オアシスなおじさん
8/13訂正
詰所に入って一つ目の扉に案内された。
テレビで見るような狭い部屋に椅子と机だけがある、取調室のようなところだった。
似ているというかそのまま取調室だろう。
理熾自身は不審者なのだから待遇に疑問も異論も無い。
ただ取調室なんてのは初めてだったから。情けないやら怖いやらで正直泣きそうだった。
守衛に椅子を勧められて理熾はすぐに座る。
こちらはひ弱な現代っ子。
朝一から1時間も歩けばくたくたである。
というより、昨日は歩き通し、走り通し。
しかも徹夜のような状態で終わりの無いマラソン強要である。
更に言えば人生初の野宿。
テントなどの風除け、日除けもない完全野晒し。
どう考えても身体は疲れきっている。
単に危機感から頭が冴えて、なおかつアドレナリン出まくりで徹夜明けのテンションそのままのナチュラルハイなだけである。
「さて、これから簡単に話を聞きたい。
いくら僻地とは言え、この街の守護を任されている身としては素直に答えてくれるとありがたい」
とそんな仕事用の余所行きな台詞を言いながらも、守衛さんは相変わらず優しかった。
先ほどとは違う意味で泣きそうだった。
あの馬鹿にも見習ってもらいたいものだと理熾は思う。
「頑張ります」
「さて、それではまずは身分証から」
「ごめんなさい、無いです」
「そうか…それがあればすぐ終わったんだがね。
では次に、君の名前は?」
少し黙る。
自分が何と名乗れば良いのか判断に困ったのだ。
あれ、ここって『苗字・名前』のセットで答えて良いんだろうか?
それとも名前だけの方が良いのか…どっちだ?
昔は苗字なんてものは無く、名前だけという風に習った覚えがあるのだ。
スフィアが遅れているという意味ではなく、常識が抜け落ちているので分かるはずも無い。
とりあえず言われた通りに『名前』を答える。
「理熾、と言います」
「リオっと…じゃぁ出身地は?」
「…分かりません」
「は?」
そう、分からないのだ。
アルス以外の名前ではガーランドという国の名前しか分からない。
適当なことを言ってしまうのは簡単だったが、それを外した時のリスクが高すぎる。
かといって「異世界です」なんて言った日にはきっと放り出される。
それこそ身分証も無いのだから。
「すみません」
「うーん…そっか、何だか色々あるのかもしれないね」
最初の一歩で躓いてしまったために諦めたのだろうか。
そう言いながら高さ30cm、一辺50cmくらいになる謎の立方体の機材を取り出す。
精密機械なのか、そーっと机に載せる。
「とりあえずステータスを読み取るから、この台に手を乗せてくれるかな?」
相変わらず優しく伝える守衛さんに促されて手を乗せる。
傍で見守る守衛さんが何もしていないのに箱の表面が淡く光って消える。
しばらくすると取調室(?)の壁に理熾のステータスが表示される。
え、この機械…手を翳すだけでステータス読み取って、情報を壁に反映させられるの?
レントゲンみたいなもの?
いやぁ…それでもこんなに早く無いと思うんだけどなぁ。
それに壁に映るって科学で言うなら無線で飛ばしてるとかだけど…。
ここって剣と魔法の世界らしいから魔法なのかな…?
と目の前の現実を解釈していく。
---+---+---+---+---+---+---+---+---
名前:ミカナギ リオ
年齢:13
職業:なし
Lv :1
スキル
パッシブ
言語知識
アクティブ
なし
---+---+---+---+---+---+---+---+---
「おぉ…Lv1!
…って、13歳!」
なにやら驚いている。
そちらの方面の方なのか一瞬疑心暗鬼になったが恐らく違うだろう。
単純に若かっただけだと思い込む。
見た目通りだと思うけど…なんでだろ?
実は理熾の見た目は年相応より少し幼い。
確かに13歳と言われれば許容範囲内ではあるが、まだまだ可愛気がある容姿をしている。
「しかし言語知識とはまた珍しいスキルを持っている。
なんとも、話すだけでなく文字も書けるのか。
すばらしい…というか、Lv1…?
まったく、何にしてもこれで良く平原を越えてこれたものだ」
としきりに感心している。
やはり運が良かったらしい。
それに加えて年齢も若かったからひとしおなのだろう。
なるほど、言語知識って珍しいのか。
それに文字も書けるらしい…『スキル』と言われるだけあるね。
あぁ、そういえば【神託】の読み書きの報酬も貰ってたっけ。
にしても、名前、年齢、Lv、スキルしか出てない。
詳細データは確かに要らないかもしれないけど、このサイズでこれだけのことしか分からないのか…。
むしろこのサイズで『尋問要らず』だから、十分かもしれない?
などと思いながら答える。
「ハハハ…ホントに運が良かったです」
「全くだ。
にしても、Lv1では悪事を働くことも出来まい。
尤もそんなこと最初っからわしは思ってないから良いんだがな!」
と豪快に笑った。
ようやくだが守衛さんも改めて『安全』を確信したようだ。
理熾はというと、うるっと来た。
この守衛さんマジで僕を泣かそうとしてきてる!
そんなこんなで街へ入ることを許可された。
あっさり過ぎる気が大変するが、ありがたかった。
良いのか悪いのかは置いといて。
街の外は危険なのだ。
「あぁ、そうそうリオ君は一人旅なのだろう?」
「はい」
「…今まで身分証無しで生きてきたのか?」
「えっと…」
「まぁ、詮索はせんよ。
何にせよ、これから先も『身分証明』は必要だから、とりあえずギルドに登録しておくといい」
国では行わない身分証明をギルドは行ってくれる。
さっき手に入れた常識を思えば確実である。
「ありがとうございます。
すぐに取りに行きます」
そう言って詰所を後にする。
そういえばあの守衛さん、僕に対しての質問がほとんど無かったんだけど大丈夫かな?
普通いくら安全だと思っても『街へ来た理由や事情』を知らないとダメだと思うんだけど…。
そもそも13歳で1人旅許容するのって普通にまずいんじゃないの?
異世界の常識には無いから分かんないけど。
などなど色々思うことはあったが、とりあえず何とかなった。
街へ入ることだけは。
でもさ、街で何すれば良いんだろう…?
結局スフィアで僕が解決する問題を一つも知らないわけなんだけど。
今までの【神託】見てみても、全部チュートリアル的なものしかないし…。
…まぁいいか。
とりあえず今はすべきことがある。
宿屋の確保とギルドへの登録。
そしてこの信じられないほどの疲れを取るために寝ることだ!
まずは宿屋へ!
まだ朝一くらいの時間だけど!!
…って、来たばっかだし街の地理なんて知るはず無いよね。
あ、お勧めの宿屋とギルドへの道を教えて貰わないと!
あの守衛さんのお勧めなら絶対に大丈夫だ!
何が大丈夫かは全く分からないが、守衛に対する理熾の信用は高かった。
そこで今出てきたばかりの詰所へすぐに引っ込む。
聞くべきことは二つ。
「さっき出たばかりじゃないか、どうした?」
「すみません。
お勧めの宿屋と、ギルドへの道を教えてください。
手持ちが少ないので、その辺も考えてもらえると嬉しいです…」
今の全財産が500カラドだ。
着の身着のままでこの場に立っていることを思えば、日用品だけでも相当買い込まねばならない。
加えてこの世界は危険なのだから、一定の装備は必須になる。
そんなことを考えると手持ちでは圧倒的に足りないことになり、恥ずかしながらもこんなお願いになってしまうわけである。
そんな理熾の無茶なお願いを守衛は「あぁ…なるほど」と仄かに笑いながら頷いている。
あぁ、何かお父さん的な感じだなぁ…。
スフィアに着てまだ1日経ってないのに、家を出たのが凄く昔のようだよ…。
遠い目をしながら思う。
生命の危機に晒されるイベント多数の余りにも長い1日を思いながら。
「そうだな…。
ならば『あけみや』という宿を紹介しよう。
少なくとも飯は保障する。
それに、わしの名前を出しておけば少しは安くしてくれるはずだ。
そういえば自己紹介がまだだったな、わしの名前はギルバートだ」
「ありがとうございます。
改めまして御巫理熾です」
本当に改めて挨拶をする。
今度は不審者では無い理熾で。
その後ギルバートは簡単な地図と、サインの入った紹介状を用意してくれた。
それを受け取り、理熾はすぐに出発する。
理由は
だってもう足とかパンパンで限界なんだもん!
スフィアに到着してからまだほとんど休憩らしい休憩はしていないのだから当然の主張だった。