魔王、ケーキを焼く
「見つけましたよ、累子さんっ!」
買い物客で混雑する午後の商店街で、完全武装な維委が声を張り上げる。
勇者の剣を抜き放ち、身構え、歓声と拍手で受け入れられる維委。
何故なら従者と警護員が「はい、ここから前に出ないでね」「危ないですから、ロープ踏まないでください」と周辺の安全に配慮しているから。
ちょっとしたイベントになってしまっている。おひねりも飛んできそうだ。
「今日は絶対に逃がしません……皆勤賞の弔い合戦です。いざ、尋常に勝負っ!」
勇者の剣を突きつける。研ぎ澄まされた刃が陽光を反射し、累子の顔を照らす。しかし当の累子は、
「いやー。良いタイミングだね、維委ちゃん」
と紙袋を両手で抱えのんびりと笑う。
やっぱりジャージ姿である。
「クッキーおいしかったよ、ありがとねー」
「お口に合ったようで良かったです。お気に召したのでしたら、また……って違います! 今日は誤魔化されませんよ」
「お礼にケーキを焼こうと思ってるんだけど、一緒にどおー?」
「一緒にお菓子作り……いや、でも……友達と一緒にケーキ」
誤魔化されはしないが、葛藤はするようだ。
「……何ケーキですか?」
「んー? 簡単に、季節のフルーツ入りで、生クリームたっぷりなやつにしようかなー、と」
「今すぐ着替えてきますので、待っていてくださいっ!」
決闘騒ぎにはならないと判断した警護員が撤収準備をはじめる。中々に手際がいい。
そこから一人従者が離れ、維委に耳打ちする。
「勝負はよろしいのですか?」
「明日に持越しします」
ケーキで誤魔化されはしなかったが、釣られはしたようだ。
だって維委も女の子なのだから。甘いものが嫌いな女子はいません。
従者はそっとため息をついた。
「じゃあ、まずスポンジを焼きまーす。維委ちゃん、これ泡立ててー」
場所は変わってボロアパートの一室。つまり、累子の部屋だ。
物が少なく、さっぱりとした印象を与えている。
キッチンは小奇麗にされていた。少し意外。
「はいっ! お任せください」
維委は制服の上に、フリルがかわいいエプロンを着込んだ姿で腕まくりした。
従者もいつものスーツ姿から、エプロンドレス姿にフォームチェンジしていた。空気が読める従者である。
「では、いきます!」
全卵にきび砂糖、蜂蜜、水あめをいれたボウルに、勢い良く泡立てを突っ込む。そして電動ミキサーもかくやというほどにかき混ぜ始めた。
結果、材料は見事に飛び散り、エプロンをまだらに染めた。
「ちょっと予想外」
「……」
「……ごめんなさい」
順に累子、従者、維委である。
「そんなに力をこめなくていいから。……今度は生クリームをお願いしていいかなー?」
「……はい」
ボウルにとぽとぽとと移し変えた後、維委に渡し、びわ、メロン、さくらんぼを切り分けようとする累子。
すると「きゃあ」というかわいい声とともに、目の前に生クリームが落ちてきた。
失敗しないようにと思えば思うほど緊張し、手を滑らせたようだ。
「……ここできたかー」
「すみません、すみません、すみません」
「まあ、コレに関しては予想してたけどねー」
それからは……。
バターを溶かそうと熱湯を直接注ぎ込みむ。
卵は割れるものの、殻の半分以上が混ざる。
粉をふるいにかけようとし、くしゃみを連発する。
維委は全ての作業で失敗し、材料を無駄に消費していった。
従者は無言で掃除していたが、内心で「もうやめて、姫様のHPはもうゼロよ」と突っ込んでいた。
突っ込まずにフォローしろよ、と思うのは間違いではない。間違いではないが、顔にナマな生地を張り付かせ、頭から粉をかぶった可哀想な格好で憔悴している維委に声をかけるのは、それなりに勇気が必要だろうから仕方がない。
「ここまでされると、見事としか言いようがないわねー」
「……」
維委の肩がピクリと震える。
「大丈夫だよ、維委ちゃん」
そうつぶやくと、冷蔵庫から箱をとりだす累子。
「こんなこともあろうかと。昨日のうちに作っていたケーキがこれです」
某3分クッキング張りにいままでの工程や、維委の努力を無にする累子であった。
どや顔で胸を張る累子に、維委が抱きついた。
「累子さんごめんなさぃ~」
涙声であやまる維委の頭をなでながら、累子は本当に可愛い子だと笑う。
「お茶を淹れとくから、頭洗ってきなさいなー」
生クリームは冷やすと角が立ちやすいといいますが、実はもっと簡単な方法もあります
ほんの数滴のレモン汁と入れると、即効で固まります
ちょっと調節が難しいですが、すっごく楽です
一度お試しください