襲撃
維翔が、宮の建設現場を見ながら指示を出していると、義烙が必死の形相で飛んで来た。
「王!出海様が…出海様の集落が!」
維翔は、義烙の顔を見ただけで事態を悟った。まさか…明久か!!
「参る!!」
維翔は、物凄い勢いで飛んだ。ああ出海!隠して置いたつもりであったのに…!守りの軍神達はどうしたのだ!
見知った顔が、既に絶命してそこかしこに倒れていた。守りを命じていた軍神達も、あちこちに倒れ、既に息はなかった。あちこちから炎が上がり、くすぶっている。そこには、まだ明久の気がした。維翔はそれを探って出海が居る家へと飛び込んだ。明久が、剣を振り上げた所だった。
「明久!!」
維翔の目は、真っ青に光っていた。全身から闘気が湧きあがり、びりびりと家が揺れた。明久は、それを振り返ってふふんと笑った。
「維翔。」
明久はしかし、冷や汗を流していた。激しい怒りの気…これほどの闘気を感じたことは無かった。
「我の妃と子を狙った賊め!跡形もなく滅してくれるわ!」
維翔は、明久を気でがんじがらめにすると、家の外へ放り出した。そして自分も外へと出ると、気砲を構えた。
「死ね!」
大きな気砲が明久に向かって放たれる。明久は攻撃しようにも、あまりの素早さと気の大きさに何も出来ないでいた。回りのものは尽く維翔が放つ気に触れて無に帰して行った。明久はそれを避けようと飛び回るが、維翔の気砲はどんどんと追い付いて来る。それでも、明久は歯を食いしばって避け続けた。
「逃しはせぬ。」維翔は、更に気砲を大きくした。「殺してやる、明久!!」
明久は、避け切れずに気砲を食らって胴の腹の部分を失い、二つに分かれて下へと落下した。それでもまだ意識のある明久の頭を打ち砕こうと、維翔は歩み寄った。
「いい…のか。」明久は、口の端を歪めた。「あの女、死ぬぞ…。」
維翔は、固まった。出海…まさか、もう切られておったのか…?
「死ね!」
維翔は、その頭を気砲で打ち抜いた。そして、必死に家の中へとって返した。出海…まさか!
「出海!」
維翔は、倒れる出海に駆け寄った。胸の辺りを貫かれている…しかし、急所を外している。だが、出血が多い。
「出海…しっかりせよ!維海のためにも、頑張るのだ!」
出海は、息を上げながら目を開けた。
「維、維翔様…良かった。間に合わぬかと…」
維翔は、出海を抱き上げた。
「すぐに、すぐに治癒に堪能な者の所へ!」
出海は、必死に首を振った。
「いいえ。間に合いませぬ。維翔…様、どうか、どうか冷静に聞いてくださいませ。私は、もう死んでおります。」
維翔は、目を見開いた。
「何を申す!こうして…」
出海は、首を振った。
「これは、維海の力。この子が、私を生かそうとしておるのです。ですが、それも尽きてしまう。どうか維翔様、この子を取り上げてくださいませ。そして気を失って生まれる維海に、どうかすぐに気を補充して助けてくださいませ!」
出海の目は、真剣だった。そして、力なく出海を降ろした維翔に、言った。
「私達の子でありまする。」出海は、乱れた息の間から言った。「次の龍王…どうか、維翔様…。」
出海は、力を込めた。本来ならば、何時間も掛けて生むその作業を、気を込めて一気にやり遂げようとしている。維翔は、生まれて初めて自分の頬を伝う涙を感じた。出海が、死んで逝こうとしている…自分を置いて…!
維翔は、後悔していた。なぜに明久を討っておかなかった。こうなる可能性はあったのに…!
「出海!止めよ!」維翔は、涙ながらに叫んだ。「止めよ!維海が主を助けようとしておるなら、その命を貰えば良い!維海が望んでおるのだろうが!」
しかし、出海は聞かなかった。出海の体は光り輝き、何かが、出海の足元に滑り出て来た。出海が、必死に叫んだ。
「早く…!維翔様!維海を助けて!」
赤子は、ピクリとも動かず、泣きもしなかった。維翔は、言われるままに維海に気を流し込んだ…すると、何かが詰まったような音がしたかと思うと、赤子がむせ返り、盛大に泣き始めた。維翔がそれを見て茫然としていると、出海が、穏やかな顔をして微笑んだ。
「ああ…維海。」出海は、維海の頬を撫でた。「母に、あなたを生み出す力をくれてありがとう。でも、母は、もう…。」
出海の気が、途切れ途切れにしか感じられなくなった。維翔は、出海に必死に呼びかけた。
「出海!出海、逝くな!我と共に…共に居てくれると、申したではないか…!」
出海は、微笑んだ。
「維翔様…王に。皆を、守る王に…なってくださいませ。どうか…女子供も、安心して、暮らせるような地に…龍族を、どうか…。」
維翔は、出海を見ながら涙が止まらなかった。
「ならぬ!主無しでは出来ぬ!出海、逝くな!頼む…!」
「愛しておりまする。」出海は、目を閉じた。「きっと、その時には、お迎えに…参ります…から…。」
出海の気は、抜け去って行った。維翔は、出海を抱き締めて叫んだ。
「出海!出海!逝くでない…!逝くでない…!」
その日、辺り一帯は土砂降りの雨が降った。
そして、その雨はひと月もの間、降り止むことがなかった。
維翔は、暗く沈んだまま、それでも建ち上がって行く宮を、維海を腕に見つめていた。出海と共に住むために、早く建てようと望んだ宮…。あれほどに、出海が楽しみにしておった奥宮、一番に安定した地盤に作られた我らの居間、我の部屋と、その背向かいにある出海の部屋…。
これから、親子三人で暮らすはずだった。出海が望んだので、庭も広々と取った。居間から望める景色は、木々が茂り、皇子が大きくなった時、共に遊ぶためと池を作らせたのも、出海。
全てが出海の望んだ通りに、宮は建ち上がった。そしてその宮の大きさと美しさに、神の世の他の種族の神達は、龍族の力を思い知り、そして、それに倣って、他の種族も王を立て、王を中心に治めるようになった。
出海に会いたいあまり、命を操る術を身に付けた。しかし、命を操ることは、そう簡単にはしてはならないのだということも、またその術を編み出すたびに維翔は思った。これは、我ら龍族の間でも、気の強い我しか出来ぬ。ということは、その力を継いでいる、維海にしか出来ない。これは、我が家系に代々伝えて行こうぞ。我ら、命を司る者として、神の世に君臨し、皆を抑えて地を乱さず穏便に回して行かねば…。
そうして、王座に就いて1100年。維翔は、1400歳になったその日、老いが始まった。
唯一の皇子であった維海にすぐに譲位し、日に日に老いて来る身を引きずるようにして、玉を手に言った。
「後世に、遺せ。」維翔は、維海にそれを渡した。「我が、あの折りより集めて参った皆の記憶を合わせたものぞ。維海、主が我亡き後、後に続く龍王達の求めに応じて、この宮の始まりを知らせるためにこれを使え。普段は書庫深くに収め、求められたら出すようにせよ。」と、維海を見つめた。「頼んだぞ…二代龍王、維海。そしてその子、三代龍王、維淳よ。しかし赤子であるしの…維淳は我を覚えておるかの…。」
維翔は、目を閉じた。そして、フッと息をつくと、そのまま微笑んだ。
「おお…」維翔は、目を閉じたまま、手を伸ばした。「久しいの…約したこと、違えずにおってくれたのか…。」
そうして、維翔の腕は、パタリと落ちた。
「…い…づみ…。」
維翔は、そう言い残して、息絶えた。
「父上…!」
母上に、会われたのか。
生涯掛けて、母一人を思い続けた父。維海は、手渡された記憶の玉に新たに自分の記憶を加え、そしてそれを封じることにしたのだった。