英雄達の基礎
スキル考察再び。
ある程度の強さになるまでは超地味です。
理熾視点ではまだ3日目ですので、仕方ありませんが。
8/31訂正
司書に教えてもらい、資料を探して歩く。
やはり図書館は討伐カウンターよりも遥かに品揃えが良い。
当然と言えば当然ではあるが。
二階建ての小さな建物ではあるが、やはり本の数は圧倒的だ。
一階は壁全面に本棚があり、壁面の本棚同士の間には明り取り用の縦長の窓がある。
本が傷まない為の配慮なのか全てに布が掛けられている。
これだけでも十分明るい。
広さは無いと言っても、それはそれ。
棚分けされていると言っても、目印があるわけではない。
この広さから本を探すのは難しい。
聞いておいて良かった思う理熾。
目当ての本棚を見つけ、適当に本を選んでいく。
あぁ…言語知識があって良かった…。
というか、こういう必須技能も持ってないって不遇すぎるような…?
まぁ、元々持ってたらありがたみが分からないからこれはこれで良いと思おう。
という風に納得して読み始める。
ポジティブというか何というか。
理熾は勉強嫌いではあるが、それは深い情報を『いらない』と思うからである。
知識はあればあるだけ良いだろう。
しかし知りえる全ての情報を事細かに知る必要など無い。
特に日本でならば携帯、パソコン、タブレットや、それこそ図書館でも、と調べられる方法と環境がいくらでもある。
つまり即答しなければならない状況下で無い限りは必要な時に必要なだけの情報を仕入れれば良いだけなのだ。
そんなことを思うと理熾はやっぱり勉強は下らなく感じてしまう。
知識を増やすというのは楽しくとも、一生使わないかもしれないような不要な情報を事細かに教え込まれるのは嫌だったのだ。
とはいえ。
人間誰しも、必要に駆られる事があれば何とか頑張るモノだ。
理熾も類に漏れず、スフィアに来て頑張っている。
まだ3日目だが。
んー…やっぱりスポットライトが当ってないからか、書いて無いなぁ。
というか本によって字が違って読み辛いなぁ…。
しかも形式的じゃなくて、口語に近いし。
この伝記とか最早日記だよ…。
まぁ…極論、個人の記録といえばそうなんだけどさ!
などと本を読み進めながら心の中で文句を言う。
スフィアでの本は高級品であり嗜好品である。
紙自体が高く、その高級品を束ねた本はさらに高いのは当然のこと。
何より初版・重版問わず人が書いたものだ。
また、製本する技術はあるものの、結局のところ手作業であり、その場面でミスすれば全て台無しにしてしまう。
これだけでも十分高級品の素質大有りなのだが、そもそもスフィアは識字率が低い。
つまり『欲しがる人』がかなり少ないのだ。
ついでに言えば作家が本を出せる頻度もそう高くない。
書いては修正、修正しては追加するといった作業が、大変時間が掛かる。
日本のようにパソコンで書き足し、修正、推敲など出来る訳も無いのだから当然だ。
初版が貴重品な上に、写本であっても手間隙が掛かり、買い手も少ないとなっては値段が下がりようも無い。
とはいえ、そんな事情など理熾に関係はない。
今はただただ読みにくいと感じるのみだ。
調べ方が悪いのかな…?
と、あった!!
なるほど、こういう風に書かれてるのか…なら、こっちの本でもこの辺かな…?
一つ見つけられると、その他の本でも目当ての部分が見付かりだした。
いくつかのサンプルを見つけたので並べてみる。
これが剣の勇者、次に盾の守護者、国の危機を救った英雄とか、その英雄と並ぶ魔法使い…。
武王と呼ばれた建国者や、神の御使いの二つ名を持つ治癒術師…。
その他、出自不明で存在が怪しい暗殺の天才、外すことがない鷹の目の異名持ちの弓兵。
いくつもの英雄譚、伝記を調べると共通点が見えてくる…。
それは誰もが【体術】を持っていたってこと。
まぁ、明確な表記が無い人も居るけれどね。
【体術】とは、自分の身体を『自由に動かすスキル』である。
恐らく、誰もが自分の身体を動かしていると言うだろう。
実際に身体が動いているのだから、『ちゃんと動かしている』と思ってる。
けれどこれはそういう意味じゃない。
そういう次元でもない。
走るにしても、歩くにしても、剣を振るにしても、実は身体を動かすには技術が必要だ。
動くとはそれだけ難しく、ロボットが未だにスムーズに歩けないのはこのためだ。
そして誰もが無意識下で出来ているからこそ、『技術』として確立するのが難しい。
だからこそ、技術化が難しく、歩行するのにすら手間取るのだ。
そしてスフィアの誰もが勘違いしている。
自分の身体は『自由に動かせている』、『思い通りに動いている』のだと。
もしそれが事実であるならば、誰も動作訓練を必要としない。
例えば素振りなんてものは必要なくなる。
アレは身体に『最適な動き』を教え込むための反復作業なのだから。
結局のところ、同じ能力値で同じ動作をするならば、どれだけ最適化されいるかが明暗を分ける。
だからこそ、ランナーは走り方の練習するし、スイマーは泳ぎ方の訓練を行う。
その動作に必要な最適な動きのパターンと、最適な動きに必要な筋力を手に入れるために。
武器を振る、魔法を使うといった行動にもやはり『最適な動き』があるのだ。
身体の動きっていうのは当たり前すぎて誰も気に留めない。
そもそも【格闘術】ってのが、スフィアでは役に立たないと有名。
これが原因で『身体を使う』ということに誰もが目を向けない。
それなら【剣術】や【槍術】とかの『武器を扱うスキル』を手に入れた方が余程良いという結論になる。
昨日クーリアさんが短剣を勧めたように。
スキルとは意識した反復練習の後に発現するモノなのだから、眼中になければ手に入らない。
当然そこには『適正』も含まれるが。
例えば全く同じ能力値同士でかけっこをしても、【体術】を持っているほうが圧倒的に早いだろう。
それはどれだけ走ることに最適な動きに補正されているかに加え、能力値の限界まで使えていないのだ。
筋力や敏捷の値だけではなく、魔力、体力等といった自身の能力を駆使するスキルと言える。
それら全ては『上手に身体を動かす』ということに対する補正だからだ。
だから、早い。
まさに持ちうる『全能力』が出せるのだ。
英雄達は大事な基礎として、【体術】を持っていた。
そして【体術】は他のスキルの下地になって、支えている。
だからこそ、全く同じスキル、熟練度でも、打ち勝てる。
『身体を使う』という点で、『【体術】を併用している』からね。
伝承にはその辺が『勇者の資質』とか『英雄の証明』とかって言われているけど、実際は違う。
その答えは【体術】による頑丈な基礎を持っているから。
世界の常識を無視して【体術】を持ち、そのお陰で他人と比べて能力値以上を叩きだせる。
だからこそ、勇者や英雄と呼ばれていたって結論になるかな?
しかしその【体術】はスフィア的に残念系スキル。
しかも英雄や勇者に祭り上げられる者はもっと目立つスキルを持っている。
加えて取得者は少なく、取得を目指すものもいないため、理熾が目を付けるまで誰にも気付かれなかったのだろう。
理熾が引っ掛かったのは、『武器を持っていない時は便利』という言葉。
つまり『装備をしない』か、『発動する装備』であればスキルを使えるし、熟練度が上がるという事実。
それは歩いていても、走っていても、剣を振っていても、槍を薙いでも、魔法を使っていても。
極端な話、寝ていても身体を使っているということ。
動きに根付くため、あらゆる条件下で発揮される、究極のパッシブスキル。
これほど今の理熾に的確なスキルは無い。
確証も得た。
まさに常時発動型のパッシブで、死角無しの基礎スキル。
無くても困らないだろうが、有った方が断然お得。
さらに思い切れたのが、今のSP5で取得できるところ。
かなり優秀なはずなのに、SP消費が安すぎる気がするんだけど…何でだろ?
誰でも取れて、誰も取らないって場合はとってもコストが安いのかもしれないなぁ。
そんなことを思いながら、今度は躊躇い無くスキルを取った。
お読み下さりありがとうございます。




