才能の使い方7
スミレにとっては苦行にも等しい悪路だが、理熾は気にした風も無くすいすい進む。
今までスミレを背負ってここまで走っていたとは思えないくらい軽快な動きだった。
これが地力の差か、と諦めつつスミレは必死についていく。
逆に理熾にとっては休憩のようなものだ。
「ご主人様」
森へ入って15分ほど経った辺りでスミレが声を上げる。
息も絶え絶え、掠れた声だったのをガサガサと掻き分ける音に重なって聞こえづらかったのを理熾が何とか拾い上げる。
「んーどしたの?」
「もう少し、ゆっくり、お願いします」
完全後衛職…しかも根っからの引きこもり。
というか軟禁状態で屋内しか移動しないため、歩く距離も短かったスミレの辞書には持久力という文字は載っていない。
当然他の身体に付随する筋力などの数値も控えめを通り越して微々という言葉で足りるので仕方の無いことなのだが。
「それは良いけど、スミレってずっとそうしてるの?」
「え?」
「いや、スミレって頭固いよね?」
「そう、ですか…?」
いきなり言われた言葉に心を凍らせる。
これはただの指摘なのか、それとも非難なのかで話ががらりと変わってくるからだ。
しかし理熾は相変わらずの気負いの無さで口から出た言葉は
「うん。
さっき四人の話を聞いて思ったことは無いかな?
自身が使える力で『楽に生きる』方が良いよ。
例えば昨日僕が《障壁》使って歩いたのを覚えて無い?
僕より遥かに上手く扱えるんだから、使えばそこまでにはならないはずだけど」
怒るでもなく告げられたのは全くその通り、と同意しか出来ないような言葉だった。
確かに《障壁》をあんな使い方する者などスミレは見たことが無い。
そもそも魔法使いは後衛であるが故に、そんな足場など必要なかったりするのだ。
また、『発想が無い』という言葉は、『発案者が居れば出来る』という言葉にすり替わる。
二番煎じという言葉が存在するが、それは『真似が出来る』というだけの話である。
そして理熾が言っているのは、単に『真似しろ』ということだ。
「やっぱり魔法を使うのは嫌なのかな?」
「……嫌悪感、しか、ありません」
「そっか、なら強要はしないよ。
んじゃそこまで行けば開けてるから、少し休憩しようか」
「…はい」
そうして開けた場所までスミレは歩いた。
濃い緑に彩られ、日差しは葉に遮られて斑に影が落ちる。
そよ風が頬を撫で、木陰でもあるから涼しいはずなのだが、身体が暑くて仕方が無い。
頬を汗が伝うほどの熱が未だに篭っている。
走ったわけでもなく、たった悪路を20分歩いただけなのに膝が笑っている。
座り込んでしまいたいが、座ってしまうと立ち上がれない気がして肩で上下させながら、木に寄りかかって息を整える。
「それじゃスミレの話をしようか」
「自分、ですか?」
「うん。
ネーブルからも聞いてるけど、シミルの情報部に関わる人って孤児が多いんだってね」
「……」
「特に末端になるほどその傾向が強い。
小さい時に才能を見出せれば訓練を始めるのが早くなるからだろうね。
しかも考えもそれほど持ってないから、まさに『教育次第』ってことじゃないかな」
休憩と称して始まったのはシミルの内情に対する語り。
そしてスミレの経歴についての話。
こんなものを他人の耳に入れる訳にもいかないが、理熾は知っていないといけないと考えていたのだ。
だからこんな森の中に連れてきた。
誰にも聞かれないように、不審に思われないように練習と称して。
「それで出来上がったのがネーブル達って感じかな。
スミレも同じ境遇だと思うんだけど、違うかな?」
「その通り、だと思います」
「そっか。
もしかして従順にするために『捨てられていたくせに』とか言うのかな。
恩着せがましく『拾ってやった』とか、『恩返しに働け』とか?」
「……ッ!!」
スミレは心を抉られたような感じがした。
それは『お前はいらない』と突きつけられているに等しい言葉だった。
自分には価値が無いのだと。
『価値があるのはお前の持つ魔法だけだ』と。
「図星かぁ。
ま、今となっては関係ないけどね。
それにそれが本当だとしてもシミルにはスミレが必要だったんだよね」
「え…?」
スミレは強張っていた身体から気が抜けたのが分かった。
散々言われた言葉。
呪詛のように纏わりつき、常に締め付けた言葉。
「要らないって…」と弱く呟いたスミレの言葉を、理熾は否定する。
「いや、本当に要らないなら何で育てる必要があるの?」
「それは…魔法の才能が…」
「そうだね。
でもまぁ、それってスミレの『持ち物』でしょ。
シミルが持ってる訳じゃない…だからスミレに命令するんだよ?」
告げる言葉は優しくは無い。
ただの、事実。
今までその事実に確信を持てたことなどない。
だからシミルに居たスミレから全てを奪った者が告げる『事実』についていけない。
理解はしていても、『本当にそうなのか?』という思いが渦巻き前に進まない。
否定され続け、ようやく訓練が終わって認められたと思ったら『それが当然だ』という言葉にすり替わった。
結局ずっとスミレは認められたことが無いのだ。
だから自信は無いし、魔法を嫌悪する。
「こんなものがあるから、『自分』を見てくれないんだ」と。
しかしそんな思惑など理熾は知らない。
だからあっさりと「この話は終わりだね」と話を終えてしまう。
「次の話ね。
僕は『【空間魔法】を使え』とは言わないつもり」
「…本当に魔法を使わなくて良いんですか?」
思わず出た自分の言葉は、酷く適当な声に思えた。
先ほど理熾が告げた『事実』の衝撃が大きすぎるのかもしれない。
「うん、良いよ。
使いたければ使えば良いし、嫌なら使わなくて良い。
魔法なんて技術だからね。
道具と変わらない。
嫌いな道具を無理に使ってたら怪我するでしょ?」
「それと一緒」と付け足す理熾の言葉は真実だろうか。
今まで強要されて使っていたがために、余計に「使わなくて良い」というのが信じられない。
「そう、ですか…」
「使わなくて良い」という開放の言葉をもらえたのにも関わらず、漏れた言葉はとても弱々しい。
何故か自分の半身…いや、全てを否定されたように受け取ってしまう。
スミレ自身が『使いたくない』と駄々をこねた結果なのに、受け入れられるとそれはそれで嫌だと思う。
相反した心情が渦巻き、思わず言葉が零れる。
「自分は要らないんでしょうか」
「は?」
「自分が求められたのは魔法だけです。
だから、魔法に対して嫌悪感しかありません」
昨日からのストレスに加え、スミレに取って代わるだけの価値があったものを要らないと言われたのだ。
弱音がこぼれるのも仕方が無いかもしれないが、反面「この言葉はダメだ」とスミレ自身も分かっている。
まだ会話もまともにしていない、そんな相手にするような話ではない。
愚痴であり、何より泣き言で、そもそも自分が「使いたくない」と拒否したのが始まりだ。
しかし口は止まらない。
「けれどこの魔法は自分の価値そのものです。
それを『要らない』のなら、自分には一体何が残るんでしょうか?」
掠れた縋るような声で出た質問には様々な感情が詰め込まれていた。
鬱屈し、今まで蓋をしてきた『嫌なもの』が、理熾の言葉によって蓋が開いた瞬間だった。
しかし理熾は割と真面目に「この子何言ってんの?」と思ってしまった。
自分から魔法使いません宣言をしておいて、それを認めると「要らない子ですか?」となる。
理熾からすると「意味不明」としか言いようが無く、何故そんな風に話が繋がるのかさっぱり分からない。
「一体僕は何処で言葉を間違ったのだろう」と自問するが答えも出ない。
そもそもスミレに対する情報が圧倒的に足りないのだから。
「えぇっと…話し聞いてた?」
「はい…」
「…スミレは魔法使いたくないんだよね?」
と改めて問うとこくりと頷く。
その仕種はとても弱々しく、庇護欲を掻き立てられる。
しかし今はそんな場合ではない。
正直に言って理熾にはスミレがいきなり何を言い出したのかさっぱり分かっていない。
「うーん…」ともう一つ唸って、確認する。
「で、魔法を使わなくて良いって言うと『要らない子』ってどういうこと?」
「自分の価値は魔法にしかありません」
「いや、そこがおかしいでしょ。
魔法とかスキルにしか価値が無いって何さ?
というかもし本当にそこにしか価値が無くて、それが嫌なら新しく作れば良いでしょ?」
と良く分からないながらも打開策を考える。
実際、『今では足りない』と理熾は常に思っている。
だからこそ新たなスキルを探すし、習得する。
常に『何か』を考えているのはそういう機会を逃さないためだし、手に入れたものは使い倒すためだ。
だからこの考えが普通なのだが…スミレの反応からすると一般的ではなかったようだと理熾は気付く。
何せ涙を流さないまでも潤んだ目を伏せていたのに、今では見開いているのだから。
「いや、そんな驚かれても」
「す、すみません…」
「何だかややこしい考え方してるよね。
というかスミレはこだわりすぎじゃないかな?
まぁ、同じ経験をしてないから何とも言えないんだけどね」
とため息混じりに告げる。
本当に損な性格をしていると理熾は感じる。
この世界は適当なのに誠実で、卑怯な上に狡くて、楽しいのに厳しく、それでいて優しいのだ。
それなのにスミレは『嫌な部分』にしか目を向けない。
何より問題なのは『自分が無い』という部分だろうか。
「スミレはもっと自信を持って良い。
スミレが頑張って手に入れた【空間魔法】は、あんな大国のシミルですら四人しか使えない。
まぁ、僕も使えるけど今はそんなの関係ない。
『スミレが使える』ということにしか意味が無い。
何よりどんな能力があっても、『使い方』で全部決まるんだよ。
そして使い方は『持ち主』が決める。
スミレが持つ魔法が珍しくて凄いなら、『スミレが持っているから意味がある』んだよ」
続ける言葉は理熾の考えであり、スミレは関係が無い。
けれど目の前の弱者はきっと『確信が欲しい』のだろうと理熾は察する。
「さっきスミレが言ったように『自分に何が残るか』なんて怯える必要は無いよ。
どうせなら『何か残してやる』くらい思ってた方が、きっとずっと楽しそうだよ?」
と笑顔で理熾は告げる。
恐らくスミレが欲しかった言葉ではないだろうと理熾は思う。
『合理的』ということであれば計算で出せても、『感情的』な部分はフィーリングでしか勤まらない。
けれど思いつくのはこれくらいだし、人の心の動きなんか全く分からないから仕方ない。
ど、どうかな…?
と恐る恐るスミレを見ると、驚きの表情で固まったまま泣いていた。
ぎょっとする理熾はすぐに「す、スミレ大丈夫!?」と慌てたのだが、スミレの反応は薄かった。
自分が泣いているということに理解がいっていなかったらしく、理熾が慌てる理由も分からなかったようだ。
しかし暫くすると泣いていることに気付き、そこからは逆に一気にタガが外れて泣き崩れた。
背を預けていた木からずるずるとズレ落ちながら座り込み、わんわんと泣き出し、止まる気配も無いスミレ。
その横でわたわたと慌てることしか出来ない理熾、という風に良く分からない空間が広がっていた。
30分ほどだろうか。
感情を吐き出してすっきりしたらしいスミレは唐突に泣き止み、理熾に対してこう言った。
「魔法を使います」
「は?」
理熾にしてみればありがたい話だったが、やっぱりスミレの話の流れは訳が分からなかった。
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