最後の力
8/21訂正
肩を叩かれ声を聞いた瞬間、理熾はまさしく全身で『ビクッ!』とした。
比喩じゃなく体が一瞬浮いた。
ギギギと油が切れた人形的な感じで後ろを振り向く。
そこに居たのは2m弱の筋骨隆々のおっさんだった。
ボディビルダー真っ青である。
というより、あんなゴテゴテした人工的なものじゃなく、動くのに必要な筋肉がしっかり付いている感じ。
身長の低い理熾の肩に手を置いているので、まさに覗き込まれるようになっている。
どう考えても100%勝てないッ!!
本人の意思とは全く関係なく、単なる威嚇行為にしか見えない。
理熾は当然だが、第三者からも。
「どうした、坊主?」
ニカッ!
と聞こえて来そうな良い笑顔で聞いてくる。
だが残念ながらどう見ても凶悪面だった。
新人いびりだとしたら即死ルート!
そうじゃなければ普通にしてれば大丈夫!
むしろ普通以外の選択肢があった時点で僕は終わりだからやることは決まっている!
理熾の脳みそは朝からずっとフル回転である。
最近使いすぎで回転数の落とし方を忘れかけてる。
とにかく話しかけられてる以上返事をしなくてはいけない。
意を決して答える。
「えっと、今日初めて登録したんですが…」
「おぉ、ということは新人か!
初日でいきなり討伐カウンターとはなかなか見所があるな!」
何だか物凄くフランクだ。
むしろこれは馴れ馴れしいと言って良いのではないだろうか。
アレ?
今絡まれてる感じだったんじゃないの?
もしかしてさっきの【神託】ってギルド員に話しかけられたらクリア?
【神託】をちらりと見るとしっかりと絡まれるものが消化されてた。
本当にもう何が基準か分かったもんじゃない。
裏をかくとか、真実を見抜くとかそういうレベルの話でもない。
最早気分である。
「ありがとうございます。
何も分からないので右往左往してました」
「そかそか、そりゃ大変だな!
坊主くらいの年齢で討伐ってなかなか…つーか、全く居ないが腕に覚えでもあるのか?」
「いえ、全然」
かぶせ気味にキッパリと言い切る。
無いものは無いのだ。
理熾にはそんなもの一欠片も存在しない。
見栄を張っても意味は無い。
ハッタリはかますべきではあるが。
ちなみにその差は理熾にはあんまり分からない。
「なんだそりゃ。
余計にこんなとこに良く来たな…絡まれるぞ?」
物凄く不思議そうに首を傾げる筋肉。
だが、今まさにその状況なのだが、本人は分かってないようだ。
言われた側の理熾は思わず微妙な顔をする。
「いや、お前が今まさに絡んでるんだが。
つーか、お前の体格と顔で近寄るなよ。
年端も行ってない新人が泣いちゃうだろ!」
暴言とも受け取れる言葉を使うのは筋肉の後ろに居たローブ姿で杖を持った少し背の低い男の子(?)だった。
その他にも3人が続いて顔を見せて合計で5人になった。
5人で物珍しそうに子供を囲んでいるのだから、外野から見ると完全に新人いびりである。
本人達にはそんな気はサラサラ無いのだが。
「あ、初めまして」
「これはご丁寧にどうも。
ツヴァイに見つかったのは災難だったね。
まぁ、こんな見た目の悪いヤツもゴロゴロ居る場所だから、慣れておくといいと思うけど…」
「おい、待て。
それは単なる悪口じゃねぇか!」
筋肉とローブが言い合い始める。
ローブの言葉からして筋肉の名前はツヴァイと言うらしい。
理熾は心のメモに筋肉の名前を刻む。
「まぁまぁ、新人の前で喧嘩なんてするなよ。
ツヴァイもサリオンも結局は優しいんだから仲良くしなよ」
二人に割って入って来たのは中二病垂涎のオッドアイ。
青と言うより蒼い色と、薄い翠…光の加減で顕著に差が出るようだが、普通に見る分には余り分からない。
見え方によってという、これこそを体現しているオッドアイがローブをサリオンと呼んだので、二人目の名前が分かった。
まぁ、結局のところまだ絡まれているのだが。
ごつい筋肉と、口の悪いローブと、中二病のオッドアイが口々に言い合う中、理熾が頑張って返す。
「えっと、実は今日は下見に来ただけなんです。
ちょっと色々あって殆ど寝れてなくて…まだ早いけれど、これから宿に戻ろうかと」
「なんだ、帰るところだったのか。
そりゃ悪いことをしたな、すまん」
筋肉なツヴァイがあっさり頭を下げる。
ほんとに良い人のようだと理熾は一安心する。
絡まれたところで剥ぐような身包みも無いから良いのだが。
初日にこんな先輩と関われたのはありがたいね!
何かあれば聞いてみよう…うん、今でも良いか。
と頭を切り替える。
どんな時でも『出来ること』を実行するのは必要なことである。
しかしその対象となる先輩の能力とかランクは知らないが。
「いえ、気に留めてもらって嬉しいです。
ところでツヴァイさん。
スキルの格闘術(?)とかって使い勝手どうですか?」
パッシブであり、攻撃方法である『○○術』。
【剣術】・【槍術】・【短剣術】・【弓術】など様々ある。
読んで字のごとく、剣を使えば【剣術】、槍を使えば【槍術】と言った感じだ。
そんな中、格闘技…格闘術(?)なるのも一応存在する。
これだけの筋肉なのだから、殴り合い特化だろうと理熾は当たりをつける。
今一番欲しいのはスキルの情報…しかもパッシブの、攻撃術である。
出来る限りどの状況下でも実力を発揮するためには無手…素手でも戦える方が良い。
「うーん…俺の本職は【盾術】だからなぁ。
クーリアはどう思うよ?
お前前衛だし、そういう方面強いだろ」
クーリアと呼ばれたのは4人目の細身の女性。
どう見ても前衛に見えず、完全に後衛タイプだ。
ただ服装は軽鎧なので弓兵かな、と思っていた。
理熾にとっての前衛ってごついイメージなのだ。
「そうねぇ…基本的に装備が乏しいから、攻撃力がイマイチかな。
その分使うのが『自分の体』だから、早いし動きやすいのは確か。
後言える事は、自分の武器が使えなくなった時には結構便利って程度かしら?」
「まぁそうだよな。
正直魔獣と殴り合うような超近接戦闘とか普通しないし、出来ないからなぁ。
当然『軽くて早い』ってメリットを考えると防具もゴツイの選べない。
というか『軽くて早い』からこそ、攻撃も軽いんだったよな?
そもそも殴り合いって対人戦闘くらいだから、試してすら無いんじゃないか?」
「そうなのよね。
実際問題、攻防共に決定打に欠けて、早いだけ。
それならよく切れる短剣でも握ってた方がよっぽど良いと思うわ」
基本的には『武器を持つ方が強い』というのは事実だ。
人間は身体能力が低いからこそ道具を使うのだから、『道具を使う方が強い』のは当たり前。
だから実際に【格闘術】などの武器を持たない戦い方は廃れてしまっている。
【格闘術】でも確かに手甲などの武器(防具?)は装備できる。
だが手甲は重く出来ず、当然リーチも無いため、他の武器のように遠心力や重量などの要素で攻撃力を上げられない。
では逆にパーティの盾として機能するというかといえば、重量があると重くて避けれず、手甲如きでは受けきれずという塩梅だ。
そもそも盾職は攻撃を避けずに止めなければならないので余計に意味が無い。
とまぁ、総じて【格闘術】よりよっぽど短剣でも持つ方が良いよ言われる理由が列挙される。
聞いてて『それもそうかぁ』と理熾は納得してしまう。
理熾が聞いた理由は簡単。
まさにさっき話しに上がった『まともな装備が出来ない=装備を買えない』という問題があったからだ。
張り切って手持ちのナイフ振り回すのは別に良い。
けれど使えなくなった時に、買えるだけの所持金があるかは不明だ。
そんな引くに引けないフトコロ事情があるため、念のため可能性を聞いてみた訳だが…結果は惨敗だ。
「ですよね…」
「まぁ、装備が無くなった時だけは(逃げるのに)便利だから!」
慰めなのか、何なのか。
クーリアがもう一度利点を話してきた。
それに対して理熾は何かが引っかかる。
けれどそれが何か分からない。
それにしても頑張ってやり取りしてたのだが、そろそろ限界らしい。
一応宿まで戻れる程度の体力はあるが、余りゆっくりしてると倒れそうだ。
何だかんだいってもLv2…というよりは13歳だ。
終わりの無いマラソンでガリガリ精神力と体力削られた上に、人生初の野宿。
恐らく殆ど寝れてない状態で守衛に詰所に連れて行かれ(優しかったけど)さらに精神削った。
その後朝ご飯を食べて眠い中、ギルドに登録して調べ物。
そして現在、目の前には強面のツヴァイ率いる(?)人達との会話である。
現在進行形で精神も体力も削り散らしているのだ。
ちなみにスフィアに到着してまだ1日が経過していない。
途轍もなく長い気がしている。
まぁ、もうすぐ1日経つのだが。
「参考になりました。
ありがとうございます」
「おいおい、大丈夫か?
目に見えてふらふらなんだが」
ツヴァイが心配してくれる。
ふらふらしながらも「多分良いお父さんになるだろうなぁ…相手が見つかれば」と理熾はそんなことをぼんやり思う。
先輩に対して大変失礼だった。
「余り大丈夫じゃないみたいです。
思ったより体力使い切ったみたいなのでそろそろ帰ります」
と正直に伝える。
意識すると一気に疲れが出てきてしまった。
「おう、そうかそうか。
呼び止めて悪かったな、そうだ坊主の名前は?」
「あ、遅くなりました、理熾って言います」
「リオか…またな」
「はい、ありがとうございました」
そう言って討伐カウンターからふらふらと出て行く。
その後ろでツヴァイがボソッと呟く「何となくお前は大丈夫そうな気がするよ」と。
呟いた言葉は誰にも届かなかったが。
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