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神様のおねがい  作者: もやしいため
第十章:アルス領お家騒動
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スキルの間違い方

まずフィリカの店の上空1kmほどの場所にスミレが周囲10m程の広い《障壁》を置いた。

次にその《障壁》の中心地点に《転移門》を繋ぐ。

全員で上空へと移動して地上の《転移門》を閉じる。

ちなみにフィリカは楽しそうにこちらを見上げて居たが、すぐに店へと戻っていった。

テントの調整をしてくれるのだろう。


「ありがとうスミレ。

 ここからならどっちも見える(・・・)よね?」

「はい。

 以前も思いましたが《転移門》ってこういう使い方出来るんですね」


「え?」

「普通はしませんよ?

 《障壁》で足場を作る人も居ませんし」


「…あーそっか。

 これって《障壁》と《転移門》を同時に使わないとダメなのかぁ」


と理熾は今更ながら認識距離の限界を高さによって延ばすという自分が提案した方法が『イレギュラーだ』と理解した。

魔法の並列処理もさることながら、そもそも発想として『《障壁》を足場にする』というのが無いのだから当然ではある。

そんな二人の会話に他の四人は『またか』と諦めの混じった苦笑いを浮かべる。

相変わらず理熾の技術の使い方は変わっている、と。


「スミレ、お願いしていい?

 ここからだと少し遠くて僕じゃ《転移門》を開けない」

「あ、はい。

 ではご主人様(マスター)の方から開きます」


そう言って適当に座標を確認する。

流石に70km先を視認する能力は理熾もスミレも持っていない。

しかし『体感する』のならば話は別だ。

特にスミレは血魔石(ブラッディコア)などの基点さえあれば500~600km先の周囲をある程度理解する。

だから一直線に見渡せる場所さえあればちゃんと見えなくとも大雑把に任意の座標を拾える言うわけだ。


それにどうせピンポイントでアラクネの群れに突っ込むわけではないのだ。

ある程度近くに行けばそれで良いし、何より門の位置が障害物の無い空中でも良いのだから簡単すぎる。

スミレはものの10秒ほどで距離を設定し、追加の10秒で魔法式を構築。

次の5秒で詠唱もせずにあっさりと《転移門》を開いて「お待たせしました」と声を掛ける。


この間約30秒足らず。

誰一人待ってなどいない。


「さ、流石スミレ…」

「まぁ、元々は国単位で認識してたからな。

 そう考えるとたった100km未満はこのくらいだろうな…」


と理熾の感想にネーブルが補足する。

しかし誰一人納得のいかない理不尽な移動手段である。


一般人の移動距離は1日中歩いて直線距離で40km。

馬を使えば倍以上の80~100km程にもなるが、共に『荷物を持たない場合』に限る。

装備やら食料やらを持てば当然時間が掛かり、馬車などを使えば一日で最大でも50km程度。

その距離にしても一般の馬や馬車に走破性を持たせることなど出来ず、ある程度地面が均された場所でなくては難しい。

舗装されていないために道は悪くて起伏は激しく、馬は生物であるため休憩が必要になるのだから仕方ない。

しかもこれらは『距離』であり『道のり』ではなく、結果的に更に時間が掛かる計算だ。

そんなことを考えるとやはり<空間使い(ディメンショナー)>の運搬能力は凄まじいとしか言いようが無い。


「スミレありがとう。

 んじゃ行こうかライム」

「じゃぁまた夜にな」


とライムは日帰り出来る異常性を噛み締めながら《転移門》をくぐる。

その先は理熾の《障壁》の足場と、眼下に広がる森だ。

スミレの《転移門》が閉じるのを手を振って見送る。


ここから二人でアラクネとポルンを探す。

しかし目の前に広がる広大な森から、アラクネを見つけ出すのは至難の技だ。


「ねぇ、ライム。

 【重力魔法】を使って二人を空飛ばせられるかな?」

「魔力が空になって良いなら3kmくらいならな」


「ちなみにその間って戦闘できる?」

「自分一人分なら多少は。

 二人なら防御すら無理だな」


「やっぱり魔法を制御・維持し続けるって難しいんだね」


と理熾は頷く。

どうやらそうそう楽は出来ないらしい。

仕方なく理熾とライムは《障壁》を足場にトコトコと歩きで移動を開始する。

地上に降りるよりも道は自分で作れて障害物が無いのでどう考えても上空から【索敵】した方が分かり易い。

とはいえライムからすれば常時《障壁》を張り続けるという行為自体が信じられない。


魔法士にとっての攻撃・防御手段を、戦場でただの移動手段として利用するのだ。

たったこれだけで魔法士は処理能力に圧迫を受ける。

物理で言うところの、重石を背負っているような状態だ。

200kgまで持てるからと言っても、便利だからと100kgもする装備を喜んで持ち歩く者など居ない。

それだけで動きが遅くなるし、防御・攻撃にも支障が出てくる。


理熾は魔法士としてそんなハンデを負うようなことをやっているのだが、全く頓着していない。

処理能力が高いというのもあるだろうが、最大の理由は『先に見付ければいい』ということだ。

不意打ちや奇襲を受けるリスクを考えるなら、多少無理したところで安全圏から先に見付けられた方が良いに決まっている。

大概の生物にとって『上空』というのは死角になりやすいのだから。


とはいえ。

そんな風に割り切って行動出来る者も少ない。

特に理熾は《障壁》と【索敵】を使いつつ、刻一刻と減る魔力を魔法薬で回復する。

まさに『そこまでするか?』というような消耗をしつつも安全を取っているのだ。

一般的な討伐者からすると馬鹿馬鹿しいまでの浪費である。


1時間ほど捜し歩いた辺りで理熾が「居ないね」と話す。

障害物も無いので結構な距離を移動したはずなのに、目的の相手が見付からない。


「ギルバートさんからも『この辺』って言われただけだしなぁ…」

「俺に《探査魔法》があれば楽だったんだがなぁ」


「それを言うなら僕が持ってる方が使えると思うけどね」

「…《探査魔法》起動しながら周囲の把握ってどれだけ過剰処理する気だ」


「ぁー…それもそっか」


と理熾は頬を掻く。

魔法には起動や維持にそれぞれ最低限の処理容量が必要になる。

例えるなら《障壁》を起動するのに知力50、維持に50、強化に50必要だとかそういう風に。

範囲を広げれば当然その分処理能力を圧迫する。

それらのコストをどれだけ抑えられるかは腕次第だが、ゼロということはまず無い。


《探査魔法》の起動自体はそれほど問題ではない。

しかしその魔法によって流れ込んでくる情報に対しては相当の処理能力が必要となる。

ついでに理熾には【空間魔法】があるため、さらに詳細な情報を手に入れられる。

その結果、起動・維持・情報の受取・精査・整理・利用までを含めると一人の術者では到底追いつかない。

フィリカの《探査魔法》を横から閲覧しただけで1.2kmしか分からないのだから、理熾自身が使えば500mも届けば十分すぎる。

そして500m程度なら座標認識、【直感】(シックスセンス)、【索敵】、【瞬発】などの併用で何とかなる距離だったりする。

実際はそこまでの過剰処理をするに見合う情報が得られ無い可能性が高いのでやらないが。


「んじゃ新スキル使ってみようかな」

「新スキル?」


「うん。

 昨日の騒ぎで【威圧】が手に入っちゃった」

「あー…あぁ、なるほど。

 そりゃアレだけ魔力垂れ流しとかしてればなぁ…」


とライムは相変わらずの呆れ顔。

納得するだけの理由がそこにはあった。

だが


「いや、【威圧】ってあの【威圧】だろ?

 相手を脅すのに使うスキル使ったら逃げ出すだろ」

「ふふん。

 そこはほら、色々とね?

 とりあえず降りようか」


と理熾は促す。

このまま《障壁》の階段でも良いが、面倒だったので《転移門》を開いて地上に降り立つ。

じゃり、という音を立てて踏みしめる大地にライムはようやく無意識でしていた緊張を解く。

いくら理熾の《障壁》を信用していようが、『空中を歩く』という非常識な行為に慣れている訳が無い。

意外とストレスを感じていたのだと今更気付く次第である。


「さーって。

 まず《亜空間》から取り出しますは~、オークの血!」

「は?」


小さな焼物の器に入った血を3つ取り出す理熾を見てライムはぽかんと口を開ける。

これから【威圧】を使って敵を見付けるはずなのに、何故血が必要なのか。

疑問で一杯だが、理熾のやることである。

何か方策でもあるのだろうと思い直し、止めずに傍観に徹する。


「そしてこれを撒きます」


そう言って器の口を開けて中身を周辺にぶちまける。

危うくライムに掛かりそうになったのはご愛嬌だ。

器が小さいのでそれほどの量は無いのだが、元がオークの血。

それなりの強い臭いと、魔力を含んだ血を撒くと血の海を連想してしまう。


「ここで登場、新スキル!

 【隠密】と【威圧】を反転起動します」

「は?」


ライムは改めてぽかんと口を開けた。

理熾の言っている意味が分からないのだ。

しかしその意味はすぐに理解することになる。

理熾が放つ気配の質がごっそりと変わったのだ。


先ほどまでは【隠密】を使っていたのか、理熾の気配は希薄で酷く感じ取りにくかった。

それが今は『自分はここです!』と押し付けんばかりに気配を放っている。

しかもその放たれている気配が『めっちゃ弱ってます!!』という、まさに【威圧】(脅すスキル)と正反対の効果だった。


本来【隠密】は気配を隠し、【威圧】は気配を放つという効果のスキル。

それらを捻じ曲げて使うのだからライムの驚愕は計り知れない。

そして周りに撒いた血臭という状況を足せば、自ずと結果も見えてくる。

だからライムは本能的に「これやばくね?」と冷や汗を流す。


「この馬鹿主人(マスター)!!!」


と叫んでそれぞれの身体を基点に、ダメージを受けそうな衝撃に際して展開する自動反応型の《結界》を施す。

これで多少の攻撃を受けてもとりあえずは大丈夫だ。

ついでに【生体魔法】の《強化魔法(ブースト)》と【重力魔法】を準備する。

今この場でやったことを思えばこの程度で良いのかすらライムには分からない。

しかしその横で理熾は「ライムどうしたの?」と首を傾げる。

どうしたもこうしたもない。


「そんなことしたら種類問わず魔物が寄ってくるだろうが!」

「………おぉ!」


と一瞬の間を置いて理熾はポンと手を打つ。

初めての試みなのでそこまで理解していなかったらしい。

【隠密】と【威圧】は共に待機時間(クールタイム)に突入中なので逃げるのも難しい。


理熾一人なら何とでもなるが、ライムを連れてとなると難易度が上がるのも仕方ない。

《転移門》を使えば一瞬ではあるものの、何処から敵が現れるか分からない場面で使うのは悪手。

無詠唱出来るが、魔物を一緒に連れ込む可能性を考えれば使ったところで魔力を無駄遣いするだけ。

一応【索敵】により近距離の敵の有無を確認しているが、セリナの時に気付けなかったことを思えば信用しすぎるのはまずい。


「ま、まぁ大丈夫でしょ。

 そんなに気配も遠距離まで届かないし、一瞬だったしさ」


楽観視する理熾にライムは続ける。

周囲のオークの血を指差して。


「ふざけんな!

 この惨状だけでも寄ってくるっての!」

「おぉ!

 そういえばそうだね?」


「何でそう変なところが抜けてるんだよ!」

「いやぁ…失敗は成功の元って言うしさ?」


「馬鹿主人!

 成功するまで失敗し続ける気かよ!?」

「そういう意味じゃないよ!?」


「うるせぇえ!!

 とりあえず移動するぞ!

 オークはそこそこ強いが弱っていれば良い餌だ。

 他の魔物も絶好の獲物として寄ってくるくらいにな!!」


ライムは自身に《脚力強化(レッグブースト)》を掛けて走り出す。

取り残された理熾は「え、えーっと…了解です先生(サー)!」と返事をしながらライムの後を追うのだった。

お読み下さりありがとうございます。

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