挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
坂東の風 作者:青木 航

プロローグ

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

1/92

壱 襲撃

 善悪の基準はいつの時代に於いても普遍なのだろうか?
挿絵(By みてみん)

 
 西暦九百六十一年、応和おうわ元年、癸亥みずのといぬの年の夏。我が国は平安中期にあり、承平の乱が終結してから二十年の歳月が流れていた。

 夜叉丸やしゃまるが草や雑木ぞうき蕨手刀わらびてとうで切り払いながら先導し、千方ちかた秋天丸しゅてんまるのふたりが続いて急な斜面を登って行く。馬は下の谷に置いて来た。老臣の朝鳥あさどりを残して見させている。
 あと二間にけんほどのところで夜叉丸やしゃまるが止まった。
「この上でござります。様子ようすを見て参ります。ここでお待ちを」
と体を寄せて来て小声で言う。気味ぎみで筋肉質の精悍せいかんな体つき、眼窩がんかくぼんで恐ろしげな顔つきをしているが、いくさに際しては、千方ちかたが最も信頼を置いている男だ。

 藤原千方ふじわらのちかたは、将門まさかどったこうにより、下野守しもつけのかみ武蔵守むさしのかみ、並びに鎮守府将軍ちんじゅふしょうぐんとなり、従四位下じゅしいのげのぼった藤原秀郷ふじわらのひでさとの六男である。まわりの者は「六郎様」と呼ぶが、今は兄千常あにちつね猶子ゆうしとなっている。

「うむ」
千方ちかたも小声で答える。体中の血がき立つような感覚を覚えた。
 夜叉丸やしゃまるは身軽に登って行き、間もなく降りて来た。
「数はおよそ十五。車座くるまざになってのんびりした様子ようすでございます。恐らく、下にはなった物見ものみが戻るのを待っているものと思われます」
「馬はどこにつないでおる? 」
 千方ちかたが尋ねる。
十間じゅっけんほど離れたところにつないであります」と夜叉丸。
 左手で雑木ぞうきつかんで、急な斜面で体をささえながら、千方ちかたは天をあおいだ。茂った木々の隙間すきまから見える空からは陽光が容赦なく照り付けており、わずかな風に乗って、薄い雲が流れているが、体中から汗がき出る暑さだ。

「下に出した物見ものみが戻って来たところをおそう。だが、そう長くは待てぬな」
 上腕をおおそでに、吹き出す汗をり付けてぬぐいながら、千方ちかたが言った。
一刻こくほど前に吾等われらが見て参った場所から察しますと、荷駄にだはもう近くまで来ているものと思われますので、物見ものみも間もなく戻りましょう」秋天丸しゅてんまるが背負っていた半弓はんきゅうはずしながら応じる。
 汗がしたたり落ちるが、顔にしたたる汗はぬぐおうともしない。ただ、しきりに、両のてのひらを衣服に代わる代わるり付けてぬぐう。秋天丸しゅてんまるは、夜叉丸やしゃまるとは違って、地味じみな農夫のような平たい顔の男だが、良く見ると小柄な体は引き締まっており、やはり、どこか殺気を帯びている。
 千方ちかたは、粗末な直垂ひたたれの上から締めた革の腰ひもにはさんでるした竹筒を取り、水を口に含み、その涼しげな目で、もう一度空を見上げた。二十六歳にしては幼げな面影おもかげを残しており、とても、修羅場しゅらばくぐって来た男とは思えない面立おもだちである。それも、二度や三度の経験ではない。だが、やはり戦いを目前にすると緊張する。少し下の狭い平場ひらばで、放尿はすでに済ませていた。
「間に合って良かった」千方ちかたは、ひとごとのようにつぶやいた。

 荷駄にだの一行を見送ったのは、昨早朝さくそうちょうやかたの前であった。
「本来なら麿まろが行かねばならぬところだが、造作ぞうさをお掛け致す」
「なんの、吾等われら六郎様の郎従ろうじゅう最早もはや叔父おじおいという立場はお忘れくだされ。き将軍様に受けたご恩を思えば六郎様のお役に立てることが、何よりの仕合しあわせと心得こころえております」
 豊地とよちは人の良さそうな笑顔を見せて頭を下げた。
 母・露女つゆめのふたりの弟のうち上の弟である。露女つゆめの父は武蔵国むさしのくにうちの北東に位置する草原郷かやはらごう郷長さとおさ草原久稔かやはらのひさとしで、千方ちかた実父じっぷ秀郷ひでさとの祖母の実家である下野しもつけ鳥取ととり氏とのえんを持っていた。
 そんな関係で承平じょうへい天慶てんぎょうの乱のおり将門まさかど動向どうこうさぐっていた秀郷ひでさとが寄宿した際、とぎに出たのが露女つゆめであった。露女つゆめ千方ちかたを生んだ。千方ちかた草原郷かやはらごう久稔ひさとしやかたで育ち、幼い頃文武を教えたのが豊地とよちなのだ。
 「道中どうちゅう無事ぶじ祈っております。みやこに着きましたら、兄上によろしくお伝えください。六郎も近いうち参りますと」
「心得ました。みやこの殿もさぞかしお喜びでしょう」
「さて、それはどうかな」と千方ちかたはぼそっと言った。
 言上ごんじょうを聞いた時の兄・千晴ちはるの表情が目に浮かんだ。恐らく、無表情に「大儀たいぎ」と言うだけであろう。そう思った。
 豊地とよちが急にけわしい表情となる。
「六郎様、そのような物言いはなりませんぞ。千晴ちはる様はみやこでご出世しゅっせされ、千常ちつね様が坂東をおさめる。この両輪がそろってこそ、ご一族が繁栄するというものです。き将軍様のご威光いこうおとろえていないといえども、村岡五郎むらおかのごろう平良文たいらのよしぶみ)の子、次郎(平忠頼たいらのただより)など油断のならぬやからは多ございます。ある意味国司(こくし)とも戦わなければなりませぬからな。一族の結束が何より肝要かんようでございます」
「分かっておるわ。他の者の前では言わん」
 おのれの発した言葉に少し後悔の念をにじませながら、自嘲気味じちょうぎみ千方ちかたつぶやく。
「どうかそのようにお願い致します。口から出た言葉ははなたれた矢と同じ。最早もはやつるには戻せませぬ。よろしいな。御身おんみを大切になさりませ」
 千方ちかたは、別に長兄の千晴ちはるを嫌っている訳ではなかった。ただ、千晴ちはるは、千方ちかたにとって父の秀郷ひでさと以上に遠い存在に思えているのだ。”家の子”である千方ちかたに取って、千晴ちはるは、兄というよりむしろ、あるじに近い存在として心の中にある。
 比べてすぐ上の兄(と言っても二十歳近く歳の差がある)であり、大きな後ろだての無い千方ちかた養父ようふとなってくれた千常ちつねは、その母の出自しゅつじの良さに反して、がさつで乱暴な男ではあるが、常に千方ちかたのことを心にかけてくれていた。十四のとしに父との対面の段取りをしてくれたのも、父の手で元服げんぷくできるようはからってくれたのも、千常ちつねであった。その代り、何度..なぐられたか分からない。

 たったひと夜のまじわりで、露女つゆめ千方ちかたはらんだ。しかも、当時の秀郷ひでさとは、すでに五十三歳。まわりの者達は疑った。しかし、月足らずでの出産ではない。調べてみても、当時露女(つゆめ)もとかよっていた男は無く、露女つゆめの身持ちも固いという情報しか得られない。秀郷ひでさと吾子わがこと認めた。だが、名を付けてくれた以外は、言わば養育費代わりの品々が送られて来るのみで、千方ちかた十四のとし千常ちつねが取りはからってくれるまで、対面することもなかった。

「では、みやこで会おうぞ。吾等われら所用しょようを済ませたら、急いで参る」
 千方ちかたは、千晴ちはるに感じる違和感を振り払うかのように、話を本筋に戻した。
「はい。それまで、みやこ女子おなごなどながめて日を過ごしてお待ちします」
 大柄おおがらな体を深くって千方ちかた挨拶あいさつした後、豊地とよち荷駄隊にだたいの方に体を向けて「参るぞ! 出立しゅったつじゃ! 」と良く通る声を上げた。

「参りましたぞ」
 夜叉丸やしゃまるが押し殺した声で告げた。千方ちかたにも、向こう側の坂道をけ上がって来る馬蹄ばていの響きが聞こえた。
 千方等ちかたら三人はがけの上によじ登り、雑草の中に身を伏せた。左手にはいずれも半弓はんきゅうと二本の矢を持っっている。は一瞬である。男達が馬にけ寄る前に倒さなければならない。

 崖の上の台地。
「来おったか。で護衛は? 」
かしららしき大男が物見から帰った男に聞く。
「五人にござる」
「ふん、五人か。ま、そんなものであろう。半数はここで昼寝をしておっても良いかも知れぬな。はっはっはっは」
 修羅しゅらせまっているとも知らず、男は高笑たかわらいをしている。
 その瞬間、千方等ちかたら三人が、くさむらの中からおどり出た。
 驚いた男達がその方向に顔を向けた時には、三本の矢はすでに放たれていた。かしららしき男は正確に首を射抜いぬかれて卒倒した。ほかにもふたり、同じように首を射抜いぬかれて倒れる。
 悶絶もんぜつする暇も無く声も上げない。動脈に矢が刺さったふたりの首からは、矢をしゅに染めて、赤い糸のように血がき出している。他の男達が唖然あぜんとした瞬間、もう二の矢が放たれていた。さらに三人が倒れる。
 やっと我に返って、何が起きたかをさとった男達が、太刀たちを抜きかけたとき、半弓はんきゅう矢筒やづつを男達に向かって投げつけ、太刀たちを抜き放った千方ちかた達が、すでに飛び込んで来ていた。弓と矢筒やづつをその場に捨てず、戦いの場に投げ込んだのは、逃げ出す者が出たとき、素早くひろってるためだ。武具を投げつけるなどというのは、当時の常識としては論外である。
 先頭の男は太刀を抜きかけた腕を千方ちかたの振るった毛抜形太刀けぬきがたのたちで切り落とされ、悶絶もんぜつして倒れ、大地をころげ回る。赤い血が土に振りかれ、千方ちかたほお直垂ひたたれにもかかった。わずかな血の飛沫ひまつはすぐに地に吸い込まれ、腕の切り口から流れ出る鮮血は土の上で盛り上がって、少しずつ、不気味ぶきみに色を変えて行く。夜叉丸やしゃまる秋天丸しゅてんまるもそれぞれまた、ひとりずつ倒していた。
 男達は一斉いっせい後退あとずさりし、両者の間に間合いが出来た。奇襲を受け混乱した状態から、やっとのことで一瞬()け出ることができたのだ。千方ちかたに右腕を切り落とされた男は、わめきながら地を転げ回っている。すでに大量の出血をしているため、放っておけば、やがて失血死するだろう。そのさまが、男達の恐怖心をあおった。
 間合いを取ったとは言え、山の中腹に開けた台地でのこと、それ以上下がる余地は無い。おまけに、千方ちかた達はいつの間にか、男達と馬の間に入り込んでいる。彼等を倒さない限り、男達に逃げ道はないのだ。いくさでもなければ、遺恨いこんを持ったはたし合いでもない。逃げられるものなら、彼等はのがれたい。命までける理由などないのだ。
 しかし、逃げられないと分かったら腹がわる。ころげまわっている男を含めてあっと言う間に九人が倒されたとは言え、自分達は六人も残って居るのだ。ふたり一組で相手ひとりに当たることが出来るではないか。男達の誰もがそう思い始めた。
 異様いような騒ぎにおびえた馬達が騒ぎだし、そのうちの一頭が、甘く結んだ手綱たずなを振りほどいてけ去った。
 命をけた接近戦で、時代劇のヒーローのようにばったばったと切り倒すなどと言う芸当は、奇襲を受け混乱し、逃げまどう敵を討つ場合を除いて、出来るものではない。
 一旦動きが止まり、相手に状況を判断する余裕が出来たら、やはり数が物を言う。まして、この時代にはまだ“剣術”などという体系的な技術は生まれていない。個々に戦いの中で会得えとくしたすべは持っているにしても、要は、体力と気力が勝負を決する。
 一対一の戦いでは、先に息切れした方が負ける。疲労により体の動きが鈍くなり、相手の攻撃をけられなくなるのは、テクニックを駆使くしした現代のボクシングや格闘技でも言えることだ。まして、一時の混乱を脱して腹をくくった男達と、二対一となるこの戦いでは、千方ちかた側に勝ち目はまず無い。
 気持ちに余裕が戻ったのか、男達のうちのひとりが不敵に笑った。
「たった三人で、よくもここまでやってくれたものだな。だが、これまでだな。仲間のかたきは取らせてもらう」
 その言葉に勢い付いてか、他の男達の表情にも余裕よゆうが浮かび上がる。男達は、野伏のぶせりや野盗やとうたぐいではない。がらの悪い者も居るが、明らかに主持あるじもちちらしき者も居る。直垂ひたたれの上に胴丸、小具足こぐそくといったで立ちだ。
 男達はじりじりと間合いを詰め始めた。互いに汗が吹き出す。目に入らぬよう、眉根まゆねに力を入れ、盛り上げる。
 その時、千方ちかたがいきなり大音声だいおんじょうを発した。
「麿はさきの鎮守府将軍ちんじゅふしょうぐん藤原秀郷ふじわらのひでさとが六男にして、今は千常ちつね猶子ゆうし藤原朝臣ふじわらのあそん・六郎千方(ちかた)なり。うぬら、ただの野盗やとうとも思えぬ。主持あるじもちであろう、名乗れ! 」
「何を抜かす。いきなり襲って来て、これだけの者を殺して置いて、吾等われら野盗やとう呼ばわりするなど片腹痛いわ。野盗、海賊のたぐいまで、源平藤橘げんぺいとうきつ僭称せんしょうする昨今さっこん、何が藤原か。うぬらこそ盗賊であろう。吾等われらおおやけつかえる者。さて、八つきにしてくれようか。それとも、ひっとららえて、検非違使けびいしに引き渡そうか」
 目のぐりっとした小柄な郎等風ろうとうふうの男が恐怖心を押し殺して言い放った。
「何? おおやけつかえる者とな。それはそれは。そう言えば、武蔵権守むさしのごんのかみ(長官である“守”に準ずる官職)・源満仲みなもとのみつなか殿の郎等ろうとうに、確か似たような顔付きの男がおったような気がするな。とすれば、満仲殿みつなかどの吾家わがや荷駄にだを襲えと命じたということか? そんなはずはあるまい」
満仲みつなか”と言う名を聞いたとたん、男達の顔が一斉いっせい強張こわばったのを、千方ちかたは見逃さなかった。もとよりこの男の顔など見たことはない。かまをかけて動揺を誘ったのだ。
 男達が互いに顔を見合わせた瞬間。夜叉丸やしゃまる秋天丸しゅてんまるの手から、褐色かっしょくの玉が同時に飛び、ふたりの男の顔にそれぞれ当たった。玉ははじけ、茶褐色ちゃかっしょくの粉が舞い散った。
 当たった男達は、両手で顔をおおってしゃがみ込み、そばに居た二、三人も、舞い上がった粉で目を開けて居られない様子ようす。すかさず、夜叉丸やしゃまる秋天丸しゅてんまるがしゃがみ込んだ男達のそばに居たふたりに飛びかかり、胴丸の隙間すきまから突き上げるように蕨手刀わらびてとうで刺した。
 そして秋天丸しゅてんまるは、振り向きざま、もう一人の男のひざり、転倒させ、馬乗りになって喉笛のどぶえを切った。く息が血をくぐり、ひゅるーというまさに笛の音色ねいろに似た音がして、吹き上がり秋天丸しゅてんまるの顔を襲ったが、予期していたのか、あらかじめ顔をそむけていたため、血が目に入ることはまぬがれた。 
 その間、千方ちかたは先ほど問答もんどうわしていた男と太刀打たちうちし、左肩から袈裟懸けさがけに斬り倒していた。承平じょうへい天慶てんぎょうの乱以前には、主に直刀が使われており、切るよりは突くことが多かったが、蝦夷えみし蕨手刀わらびてとうした、りを持った太刀が使われるようになって以来、胴丸のような軽易な具足ぐそくを付けただけの相手に対しては、このような、切りく刀法が多く用いられるようになっていた。
 つぶてを受けて顔をおおってしゃがみ込んだふたりは、最早もはや戦う意欲は全く無くなり「助けてくれ」を繰り返し始めた。腕を切り落とされた男は、相変わらずうめきながら転げ回っている。
「ならば、まずは名乗れ。そして、何もかも白状致せば、命だけは助けてやらぬものでもない。言うてみよ」
 千方ちかたは押し殺した声で言った。
 実は、息が上がっている。それをさとられまいと、声を押し殺しているのだ。
「わ、吾等われらは、満季みつすえ様の郎等ろうとう
「何? 満季みつすえ? 満仲みつなか舎弟しゃてい満季みつすえか。の者は今、みやこるのではないのか? 」
吾等われらだけ、つい先日下せんじつくだって参った」
満仲みつなかに呼ばれてか? 」
左様さよう
満仲みつなかめ。流石さすがみずからの郎等を使うのはまずいと思ったのであろうな」
満仲みつなか様は武蔵権守むさしのごんのかみにんを終えられた後、みやこに戻り、左馬助さまのすけにんじられることを望んでおります。ついては、何かと物入りとなります」 もうひとりの方が卑屈ひくつに、千方ちかたに取り入ろうとし始めた。
「ふん、聞かぬことまでぺらぺらと、しゃべりおるのう。それほど命がしいか」
「何とぞ」
 いずれ、満仲みつなかとは一戦交いっせんまじえなければならないと千方ちかたは思った。だが、現職の武蔵権守むさしのごんのかみである満仲みつなかと正面切って戦うのは、今はまずい。朝廷を敵に回せば、それこそ、将門まさかどの二の舞となることは必定ひつじょうであろう。そう思った。
 千方ちかたはふたりに背を向けて数歩離れた。敵に背を向けるなど、このような時、絶対にしてはならないことだが、それほど、夜叉丸やしゃまる秋天丸しゅてんまるを信頼しているのだ。そして、千方ちかたは、息を整えるように大きく呼吸をした。「どうしたものか」そう思ったとき、「ぐわーっ! 」という声がふたつほぼ同時に上がった。
 振り向くと、夜叉丸やしゃまる秋天丸しゅてんまるが既にふたりを斬り倒し、夜叉丸やしゃまるが、腕を切り落とされた男のそばに走り、刺し殺そうとしているところだった。
夜叉丸やしゃまる! 」
千方ちかたが叫んだが、構わず夜叉丸やしゃまるは男にとどめを差した。
夜叉丸やしゃまる何故なにゆえ殺した! 」
 とがめるように、千方ちかたが強く言った。だが、夜叉丸やしゃまるは表情も変えない。そこに秋天丸しゅてんまるが口を挟んだ。
いくさとはなりますまい。こちらも武蔵権守むさしのごんのかみに正面切っていくさを仕掛ける分けにも参りませぬが、向こうとて、六郎様に正面切っていくさいどむ力はございません。何しろ後ろには、下野しもつけ一国いっこくが控えておるのですから。……となれば、夜叉丸やしゃまるの申す通り、六郎様のお命をひそかにねらうことになりましょう。吾等われらふたりだけで、六郎様のお命を守り抜くことは出来ませぬ。さとから人数を呼び寄せ、交代でおそばを守らねばならぬということになります。吾等われら、根が横着者おうちゃくものゆえ、出来ればそうならぬようしたいと思うております」
 わらべの頃から千方ちかたに従っている二人。黙って従うだけの郎党ではない。千方ちかたに取ってその方が為に成ると思えば、遠慮なく直言ちょくげんする。そして、千方ちかたもまた、それを聞く耳を持っている。

 しばらくのあいだ千方ちかたは身動きもしないで立ちつくしていた。
 殺戮さつりくいている訳ではない。この坂東で生き抜くためにはむを得ないことと思っている。荷駄にだを奪われれば、め合わせなければならない。その負担はたみの肩にのしかかる。それをけたいなら、何としても奪われぬこと。或いは、自らが他の者から奪うほかに無い。そんな時代であった。中途半端なことでは、何度でも襲われる。籐家とうけの荷駄を襲うことに恐怖を覚えさせなければならない。

 みやこからくだって来る受領ずりょうは、任期の間にいかに私服をやすかに専念し、たみから搾取さくしゅする。そのたくわえた私財をみやこの有力者にけんじて、次にもっと豊かな国の国守くにのかみに任じてもらうよう運動するのだ。だが、坂東のような疲弊ひへいした国に赴任ふにんした場合は、私財をたくわえるどころか、みやこおさめるべき米や布を調達することさえ困難な場合が多い。完納し、引き継ぎを済ませて、後任の国守くにのかみから、国衙こくがの財産の引き渡しの確認をしたむねの証書、解由状げゆじょうもらわない限り、二度と受領ずりょうの職を得ることが出来なくなってしまうのだ。
 受領ずりょう搾取さくしゅが激しくなり、官人つかさびとや有力者が同時に群盗でもあるという異常な状態を作り出したのは、朝廷の責任であった。
 土地とたみを直接管理し、定期的に田畑の状態や戸数・たみの数を調べて、それに応じた租庸調そようちょうを課すという面倒な手続きを放棄し、受領ずりょうに丸投げして、受領ずりょう個人の責任に於いて決まっただけのものを納めれば出世させ、納めなければ罷免ひめんし登用しないという、至って簡潔で楽な方法に変えてしまったことにすべて起因していた。
 短期的にかせげるだけ稼いで、さっさとみやこに帰りたがる受領ずりょうがいる一方で、王臣貴族おうしんきぞくの家系の者が地元の勢力と姻戚関係いんせきかんけいを結び、退任後も、“さきの何々様”と呼ばれ、地元に勢力を扶植ふしょくして行くということも片方にはあった。
 十世紀の坂東はおのが力のみが頼りの、まさに“自力救済じりききゅうさい”の世界だったのだ。

 昨年、平将門たいらのまさかどの子が入京したとの噂があり、満仲みつなかは、検非違使けびいし大蔵春実おおくらのはるざねらと共にこれの捜索を命じられた。
 つわものと呼ばれた当時の軍事下級貴族達は、本来の役職以外に、こういった場合()り出される。皇族や、三位さんみ以上のくらいの、公卿くぎょうと呼ばれる者達のために良くつくした。もちろん、それは、猟官りょうかんのためであり、いては蓄財のためである。特定の公卿くぎょうに対してというよりも、特に満仲みつなかなどは、万遍まんべんな無く奉仕し、また、貢物みつぎものなども、各方面にばらくのだから、源経基みなもとのつねもとの子ということもあって、朝廷での評判は至って良い。
 その代り、財はいくらあっても足りない。だが、富んだ国の受領ずりょになり、たみや富裕層からしぼり取れば元は取れるし、それどころか、何期か努めれば、莫大ばくだいな財を築くことも出来るのだ。何しろ、決まっただけの物を官に納めさえすれば、後は、すべて、自分のふところに入れることが出来る。そういう制度になってしまっていたのだから、搾取さくしゅに歯止めは掛からない。

 そんな時、武蔵守むさしのかみはいしながら、やれ、体の調子がすぐれぬだの、今年は方位が悪いだのと言って、なかなか赴任ふにんしない者が居るという話を耳にした満仲みつなかは、うまく工作して、まんまと、武蔵権守むさしのごんのかみの職を手に入れたのだ。
 青公家あおくげであれば、鬼や東夷あずまえびすの住むと言われる亡幣ぼうへいの国などに赴任ふにんしたくないと思うのは、当時としては無理からぬこと。
 しかし、満仲みつなかは、播磨はりま畿内諸国きないしょこくほどのは望めぬまでも、坂東は、言われるほど疲弊ひへいしていないということを知っていた。亡弊ぼうへいの国として、税の半分が免除されている上に、有力者達のうちで、ひそかに、新田開発が進められているのだ。
 満仲みつなか武蔵権守むさしのごんのかみとして赴任ふにんして来たのには、そんな事情と思惑おもわくがあった。

「時を移してはなりませぬ」
 秋天丸しゅてんまる千方ちかたかせるように言った。
「うむ」
 千方ちかたうなずくと同時に、夜叉丸やしゃまるは、半弓と矢筒を拾い、がけに向かって走り出していた。
 半弓と矢筒を投げ落とすと、血塗られた抜き身を引っげたまま、細い雑木ぞうきを左手でつかみ、そのままがけ沿って体をすべらせる。降りるというよりは、草や雑木ぞうきつかんだり、石や岩を軽く蹴ったりして減速しながらすべり落ちて行く。千方ちかたが続き、秋天丸しゅてんまるが続いた。

 あっと言う間に、下の沢に降りると、殊更ことさらに退屈そうな表情を浮かべた朝鳥あさどりが迎えた。
「おお、阿修羅あしゅらの殿のお帰りですな。遅いので、成仏じょうぶつしてしまわれたかと、心配致しましたぞ」
「ふん、相も変わらず、口の減らぬ年寄よな」
 手頃にたばねた藁束わらたば端布はぬの朝鳥あさどりから受け取ると、千方ちかたかたわらに流れている谷川に入り、太刀たちを洗った。夜叉丸やしゃまる秋天丸しゅてんまるのふたりは、手で洗い直垂ひたたれそでく。
 太刀を洗い終えると、三人は一旦岸に上がり、千方ちかたはそれを布でぬぐった後、さやおさめ、待っていた朝鳥あさどりに渡す。他のふたりは、そのまま小岩の上に置き、三人とも素っ裸になり、一斉いっせいに水の中に走り込んだ。河原遊かわらあそびに来た童達わらべたちのように、水飛沫みずしぶきを上げ、頭から水をかぶる。気持ちよさそうに血と汗と泥にまみれた体を洗いながら、夜叉丸やしゃまるの顔にさえ安堵あんどの色が浮かんでいる。“今日もまた、命をつなげた“という感慨かんがいであろうか。

 昔、この者達と良くこんな風に水遊びをしたなと千方ちかたは思った。
 朝鳥あさどりから受け取った新たなかわいた端布で体をくと、千方ちかた狩衣かりぎぬに着替えた。
 血と汗と泥にまみれた直垂ひたたれを、朝鳥あさどりが掘って置いた草陰くさかげの穴に手早くめると、さっぱりとした直垂ひたたれに着替えた夜叉丸やしゃまる達は、千方ちかたが乗るのを待って馬に乗った。
「上におる馬はしゅうございますな」
秋天丸しゅてんまるが言った。
「欲をかくとろくなことは無い」
 いつもの千方ちかたの答え方だ。
左様さよう
 朝鳥あさどり千方ちかたの言葉を引き取る。
「では、吾等われらはひと足先に参ります」
「裏道を抜けて、下野しもつけさとへ参るか? 夜叉丸やしゃまる。長老によろしくな」
「はっ。ところで朝鳥あさどり殿。穴掘りで、腰に来てはおりませぬかな。お年ですから、あまり無理はなさいますな」そうからかったのは秋天丸しゅてんまるの方だ。
「何を抜かすか。なれの墓穴も掘るつもりでおったわ。それは、又のことになったようじゃがな」
「では、御免」
 夜叉丸やしゃまるが馬の腹をって駆けだした。秋天丸しゅてんまる千方ちかたの方に頭を下げて、後を追う。

 千方ちかた朝鳥あさどり、それに、朝鳥あさどりの乗る馬のくら手綱たずなを結んだ、振り分け荷物をせたもう一頭の馬は、ゆっくりと街道かいどうに向って下って行く。

 少しも落ちた東海道を、残照を背に、のんびりと武蔵むさしに向かう主従の姿は、どこぞに用足ようたしにでも行った帰りのような風情ふぜいだ。

挿絵(By みてみん)
挿絵(By みてみん)
 棉包毛抜形太刀〈無銘(伝藤原秀郷奉納)
 上古時代の直刀から、後の日本刀の太刀姿に移行する過渡期の形態。この名称は茎の透かし模様が毛抜の形に似ているところから付けられたもの。また刀身と柄が共作り(一体)になっており、柄木を用いず茎をそのまま柄とする
猶子ゆうしとは
兄弟・親類や他人の子と親子関係を結ぶ制度。平安期より貴族社会を中心に行われ、鎌倉期以降は武家でも行われた。中国における本義は兄弟の子の意。わが国では、仮親の権勢をかりたり、一家・同族内の結束を強化するために行われた。養子とは異なり相続を目的としないというが、実際は明確な区別はなく、猶子ということで相続がなされる場合も多い。ときに両者をまったく同義で使用している場合がある。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ