表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

共に

そうして、日が何十も過ぎた。維翔は、今では毎日ほど出海の元へと出掛けていた。共に散策をしたりしながら、毎日話すうちに、維翔は出海を望むようになった。しかし、出海はこちらの長…連れ帰る訳にもいかない。

「では、今までと同じように、こちらへお通いくださいませ。」出海は、維翔に言った。「すぐに会える距離であるのです。維翔様…それでもよろしいですか?」

維翔は頷いた。

「良い。我を助け、我の傍に居よ。出海…我は主を守ろうぞ。」

出海は頷いた。

「はい、維翔様。」

そうして、維翔は出海を妻に迎えた。今まで戦いにしか興味の無かった維翔が、出海と共に居ることが何ものにも代えがたい時間であるように思えた。女など、取るに足らぬものだと思っていた…しかし、そうではない。やっと、維翔にはそれが分かった気がした。


「…そして、明久(めいく)の集団が東を見て回っており申す。」義烙が言った。「最近では、目ぼしい龍の集落もあらかた抑えてしまいました。皆戦いたくてうずうずしており申す。」

維翔は、義烙を見た。

「殺したくての間違いではないのか。」その、軽蔑したような声音に、義烙は驚いた顔をした。「ま、良いわ。そろそろ南へでも向かうかと思うておったところ。あちらに鳥とやら居るらしいしの。南の龍達は、時に鳥に襲われると言うておったではないか。」

義烙はニッと笑った。

「はい。鳥には負けぬ。維翔様、龍を全てまとめ上げて、鳥と対峙するのはいかがでしょうか。あちらは一番大きな集落の数が多く、こちらの数ではどうかと。」

維翔は面倒そうに手を振った。

「龍を?一つの種族としてか。我は、そのように骨の折れることはしとうないわ。己で言うのもなんだが、龍ほど愚かな種はおらぬ。力があるが、同族で殺しあうであろう…殺さずに居られぬのだ。それを押さえつけるとなると、我でもかなりの覚悟が要るの。」

義烙は、渋々ながら頷いた。

「確かに…。ですが、維翔様以外の誰もそれは出来ませぬしなあ…。」

維翔は、ため息を付いた。自分は、戦いに飽きた。今は、出海と穏やかに過ごしたいだけよ。

そうして、その日も維翔は出海の元へと飛んだのだった。


「それは…私も、義烙の言う通りだと思いまする。」維翔は驚いて出海を見た。出海は、宿ったばかりの子を慈しむようにお腹を撫でながら続けた。「誤解をしないでくださいませ。鳥を侵略することには興味はありませぬわ。維翔様、世は大変に混乱しておりまする。私達女は、生きることすら難しい世でありまする。男であっても、赤子のうちは他の神に襲われぬかそればかり…安心して、眠ることもままなりませぬ。このような世、どなたか力の強い神が押さえつけ、そして守ってやってくれなければならぬのです。他の神の、侵略から。」

維翔は、出海を見た。確かに、自分も生まれた時からそうだった。死ぬかもしれぬという環境の中、己の気の大きさだけを頼りに生きて来た。父は知れず、母は自分が幼い頃に誰か他の神に略奪されて行った。それが当然だと思って生きていた…しかし、生まれて来る我が子は、父は自分、母は出海。出自もはっきりとしてして、お互いに待ち望んだ子。これが、自分と同じような思いをしながら生きるとしたら…。もしも、出海が略奪でもされてしまったなら…。

「我は、どうすればよい、出海。」維翔は、出海を抱き締めて言った。「主と我らの子の為に、我は、世をもっと暮らしやすいものにしたい。ならば、我はどうすれば良いのだ。」

出海は、維翔を見上げた。

「維翔様…。」

維翔には、その答えは分かっていた。世の、全てを正す。全てを、良い方向へ持って行く。そのためには、決まりを作らねばならぬ。そう、理。法というものを作り、それを破る者を罰する。我には、その力がある…そう、王として。全ての上に立つ者として。

「…やってみようぞ。」維翔は、出海を見つめた。「我は、この龍族に君臨してみせる。そうして、我の力で全ての龍族を守り、逆らう者を滅し、皆が安心して住める世を作る。安心せい、出海。」

出海は、黙って頷いた。維翔は、空を睨んだ。明日から…そう、明日から始めようぞ。義烙と(ほく)と呼び、まずは法を作らせようぞ。


それは、迅速に行われた。維翔の決断を聞いた義烙は、満足げに頷いた。北という、主に参謀をしていた戦うのに不慣れではあるが、頭の良い龍も二つ返事で同意した。現在治めている、龍族の他の集落よりも格段に大きく人数の多い集落の龍達は、皆何の反対もせずに維翔にひれ伏した。そうして、皆が維翔を王と呼ぶようになった。

しかし、一夜にして変わったその状況に、意を唱える者達が居た。維翔に次ぐのではないかというほどの気の力を持つ龍、明久の集団だった。

「理屈は分かったが、なぜに維翔殿でなければならぬ。我が王になっても良いではないか!」

義烙が、首を振った。

「一族で一番の力の持ち主でなければならぬ。そうでなければ、他の種族に馬鹿にされようが。王は、全てにおいて一番であられなくては。主では王に敵わぬ。」

明久は、首を振った。

「維翔殿など!最近は、回りを平定しておったのは我の集団ではないか!そやつの力ではないわ!」

明久は、踵を返して出て行った。

「明久!待たぬか!」

義烙が叫んだが、明久は飛び去って行った。義烙は眉を寄せて維翔を見た。

「…王。いかがいたしましょうか。」

維翔は、立ち上がった。

「良い。放って置け。そのうちに我が片を付ける。それより、他の集落を傘下に入れねばならぬ。我を王だと申すならば守ってやろうぞ。そうでないなら、放り出す。龍族の住む場は、全て我の領地ぞ。結界を張り、他を入れぬようにしようぞ。放り出されて生きて行けぬなら、我の元へ下るが良いと申せ。それでも聞かぬなら、斬る。王に逆らう者は全て斬り捨てる。」と、立ち上がった。「行け、義烙。我の統治を知らしめよ。」

「は!」

そうして、維翔に従う全ての龍が、龍族を集めて時に説得し、時に武力を使い、維翔を王として龍族を束ねることに同意させて行った。


明久とそれに従う龍以外、全ての龍が維翔の元に参じ、維翔にひれ伏した。維翔は、龍族を作り上げた法でもって治め、違えた者は厳しく罰した。最初はそれに反発していた龍も、それによって治安が維持されることを悟ってからは穏やかに、ただ従うようになった。

維翔は、出海と共に住むことを考えた。出海は、洞穴になど住まない。木で建てるか…しかし、もっと、自分の子々孫々まで住まうことが出来る、大きな石造りの建物にしよう。

維翔は、それを自分が好む山の上、少し飛べば滝もあるその地に、山の硬い岩を彫らせ地下を作り、上には頑強な石を積ませて宮を形作って行った…ここは、東を向き、昇る日を真っ先に浴びることが出来る場所…。龍族の力を、これで世に知らしめようぞ。

相変わらず、向かって来る神は多かった上、明久も度々維翔を狙って来た。しかし、今の維翔に敵はなかった。何と言われようと、維翔は自分の守りたいものを守り、その望みの、ただ穏やかに暮らしたいということを、叶えようと思っていたのだ。

出海の腹は、産み月を迎えて大きくなっていた。

「今少しであるの。」維翔は、出海を抱き寄せた。「宮も、もうすぐ住めるようにはなろう。完成までには時間が掛かりそうであるが、我と主が住む奥はもう出来ておる。今少しの辛抱ぞ。待っておれ。」

出海は微笑んだ。

「はい。とても楽しみでありますこと…龍の宮でありまするのね。」と、腹を撫でた。「ああ吾子。父上がとても美しい宮を建ててくださっておるのよ。」

子が、腹の中で動いた。維翔は笑った。

「何との。主に似て、大変に利口な子であるようだ。」と、腹を撫でた。「これは、次の龍王。我の子は、我亡き後、王となる。そうして、我と主の子の血筋が、龍王としてこの地を守って行くのだ。出海…終生共に生きて参ろうぞ。そして、死した後も共に、子々孫々を見守って参ろう。」

出海は、嬉しそうに微笑んだ。

「はい、維翔様。男と分かっておりまするし…名は、お決めになりましたか?」

維翔は頷いた。

「おお。迷うたが、我と主の子。維海(いかい)としよう。」

出海は、愛おしげに腹を撫でて呼びかけた。

「維海…父上が、お名をくださったわ。良かったわね。」

子は、また動いた。維翔は、妻と子を得て、なんと幸せなのだと思った。早く、奥宮だけでも完成させて、出海を手元に迎えねば…。

維翔は、何よりも大切な者達を守る為に、王として生きることを誓ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ