フィリカの思い
「フィリカさんこんにちは。
昨日はありがとうございました」
リオ君は店に来るなりそんなことを言ってきた。
だが私がしたことといえば《探査魔法》を使ったことくらい。
まぁ…確かに多少の口添えは出来たと思うが、それでもその程度だ。
だから返答は決まっている。
「いらっしゃいリオ君。
いや、こちらこそそんなに役に立てずにすまんな」
「そんなことないですよ。
凄く助かりました」
「そうか?
なら良かった」
そんな挨拶を終え、倉庫へと向かった。
新装備の追加とのことだが、相変わらずリオ君は扱える装備の数が多い。
最初は単に<戦士>、<剣士>系でまだ装備を選びきれてない、もしくは『選ばない』というタイプかと思った。
基本が近接武器だったからな。
だが実は弓を使えるという。
そうなると次は<剣闘士>かとも考えた。
あのクラスは多くの武器適性を持つから、弓が入っていてもおかしくは無いからな。
しかし<剣闘士>は魔法適性がほぼゼロだ。
【魔闘技】などは使えても、【空間魔法】のような高度な魔法は使えない。
そもそも本人から<空間使い>だと明かされるんだから驚きだ。
そうなると更に不可解だ。
あれほどの魔法を使いつつ、多くの装備を使いこなすクラスなど存在しない。
だから逆に『魔法士の近接戦闘型』という形で私の中で落ち着いた。
それならば主体が魔法で、武器が片手間(というような練度では無いんだが)だから色々と使える。
武器に関しても振り回すだけにクラスは必要ないし、装備やクラスの補正などは乗らずとも武技は使える。
武器を振り回すのは上手くとも、攻撃技術は拙かったから恐らくこれで当たりだ。
その分【空間魔法】を近接戦闘に織り込んで『異常な繋ぎ』を実現してたから恐ろしいがな。
初対面からその片鱗を感じ取っていたが、相変わらずリオ君の能力が未知数だ。
『オークが狩れる』という触れ込みで招き入れただけのただの子供が様々な問題を解決していくのだからな。
今回の件でも誰よりも早く気付いて行動し、結果的に現場にも一番乗りした上で解決した。
いくら私やネーブル達の補佐があったとはいえ、だ。
誘拐事件が発生した場合、普通は相手との交渉を行うことになるだろう。
要求を飲む飲まないはともかく、『事件を起こす目的』が分からなければ被害者側で対応が取れないのだから当然だ。
そしてその交渉の末に犯人側の最難関である『人質と要求の交換』がある。
人質が開放されなければ要求が通らず、逆に要求が通らないなら解放もされない。
少なくともお互いに思い通りの結果は得られないだろう。
金にしても、物にしても、条件にしてもだ。
だから誘拐の現場に居た訳でもないのに、数時間での解決など本来ありえない。
解決には相当な時間を要し、今回のことで言えば時間稼ぎとして使われる可能性すらあった。
誘拐自体が目的で、セリナの身柄などどうでも良い場合もあったわけだ。
その辺を踏まえると迅速に解決したことに対する問題は全く無い。
むしろこの速度で追っ手が掛かるとは犯人達も思って居なかっただろうしな。
それらのことはともかく。
特に主犯の人物像推測の際は鳥肌ものだ。
セリナが攫われたという事実と状況、そしてギルバートが零した一言。
アルス周辺の状況を繋ぎ合わせて導き出した推測は、妄想と切り捨てるには余りにも現実味を帯びていた。
それが真実だろうと思わせるだけの説得力があった。
まぁ、事実を繋いだ答えだからそうなるのは分かるのだがな。
それでもその結論に至るまでの着想はほんの些細な事柄ばかりなのだから圧巻の一言だ。
だが気になる点はいくつもある。
いくら【瞬発】で思考力を底上げしていたところであの確度で状況整理が出来るとは思えない。
そもそも何処からその情報を得たのかも聞いていないな。
ハイオーク討伐の際も『何となく緊急依頼が出る気がする』とか言っていたな。
一度であれば構わないが、そう何度も『カン』という言葉で切り捨てていいようなことではない。
…だが、まぁその辺りは良い。
興味はあっても明かさない以上は突っ込んで聞くべきでは無いだろう。
情報源が何処であれ、最初から『答え』を持っていたわけではないだろう。
でなければ、それこそこの場で推論を披露して私にツッコミを入れさせる必要など無い。
時間が惜しいのだからな。
リオ君がそんな無駄な時間を使うとは思えない。
それにガウスはともかくとして、メルカノ公爵の息子は一体何処でツテを手に入れたんだ?
知らない間に人脈が増えているじゃないか。
その辺りをセリナ救出劇の翌日である今、聞いてみた。
まさかリオ君がいつも通りに私の店に来るとは思わなかったがな。
「カルロさんとのツテ?
あぁ…人攫いの件でギルバートさんのところに行ったでしょ?」
「一昨日か?」
「そうそう。
…何だか随分前な気がするけどね」
そう言って一度リオ君は笑った。
それはそうだ。
作業の合間にスミレに聞いたところによると、リオ君は昨日イルマ迷宮に潜っている。
しかも背後には迷宮亜竜とパーティが居たらしい。
状況や性格からするとパーティを助けたんじゃないか?
「その時に見付かっちゃってさ。
ぁー…違うか。
少し前にあけみやで竜殺しとして呼ばれたんだっけ」
「『竜殺し』?
あぁ…リザードか。
確かに単独撃破は目立つしな」
「おかしな話だよね。
フィリカさんも居たはずなのに…」
「そうだな」
と私は深く相槌を打つ。
確かにギルドでの受注者は私だが、実のところ達成者はリオ君になっている。
臨時パーティとして登録しているものの、リオ君一人で報告しているからな。
ただガゼルとしても『私の同行』という形にしか出来ない。
まぁ…外聞的にはEランクなのだから、『お守り』だと思われて信じられないというのもあるだろう。
その辺は人の勝手だから私は知らん。
が、その中でもメルカノの子息は目を付けたというわけか。
…なるほど、この場合は逆に『Eランク』だからこそ御しやすいと呼び出したんだな。
「でまぁ、そこで顔合わせして『子供とか期待外れ』って言われてさ」
「馬鹿だな」
思わず私は素気無い返事をしてしまった。
少しだけ子息に『見る目がある』と思った私が馬鹿だった。
だってそうだろう?
勝手に期待して勝手に失望したという、勝手な行動を人のせいにするのだから。
そんな言葉をあっさり話すリオ君はある意味おかしいんだがな。
この子の怒りのポイントが良く分からんな。
「そのままならね?
その後ギルバートさんところで殴られそうになってさ」
「反撃したのか?」
「思わずね。
ルルガさんが止めてくれて大事にはならなかったけどさ」
「なるほどな」
隠されているわけではないものの、リオ君の見た目や雰囲気からでは強さを測れないからな。
逆に言えば『見た目通り』に受け取られる。
むしろ積極的にそういうところを利用している辺りが狡猾と言うか何と言うか。
まぁ、そんなことを経てカルロをノしたら気に入られたというところか?
反射的に公爵子息をねじ伏せるというのもなかなか凄い話だ。
相変わらず良い度胸というか、良い性格をしている。
いや、この場合は面白い対応をする、と言った方が良いかも知れんな。
「まぁ、そこで手に入れた『貸し』をもう使っちゃったけどね」
「そうか。
…ん?
いや待て、反撃して何で『貸し』が発生するんだ?」
「ギルバートさんが怒ってね。
で、カルロさんが僕とギルバートさんに謝ったんだよ。
だから僕は『謝るだけじゃ気が済まないだろうから貸しね』ってことにしておいた」
くく…何とも面白い返しだ。
それはもう完膚なきまでに『貸し』だな。
言い出したのが当人で、他の貴族の保障まである状態だから断るわけにもいかん。
翻せば信用に関わるのだからな。
面識は無いがカルロの驚く顔が目に浮かぶな。
「で、そこでの貸し使っちゃったんだよね。
後悔はしてないけど他に使い道あったかなぁ?」
「相応の問題だから仕方ない。
だが話せばカルロも分かるんじゃないのか?」
「ダメだよ。
ギルバートさんは『公に出来ない』って言ってたんだから。
僕のわがままでそこを崩しちゃったら、いくらセリナさん助けても意味が無い」
何とも頑固者だな。
いや、『約束を守る』と言うべきか。
この子は柔軟なようで頑なだからな。
「確かにな。
単にまた狙われるだけ、と思っているのか?」
「うん。
でも『領主の娘は割に合わない』と相手も理解したはず。
だって領主側が『本腰入れなくても対応できる』んだからね」
「…そこまで考えてたのか?」
確かに話の上ではそこまで至るだろう。
何せ出鼻をくじくに相当する速度で解決されてしまったのだから。
だが、それを最初のギルバートとの話で考えていたなら恐ろしい先見性だ。
「いやーその辺は後付かな!
今思えば、って感じ。
ようやく頭もちゃんと回るようになったしね」
と朗らかに笑うリオ君は、あっさりと手の内をバラす。
…これだから交渉事に向いていない。
『強みの深さ』を知らさなければそれだけこちらの有利に働く。
そんなことをしないのは私が信用されているからだろうが、それにしては信用しすぎだろう。
その他の状況下なら秘密主義にもなるくせにな。
とはいえ、今考えたところでその結論を見出せるのも十分凄い話だ。
全く…この子には世界がどのように見えているのだろうな?
「そうだ。
ついでに種明かしを頼もう」
「種明かし?」
「あぁ。
どうやってセリナを見付けた?」
当然《探査魔法》で、という答えは予想している。
しかし【連携】を繋いだ状況下ですらそんなことは出来ない。
《探査魔法》は水に石を落とした波紋のようなもので、一瞬で探査区域が広がる。
それらの情報を受けつつ、セリナを選別した方法が私にはさっぱり分からなかったのだ。
「え、《探査魔法》使ってもらったでしょ?」
「あぁ、その直後にリオ君は居なくなったがな」
「あはは…。
ほら《探査魔法》ってさ、細かく形が分かるんだよ」
「まぁ、確かに…」
「それと<空間使い>は座標認識がずば抜けてるよね?
だからセリナさんの体格を投影してた」
リオ君の言葉に思わず私は沈黙する。
だってそうだろう?
セリナの体型を投影し、《探査魔法》に引っ掛かる人物全てに対して比較したと言うのだ。
方法としては
1:セリナの投影を維持
2:抽出される人物と1の比較
この二つ。
やっていることを言葉にすると簡単なのだが、現実的では無い。
《探査魔法》で感知するものには地形も含まれる。
でなければ地図になど書き込めないし、何処にどんな風に何人居るかなどわからない。
それらの情報が頭に流し込まれ、しかも一時的にせよ蓄積していかなくてはならない。
それが出来なければやはり地図に書き込めないからだ。
膨大な情報を受け止めつつも頭の片隅で粛々と比較を繰り返していたという訳だ。
例えばこれがスミレなら不可能だっただろうな。
いくら【空間魔法】のLvが高かろうと、技術が凄かろうと処理能力は上がらない。
むしろ更に詳細な情報を前に押し潰された可能性が高い。
実際私も範囲内の人数は把握できたが、セリナを判別することは叶わなかった。
結局リオ君で無ければ無理だったのだろうな。
リオ君の言葉を真に受けるならば、今回必要だったのはただただ異常な処理能力だ。
恐らく自前の知力と【限界突破】、【瞬発】の併用で乗り越えたはず。
つまりただの力ずくで解決したのだ。
技巧派かと思っていたのだが、何とも強引な方法も取るのだな。
しかも
「セリナさんがいつもの服で、顔とか腫らしてなくてよかったよ」
とリオ君は続けた。
そこで私も思い至る。
人の形は微妙に変化する。
服なんてものは体勢と共に変わるのだから、更に複雑だ。
表情なんかも含めれば『同一』というものは存在しないとすら言えるだろう。
だからリオ君がやった検索は『誤差を認めたあいまいな比較』という訳だ。
私からするとそんな微妙な誤差を含めた比較など出来ない。
例えば同じ鋳型に金属を入れても気温や湿度、器具の状態によって微妙な差が現れる。
それらの差を私は即座に見分けられるのだが、逆にそれらを『同一だと見極めろ』と言われると少し難しい。
特に<空間使い>は座標認識がずば抜けているため、その誤差に気を取られるはずなのだ。
だというのにリオ君がやったのは若干の誤差を認めた上で『同じ鋳型を使った量産品だ』と判断しているようなものだ。
これが例にしたように『鋳型』ならまだ判断は付くかもしれない。
形が同じで誤差が極々小さいのだから。
しかし今回リオ君が比較したのは日常的に変化するような生物なのだから驚くしかない。
それこそ『顔を腫らす』なんてことになれば判別など付かないのだが…。
何となくリオ君なら『殴られたセリナ』ですらも認識しそうで恐ろしい。
それを様々な問題を技術と力を駆使してねじ伏せ、一発で引き当てるのだからどうかしている。
一体どれだけの無茶をすればそんなことを実現させられるのだろう?
「フィリカさん?」
私が黙ってそんなことを考えているとリオ君が少し不安そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
この子は相変わらずギャップが酷い。
すぐに私は「何でもない」と告げて話を続ける。
「そんなことをすれば頭がパンクするだろう?」
「いやぁ…危なかったね。
後200m遠かったら多分見付けられなかったと思うよ」
あっさりとリオ君は半径約1.2kmもの距離を一時的にせよ把握しきれると言ったのと同じだ。
当たり前のことだが距離に応じて面積や体積は増える。
要は情報量が一気に拡大していくのだ。
そのことを思うと1.2kmという範囲は圧倒的だ。
もしこの《探査魔法》をリオ君が使えるとしたら彼から逃げ切るのはほぼ不可能だろうな。
次の瞬間には《転移門》が開かれ、目の前に居るはずだから。
まぁ…《探査魔法》は余り常用すべき魔法じゃないから一概に言えないがな。
「で、そのままの勢いで《空間転移》か?」
「あはは…。
見付けた瞬間にセリナさんの座標以外の全情報を反射的に捨てちゃったんだよね。
そのままだともう一回《探査魔法》が必要になるから、空いた処理容量で思わず…」
「その時にも【瞬発】を使っていたんだろうな。
まったく…無茶が過ぎるぞ?
いや、聞く限り《探査魔法》の最中も全力で処理していたろう?」
「ぁー…うん、多分…」
「だろうな。
むしろそうじゃなくては説明が付かないからな。
【限界突破】のスキル持ちは伊達じゃないな。
アレは『効率良く限界を無視する』というスキルだからな。
頻繁に限界以上を引き出していないと取れないんだ。
まさか日常的に色々と酷使しているとは思わなかったよ」
「僕も知らなかったよ」
「いや、無茶してる当人だろう?」
「うん…でもフィリカさんに言われるまで【瞬発】とか使ってるの気付かなかったし」
あぁ、なるほど。
セリナの件で初めて説明した時か。
確かにあの時は相当に切羽詰っていたからな。
手掛かりなし、協力者なしで『人攫いの事実』だけが存在したら焦りもする。
何と言うか本当に手持ちの能力やスキルとちぐはぐな精神性だ。
その辺りはやはり子供だが、その反面『情報を使う』のは上手い。
改めて変な子供だと笑ってしまう。
「あ、フィリカさん笑うなんて酷いよ」
「すまんな。
相変わらずだな、と思ったんだよ」
「相変わらず?」
と首を傾げるリオ君は相変わらず可愛い。
顔の作りや喋り方やその仕草。
何故かそれらが中性的と言うか女性的と言うか…そんな雰囲気が感じ取れる。
周りに女の気配が無いにも関わらず、何となく『影響を受けている』感じがするんだが…まさかセリナのせいなのか…?
あいつの場合は何となく母性な気がするんだが…。
「あぁ、気にしないでくれ。
それよりセリナを助ける時に居た人攫いの状況を聞くか?」
「え、うん。
ぁー…割と本気で殴ってたような…?」
「いや、リオ君が本気でダメージを通そうとしたらあの程度は即死する。
魔物と殴り合いが出来るリオ君なら殴った部分に穴が開くはずだしな。
無意識でもしっかりと手加減した証拠だよ。
ただし1人が重傷で後遺症アリ。
地面に叩きつけられて骨がいくつか。
それと殴られた顎が砕けてるから、今後食事は流し込むしかないな。
その周囲の四人が出血多目の軽傷…今は血が足りなくてフラフラなんじゃないか?」
「そ…っか…」
気落ちしている…?
まさか罪悪感か?
あぁ、そういえばオークの緊急依頼でも二人が死んで落ち込んでたな。
セリナの命が掛かっていたから最悪手に掛けることに躊躇は無いだろう。
それでも冷静になると怪我をさせるのも気にするんだな。
甘いと言えば甘いが…その辺もリオ君らしい。
「何にせよ、解決してよかったじゃないか」
「あ、うん。
いや?
まだ全然解決なんかして無いよ?」
「ん?
もしかして主犯を引きずり出すつもりか?」
「それはもう。
何をしたか、しっかり理解してもらわないと。
それにそこまでして初めて『セリナさんが安全だ』って胸を張れる」
そんな言葉に私は思わずきょとんとしてしまう。
セリナの安全を保つのは親であり領主であるギルバートや、領民を守る騎士団の仕事だ。
だと言うのにこの子は臆面も無く『セリナを守る』と言い切る。
くく…こうでなくてはリオ君では無いな。
しかしこれを本人に言えば求婚と勘違いされかねないな。
当然セリナは受けるだろうし、ギルバートは了承するだろう。
それくらい世話になっているし、リオ君が守るのならばその分の戦力も浮く。
というよりリオ君が持つ戦力(奴隷含む)を考えれば引き入れたい貴族や組織は多いはずだ。
でもまぁ、何より領主としても個人としても気に入っているんだから、その辺の打算は後付だろう。
まったく。
私も是非守ってもらいたいものだな!
…いや、私の場合は既に何度か守られていたか?
そんなことを考えながらの私の返答は決まっている。
「そうか、なら私も手伝おう。
いつでも声を掛けてくれ」
私は面白いことが大好きだ。
だからそんな面白さをくれるリオ君は愛しているとさえ断言できる。
もし私が頬を染めながらそんなことを告白すれば少しは動揺してくれるだろうか?
そんなくだらないことを考えるだけでもやっぱり面白く、心を揺さぶられる。
あぁ、若いって良いなぁ。
お読み下さりありがとうございました。




