救出準備3
理熾はスミレを連れて《転移門》を開いた。
ライムとのお出掛けで魔力を消費したため、今回は理熾が開く。
スミレが付いてきているのは偏に『<空間使い>はスミレだ』という印象のためである。
とはいえ何があるか分からないため、スミレには魔法薬を使ってもらっている。
理熾達が向かった行き先はウード・ガウス子爵が宿泊している『イライア』という宿だ。
アルスにはいくつかの高級宿が存在し、イライアもその中の一つだ。
ちなみにあけみやは中・高級の境目の『背伸びすれば泊まれる』という値段設定をしている。
サービス等は高級宿に引けを取らないどころか凌駕するほどだが、貴族達は泊まらない。
彼等は見栄のために『内容よりも値段で決める』という習性があり、高い宿に泊まるからだ。
むしろ積極的にそれを狙った値段設定をしているのかもしれない。
カウンターへと進み出て理熾は「すみません」と声を掛ける。
どう見ても10歳前後の子供がこの場に居る時点で違和感が半端無い。
確かに良い服を着て従者も連れているが、護衛が居ないとなると貴族とも思えない。
『場違い』という言葉が似合いすぎるような取り合わせに受付は少し表情を曇らせた。
そんなことはお構い無しに
「ウード・ガウス子爵に取次ぎをお願いします」
「…お約束はされてますでしょうか?」
表情には出さないが相変わらず疑っているのだろう。
飛び入りの相手をそのまま通し、しかもそれが逆鱗にでも触れようものなら貴族の信用を失う。
そうなれば問題は周囲へと波及し、結果この宿が立ち行かなくなる可能性まである。
特に見た目から違和感を感じる相手である。
応対も慎重にもなる。
「えぇ、『理熾が来た』と伝えて頂ければ通じると思います」
間髪入れず理熾は言い重ねる。
当然アポなど取っていない。
飛び込みも良いところなのだが、ガウス子爵側に断る権利など無い。
むしろ断るだけの度胸があれば逆に見直すくらいである。
「少々お待ちください」
「『急いでるからすぐに案内をお願いします』とも言って欲しいかな」
畳み掛けるような理熾の言葉には、宿の顔である受付も流石に受付が表情を引き攣らせる。
『貴族を相手に要求する』など、一般人が出来るはずが無い。
目の前に立つ子供は一体どんな立場なのかさっぱり分からないのだ。
ひとまず「承知しました」と引き下がって子爵に言付けるべく急ぐ。
貴族を動かせるだけの力を持つ相手に逆らって良いことなど無いのだから。
5分ほどすると先程の受付が急ぎ足で戻ってきた。
「お待たせしました。
すぐにご案内いたします」
「行こうかスミレ」
「はい」
受付に促されて後を付いていく。
未だに受付は理熾を『どういう立場の者』か知らない。
しかし子爵の慌てようから、相当に特別な立場の子供なのだと解釈した。
確かに理熾は少なくとも子爵にとって最上位に君臨する相手ではある。
「ガウス様、お待たせしました」
そう言ってノックすると子爵自ら扉を開けて「わざわざ来られるとは」と招いた。
『貴族が迎え入れる』というのは破格の待遇である。
つまり子爵という位よりも格上の相手であると態度で示しているのだ。
そんな子爵の態度に受付は改めて頬を引き攣らせながら理熾に道を譲って下がる。
こんなところで反感を買っては自分の命どころか家族にまで累が及びかねないから必死である。
理熾は「ありがとう」と告げてスミレと共に部屋に入る。
部屋の中の調度品は素晴らしく、『貴族の仮住まい』としては十分な場所なのだろう。
しかし理熾にしてみると無駄にだだっ広いため、来客が無いなら落ち着かないというような広さだ。
とはいえ、貴族である子爵の周囲には執事や家政婦が常に付いているため問題ないかもしれない。
人口密度が低すぎるということも無いのだろう。
と理熾は適当に考えて部屋に入って子爵が勧めるソファーに座った。
ちなみにスミレは理熾の背後に『従者』として立っている。
元々待遇等に気にしない理熾は平気で隣に座らせようとしていたのだが、ハッサクとネーブルが何とか止めた。
相手は貴族である以上、奴隷を『客人と同列に扱う』なんてことをするはずが無い。
してしまえばお互いに馬鹿にし合っているような構図になり、周囲の者にも示しが付かないのでやめてやれとのことだった。
何とも面倒な話だが、それだけで円滑に事が進むならと理熾はスミレにお願いした。
スミレとしては当然の行動だったので逆に面食らい、他の面子は生暖かい視線しか送れなかった。
いつもの如くフィリカは楽しそうに笑っていたが。
「急に押しかけてすみません」
「いえ…それでどうされました?」
「うん、教えて欲しい事があるんだよ」
「教えて欲しいこと?」
「『スラム街への対策の対立者』って誰かな?」
子爵の言葉遣いが敬語になっていることに気付いて「気持ち悪いな…」と思うが、突っ込まない。
脅す勢いに任せて『言葉遣いに気をつけろ』と突きつけたのは理熾なのだし。
それに駆け引きをするだけの余裕も時間も無く、子爵側もそれは同じ。
一言でも気に障るようなことがあればまさに死活問題で、何より『貸し』がある以上、何が来ても断ることが出来ない。
理熾と関わる時間は一分一秒でも短い方が良いのだから。
それに理熾としてもこの場で『貸し』を使うかどうかは別だが、少しでも抵抗すれば惜しげもなく使うつもりである。
「………それはアルスの内情でしょうか?」
「やっぱり知ってるんですね」
「貴族の間でも有名な話ですから。
確かに我等は領民を守るのが役目です。
しかし不法滞在者は領民ではありません。
そんな相手に対しての救済措置を取るのは…と話題になりましたね」
「なるほど…。
やっぱり領民として認められるには納税が最低限って事かな?」
「その通りです。
奴等はその納税を怠るくせに、領内に住まう厄介者ですから」
子爵の表情は苦い。
スラム街の住人に良い印象など無いのだろう。
守るべき土地の一部を勝手に使って生活し、荒らす。
ただ足を引っ張られるだけの存在であり、何よりも犯罪者予備軍だ。
スラムというのは単に潰すべき対象でしかなく、保障するという発想が貴族側には無いのだ。
「ということはほとんどが反対の立場かな?」
「賛成者はほぼ居ないはずですが、大多数は『好きにしろ』という立場ですね」
「この近辺での反対派は居るかな?」
「そこまでは…」
「見当も付かない?」
「えぇ、まぁ…」
「本当に?」
凄む理熾に「はい!」と背筋を伸ばして答える子爵。
脅す気は無かったのだが、苛立ちやら焦りからそう見えてしまったのだ。
「そっか…」と理熾は溜め息を吐く。
こうなればこの場に居る意味も無い。
即座に移動するべきだろう。
「ただ一つ思い当たりが。
スラムと関連深いというのなら恐らく奴隷商人でしょう。
本人達は正規の手順を踏んでいると話しますが、全部が全部そうでは無いはずです。
自ら進んで奴隷になる者など居ませんから、普通は売られたか捕らえられたかです。
とはいえ家族を養うための身売りもありえなくは無いですね。
売られたならともかく、『捕まえた場合』は足がつかないためにも第一候補はスラム。
第二候補は村や町を様々な理由で無くした浮浪者でしょう。
奴隷商と繋がりを持つアルスの貴族はザルエです…が、あくどい話はとんと聞きません」
「そのザルエって人以外に繋がりがある人はいない?」
「いえ、労働力として魅力的な奴隷は多かれ少なかれ関わります。
かくいう私もちょっとしたツテを持っています。
領主として治める土地があれば確実に関わりますので」
「むぅ…絞りに来てまさか増えるとは…」
「何かあったんですか?」
「僕に喧嘩売ってるから買ってあげないといけないんだけど、相手が分からなくてさ」
と頭の中で今後の対策を考えながら理熾は事も無げに言う。
思考に力を入れることで感情を殺しているのだ。
対する子爵はまだ見ぬ理熾の相手に「あぁ、新たな犠牲者が…」と軽く同情ムードである。
真正面から木っ端微塵に粉砕されているのだから仕方ない。
自業自得なのだが。
とりあえず奴隷商人関連からは無理かな?
対象者が多すぎるし…。
となるとヒント無しになるから虱潰しにアルスを周る?
いや、時間切れの方が早そうだよね。
僕みたいに分かり易い倉庫に連れ込まれるならともかく、下手すると普通の民家の可能性もあるし…。
理熾は考えを巡らせる。
どれだけ考えても相手の尻尾が見付からない。
であれば、とりあえずザルエなる者を締め上げるのも手かもしれない。
そんな危険思考に手が届き掛けた時に一つ閃いた。
まだ手はある、と理熾は少しだけ微笑んだ。
お読み下さりありがとうございます。
【22話:魔法の名前】の修正を行いました。
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