに血に飢えた魔物が取り囲む。
無差別に殺し合いをしていた場所に現れた特別に強い個体。
有無を言わさないような強烈な危険度を本能的に悟る。
『優先的排除対象』という、共闘ではなく単なる本能が指し示す優先順位によって理熾達に魔物が殺到した。
(ライム、後ろをお願い。
リコは右を…僕は正面から行くから後よろしく!)
理熾はそれだけ伝えて殺到する魔物に突貫した。
種族はバラバラ。
ゴブリンも居ればオークやコボルトも居る。
ただしこれらの数は相当に少ない。
やはり弱いと瞬殺されてしまうのだろう。
見たことが無いので言えば蛇みたいなのとか、トレントとかいう木の化物。
まだオーガを見掛けては居ないが、咆哮が聞こえるのだからどこかには居るだろう。
だが最初の目的だったアラクネの姿は見えない。
単に弱者として既に屠られたのか、強者として暗躍しているのかは分からないが。
この場に集い、怪我をしていない個体はほとんどいない。
しかし既に事切れた死体も多く、ある程度Lvが上がっていることには他ならない。
理熾達以外の魔物に経験値を稼がれるとリザードの時みたいに進化をしかねない。
だから出来る限り芽を潰す。
突貫した理熾の手に持っているのは相変わらず弓。
走りこみながら放つ矢は《乱れ撃ち》と《穿矢》による連携武技での露払い。
狙いも定めず放った武技だが、弱者や不運なものは矢を浴びて倒れ伏す。
接近したところで手は緩めない。
弦の部分を魔力で強化しながら振り回すと面白いくらいに良く切れる。
下手な刃物よりも良く切れ、しかも相当に軽い。
理熾の膂力と弦の強度を思えば当然の結果である。
硬い敵には使えないものの、本来の使用目的でも無いのにこの鋭さは脅威だ。
しかし理熾はすぐに軽い舌打ちと共に《亜空間》に仕舞いこみ、オーク製の粗悪な剣に持ち替えた。
今現在は数に押されている場面である。
一振りで一撃必殺の武器というのは確かに歓迎される。
瞬殺するのは確かに大事だが、現状では一時的であっても押し返す場面を作らねば数に任せて潰される。
だから粗悪な剣を斬ることよりも『打撃』として振り回して魔物を殴り飛ばす。
歯を立てずに振り回せば鉄製の鈍器になるのだ。
この程度の荒い使い方でフィリカ製の武器が壊れるとも思えないが、わざわざ『壊れるかもしれない使い方』をする必要など無い。
そんなものは簡単に取替えの聞くしょぼい武器で十分だ。
そう思って振り回すオークの武器は、きっちりと役目を果たす。
吹き飛ばした魔物は違う魔物を巻き込んで被害を拡大させる。
一体を殺すよりも複数を転がす方が今は効率的。
殺さずに放っておいても負傷した魔物は他の魔物の餌となる筆頭候補なのだから。
経験値を稼がれるのはかなり癪だが、数を減らすことも大切。
押し返すことと、時間をかけないということを両立するにはこの方法が有効なのだ。
それに蠱毒を阻止するには同じ場所で戦っているのも拙い。
瘴気は魔力という色が高い濃度で互いに重なり混ざり合う環境があるから発生する。
回避するには常に移動を心掛け、同じ場所に魔力が溜らないようにしなくてはならない。
2、3度敵を殴り飛ばした辺りで剣が曲がってしまった。
やはり粗悪品の耐久度は低く、対する魔物の強度も高い。
そして何より理熾の膂力は容易に剣を曲げるほどだった。
瞬間的にではあるものの、近接した魔物の露払いには間に合った。
使い捨て用の在庫はまだまだあるが、ついそんなことを理熾は思っていた。
そしてあっさりと剣を見限り、その辺に転がる生きた魔物へと剣を投げつける。
「サクリ」と頭部に突き刺さって沈黙したのを横目に、新たに粗悪な槍を2本取り出し、背後へ意識を向ける。
(ライム!
《結界》解除!!)
(この状況でか!?)
《結界》の主な役割は防御。
衝撃の緩和、拡散、吸収をし、斬撃に対しても強固な防御力を誇る。
正面から受けることもせず、闘牛士のように勢いを逸すように角度をつけて《結界》を使う。
ライムは複数の盾を持っているかのように《結界》を多重起動させて、時間差で弾き飛ばしている。
敵の攻撃タイミングをずらして強度を保つと共に、同士討ちを発生させているのだ。
加えて余りにも近接した場合は純粋な後衛の癖に、通す魔力量によって重量が変わるフィリカ製のメイスを使う。
敵の行動予測で魔法式を間に合わせるライムは、相手の行動に合わせて『メイスを振り回す』ことによって近接戦闘が出来る。
とはいえそこは本職でも無い以上は補正も武技も乗らないので威力はお察し。
当てることを優先とし、弾き飛ばせれば花丸、相手の攻撃や進行を防げれば及第点。
空振りしたところで当たり前といったところ。
ただしフィリカ製の武器は思いの外威力が高い。
今はまだ使いこなせていないのだが、攻撃の瞬間に【凶刃】という特性を使えば接触部で刃が這い回って大ダメージを与えられる。
しかも這い回る場所はメイスではなく、相手の体表というのだから極悪だ。
タイミングを合わせるのが難しいが、非力な後衛とは思えない威力に跳ね上がる。
鈍器の癖に斬撃効果が付くという無茶苦茶な装備である。
しかしいくら有能なライムでも《結界》の強度に上限はあり、十数体もの魔物が《結界》に攻撃していたらつらいだろう。
更に投擲物や魔法なども混在するので、珍しく眉間に皺を入れた難しい顔で対応しているのだから。
(すぐに展開し直す準備はしておいて!)
ライムが《結界》を解く瞬間、理熾は身体を反転させて背後に向き直り、槍を投げる武技である《破葬》を放つ。
反転させる勢いすらも巻き込んだ《破葬》は、無くなった《結界》を越えて来た魔物に突き刺さる。
更にその振り切りを利用し、反対側の手に持った2本目で別の方向へ《破葬》を放つが、共に貫通はしなかった。
粗悪品の槍で貫けるほど強化された魔物は弱くない。
しかしその勢いは衰えず、突き刺さっただけの槍はその威力でもって魔物を挽き潰す。
更に周囲の魔物数体を巻き添えに背後に吹き飛び、後方に位置していた魔物にまで被害を与えた。
驚きに目を見開くライムだが、即座に《結界》を張り直して後続に備えた。
ただ《結界》が解除された隙をモノに出来る魔物は居なかったが。
リコが請け負った場所はまだ問題ない。
あの妖精は理熾の《亜空間》を使えるため、ライムのように『耐えるだけ』という状況にはならない。
【重力魔法】で重力の向きを乱した後に《亜空間》から矢を放って確実に数を減らす。
更に《障壁》までも併用して足止めもしているが…それでも敵の数は多い。
これ以上留まるのなら、もう少し周囲の魔物を減らさなければリコ側から決壊する可能性が高い。
そう周囲を把握して理熾は決断。
(移動するよ!
数が少ない左側を開けるから準備して!)
(数が少ないって言っても…)
密度が薄く放置していた左側からも魔物が寄ってきている。
そのまま突っ込めば倒せはするだろうが、時間が掛かり四方を完全に囲まれる。
そうなれば潰されるのは時間の問題だ。
ライムの懸念は尤もで、理熾もその辺は理解している。
だから『攻撃する時間』を節約するためにリコが《亜空間》から投剣を発射。
それに理熾が極薄の《結界》を水平に展開する。
巨大なギロチンと化した投剣は十数体を骸に変えて何処かへ飛んでいった。
投剣の回収は後回しである。
(ッ!?)
(いくよ!)
横目で見ていたライムはその光景に絶句(といっても言葉は介していないが)。
理熾は気にせず投剣によって切り開いたスペースを突っ切る。
少し遅れたがライムも追いつく。
やはり直線的な移動となるとライムは早い。
投剣拾うのは後。
残る投剣は8、その内発射待ちは5。
回転式が2本…これはとっておき。
でかいの出てきたら怖いから節約しなくちゃね。
投剣でしか倒せない敵が出て来た時に在庫が空ではやってられない。
いつもと変わらず基本方針は危なくなった場合のみ投剣投入である。
既に三人(二人+一妖精)で40ほどもの死体を生産している。
流石にコボルト退治の時より数は少ないが、それでもまだかなりの数が居る。
それに1体の強さもそこそこ。
いくら理熾の殲滅力が高くとも、数が多くて強ければ時間も掛かる。
剣の一薙ぎで数十の敵が倒せるわけでもないのだから。
(ライム、左手側から3体。
《結界》で押し退けて。
その後ろに一杯居るからリコも左側を手伝って。
このまま正面突っ切るからね!)
(了解!)
即座に展開されるライムの《結界》に加え、リコの【重力魔法】が重心を掻き乱す。
瞬間的な時間稼ぎさえ出来ればそれで良い。
倒すのはもう少し離れてからの方が良いのだから。
理熾は《亜空間》から粗悪な槍を取り出して正面の敵に向かって走りながら《破葬》を投げ込む。
後方に吹き飛びながら周囲を巻き込むのは先ほどと同じ。
止めも刺さずに《障壁》の足場を作って立体的に躱しつつ、手薄な右側に若干曲がる。
【連携】で繋がるライムは言葉も無く行動を汲み取り後に続く。
駆け抜けた背後では理熾の槍で転がった魔物が後続の魔物に踏み潰され、断末魔をあげていた。
わざわざ倒さずに転がしたというのに踏み殺されては意味が無い。
後続に経験値を献上しているようなものである。
だからといってまともに殴り合えば理熾達が押し潰される。
この場で殲滅戦をするには未だ周囲に数は多いので仕方ない。
とりあえず全ての魔物を背後に集めなければ四方から囲まれてやっぱり潰される。
何よりもこの魔物を引き連れてのかけっこは蠱毒を生まない最低条件だ。
そんな色々な状況を組み換え、組み立て、理熾は考えを纏める。
(…ライム)
(何だ!?)
(魔物を打ち上げるから手伝って!)
(はぁ?!)
ライムは理熾の言葉の意味がさっぱり分からなかった。
お読み下さりありがとうございます。




