森の中の戦い
「魔法を使います」と凛々しく告げたスミレはついさっきまでびーびー泣いていたのが嘘のようだった。
スミレの変わり身に驚きを隠せずに
「そ、そうなの?
使ってくれるなら嬉しいけど無理しないでね?」
「はい、大丈夫です。
むしろ今はご主人様の使い方を覚えたいです」
「あ、うん。
別に良いけど…どうしたの?」
「悩むのが馬鹿らしくなりました」
あっさりと言い放つスミレは良い表情ではあった。
しかし、散々泣いたため目は赤いし、こすったからか少しはれぼったい。
流石に鼻水までは出ていなかったようだが、涙の跡はしっかり残っているという、余り年頃の女の子がして良い顔ではない感じがする。
理熾は「ぁー…何だか妹っぽい」とか年上に対して失礼なことを思いつつ、続ける。
「そっか。
なら話が無くなっちゃったよ」
「え?」
驚くスミレに《亜空間》から水とハンカチを取り出して渡す。
『取り合えずこれで顔を拭け』という無言の圧力を掛ける。
「ありがとうございます」とスミレが受け取ったのを見て続きを話す。
「魔法を使う使わないはホントにどっちでも良いんだよ。
けど『僕についてきてもらわないと困る』んだよね。
流石にいつもフォロー入れるなんて出来ないし、そもそも僕はそんなに器用じゃない。
むしろ足りない僕を手伝って欲しいんだよね。
だから魔法を使う、使わないに関わらず『どうやって生きるか』は決めて欲しかったんだよ」
と割と重たい話を放り込む。
面倒は見れないから何とかしろという訳である。
自由が無いとは言え、衣食住を保障されていたシミルから連れ去られたスミレには酷な話ではある。
しかしそれが出来なければ常に理熾が面倒を見なければならない。
当然理熾はそんなことに構っていられないのだから、見捨てるしかなくなる。
ただスミレには【空間魔法】があるので、それを使えばどうにでもなる。
それこそ商売として転送員をしても良い。
けれど使わないというのならば、色々と覚悟せねばならない…そういう話を理熾はするためにも連れてきたのだ。
「魔法使うなら色々と用途はある。
けど使わないなら、何事も一からでしょ?
かなり大変になるから、ちゃんと心を決めてねって話だったんだよ」
「そうですか…」
「最悪手放すことにもなりかねないしね」
理熾の言う『手放す』とは『奴隷として売る』ということに他ならない。
ギルバートから受け取っている以上は奴隷を辞めさせるのは不可能だ。
少なくとも後見人を立てるなどの方法を取るしかないのだが、『価値の無い奴隷』の後見人など誰もならない。
そうなるともう売るか殺すしかなくなる。
殺すのは嫌だから売るという消去法になるのだが、それも嫌だというのは理熾の我侭だったりする。
だが『それもやむなし』な状況が来ないとも限らないから、伝えておくべきだと思ったのだ。
「ま、心配無くなったから良いよ。
【空間魔法】は希少だからね。
スミレはその恩恵を使い倒せば良いんだよ」
あくまでも『使用者次第』という理熾をスミレは眩しく思う。
『魔法の付属品の自分』ではなく、『自分が使う魔法』という立ち位置で良いのだと言ってくれる。
理熾が言う『魔法を使え』という言葉は、シミルで言われたものと同じなのにこうも心に届く形が違うのかとスミレは晴れ晴れとする。
罰だと思っていた才能は理熾にしてみれば『恩恵』でしかなく、縋るしかなかった才能は使うべき技術なのだと教えられる。
凝り固まった考えを変えてくれた理熾は、真に『ご主人様』であるとスミレは認識する。
『この人は自分を見てくれる』と思うと胸が熱くなる。
「はい、自分の恩恵はご主人様のものです」
「え、違うよ?
スミレのものだから、ちゃんと使ってね」
「…仰せのままに」
そんな言葉がスミレは嬉しくて仕方が無い。
この魔法は『自分のもの』なのだと言ってくれる。
ならばスミレは理熾の為にこの恩恵を使い倒さねばならない。
こんなにも使うのが嬉しい場面は無かったのだから。
「んーじゃぁ、スミレ。
《障壁》って、張れるの?」
「勿論です。
ご主人様よりも上手くやってみせます!」
「え…そう?
何かえらくテンション違うけど大丈夫?」
「はい、自分は絶好調です!」
「そっかぁ…頑張って?」
余りの違いに理熾は対応に困るのだった。
タイミングを見計らっていた訳でも無いだろうが、今まで静かにしていたリコが理熾の眼前を飛び回り注意を与える。
こんな森の中に居るのに、1時間弱も何事も無かった方がおかしいのだ。
しかも半分くらいは泣き喚いていたのだから余計に。
すぐさまリコから【索敵】と【隠密】を返してもらって起動させる。
変わりに【精神力吸収】を渡して準備を整える。
ついでに【重力魔法】、【罠士の目】、【解析】を使い回せとリコに指示を出す。
反応は周囲に点在していて、数は多い。
距離は少しあるものの、見つかるのは時間の問題だ。
森が深いとは言え、アルスの南へはそれほど下っていない。
強力な敵が居るとも思えないのでゴブリンかなと当たりをつけるが、数はやはり暴力だ。
「スミレは空に足場を作って待機。
この開けた場所で迎撃するから見学ね。
まだ四人には僕の戦い方見せられて無いんだよ。
一番初めに見ることになるから、皆に伝えておいてね」
そう言い置いて、準備を進める。
まずは弓を《亜空間》から取り出す。
スミレが全体が見渡せる、安全圏に退避したことを見計らって、【隠密】を反転させる。
一瞬だけ理熾から風が吹いたような感覚をスミレは受けた。
自分の気配を消すのではなく、放つという使い方だ。
普通はしないし、出来ないのだが…『気配の操作』という部分を強化して暴走させることによって無理矢理効果を使ったのだ。
【限界突破】のような、『上限を超える使用』を日常的に行っていたからこそ出来る技術である。
とはいえそんな使い方は一時的でしかなく、一瞬だけ『周囲に自分を知らせる』という効果しか持たない。
が、それで十分なのだ。
護衛対象が居る以上は自分に攻撃をひきつけなければならない。
オークアーチャーのように、遠距離に対応できる相手が居ないとも限らないのだから。
隠れることもせずに木々の間からわらわら出てきたのは予想通りのゴブリン達。
無防備に出てきたにも関わらず、一定の距離を取って「クギャ」と威嚇しながら待機する。
彼らの知能は高くないが、指導者が居れば別だ。
周囲に散開しながら索敵していたことを思うと、リーダーがいそうな感じがする。
(スミレ、そこから周囲に集落があるかな?)
と念のため【連携】で思考を飛ばす。
いきなり頭に直接届いた思考会話にスミレは多大な驚きを受けていたが、すぐさま気を取り直して周囲を見渡す。
(分かりません…。
移動して探しますか?)
(いや、良いよ。
危なくなったら囲うように《障壁》張ってね)
それだけ伝えて話は終わりだ。
どうやらこの数十mくらいの距離なら【連携】の範疇らしい。
普通に相互に会話出来る。
200mくらいまでなら使えるかもしれない…これは一度実験する必要があるな、と理熾は心のノートに書き込む。
ちなみに昨日のようにネーブルの【以心伝心】と【連携】でやり取りをしたのは距離が遠いから。
『やり取り全てにスキルを使う』と、どうしても『伝える/受け取る』が必要になるので距離が半分以下になるのだ。
だったらお互い伝えることに全力を注げば、会話が出来るということになっただけである。
普通に使うよりも遥かに高精度で遠距離まで思考会話が届いたのはこのためだ。
にしても、何で攻撃して来ないんだろう?
集合待ち?
合図待ち?
やはり統率者は居るらしい。
そんなことを考えていると、唐突にゴブリンが襲い掛かってきた。
ついに戦端が開かれた。
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