反省会
理熾の奴隷五人は主人を首を長くして待っていた。
変わった習慣ではあるものの、この場でお食事会が基本なのだ。
故に誰も食事を持たずにフィリカの店に集合しているし、逆に理熾の到着を前にどこかに出掛けていいかも分からない。
恐らくそんなことで問題に発展することは無いのだが、奴隷の身分としては余り自由を前面に出すのもどうかという躊躇いがある。
結果、雁首そろえて待っていた訳だが、その際にスミレが昨日のことに触れた。
「昨日ゴブリンとコボルトを相手にご主人様が戦いまして…」
「あぁ、その程度なら瞬殺だろ。
うちの主人は異様に強いからな」
シミジミ言うのはネーブルだ。
他の三人も頷く辺り、何かあったのかもしれないとスミレは感じた。
そういえば初対面…というか、シミルへの送迎時にネーブルを蹴り飛ばしていたような気がする。
今なら『味方なのに蹴った』と分かるのだが、その時は『敵に蹴り飛ばされた』と思うくらいの勢いだった。
要は敵味方関係なく手加減無しで蹴ったのだ。
それはもう身にしみているだろうというのは想像に難くない。
だが
「えぇ、まさかリコと二人(?)で700体くらい倒すとは思いませんでした」
「「「「は?」」」」
「え…?」
ネーブル達は数で驚き、スミレは『異様な強さ』と言ったネーブル達が驚いていることに驚いた。
つまりネーブル達でも理熾の底は知らないということになる。
「ちょっと待てあの後だろ?
あけみやに帰ったのは確か6~7時くらいじゃなかったか?」
「あぁ、しかも俺達と別れたのは1時前くらいだぞ」
「となると戦闘時間は実質3時間?
3時間で700とか無いわ…主人って広域殲滅魔法とか持ってたか?」
「俺が知ってるのは【空間魔法】と【重力魔法】だけだな。
それ以外について聞いたことも無いし、多分その二つだけだと思うぞ?」
レモン、ハッサク、ネーブル、ライムの順である。
スミレが言った結果が信じられないという話のはずなのだが、何となく否定できない。
対象がというか、やったのが理熾というだけで何だか良く分からないが方法はともかく『やりそう』なのだ。
そういう意味でスミレに視線が集中する。
「えっと…魔法も使ってましたが、基本は物理でしたよ?
【空間魔法】も【重力魔法】も補助に回して…いえ、《亜空間》から矢を撃ってましたね」
「あぁ…昨日のか…。
というか矢を飛ばすとかやめて欲しい」
という泣き言はレモン。
石を辛うじて回避したことを思い出しているのだろう。
予備動作無しに虚空から発射されることを思うと、石ですら脅威なのに殺傷武器である矢が飛んでくるとか考えたくも無いのだろう。
「後、驚いたのがほんとに武器を使い回してました。
最初弓だけでゴブリン倒しきったんですが、コボルトの時には気付けば剣で切ってました。
他にも斧使ってましたし、最後は殴り合いしてましたけど…何なんでしょうかご主人様は」
「…それで700?
到底信じられん数字だな…ハッサクはどう見る?」
「武技や魔法を使えばMP切れ。
その分地力で戦えば体力切れ…どうすんだそれ?」
「レモンならやれる数じゃないか?
補助に短刀握ってれば延々戦えるし」
「絶対無理。
無茶言うなよライム。
お前ら数時間ぶっ続けで殴り合い出来んのかよ?」
と口々に評価する。
レモンであればあるいは…という話も出たが、攻撃力はともかく継戦能力が段違いだ。
いくら体力や持久力に優れていても、戦い続けるというのは精神的・体力的に消耗が激しすぎる。
ただ走るだけのフルマラソンですら走りきった後は崩れ落ちたりもするのだから当然だ。
「そういえばご主人様は戦闘中に《亜空間》から回復薬取り出してちょくちょく回復してましたね…」
「「「「それか!」」」」
全員が食いついた。
しかしそんな方法を取れるのはまさに『見えない倉庫を持ち歩ける』<空間使い>だけだ。
それを理熾は随時利用するのだから、継戦能力は他者の比ではない。
「何だかご主人様見てると自分の魔法に自信なくなります…」
「自信なくすだけ無駄だぞ?」
「あのお子様考え方おかしいから」
「やってることは簡単なはずなのに、誰も真似出来ないからな」
「実際俺等四人で勝てなかったし」
「勝てなかった…?」
「あぁ、本人は『負けた!』とか言ってたけど傷一つ負わなかったぞ」
と評価なのか批判なのか良く分からない言葉がポンポン飛び交う。
それにしてもこの四人掛かりで『勝てない』なら、それも良く分かる話である。
「だったらコボルトキングくらい倒しますよね…」
ぼそりと呟いた言葉はまさに失言だった。
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ギルドを後にし、あけみやでセリナに謝罪を入れつつフィリカの店へと《転移門》を開く。
昨日はできなかった血魔石の座標特定だが、思いの他簡単に出来た。
やはり慣れと距離が大きく関係しているのだろう。
今までも血魔石が1km以内であればすぐに反応を拾えたのだ。
それを思うと、ネックはやはり距離なのだろう。
今度練習がてら投剣を《空間転移》させてみようと理熾は心に決めた。
「皆おまたせー」
そう言って登場する理熾に、全員が目を向ける。
フィリカは笑顔で、ネーブル達は視線が鋭く、スミレに至っては悲壮感漂って泣きそうだ。
一体何事かと理熾は首を傾げる。
「リオ君、君は本当に面白いな?」
フィリカが開口一番告げたのはそんな言葉だ。
何かあっただろうか、と理熾はやっぱり首を傾げる。
「コボルトキングを仕留めたらしいじゃないか」
「ぁー…って、スミレそれ広めちゃダメだよ。
フィリカさんも素材持ってくるから誰にも言わないでね」
「あぁ、楽しみにしているよ」
それだけ言って引っ込む。
食事会の時間なのに、何故だろうと改めて首を傾げた。
理由はすぐに判明したが。
「主人、そこに直れ!」
「えぇ?!」
「何勝手に災害指定とやりあってんだ!
馬鹿か?
馬鹿なのか?
いつも冷えたことしか言わないくせに何を血迷ってるんだよ!?」
と理熾の額を指で小突きながらネーブルが言うのは当然だ。
災害指定はそもそも集団戦の目安だ。
確かに単独で倒す者も居るだろうが、一般的には『必ず倒す必要がある場合』に使用する。
要は放置しておくと危険すぎるので『何人でボッコにしても良いから何とかしてくれ』という泣きつくタイプの依頼だ。
この依頼は基本的に強制招集が掛かり、ランクが高いとその時点で強制参加になる。
それくらい危険な依頼なのだ。
そして今回は出くわしたとは言え、たった二人。
スミレの魔法を使えば二人くらい《空間転移》も出来ただろう。
それを逃げもせずに真っ向から全滅させるために突っ込むとかどんな脳筋なんだよ、という話だ。
ネーブル達はその点に怒っているし、そもそも『俺らを呼べよ』ということなのだ。
自由を認められていることと、主人を守らないこととは話が全く違う。
「い…いやぁ…ちょっと張り切っちゃって」
「ふざけんな!
危ない橋を一人で渡るな。
渡る時は俺等も付いていってやるから、ちゃんと呼べ。
少なくとも俺等は主人よりは経験がある。
ちゃんと『俺達を使え』よ主人。
それにシミルの時もそうだったがいい加減にせんと下克上だぞ?」
「つーか、この後戦闘訓練な」と付け加えられる。
こんなことになった原因であるスミレは萎れてしまっている。
が、逆にこれを伝えなかった場合はさらに大問題になっていただろうことを思うと怒りも出ない。
むしろ理熾の口から言わなくて幸いだったので、スミレには感謝したいくらいだ。
「うん、ごめんね。
とりあえず次回からは呼び出すよ。
そうだなぁ…僕とスミレの血魔石全員持とうか。
慣れればすぐに呼べるし、行けるからかなり便利になるはず」
「いや…うん、まぁ良いけどな。
さくっと解決策考えられちゃ続けらんねぇな…」
四人を代表してネーブルが言ってくれたのだが、彼らには理熾は感謝しかない。
心配してくれ、力になると言ってくれる。
立場的に当たり前なのかもしれないが、強制されてるのが逆というのがおかしな感じである。
「それともう一つ。
非戦闘員抱えて何を勝手に寝てるんだ?
結果的に強力な個体が来なかったから良いものの、死んでるぞ。
しかも主人のせいでスミレも巻き添え…もっと考えて行動してくれよ」
と指差ししながら最後の注意を伝える。
全力を出し切るのは良いが、状況を見ろよという訳だ。
特に今回の件は『命を賭ける』タイプのものではない。
そんなところで命を危険に晒すのはネーブルとしてはありえない。
任務失敗より、無駄死の方が遥かに罪は重いのだから。
「スミレはスミレで主人の事を考えるなら俺らを呼びに来い。
往復で1時間、2時間掛かるならともかく、お前なら数分で済むだろう?
その数分を惜しんで主人が死んだらどうする気だ。
お前がやったのは使える戦力を放置し、主人の命を危険に晒したということだけだ。
現場で『正しさ』を求めるのは酷だが、お前はもっと優先順位を見直せ。
せっかくの『使える技術』も所有者が未熟だと何の役にも立たないことを理解しろ。
持っているだけでは無価値なんだから、必ず技術を使いこなす頭を持て」
とスミレに対しても説教を入れる。
安全圏で見守るだけなら居ないのと同じ。
逆にしっかりと居ないのならば理熾もスミレに注意を取られることも無く余力を持って倒せていたはず。
何より『安全圏』に居るのだから、いくらでも【空間魔法】は使えるのだ。
理熾が危険に晒される前にネーブル達を呼べば良かったのだから。
叱られた理熾とスミレはしゅんとしながら「すみませんでした」と素直に謝る。
完全に正論なので反論も出来ない。
ネーブルはその後暫く沈黙し、「分かれば良し」と区切ってお叱りは終了した。
ちなみに奴隷から叱られる主人という変わった見世物をこっそりフィリカは見学していた。
当然にやにやしながらなのだが、横からノルンに「趣味悪いですよ」と指摘されてたりする。
余り引き摺っても仕方が無いので、それからすぐにネーブルが話題転換。
「あぁそうそう、今朝俺の剣が仕上がった。
一応は防御・威嚇用で依頼したんだが…予想以上に使えるのを渡された」
「おぉ、良かった。
後で見せてね」
「それとフィリカが主人の装飾品作ったとか言ってたな。
昼飯の時にでも聞いてやってくれ」
「楽しみだなぁ」
「自分も服をいただきました」
「おぉ、そういえば変わってるね。
似合ってるよスミレ」
「ありがとうございます」
スミレの服装を誤解を恐れず言えばゴシック系だろうか。
白を基本とし、縫い糸を朱や黒色にしてあるため良く映える。
裾等に入っているレースには黒、赤、藍といった複数の色を使って施されており、派手なのか地味なのか判断に困る。
加えて布地に施される細かな刺繍は白色をメインにしているため、光で透かすとようやく顔を出す感じ。
全体的に見るとそれほど華美にはならず、表面上は大人しく見える。
ちなみに刺繍に関しては裏地にも入れられているらしく、一体どういう構造で出来上がっているのか不明だ。
疑問に思ったスミレが聞くと、刺繍糸を布の厚みの半分以下で折り返しているらしく、反対の面には見えないとのこと。
ただ布の厚みはそれほど無いので透かして見れば表裏の刺繍が全て見えるらしい。
しかも透かして見るとさらに複雑に『噛み合う』ように施されているのが分かる。
要は両面に違う刺繍を施しているのだが、その刺繍全てが『魔術回路』みたいな物らしい。
増幅やら調整やらの補正をしてくれるらしく、そう考えると最低でも理熾の2倍の面積の補正が書き込まれていることになる。
理熾はひっそりと「頑張りすぎですよフィリカさん」と黙想した。
「で、着心地はどう?」
「良すぎです。
何もしてないのに力が沸く感じがします」
「もしかすると僕のよりも良い物なのかもね?」
実際、魔法関連に関しては最低でも倍は違いそうだ。
一応防御力全振りして欲しいと伝えたはずなのに、どうなっているのだろうかと理熾は首を傾げる。
そんなやり取りを経てようやく昼食だ。
時間的には12時を過ぎた辺り。
起きてから1時間しか経ってないのにギルドの用事も済ませてあるのだから、《転移門》の利便性が際立つ。
移動時間の短縮というレベルで収まらないのが恐ろしい理熾だった。
お読み下さりありがとうございます。




