暗躍2
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子供と侮っているくせに、主人相手にも関わらず準備は万端らしい。
一人が気を引いている間に背後から蹴り倒すような一撃。
前のめりに倒れる瞬間に後に手を固定して縄で縛り上げ、留め具で縄を固定する。
【魔法阻害】の特性付きらしき装備も巻きつければこれで主人は魔法の使えないただの子供に成り下がった。
「くそ!」と俺は内心で悪態を吐く。
主人が捕まることは予定内だった。
普段であればあの扱いも特に怒りがこみ上げるようなことは無い。
だからと言って気分の良いものではないし、やはり『捕まる』という危険な手段をとったことを悔やむ。
もっと他に無かったのだろうか、と。
とはいえ。
事態は進んでしまっているのだから、それらはもう今更だ。
それよりも目の前の事に集中する。
【魔法阻害】の装備はかなり有用だが、効果にムラがある。
というよりはいくつかの方式があるといった方が良い。
放出系の魔力を霧散するタイプは【魔闘技】などに効果が薄いが、ある程度安い値段から手に入る。
魔力の流れを阻害するタイプは魔力に干渉するので不得意分野が無く、かなり高価なものになる。
スミレ捕獲時の主人のように魔力そのものを『枯渇させる』というタイプは今のところ存在しないが、今後開発予定らしい。
どのタイプにも『耐久度』というものが設定されていて、簡単に言えば設定された能力値までを『無いもの』としてしまう。
例えば『能力値で魔力200までの使用を阻害する』といったものだ。
200以下なら魔力なし、300なら100しか魔力が無い状態という訳だ。
だがこれら【魔法阻害】の特性装備というのはそもそも値段が高い。
また、この数値が上がるほどに桁違いに上がっていく。
そして今回のものは特に高額な『魔力の流れ阻害タイプ』だ。
いくら主人を手に入れたいとしても、あの主人を押さえ込むような【魔法阻害】装備を用意するのは過剰だと言えないか?
必要経費というには高すぎる…だとすると、アレは子爵側からの貸し出しか?
ならやはり馬鹿だな。
わざわざ繋がりを証明するようなものを貸し出す…まぁ、贈呈だとしても経費としては高すぎる。
引き換えにするだけの価値はあるだろうが、そんな金勘定が出来るならそもそも主人には手を出さん。
やはり一時的に貸していると考えるのが妥当か。
俺はそんなことを考えながら荷車を追う。
そう、主人を簀巻きにした人攫いの集団は当然のように荷車を用意していたのだ。
やはり今回が初犯ということは無いだろう。
荷物と共に載せられた主人はそのまま街中へと運ばれ、『誰か』を撒くようにぐるぐるした後、改めて街外れへと移動した。
もし俺を撒く気ならもっと気合を入れろとしか言いようが無い。
ただ運搬業者のようにいくつかの建物を経由し、しかも荷物を減らしつつなので『偽装』としては完璧とも言えた。
まぁ、最初から見てる俺には関係ないんだがな。
現在地は廃墟と掘っ立て小屋のような建物が立ち並ぶ中にある、倉庫の一つ。
俺は屋根からあっさりと侵入を果たし、《遮音》と《隠形》、【隠密】の併用で潜んでいる。
密閉空間とは言え、この状態で俺に気付ける者が居れば大したもんだが無理だろう。
もし居たならそもそも俺はこの場には到達できていないのだから。
外観は完全に使われていない廃墟といったような感じだが、中は意外にもというかこの一室は快適空間に保たれている。
いや、意外でもないか。
この場は生活空間であり、会談場所なのだろう。
でなければわざわざ綺麗にする必要など無いし、何より見栄を張るための装飾など不要だ。
逆に誰かに踏み込まれれば『何かがある場所』と見られるので、『踏み込ませない』という自信の表れかもしれんが。
そんな部屋の壁面の一部が檻になっている。
その中に主人が転がされている訳だが、最初は地下牢か何かに投獄されると思っていた。
清潔そうじゃない、完全に犯罪者を投獄するような場所を想像していたのだ。
そう思うとなかなかの厚遇じゃないか。
部屋とは格子でしか区切られていない檻だから、きちんと清潔に保たれているし臭いも無い。
やはり「傷つけるな」とでも命令されているのだろうな。
これから(一方的ではあるものの)交渉するのだから、心象は良いに越したことは無い。
結果的に拷問やらに発展するとしても、落差が大きい方が心を折り易いからな。
それにしても。
【状態異常耐性】を持つと言っていた主人があっさりと昏倒させられていた。
やはり轡か被せたズタ袋に薬剤でも染ませているのだろうか?
そうなると薬品の対策も考えておかないといけないな…。
傷に塗り込むタイプではなく、呼吸によって効果を出すタイプとなるとなかなか面倒だな。
あちこち杜撰なくせに変なところだけ用意周到だなまったく。
そんなことを考えていると主人の頭に被せてあったズタ袋が取り払われる。
手荒に袋から放り出されたにも関わらず、全くの無傷で幸せそうな顔して寝ているのは何なのだ。
轡は付いたままなので違和感が凄まじいぞ。
やつらも主人を壊すつもりで攻撃していないが、それでも打撲くらいにはなる。
いくら寝ていても何処かを庇うようにしていないと不審がられるじゃ無いか?
とも思うが、寝ている以上は伝わらない。
【連携】は繋がったままだがここで起こしたところで意味は無い。
本命が現れるまでは全てが前座だ。
主人とフィリカが言うには『必ず本人が来る』とのこと。
だから今は機を待つ時間なのだ。
そのまま3時間ほどが経過し、夕方を越えて夜へと差し掛かった時だ。
急にバタバタと慌しさが増したと思うと、この部屋に人が通された。
今なお昏々と眠り続ける主人を目の前にして笑みを浮かべて「よくやった」と一言告げた。
最初は違和感を覚える顔には驚いたが、あの強烈な印象なら一度見たら忘れないだろう。
得なのか損なのかは分からんがな。
ようやく本命の到着らしい。
となればそろそろ俺の出番もあるな…。
「そいつを起こせ」
その『本命』の言葉を受けて人攫いの一人が主人を檻の外から棒で乱暴に突つくが、あの程度の衝撃じゃ大した意味が無い。
まずは主人が起きるのが先決なのだが…余程疲れてたらしいな。
全く起きる気配が無いじゃないか。
仕方が無いので繋がっている【連携】を通して思念を叩きつけて主人を起こすとするか。
(起きろ寝ぼすけ!!)
我が主様は一瞬ビクリと脈動した。
・
・
・
ぼんやりとした思考にハッサクの思考会話が響き渡る。
余程強く思念を叩きつけられたらしく、頭がぐわんぐわんと揺れる。
(煩いよハッサク…。
僕はセリナさんにも起こされるんだから大丈夫だよ)
(だったら演技かよ)
(いやぁ…良く寝たよ?
ただ頭が回りだすまでぼんやりしたかっただけ。
ここでバタバタしたら思惑にはまっちゃうでしょ)
(ったく…余裕あるな。
だが普通は大人でもこの状況だと慌てふためくぞ?)
(おぉ、確かに!
今からでもばたつこう!)
そんな馬鹿馬鹿しい会話で起きた理熾は宣言通りに「がば!」っと急に起き上がる。
しかし後ろ手に縛られ、轡をしているので大した身動きなども出来ない。
ただ檻の中から部屋を見渡すと、あの違和感の顔面がにたにたと気持ち悪い笑顔を浮かべている。
(状況は分かるか?)
(うん、大体。
あーやっぱりガウス子爵だねぇ)
(あの小太りのキモイのは忘れられんしな)
(毒舌だねぇ)
(否定はしないんだろ?)
(見たまんまだしね)
などと思考でやり取りをしていると、子爵が余裕ぶった顔で檻に近付いて「久しいなEランク」と声を掛ける。
だが理熾は轡をされているので返事など出来ない。
状況確認を装うためにも周囲をきょろきょろと見渡す。
間取りなどは別としても、人数や強さなどは既にハッサクから【連携】伝いに聞いている。
戦力という意味で警戒する必要のある者はこの場に居ない。
「この私に反抗した報いが今、だ。
ようやく理解したか?
いや、今更理解したところで遅いのだがな?」
と檻の外で息を引き込むように「くふふ」と笑う。
しかしやっぱり理熾は返答できない。
轡をされていることを理解していると表すかのように、呻くことさえしない。
外から見ているとその『落ち着き様』に違和感を覚えるのだが、子爵は全く意に介さない。
「おい、誰か轡を外せ。
これから懇願をさせるのに声が無いなど興が冷めるからな」
檻の背後の壁から人が現れ、轡を外す。
理熾は思わず「ぷはぁ…くるし…」と嘆くが、それは子爵を喜ばせるだけだった。
残念ながら理熾が居る檻と、子爵が立つ部屋とは金属の格子で隔絶された場所らしい。
遠回りすれば行けるのだろうが、そんなことをしていては逃げられる。
「えぇ、お久しぶりです子爵」
「ほう、この期に及んで随分と落ち着いているな?
まさかこの場に迎えが来るとでも思っているのか?」
「どうでしょうか?
残念ながら捕まったのは裏道でしたしね。
まぁ、僕の不在が発覚するのは今夜か明日辺りですかね?」
「なかなか早いな。
貴様如きに味方でも居るのか」
「調べてないんですか…。
それは流石に杜撰ではないですか?」
「この圧倒的不利な状況下でその口はどうなんだ?
ひねり潰すぞガキが」
「性分ですから。
それに潰せないから僕は生きているのでは?」
「よく回る口だな」
「それはもう。
その為に轡を外してくれたんでしょう?
子爵様のためにも喋らないと、気分を害されてまた轡をされますので」
嫌味もここまでいけば大したものだと、影で聞くハッサクは苦笑する。
話す内容は『肯定的』や『疑問系』にも関わらず、全てに棘がある。
アレは絶対にフィリカの影響だと嘆きつつも成り行きを見守る。
「どうやら状況を理解させねばならないらしいな」
「そう、その状況です。
僕と個人契約を結ぶためだけにこんなことをしたんですか?」
「これだから討伐者は。
手持ちの技能の希少性を理解していないと見える。
私が手を差し伸べた時に素直に頷いていればこんなことにもならなかったろうに」
「いや、会話しましょうよ」
「ふん、お前達のように直接的な会話しか出来ん愚図と同じ土俵に立たねばならんとはな。
その通りだ。
お前の【空間魔法】を高く買ってやっているのだ。
大人しく私の下に付けば拘束もはずしてやるし、良い目にも見させてやる」
相変わらず「どうだ?」と上から目線は変わらない。
この状況で言うのも大概おかしい。
例え全面降伏したところで誓約を掛けられるのが落ちだ。
理熾は「気持ち悪いなぁ」と心で思いながら返答をする。
「なるほど。
その件はお断りしませんでしたか?」
「くふふ…だから方法を変えたではないか」
「あぁ、これがその答えですか…。
念のために言っておきますが、脅しではありません」
「?
何を言っている?」
「いえ、だから念のためです。
僕はアルス支部のギルドマスターと懇意にさせてもらっています」
「ほぅ…ならばお前を手に入れれば『不在』の代名詞と渡りを付けられるのか」
ガゼルに二つ名があったことにも驚きだが、その二つ名が『不在』とは。
余りの似合いぶりに理熾は笑いそうになる。
しかし今はそれはどうでも良い。
「それと過去の依頼で直接のやり取りがありますので領主様とも伝があります」
「辺境伯とも顔見知りとは素晴らしい。
流石に【空間魔法】を持つだけある。
その年でアルスの街の権力者二人と知り合いとはな。
いや…むしろ二人がお前に近付いたと考える方が自然か」
そんなことを呟く子爵を横目に、理熾は秘かに溜息を吐く。
既に手に入れた気でいるのは良いが、この二人の名を出してすらこれでは意味が無い。
だってどんな契約を結ぼうが、理熾の人となりを知っているこの二人が納得することなど無いのだ。
たとえ契約で縛られていても子爵と理熾を天秤に掛ければ理熾を取るだろう。
強制的に契約を破棄させられる可能性が高いし、それができなくとも信用は失墜する。
せっかく最後に『引き返すチャンス』を与えたのにこれはもう無理だと諦める。
理熾はハッサクに【連携】で(作戦通りに行くから後よろしく)と告げる。
ここから先に慈悲などない。
「どうあっても僕を逃がさない?」
「意味が分からんな。
既にお前は私の所有物だろうが」
「そっかぁ…なら仕方ないね」
そう理熾は口にして魔力を込める。
だが強制的に身に着けさせられている【魔法阻害】の装備が淡く発光しただけ。
何も意味もなさなかった。
「くふふ…まさかこの私が何も対策を取らないと思っているのか?
今のお前は手枷・足枷を付けられ魔法まで封じされている、ただの子供だ。
まさに生殺与奪の権利は私が握っているのだよ」
と笑う。
だが理熾は話も聞かずに魔力を更に注ぐ。
「無駄だよ。
我が家の家宝、【戒めの鎖】を壊すことなどな!」
「こんなことに家宝まで使ってるのか…」
と理熾は呆れつつも諦める。
耐久度がどれくらいかは分からない。
もしかすると壊せるかもしれない。
しかしもしこの場で壊してしまった場合は一生「家宝を壊した」という評価がついて回る。
そんな嫌な泥を被る必要など無い。
「何とでも言え。
そして誓え、私に恭順するとな!」
「口だけで良い?」
理熾の口調は軽い。
余りにも滑稽で、思わず笑みを浮かべながら挑発するように口にする。
こんな切羽詰った状況にも関わらず、余裕を崩さない理熾を不審に思う者も居る。
まさに子爵の言葉通りに生殺与奪を握られているにも関わらず、こんな軽口を言える者など一握りだからだ。
だが状況に酔い、熱に浮かされ、気分良く悦っている子爵は気付かない。
「ガキが。
ままごとではないのだ。
当然魔法契約による誓約を課すに決まっているだろう!」
「両手が塞がってるのに?」
と首を傾げながら問う。
魔法契約とは、魔法紙を利用した契約のことだ。
ネーブル達を買い取った時のように、紙に血を、そして誓言をしなくてはならない。
『お互いにその内容で同意した』という誓いを立てねば成立しないのだ。
「…ふん、ならば手枷を外してやれ。
だがこの場から逃げられるなど勘違いするなよ?」
子爵の言葉で手枷が外されたが、【戒めの鎖】には繋がったまま。
これでは魔力を使えないが、そんなものは関係ない。
理熾はすぐさま縄を外して背後に立っていた人攫いを引き倒してうつ伏せに這わせ、腕を取って背中に座る。
そして「逃げられないなら一人ずつ『潰していく』って方法もあるよね?」と足元で呻く男を見下ろしながら呟く。
まさにこれからやっていくぞ、という意思表示だ。
「くふふ。
元気が良いな小僧。
確かにお前を生かすのは私の利益だが、五体満足である必要など無い。
【空間魔法】さえ使えれば事足りるのだ…この場に居ない者を合わせて約50人、全て叩き伏せるというのか?」
「………50人か…。
ま、自由が無いよりは良いと思うけどね」
「違うだろう。
不自由な身体になる上に自由も無くすのだ。
この程度の損得勘定も出来ないほどに頭が悪いのか?」
子爵の言葉に理熾は一瞬考え、諦めたかのように首肯する。
「……はぁ…分かった。
で、契約内容は?」
「その意気だ。
全く手間を掛けさせてくれる子供だな」
そう言って理熾の血だけで完成する契約書と針を寄越す。
未だ足元には男が居るのだが、誰も気にはしない。
いや…男の味方と思われる人攫い達からは剣呑な気配を感じる。
だがそれら全てを無視して、契約内容に目を通す。
『ミカナギ リオは、ウード・ガウスに生涯の忠誠を誓う。
ウード・ガウスは対価として報酬の提供と、生命の保証を請け負うものとする。
また、ミカナギ リオが有するモノはいかなる事情であろうとウード・ガウスが使用できるものとする。
この契約は双方の合意の下に効果を持ち、違約の際は対象者への苦痛をもって対応するものとする』
契約内容を読んだ感想はただ一言、「一方的だね」という言葉のみだ。
確かに四方を囲まれている状況下なのだ。
全面降伏すべき場面だし、条件などに構っていられないというのも分かる。
「血を垂らせ。
それが私の最初の命令だ」
「終了期間くらいは無いの?」
「ふむ、目敏いな。
ならば10年としといてやろう。
私の言葉に一度も逆らわなければ開放しよう」
と要請に応じて書き加えられるようにペンを投げ寄越す。
契約が成らないことには話にならないのだ。
それに契約さえしてしまえばどうとでもなる…子爵の考えが透けて聞こえてきそうだ。
「仕方ないか…」
と諦めたように呟き理熾は男の背から退いた。
人の背中で書ける訳も無い。
契約書に書き込むためにも乗っているわけにはいかないのだ。
瞬間、男は勢い良く立ち上がって理熾を思い切り蹴飛ばした。
理熾は壁へと叩きつけられてぐったりとする。
そこから更に全力の蹴りを数発入れる。
取り押さえられていたことを思えば分からなくもないが、それを子爵が諌める。
「おいおい、傷物にするなよ。
そいつにはこれから働いてもらわねばならんのだからな」
とにたりと勝ち誇って笑う。
壁に打ち付けられたことでふらふらしている理熾はそのまま契約書の修正とサインを行い、指を血で濡らして契約書に押し付ける。
一瞬ふわりと仄かに輝き、これで確かに契約は結ばれた。
お読み下さりありがとうございます。




