超えるべき速度2
スミレの了解を得て、《転移門》を経由して平原に出た。
少し平原を移動し、一番手間の木を背にスミレを立たせた。
そこから先は時間との勝負だった。
スミレが混乱している間に木にロープで縛り付けたのだ。
そのまま50mほどの距離を離れ、立ち直る前に新たな状況を追加する。
《亜空間》から弓を取り出し、
「そんじゃスミレ繋ぐよ」
矢を番えつつ【連携】で意識を繋ぐ。
焦りと混乱が渦巻く意識を理解しつつ、感付かれる前に状況を前進させる理熾に容赦など無い。
やるべきことは決まっているのだから。
「大丈夫だよスミレ。
当てないから、動かないで」
瞬時に放った矢は寸分の狂いも無くスミレの頭上10cmほどに突き立った。
矢が着弾する音を聞いて身を竦ましていたが、理熾は気にしない。
混乱中に事を進めないといけない。
常識という世界のルールを覆すには、余計な思考がスミレの邪魔をする。
だからこそ、今はただ状況を唯々諾々と受け入れて達観していなければならない。
しかし。
切り替えの遅いスミレですらも違和感に気付いてしまった。
理熾が最初に告げた方法と、今行っている現実とでは乖離が激しい。
乖離と言うよりは正反対なのだから、気付かないはずが無いのだが、これはこれで意外だった。
やっていることが正反対だからこそ、行動に齟齬は無い。
結果だけを見るなら、共に『《亜空間》に矢を取り込む』という手段に過ぎないのだから。
だから理熾の言葉は
「おぉ…意外と気付くのが早かった」
という程度の驚きでしかない。
切り替えの速度を勘案しても、気付くのが早い。
ネーブル達なら縛られる前に気付くし、逆に縛られてからでは気付かないだろう。
これはそういう押し切りだった。
理熾は最初から疑問に思っていたのだ。
確かに魔法は便利なシロモノだ。
しかし物理速度に本当に追い付けないのならば、物理を極めた方が良い。
遠近を問わず、相手が物理攻撃を携えた時点で魔法士の敗北が決定するのだから。
例えそれが相性や魔法士の腕と言うものに依存するといっても、物理の有利は揺るがない。
魔法士達は、そういう風に答えたのだ。
では魔法の優位性とは何か。
遠距離攻撃が得意?
弓よりも遥か遠くまで届く射程距離を誇るのだろうか。
例えそうだとしても、弓兵がその場で的にされるためにじっとしている理由など無い。
弓の距離まで詰め寄って矢を射掛けられれば意味が無い。
『物理速度には敵わない』からだ。
攻撃範囲が広い?
レモンが言うには刀には周囲10mもの範囲を一刀に伏す武技があるらしい。
始点が自分という条件ではあるものの、同じような10mの範囲を攻撃する魔法の速度や労力はそれほど軽いものだろうか。
レモンが近付くよりも早く攻撃できるなら、確かに有利だろうが近接されれば攻撃範囲が広い分自爆の危険が上がって何も出来ない。
殲滅力が高い?
そんなもの、それだけの準備が出来るのならば武器でも可能だ。
それこそ魔法が準備している間に敵陣に突っ込んで攻撃が出来るのだ。
時間的な効率を含めて考えれば、殲滅力にそれほど差はない。
要は全ての理由が『照準が出来ないから』という言い訳でしかない。
遠距離攻撃が出来ると言うくせに、照準を合わせられないのだ。
照準が合わないから、攻撃範囲を広くせざるをえない。
範囲攻撃が得意なのではなく、実は『仕方なく』やっているだけなのだ。
殲滅力の高さにも疑問が残る。
攻撃範囲が広い分、威力が拡散するのは目に見えている。
それを補うために構築式を膨大に必要とする上に、魔力を馬鹿食いする結果になる。
魔法攻撃を斜に見れば、これだけ無駄な威力・構築式・攻撃範囲が必要になる、多大な欠陥を抱えた攻撃になる。
そんなことをするから時間が掛かるのだ。
能力を極限まで尖らせて、攻撃範囲と構築式を削り、必要なだけの威力を持たせるだけで良い。
それだけで今行っている『膨大な浪費』を、魔力・時間を含めて削ぎ落とせる。
言っていることがどれだけ理想論かは理熾も理解している。
しかし、それが出来ないのならば単純に物理攻撃に力負けするのだ。
更に魔法士達は『道具を用意するところから始めるから遅い』と言い訳を重ねる。
だったら最初から用意をしておけ、と理熾は思う。
構築式が間に合わないのなら式が準備されたものを持てば良い。
刻印なんて技術はまさに簡略化のための方法だ。
技術として身に付ける時間、起動する時間を削ぐための技術があるのだから、使わない手はない。
そんなこともしないで何が『物理速度に追い付けない』と言うのだろうか。
そもそもだ。
武器を持っている者も、同じく『人に属する』のだ。
であれば、魔法士も同じ速度でモノを考えられるはずである。
単に手に持つ『武器の種類』が違うだけ。
物理は武器を、魔法は構築式を携えて戦うのだ。
そこには本来『差は無い』はずなのだ。
得意、不得意の領域はあるだろう。
しかし打ち合えないと言うのならば、どちらかが廃れていないとおかしい。
一長一短があるものの、『使える事』が最低条件として無ければ成り立たない。
魔法士が未だに魔法の腕を磨くのならば、そんな『物理優遇』なはずは無い。
『何故魔法を欲しがるか』を全員が忘れているのだ。
先ほど上げたのは優位性では無い。
本当の優位性は『道具が必要ない』と言うところだ。
しかも瞬時に『攻撃手段を変えられる』ところが魔法の特徴なのだ。
だからこそ、物理に追い付けないと嘆くのはお門違いだ。
むしろ『魔法の多様性に追い付けない』のが物理なのだから。
故に、理解すべきだ。
物理は『魔法の多様性』の前には膝を折るのだと。
直接的な速度で追い付く必要など無い。
ただ結果的に追い越す能力を見出せば良いのだ。
ライムの場合は経験からの予測によって到達した。
理熾の場合は物・魔両方の手段を手にすることにより凌駕した。
ではスミレは?
必ず方法はある。
しかしそれには今の常識は邪魔すぎる。
スミレには理熾やライムのように複数の手段が無く、【空間魔法】という1種類しか持たない。
だからこそ理熾よりも遥かに座標を正確に読み取り、【繋ぎの指輪】が無くとも魔法を無詠唱で使う。
これが他人に対する強みでなくて何なのだろうか。
「スミレは、無詠唱まで出来る熟練者なんだから矢を追うんじゃなく、着弾の座標をタイミングで掴むんだよ」
理熾が出来るアドバイスは乏しい。
何故なら自分で放って《亜空間》に放り込んでいるのだから。
タイミングがずれることなど絶対にない。
魔力の入れ具合を間違うことも無い。
だから『同じこと』が出来る者は存在しないし、それほど簡単な方法ではない。
しかし、スミレはその障害をあっさりと乗り越えた。
残念ながら構築式や魔力が足りずに貫通してしまったが、やはり理熾の見立て通りスミレの力は相当なものだった。
感覚が研ぎ澄まされているこのタイミングで、さらにもう1度射る。
たった2度だけ本気で『合わせに行った』スミレは、意識を失うほどの集中力を使って成功させた。
全員が口を揃えて「魔法の発生は遅い」と言うのだから、疑いは持ってもおぼろげに『無理なんだ』とも理熾は思っていた。
それを目の前で木に縛り付けられて気を失っているスミレがやってのけた。
思わず理熾は「すご…」と呟いてしまうほどの衝撃を受ける。
恐らくライムならば矢を弾けるだろう。
それは予想される射線上に《結界》を展開すれば事足りるからだ。
いくら早くとも来る場所が分かっていれば回避も防御も容易い。
その辺は武器を持とうが魔法を使おうが大した違いは無い。
しかし、これが『矢を捕まえる』となると異常な難易度に跳ね上がる。
理熾が単に「タイミングで掴め」と言ったが、そんな簡単な話ではない。
何せ射線を見切り、その上で到達する時間と座標を予測し、タイミング良く魔法を発動させるように準備までしなくてはならない。
どれかのタイミングがズレれば全てが破綻し、単なる無駄となってしまう。
そう、早くても遅くてもダメなのだ。
「ん…」
「あぁ、おはようスミレ」
声を掛けながらロープを解く。
もう縛り付ける必要など無いのだ。
「ぁ…矢!!」
「うん、しっかり掴まえたね」
「はい!」
「んじゃ今度はちゃんと矢を保管しようか」
「はい!
…え゛?」
先日から非常識を目の当たりにし、理熾に追い詰められ、逃げ場をなくしたスミレは体得してしまった。
もう一度同じ事をしろと言われても恐らく出来ないと理熾は思っている。
そもそもたかが1本の矢をどうにかするために意識を失っていては意味が無い。
しかしこれでスミレが『矢を受けること』は無くなったのだ。
理熾がまず初めに考えたのは遠距離からの狙撃対策だ。
場所が遠ければ誰も間に合わないタイミングが出てくる可能性がある。
特に狙撃などされてしまえば、スミレは確実に死ぬ。
いくら服の性能が良くても、頭を撃たれたら意味が無い。
近接などされれば対抗する手段が無い。
だから今の訓練は、単なる回避力・防御力向上のためだけだ。
そのことを説明すると、スミレは地面にへたりこんでさめざめと静かに泣いた。
「いやぁ…ほら、ね?
先に矢を保管しちゃうと変に慣れて時間掛かると思ったんだよ。
まさか30分くらいで僕の全力の矢を見切るとは思わなかったけどね」
あろう事か、理熾は【士魂の強弓】の3段階目で放っていたのだ。
そんな速度で飛来する矢を防御ではなく、掴み取るのだからスミレの認識力は桁外れだと言える。
だが逆に言えばそれよりも遅いであろう、矢や魔法をスミレはどうにでもできる。
何も魔法士が全ての攻撃を魔法で受けなければならない訳ではない。
単に回避すると言う選択肢もあって良いのだ。
『物理速度に追い付く』というのは、魔法の構築速度で対抗する必要など無い。
魔法は単に技術でしかないのだから、回避した後、防御した後に叩き込めばいいのだ。
そんな話をしていると、スミレは「がば!」と顔を上げて
「それは走りながら魔法を使えって事ですか?」
「いや、その辺は別にどっちでも?」
「ではどういうことですか?」
「んー…。
スミレの座標認識がずば抜けてるってのは、今回の事でスミレ自身も分かったよね?」
「何となくは…」
「そう、ライムにも真似出来ない。
普通の魔法士は『そこら辺』までしか範囲を狭められない。
けれどスミレは違う。
それだけの空間把握能力があるなら、ピンポイントで魔法を扱える」
だからどうした、という表情をスミレはしてしまう。
同じ系統の魔法を持つ理熾からすれば、勿体無くて仕方が無い。
それだけの事が出来るのに気付かないんだと思うとやはりスフィアの常識は強固である。
「どんな攻撃にも割り込めるんだよ。
例えばだけど《障壁》を相手の攻撃軌道にそっと置くだけで十分な防御になる。
もしくは相手の移動先に《障壁》を置けば攻撃になるし、障害物になるから行動阻害にまで及ぶ。
でもこれらは全て『味方の邪魔をしない事』が前提なんだよね。
本来であればそれは不可能なんだ。
さっきも言ったけど『そこら辺』にしか魔法を使えないからね。
でもスミレはもっと細かく、調節しながらも早く展開できる。
しかも僕の矢を掴めるんだから、それよりも遅い全ての行動は見切れる。
ねぇ、スミレ。
『物理速度に魔法が追い付けない』って言うのなら、『物理速度を手に入れれば良いだけ』だと思わない?」
笑みを浮かべて言う理熾は、やはり悪戯っ子にしかスミレには見えなかった。
しかし言っていることは無茶苦茶だ。
後衛の魔法士が近接戦闘に割り込むなんて事はしない。
さっき理熾が言った通り、割り込むには照準が付けられず、つけている間に状況が動いてしまう。
「あぁ、後。
【空間魔法】は攻撃できない訳じゃない。
僕とスミレがこれから用意する、発射状態の矢を《亜空間》に保管するのも一つの手。
投石なんかも十分な方法だし、切札に投剣も用意する。
まぁ、全部発射系なんだけどね。
あ、単に強酸とかを《亜空間》から投げ込むってのもありだね?」
と割とえげつない話を放り込む。
何にせよ、倉庫を持ち歩く<空間使い>は持っている道具を含めたのが強さだ。
そこに至る発想は罠士と呼ばれる道具に頼るというスタンスの討伐者が居たからだ。
理熾もスミレもその罠士以上に物を持ち歩けるため、道具の攻撃力は比較にならない。
まさに破格の威力を秘めるクラスであり、魔法なのだから。
「ついでに。
スミレは僕と同じように《亜空間》からの回復薬なんかも取り出せる。
それを矢で射抜けば、回復職の真似事まで出来る。
攻撃、防御、回復を全て担えるんだから、【空間魔法】は本当に便利な魔法だよね?」
理熾は近接戦闘に【空間魔法】を利用し、距離を縮めることによって拙い座標認識力を補完する。
対するスミレは絶対的な空間把握能力を利用し、【空間魔法】を用いて遠距離から即座に対応する。
特にスミレの場合は自分の身を勝手に守る魔法士と言うだけでかなり強い。
攻撃・防御・回復・荷物持ちと殆どの場面での必須技能を有し、更には長距離移動の手段まで持つ。
多様性という意味では誰よりも便利で完全に他者の追随を許さない。
そんな【空間魔法】の優位性を引き出す理熾にはスミレの方が平伏してしまう。
だってスミレの技術であるはずなのに、ずっと理熾の方が使い方を知っているのだから。
結局のところ、スミレは理熾に対して
「ご主人様って凄い人ですよね…」
という感想しか出なかった。
お読み下さりありがとうございました。




