魔王と勇者、じゃれあう
「お許しください、私は大変な罪を犯してしまいました」
手を組み膝を着き、頭をたれる。
格好こそいつものジャージ姿だが、累子は目を閉じ沈痛な表情を浮かべる。
「さあ、あなた達も」
そばにいた子供たちに声をかけ、同じように謝罪させる。
「神よ、どうかこのようにおろかな羊である私たちをお導きください」
再度頭をたれる。
子供たちも累子と一緒に頭をさげる。
落とし穴にはまった維委にむかって。
「ってあたりで許してくれないかなー?」
「とりあえず、助けてください」
そこには地面から上半身だけ出して、片肘ついてむすっとしている維委がいた。
先週の外国人による中傷発言以来、累子の前に姿を見せなかった維委であるが、今日は久々に勝負を持ちかけてきた。
それはもうとても元気に、いつもの公園に「勝負ですっ!」と駆け込んでくるほどに。
駆け込んできて、勢い良く落とし穴にはまり「ぷきゃ?!」と婦女子にありえない悲鳴を上げるほど元気に。
勢いが良かったために落ちた後、落とし穴のフチにぶつかり、反動で後頭部をぶつけていた。
その姿は若手の芸人に見習わせたいほどだった。
金タライがなかったことが、残念だ。とてもとても残念だ。
「いやー、ここまで見事に決まるとは思わなかったよー。そう意味でも誤っちゃおう」
「なんだか、字が違う気がします」
「気のせい木の精」
維委を引っ張りあげながら、鎧についた土を払う累子の周りで、子供たちが泣きそうな顔をしていた。
累子と一緒に落とし穴を掘った子供たちである。
いまどき見ない古典的な遊びに、喜び勇んで穴をほっていたが、ターゲットが維委とは知らなかったようだ。
それに気付いた維委は目線をあわせて「子供は元気が一番です」と笑う。
「でも危ないから、もうしちゃ駄目ですよ」
安心して笑顔になる子供たちの頭をなでる維委。しかし注意は忘れない。
車一台がすっぽりはまるような落とし穴。危険うんぬんというより、良く掘ったものだと感心してしまう。
「大丈夫。勇者にしか反応しない障壁張ってるから、関係ない人は落ちないわよ」
「ちゃかさないでください累子さん。私だから良かったけど、他の人なら……って落ちない?」
「本当です姫様。……凄い、見たことないですよこんな術式」
落とし穴の上に立っている従者が感嘆する。
一見すると宙に浮いているか、透明度の高いガラス板にたっているように見える。が、違う。
従者の足裏には地面の凹凸が感じられた。何もないのに、だ。
「真上にいるのに、仕掛けの痕跡も……いえ、発動している波動すらない。隠蔽結界……? でも違和感がまったくなさすぎるし」
ぶつぶつと自分の思考に落ち込む従者に、累子はVサインをだして胸をはる。
「暇だったから、ちょっと凝っちゃった」
「……そう考えると、無駄にレベルの高いイタズラですね、コレ」
あまり魔術素養がない維委には「イタズラ」でとまっているが、こっそりと見守っている警護員達は青ざめていた。
累子だからこそイタズラですんでいるが、これが罠なら? 誰にもわからない罠、それを防ぐ方法はない。
今回のも殺意があれば……地雷など持ち出さなくてもいい、ただ包丁を敷き詰めておけばいい。毒などは何処でも手に入る。それを塗っておけばさらに殺傷力は跳ね上がる。
警護隊長は最低でも上級魔術師資格持ちの隊員の増員を考え始めた。
「なんにせよ、元気そうでよかったよ」
「……先日は、見苦しいところをお見せしてしまいました。すみません」
「見苦しくはないわよー、世間に憤るのは若者の特権だもん。うーん、青春だねー」
ビシッと親指を立てる累子。
「今日はなんだか、いつもと違いますけど。良いことでもありましたか?」
いつもより高いテンションの累子に、維委は少し困惑を覚えた。
「維委ちゃんが見事に罠にかかりましたっ!」
「愚問でした……」
困惑は解消したが、変わりに怒りが沸いてきそうだ。
「まあまあ。そう言わず、今日もお喋りしようよー」
ベンチに向かって歩き出す累子、それに付き合いながら笑顔になる維委。
自分を心配してくれて、方法はともかく、元気つけようとしてくれたのだ。嬉しくないわけがない。
(やはり、友達とは良いものですね)
するとベンチの一歩前で、累子が立ち止まる。
不思議に思いながらその一歩踏み出した維委は、地面に飲み込まれた。
「二回も落とし穴にはまってくれるなんて、さすがよ維委ちゃん! そこに痺れないし憧れないっ!」
すっぽりと頭まで落とし穴にはまった維委。
今度のは先ほどと違い、幅は狭いもののとても深かった。
さすがにあせった従者や警護員が引張りあげようとする。
しかし穴に近寄ると、じりじりと後退し始める。
穴のそこから発せられる殺気、そして不気味な笑い声に威圧されたから。
「ふふふふふふふふふふふうぅ、るーいーこーさーんー」
のそり。
「あーっはっはっはっはっはっは、何かな維委ちゃん」
某井戸の女幽霊のように這い出てくる維委は、なんとなしに怖かった。
応える累子は珍しく、歯を光らせながら笑い返した。
「さすがに、やって良いことと悪いことがあると思うンデスヨ」
「だって私『黒い悪い子』だもーん」
一瞬にして空気が冷える。固まる。張り詰める。
「勝負です魔王っ! 私が勝ったら6時間説教コースですっ!」
「お断りしますっ!」
一歩目で音速を突破し、雲を引く維委。
それに対して、赤熱化しながら急上昇する累子。
高密度化した大気が周囲を襲う。
音が衝撃そのものとなって、公園内を暴れまわる。
従者が緊急展開した防御結界が、数瞬で限界に近づく。
魔術の心得がある警護員が従者のフォローするものの、そう耐え切れるものではない。
「やーめーてーっ?!」
「ちくしょー! 転属願いだしてやるー!」
「死んでも遺族手当てでねぇから、死ぬなよテメーら。予算ねぇんだからな」
「隊長のオニー! アクマー! マオー!」
「魔王はあっちだ糞ったれっ!」
警護員達の努力と涙によって、二人のじゃれ合いの余波は公園外には一切もれでなかった。
彼ら彼女らはまさに職務を果たしたといえるだろう。
その努力は危険手当という形で報われる。……といいな。
よく考えたら、初めて戦闘シーンとか書いたのかもしれない
まぁ、戦闘というかじゃれあいだけど