魔王、罠をしかける
天王維委は勇者である。
勇者の一族の直系であり、現国王でもある父親から直々に勇者の剣を継承している。
その際に兄の「ごめんな維委、ちょっと研究が忙しくてさ」とか、姉の「剣振ると、二の腕が太くなるのよねぇ」といった声が聞こえたが、気にしてはいけない。
気にしても勇者は勇者なのだから、気にしないほうが精神的に良い。
そんな彼女は16であり、花も恥らう未成年である。
未成年が平日の朝というと、寝坊か通学と相場が決まっている。
そして維委は、寝坊などしたことがなかった。
彼女は勇者の名においての無遅刻無欠席を誇っていた。
「をを、維委ちゃんじゃないか」
余裕を持って通学している維委の前に、ひょっこりと累子が現れた。
「おはようございます、魔王さん」
驚きながらも礼儀正しく頭を下げる維委。流れる黒髪をつぃとおさえる指先がお嬢様育ちだと感じさせる。
従者も同じように「おはようございます」と頭を下げる。通学に従者が居るというのもさらにお嬢様っぽい。
実際にお嬢様というか、お姫様なのだから当然だが、ここまで定型的お嬢様というのも珍しい。
「やだな魔王さんだなんて。累子でいいよー」
「名前で呼び合うなんて……友達でないと許されないはずでは……」
維委は従者より「友達であれば名前で呼び合えますが、知らない人から呼ばれるのは不快感しか与えません」と教育されていた。
間違ってはいないが、厳しすぎる気もする。友達ができない一端は、こうした堅苦しい教育にあるのかもしれない。
「何言ってるの、友達とかどうとか」
「そうですよね、私と魔王さんは……」
怪訝そうな累子の表情に、落ち込む維委だったが、
「魔王じゃない、累子。……私たちはもう、友達でしょー」
との累子の友達宣言で法悦の域に突入した。
先日、絶望は希望を味わってからのほうが奥深いと実感した維委であったが、逆も真なりと新たに学んだ。彼女が学ぶべきことはまだまだ多いようだ。
お花畑で手をつなぐ自分と累子という絵で占められている彼女の脳内には、あまり新しい事柄は入らないように思えるが。
トリップする維委に従者は嘆息するが、累子は笑う。
素直でかわいくて楽しい子だと。
「維委ちゃんのその制服って、御門高のだよねー。頭良いんだ」
緋色の少し丈が短い特徴的なブレザーと、ひざ下まであるチェックのスカートをくるりくるりとひるがえしながら回転する維委に、累子はスルースキルを遺憾なく発揮した。二千年以上生きていると、多少のことでは動じなくなってしまうものだ。
ちなみに御門高とは宮内省の外局として設立された、官立御門院高等学校の略称である。
幼年舎から大学まであるマンモス校であり、進学コースの偏差値はびっくりするほど高い。
「え、ええ、はい。私の一族は、御門院に学ぶのが慣わしですから」
「そっかー勇者だもんねー。王族だもんねー。学生さんも大変だ」
キャッキャウフフな妄想から戻ってきた維委に、妙に年寄りくさいことをいう累子。
そんな累子は今日もジャージ姿だ。
維委の衣装係も兼任している従者からすれば、見目麗しいのだから、すこしは着飾ればよいのにと思わなくもなかったが、口にはしない。怖いから。
「いえ、私はまだまだ未熟者ですから。……る、累子さんはこれからどちらに」
「んー? 私は日課の図書館通い」
ほら、向こうにある王立図書館。と指差す。
「あそこって、色々置いてあっておもしろいのよねー」
「はい、私もよく利用します」
「そうなんだ。じゃあ、私が書いた本を読んでるかもしれないねー」
「作家さんだったんですかっ?」
「作家じゃないよー。『核撃魔法に二重圧縮と三唱和が必要なわけ』とか『やさしい竜の味噌煮込みのつくり方』とか『靴下から脱がすのが美学、靴下だけ残すのがエロス』とかだもん」
「うーん。読んだことないです、今度探してみますね」
最後二つはともかく、核撃魔法に関する書物は全て禁書扱いだから確実に見つからない。一般人が等一級戦略魔法を放つ世界は、そう遠くないうちに滅びると思う。
最後の二つにしても、靴下のエロスについて勉強しても仕方がないだろうし、絶滅危惧種な竜を味噌煮込みにしてしまったら駄目だろう。
「立ち話もなんだし、そこのベンチに座ろっか」
「そうですね」
二人が居る街は千年都市と言われる歴史ある古都であり、世界中から観光客が訪れる観光都市でもある。休憩用のベンチはいくらでもどこにでもある。
累子はのんびりと、維委はいそいそとほほを染めながら腰を下ろす。
それからは学生生活や、遺失魔法、3分クッキングなど取り留めなく語り合った。
重要なこと他愛もないこと、そういった区別は二人の間にはなかった。ただただ話し合うという行為が楽しかった。
従者は妙なことを吹き込まれないかと冷や冷やしていていたが、二人はまったく気がつかなかった。
「累子さんは凄いですね。学校にもこんなに博学な先生はいませんよ」
「まぁ、伊達に長生きしてないからねー」
遠くからチャイムの音が聞こえ、二人は一区切りつける。のども少し渇いてきたし。
「そろそろ図書館も開くし、私、行くねー」
「はい、またお会いしましょう」
「またねー」
友達って、やっぱり素晴らしい。ただ話す、それだけのことがこんなにも楽しいなんて知らなかった。
維委は立ち去る累子にひらひらと手を振りながら、友達ができた喜びをかみ締めていた。
「嬉しそうですね、姫様」
「ええ。いまなら空もとべそうな気持ちですよ」
「空を飛べたら、なんとかなったかもしれませんね」
「……?」
従者の意味不明の言葉に小首をかしげる。
再び遠くのでチャイムがなるのを聞いた維委は、血の気が引く音も聞いた。
「先ほどのは予鈴で、今のが本鈴です。飛んでも無理でしたね」
「か、皆勤賞が……」
「ご愁傷様です」
勇者の名において誇っていた無遅刻無欠席は、魔王の名においてあっさりと止められてしまった。
図書館への道のりで、累子が「かかかかか」と厭らしく笑っていた。
官立御門院高等学校の元ネタは学習院です
制服はオリジナル設定ですけどね
ここまでいうと、ピンと来た人もいるでしょうが、不敬とかいわないでくれると嬉しいです
そんな気持ちはないです
国旗掲揚も国歌斉唱も、もっとするべきだと思っています
本当ですよ?