ギルド
「……どこだ、ここ?」
目覚めた俺の口から出た第一声は、半ばお決まりのセリフだった。
身体を起こして身辺の確認…と行きたいのだが。
「痛っ」
脇腹が痛む。そういや、刺されたんだっけか、俺。
起き上がろうにも痛みが邪魔して力が入らない。しばらくは寝てるしかなさそうだ。
幸いここはベッドの上らしく、シーツも清潔感あふれる真っ白な物だ。ここがどこかは知らないが、もう少し休ませてもらおう。
そう考えて、もう一眠りしておこうかと思った時、 キィ。 と、小さな音を立ててドアが開いた。
「こんにちわ〜…」
怪我人である俺を気遣ってか、声を抑えて挨拶して来たのは、女の子だった。水色の髪を腰まで伸ばした彼女は、深い青の瞳で俺の顔を覗き込んでくる。
「あ、目が覚めたんですね。良かった」
可愛らしい声が耳に心地いい。近くにいるだけで癒されそうな女の子だ。
「君が、俺をここに?」
「はい。私はマリア。ギルド『黒羽の帽子』に所属するヒーラーです」
「ギルド?」
「人狼族にはギルドは無いんですか?良ければ、ご説明しますよ?」
そういや、今の俺は人狼族で、人間じゃないんだっけ。
「あー…。お願いします」
何はともあれ情報だ。どんなに些細なことでも知っておいて損はないだろう。
「はい。『ギルド』というのは、冒険者達の集う、1つの組織です。国や民衆から様々な依頼を請け負い、その収入で運営されています。私の所属する『黒羽の帽子』は、規模は小さいですが、実力のある方が多く所属されていて、依頼もお使いから強大な魔物の討伐まで、幅広く扱っているんですよ」
自分のギルドについて語るマリアさんは非常に生き生きしていて、見ていると気分が晴れ晴れしてくる。この人には本質的に人を癒す力があるのだろう。この人以上にヒーラーに向いている人もそうそういるまい。
さて、この人の癒しオーラはともかく、ギルドには依頼が来るらしい。
依頼ってことは、当然クリアした人には報酬が出るわけで、冒険者っていうのは、多分依頼で食い扶持を稼いでいるのだろう。
となれば、俺がやるべきことは決まっている。
「あの、ギルドに入るには、どうすれば?」
ギルドに入る→仕事をする→お金が手にはいる→生活に余裕ができる→心にも余裕が生まれ、人に優しくなる→彼女ができる
よし、完璧。
「も、もしかして、『黒羽の帽子』に入って下さるんですか?」
マリアさん、近い。近い。ドキドキするから。あなた可愛いんですから、男…特に俺見たいなDT相手にそういう事しないでください。
「で、出来れば、そうしたいです。簡単な依頼もあるみたいですし、俺今一文無しなんで…」
「大歓迎です!あぁ、ついに私も人を勧誘できた…。ルシくんに報告しなきゃ!」
言うや否や、マリアさんは部屋を飛び出して何処かへ行ってしまった。
5分後、帰ってきた。
帰ってきたマリアさんは先程とは違い落ち着いていて、仕事をする女性の雰囲気を醸し出していた。
身長150くらいしかないのにこのオーラ。やっぱただ者じゃないなこの人。
「ギルドマスターから承認されました。あなたのギルド加入を、正式に許可します。ええと、まだ、名前を聞いてませんでしたね」
俺の名前、か。今じゃ姉さん以外に読んでくれる人なんていないけどな。
「コウキです。宝羽 幸希」
「コウキさん…はい。憶えました。これからよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ」
マリアさんと握手を交わす。
彼女の手は温かく、久しく受ける事のなかった人の温もりや優しさといったものを俺に思い出させた。
手を離す頃には、俺の目からは涙が流れていた。
「コウキさん?」
「すいません。こんな形で人と触れ合ったのは、久しぶりで…」
「……そうですか。今日は、ここで看病をさせてもらいます。たくさん、お話しましょうね」
「はい…!」
マリアさんは本当に優しい。俺はその日一日、そんな彼女の優しさに甘えたのだった。
これは傷が治ってから聞いた話なのだが、マリアさんはこの『黒羽の帽子』で2番目に強い人らしい。1番強いのはギルドマスターのルシィ。3番目は、その義理の妹なのだとか。
彼女の言っていた"ルシくん"というは、どうやらギルドマスターのことのようだ。
加入した後から知ったとはいえ、俺はいきなりとんでもない人と知り合いになったのかもしれないと、遅まきながら実感するのだった。