トップ会談
アルスに着いてまず行ったのはあけみや。
今日もまた戻るなりセリナの説教を受けてしまった。
そもそも理熾もスミレもは疲労困憊な上に魔物の返り血で染まっている。
怒られるのも無理はない。
こんな状況で宿屋に入ること自体が問題なのだが、残念ながら二人とも水を出せないのだ。
いや、出るには出るのだが滲み出る程度。
他の属性に関しても圧倒的に威力というか効果というか…そういうものが足りないのだ。
「まったく!
毎回毎回汚れてきて何やってるの!」
「いやぁ…ゴブリンとコボルトが襲ってきて…」
「コボルト?
この辺りでは珍しい魔物ね」
「そうなんだ?
何か全部で450匹以上居たけど、群ってそんなもんなの?」
と理熾が何気なく聞くとセリナが「ピシリ」という音が鳴りそうな感じで固まってしまった。
コボルトの標準的な群の数を理熾達は知らないから仕方が無いが、今言ったのは実は途方も無い数なのだ。
「じょ…冗談よね?
40匹も居れば大所帯よ?
その10倍以上…そんなのがここへ向かってるって言うの?」
「いや、全部倒しましたよ?
ぁー…ちょっとだけ逃げられたかな…多分40~50匹くらい?」
「全然『ちょっと』じゃない!」
そもそも逃げ出した分で通常で言うところの大所帯なのだから、恐ろしい数だ。
コボルトの強さはそれほど無くとも、武器を持てるのと集団の狩りに優れているのだ。
そんなものを相手に少数で立ち回るというのは自殺行為に近い。
それを傷も無く生還しているのだ。
セリナとしては驚くしかない。
「というか…え?
全部倒したの?
450匹を…二人で?」
「いや、倒した数は多分400匹くらいかな?
僕の方が81なんだけど、スミレは数分かる?」
「自分は326ですね」
「じゃぁ合計407体か」
「でも多分回収出来てないのも相当数ありますよ?」
危険度の分からない血みどろな二人は気楽に答えるが、セリナはそれどころではない。
これだけの規模になると平気でBランクの討伐依頼になる。
要は災害指定扱いだ。
いくら弱くて数が多いだけとはいえ、やはり数の暴力は恐ろしいものなのだ。
「400…リオ君達凄いのね…?
いや、それよりお父さんに伝えないと…」
「いえ。
ほとんどご主人様が一人で倒しています。
流石私のご主人様です」
「いや、今それ要らないから」
と理熾は苦笑する。
誰が倒そうが関係は無い。
単にそういう危機があって、一応の解決を見ているというところだけが重要なのだ。
しかしセリナはそれどころではない。
「え、さっき326匹って…?」
「自分の《亜空間》に収容している数です。
コボルトだけで一杯になる何て夢にも思いませんでした」
「確かにそんなグロイ夢なんか見たくないよね」
二人は相変わらずなのだが、そのやり取りにセリナは改めて固まる。
二人で戦ったのではなく、理熾のみが戦い、しかも全て倒してしまったらしい。
緊急依頼の時も感じた『置いてきぼり感』が凄まじい。
どれだけ危険なことをしているのだろうとセリナの血が冷える。
「とりあえず…お風呂入って良いですか?
流石にこの格好でギルドに行くのもなぁと思ってて…」
服は放っておいても勝手に綺麗になるが、理熾の身体はそんなに便利ではない。
スミレはまだフィリカ製の多機能な服を手に入れていない。
なので全てちゃんと洗わないといけない。
実は魔物の血というのは毒性を持っている。
これは単に『肌に合わない』と言うのがとても正しい。
種族や魔物によって強さは様々だが、基本的には弱く、体調を崩すというほどにはならない。
しかし最低でも皮膚が荒れる程度にはなるため、早い内に洗い流すに越したことは無いのだ。
ちなみに竜種の血は毒性が強いが、毒抜きさえすれば栄養ドリンク系(回復薬含む)の薬になったりもする。
「あ、ごめんね。
すぐに入って。
そうだ、服とか洗おうか?」
「ありがとうございます。
スミレの分も洗ってくれますか?」
「それくらい自分で洗いますよ!」
「良いわよ。
それじゃ二人とも洗濯籠に放り込んでおいてね」
とスミレの抗議を二人で無視してさっさと風呂場へと向かう。
理熾もスミレもお互い《亜空間》に着替えなどを持っているので手ぶらで直行しても問題ない。
恐らく【空間魔法】を持たない者にとってはこの収納性が一番の魅力だろう。
身体をしっかりと洗い、湯船で溶けるように疲労を吐き出してようやく一心地入れる。
午後からはハードだったなぁ…。
スミレとの話も重いし、その後の戦闘も…って、傷残ってないかな?
と右肩を見ると、綺麗な肌をしていて傷一つ無い。
【限界突破】と回復薬の威力は絶大だったようだ。
思い返してみても無茶をしたもんだと笑ってしまう。
被弾してからは明らかに考えなど飛んでしまっていた。
カッとなったと言えば一番当てはまるかもしれない。
魔物相手に武器を使わないなんて馬鹿のすることだというのは良く分かっている。
一番射程が短い殴り合いは、元々武器を持たなくても十分強い魔物のような種族が一番なのだから。
勝てたのは恐らくまぐれだ。
キングからすると今まで武装した相手としか戦っていないはずである。
武器が無くなった人はまず確実に武器を拾いに行く。
武器が無ければ戦えないというのを理解しているからこそ、そんなことをするのだ。
それだけにキングは対処法を知らない。
武器を持たずに向かってくるだけでも理解の外なのに、理熾の動きは変則的過ぎる。
《障壁》を足場に立体的に動き回られては捉えるのは相当難しいだろう。
普段は狙ってやるが、今日の戦闘では『ただただ攻撃のためだけ』に使っていた。
キングの反撃は全て撃ち落し、変わりに攻撃をねじ込む。
退かれれば追い、回避されたなら追撃し、怯んだならば更に強い攻撃を叩き込む。
思い返せばやっていたのはやっぱり全て攻撃だった。
理熾は相変わらずの自分の攻撃性能に改めて笑ってしまう。
何をやっても押し切るだけなんだな、と。
さてと…そろそろ出よっと。
時間は…もう7時過ぎてるのかぁ。
ここからギルド行くの面倒だなぁ…。
そんなことを思いながら風呂場から出るとセリナとギルバートが居た。
「何故ここに?」とギョッとしながら会釈する。
何故も何もコボルトのことでしかありえない。
「リオ君、またやってくれたようだな」
とギルバートが笑う。
笑顔に邪気が無いのでとりあえず『悪い意味』では無いのだろう。
セリナが応接室を開けてくれ、そこに二人して案内される。
「その言い方は何となく怒られてる感じがしちゃいますね」
と理熾は切り返すと「そうか?すまんな」とあっさり謝罪するギルバート。
そんなに簡単に謝って良いのか辺境伯…とか理熾は思うが、そこが良さなのだろう。
貴族からは様付け、領民からはさん付けなのはこういうところかもしれない。
「少し話を聞きたいんだが今大丈夫かね?」
「ぁー…うーん…」
「割と緊急の話なんで、出来たら優先してもらえる助かるのだが」
「別に良いんですが、これからギルドに行こうかと。
結構な数だったので剥ぎ取りをお願いするのと、ギルドマスターさんにも報告しようと思って」
「ふむ…ならわしも同席させてもらおう。
功労者のリオ君を二度手間にさせるなどおかしいからな」
「そうですか?
それじゃ行きますか」
と髪も乾かない内から行動を開始しようとする。
それもこれもギルバートが言う『緊急』が気になったからだ。
しかし少し止まる。
「あ、セリナさん。
スミレって出てきてますか?」
「まだみたいね…」
「スミレ?」
「あの転送員です。
女の子だったんですよ」
「ほう…そうだったのか。
で、その子をどうするんだ?」
「僕と一緒に居たので参考人ってやつですかね?
それに僕もスミレも証拠を大量に持ってますし」
「なるほどな。
ならそれくらいは待とうか」
そう言ってギルバートはソファーに深く沈む。
理熾もそれに倣って腰掛けると、セリナが理熾の髪を拭い始めた。
「食事時なのに厨房は大丈夫か」とか思ったが、気持ち良いのでされるがままだった。
髪に水気が無くなったのでセリナに礼を言いつつ、微妙魔法を使い始める。
火力が弱すぎてほんのり暖まる火魔法と、勢いの弱すぎる風魔法。
合わせて使えば即席のドライヤーだ。
しかもドライヤーのように手に持って向きを変える必要もなく、そよ風程度の風をどんな角度からでも吹かせられる。
それに手櫛で簡単に梳きつつ乾かしていると、「え、なにそれ?」という風な視線を感じた。
視線の主はセリナだった。
「それ、どうやってるの?」
「火で暖めた空気を当ててる?」
「なるほど…って、はい櫛。
私も【初級魔法】使えるから出来るかな?」
「ありがとうございます。
火と風が使えるなら大丈夫じゃないですか?
僕は属性魔法は何も持ってないし」
「え゛…」
「あぁ、そういえばリオ君は<空間使い>だったな。
それにしても不得意な魔法を複合的に扱うなんて凄いな…」
「それフィリカさんも言ってたような…?」
魔法の構築式というのはやはり負担が掛かるもので、1種類でも難しい。
確かに低級であれば処理も効果も少ないため、簡単で詠唱等は必要ない。
しかしそれを複数同時起動するのは話が違ってくる。
その場合は詠唱すること自体が困難なため、逆に無詠唱が最低条件となる。
その上で複数の魔法式を処理するだけの能力が必要なのだから、簡単なはずが無い。
そもそも理熾の周りは化物揃いで忘れがちではあるが、普通は詠唱が必要なのだ。
魔法の運用自体がそこまで簡単なものでは無いのだから当然ではあるのだが。
とはいえ理熾もそこまで分かっていてやっているわけではない。
というよりは理熾の場合は『温かい風が欲しい』ということを前提に魔法を使っている。
結果的に火と風の魔法を使用しているだけで、一つのことをしようとしているのだ。
二つの式を同時に考えるより、一つの式にまとめてしまった方が簡単という訳である。
「練習あるのみだね、セリナさん」
理熾が言えるのはそのくらいだった。
髪が乾いた頃にようやくスミレが応接室に入ってきた。
やっぱり女の子だし身嗜みは大事だよね、と理熾は寛容だった。
奴隷が主人を待たせている時点で大問題なのだが。
「では行くか。
既にガゼルには繋いである。
ギルドに着けばそのまま話に入れるだろう」
「分かりました。
って…スミレ髪濡れたままだよ。
ちょっと風送るから乾かしなよ」
「スミレ、櫛持って行きなさい」
「え、あ、はい」
と主人に世話される奴隷という意味不明な光景が広がる。
しかも世話している側の一人は伯爵の娘という何とも不思議な状況だ。
完全に右往左往してしまうスミレを引きつれ、三人は慌しく出て行くのだった。
ちなみにギルドまでの行程は馬車ではない。
主な原因は『貴族行きます!』と告知するべき内容ではないからだ。
こうして理熾の長い一日はまだ終わらない。
お読み下さりありがとうございます。




