お仕置きの時間
「じゃスミレ。
矢を捕獲しよう!」
「…はい」
スミレの元気が無い理由は分かりきっている。
先ほどの尋常ではない訓練が、本命とは全く別枠の事柄だったためだ。
むしろ後出しで言われた事情を聞くと、出来ると思っていなかったらしいことは明白だ。
それに対して結果を出したことには確かに喜びを抱くが、それとこれとは話が違う。
とても身になることを習得したはずなのに、この徒労感は何なのだろうかという感じだ。
ちなみに
「んじゃスミレ、僕の隣に立って。
【連携】繋いで、ちゃんと合わせるから今度は簡単だよ」
とか言い出すのだ。
どういうことかといえば、確かに【連携】で意識を繋いではいた。
意識の奥底でなされる攻撃合図をスミレが掘り起こして察知しただけで、全く合図してなかったのだ。
つまり放つ瞬間が分からなくて当然で、タイミングなど取れるはずも無い。
そんなのを「集中してタイミングを合わせるだけだよ」と無茶振りされたのだから、結果を踏まえても肩を落とすのは分かる話だ。
そして理熾がちゃんと【連携】を通じて攻撃合図をしながら放つ矢はありえないほど簡単に捕獲できた。
単に《亜空間》の力加減を気にするだけで捕まえられるのだから、当然の結果なのだが。
気後れするくらいに簡単になってしまい、今までのは何だったんだという感じだった。
「おぉ、スミレ流石!」
「はぁ…」
思わず溜息交じりに答えてしまうのは仕方が無いだろう。
しかし『《亜空間》から矢を放つ』という方法を理熾以外は無理だと誰もが思っていた常識を覆した瞬間だった。
それほどの高難度をこの二人は知らずにクリアしていたのだ。
そんな折、ようやく100本の矢を収納したかどうか辺りで
「主人…言い訳はあるか?」
と不意に声がした。
理熾を主人と呼ぶのだから、確実に四人の内の誰かなのだが、理熾は怖くて振り返れなかった。
思い当たることがあったのだから当然かもしれない。
「聞こえてるか、主人?
俺は、『後で戦闘訓練な』って言ったよな?
シミルの時に言ったことをもう忘れたのかねぇ…?
指揮官の意見を曲げる時は必ず連絡しろって言ったよな?」
ギギギと冷や汗を流しながら後ろを振り返るとネーブルが仁王立ちしていた。
目は器用にも鋭いままで、表情は笑顔…いや、アレは冷笑と言うべきか。
その背後には残り三人まで居る。
スミレとの訓練時間は2時間弱。
その短時間でこの場を探し当てたのだから、ネーブルが率いる四人組みと情報収集能力は素晴らしいと言わざるを得ない。
何せ誰か一人がこの場に居るわけではなく、全員揃っているのだから準備は万端というわけだ。
「や、やだなぁ…ネーブルさん。
僕がそんな凡ミs…いや、ほら、完璧なわけが無いじゃないか!
ごめんよ、少し忘れてたんだよ!!
悪いなぁとは思ったんだけど、今はちょっと取り込み中だったし!」
一度は『忘れてない』と言おうとしたのだが、忘れてないなら『わざと』であることに思い当たり、すぐに方向修正したのだ。
しかしその辺はもうネーブルの領分だ。
相手を見抜くことに関してはこの中の誰よりも長けている。
「そうか、それなら仕方ないな。
なら少し質問だ。
何でフィリカの前で移動しなかった?」
「単なるタイミングかなー」
「行き先がバレるからじゃないんだな?」
「忘れてたんだからそんな訳ないじゃないかー」
「そうか…なら何で気付いた時に戻ってこなかったんだ?
『悪い』とは思ったんだよな?
ならその時に、得意の《転移門》で戻ってくればそれで穏便に済んだんじゃないか?」
「いやー…はっはは!」
笑う理熾の頭をガシッと掴み、少ししゃがんで視線を合わせながら威圧的に
「おいこら、笑ってごまかすな!」
と突きつける。
冷や汗を流しつつ、理熾は
「ごめんなさい」
「あぁ、素直に謝れば良い。
気をつけろよ?」
とあっさり許す。
しかしそうは問屋は卸さない。
「それじゃま、始めるか。
戦闘訓練。
あぁ、鬼ごっこのが良いかね?
俺等四人が主人に仕掛けるから、逃げ切れ」
「無理だよ!?」
という無茶振りをする。
以前に4対1で戦った時は全員本調子じゃない。
その上で武器ナシ、理熾を侮るという色々な条件下だったからこそ、綺麗に負けられたのだ。
それなのに今更まともにぶつかったらぼろ雑巾くらいにされてしまう。
「おいおい、700の大群相手に一戦やらかした癖に何言ってんだ?
相手はたった四人じゃないか。
反対にぶちのめしても構わないんだぜ?」
挑発の言葉は強い。
たった数日の内に(納得できる内容もあったが)ネーブルを何度か出し抜いたのだ。
ストレスというかフラストレーションというか、そういうものは当然溜まっている。
未だにまともな対応をしているのは単にネーブルが大人だからだという理由でしかない。
特にシミルの時などは土壇場であんなことをしているのだから、通常のパーティや同年代なら不信感しか持たれないはずである。
どちらにせよ『奴隷』という立場でそれらの感情を出せるものではないのだが。
「いやいや、ネーブル君。
僕はそんな強く無いよ?
たまたま運が良かっただけだよー」
「運が良いだけで500のコボルト相手に生き残れるかよ!?」
叫ぶネーブルに理熾以外が同意の頷きを入れる。
どう足掻いてもそんなに容易い数では無いのだから。
「えー…ほら、相手の体調が悪かっただけだよ」
「んなわけあるか!
よーし、ならルールを決めようか。
俺等は非殺傷で魔法あり、武器なし。
主人は刃引きの武器あり、非殺傷に限り魔法あり。
ハンデとして『訓練場と同じルール』ということにしておいてやる」
「やんないよ?!
それだけで勝てるわけ無いじゃないか!」
「しゃーないな。
なら他に何が欲しいって言うんだよ?」
「え…、んー…そうだなぁ…。
というか一人じゃ絶対手が回らない」
「おぉ、ならフィリカでも連れてくるか?」
「フィリカさんがこんなイベントに参加…しそうだね?」
「スミレに呼んできてもらえよ」
「いや…そんなの悪いよ。
フィリカさん呼ぶくらいならスミレにお願いする」
「ならスミレはそっちな」
「いや、例えばだよ?!
スミレを巻き込むなんて!」
「なるほど、持久力の無いスミレへの配慮か?
最長で30分で、「まいった」って言えば戦線離脱でいいな」
「やるなんて一言も!」
「今言ったな。
むしろこれだけお膳立てされてやらないなんて無いだろ?
断ったら下克上ってこった。
俺らのストレス管理も主人の仕事じゃないのか?」
「うぅ…」
少なくともストレス管理が理熾の仕事なはずが無い。
そもそも主人と奴隷の主従関係とは、奴隷が一方的に尽くさねばならない。
身売りしたのだから、骨の髄まで主人の持ち物なのだ。
牛で言うなら死んで食べられるまでが仕事なのだから、ストレスなど勝手に抱えていろというのが現実。
それを理熾は知ってか知らずかネーブルに言葉と状況で押し込められて、しなくても良い殴り合いの機会を約束させられる。
実を言うと理熾は殴り合いで負ける気が無い。
十全に身体を振るう上に補正が付く【体術】。
全ての武器を統べる【武神】の補正。
共に相手が武器を持って戦ったとしても最低でも善戦出来ると確信を持って言える。
足りない場合は単に理熾自身の落ち度であり、この二つを持つ者は一対一で負けるのはありえない。
この二つのスキルを持つ理熾はそこまで信頼を置いている。
故に熟練度の差はあったとしても、二種類の補正で強化される理熾の格闘戦は有利。
その他のスキル補正を含めれば、四人の能力低下もある以上は圧倒的であるとさえ言えるのだ。
なので拒否はしても、断りきるだけの理由が無かったのだ。
「仕方ない…やろうか」
「よし、よく言った。
いっちょ揉んでやるから覚悟しろ」
「ふふ…ネーブルこそ。
んじゃちょっと作戦会議ねー」
決まったことは仕方ない。
ならば切り替えなければならない。
すぐにネーブルと100mほど離れ、スミレと打ち合わせする。
「スミレは後衛。
僕のフォローをお願い」
「自分で大丈夫ですか…?」
「んー…まぁ、怪我だけ気をつければ良いよ。
同じ系統だし、魔法の使い方は大体分かってるよね?」
「はい…」
「なら問題なし。
危なそうなら棄権したら良いよ」
と切り替えも早く理熾は決定していく。
ここまで話が進んだのなら、下手に断るよりは一戦交えた方が遥かに楽だ。
それにせっかく戦うなら、色々と相乗効果が欲しい。
特に戦闘に関してスミレは本当に素人だ。
今のままでは状況判断は出来ないだろうし、フォローだって難しい。
だからこの模擬戦は必要だ。
いつ何処でどんな状況下で戦闘に巻き込まれるかも分からない。
であれば、過保護にしているよりは多少なりとも逃げ方戦い方を知っていた方が良い。
それには理熾と組んで模擬戦を行うことにより、諸々を体験して覚えた方が早い。
特異性の理解、技術・能力の使い方の学習、そして何よりスミレ自身の有用性を早く知って欲しい。
無いものねだりなどしている暇など無い。
出来ないことを嘆くよりも、出来ることを全力で行うことが重要なのだと。
「大丈夫だよ。
さっきあんなに集中して【空間魔法】使ったでしょ?
アレと同じ。
必要なところに、必要なだけ魔力を注ぐ。
それだけでスミレの力と装備がきっと僕を助けてくれる」
「ですが…」
「あ、もしかして僕が負ける気で居ると思ってる?」
「え?」
「おぉ、スミレもそう思ってたの?
多分向こうも本当に僕を懲らしめるつもり。
あっちは勝つ気で居るみたいだけど、そうはいかない。
僕にはスミレが付いているし、スミレには僕が付いている。
僕ら二人とも武器補正が必要なタイプじゃないってことは、相手に比べて全力が出せるって事。
ふふふ…せっかく勝てる土台があるんだから、一緒に勝利を味わおう」
「は、はい!」
相手はエリート。
対するスミレは適性のみしか持たない落ちこぼれ寸前の魔法士でしかない。
負けて当然、引き分けで御の字、鼻を明かせれば花丸だ。
それが理熾は「勝てる」と言う。
自信を持って語る理熾を見ていると、大丈夫かもしれないと感じてしまう。
信じてやってみるのも一興だろう。
理熾は士気を上げるのがとても下手だと思っている。
少なくともジンのように、全員の気持ちを高揚させるなんて無理だ。
しかし時と場合、相手との関係や相性でかなり変わる。
士気を上げることは苦手でも、奴隷の気分をノせるのは上手かったようで、少なくともスミレはやる気になった。
「勝ちましょう」
決意を込めて使う言葉には、多少なりとも自信が含まれていた。
お読み下さりありがとうございました。




