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勇者、魔王に逃げられる

 暖かな春の日差しの中、公園でドワーフの親子が鬼ごっこをしていた。

 ─貴金属への愛と知識で科学技術を支えてきた種族だが、色々あって、今は普通の人となっていた。

 走るドワーフの子供を見ながら、ワーウルフのカップルが「あんな子供が欲しいね」「うん」と愛をささやいていた。

 ─獣の力と人の知性、月夜を疾走する戦士の一族。だが今は、やっぱり色々あって、普通の人になっている。


「今日こそ勝負です、魔王!」


 そんなのんびりとした昼下がりの公園に、勇者……維委の声が響き渡る。

 ベンチに座って本を読んでいた魔王……累子は、やっぱりジャージ姿だった。

 あちらこちらで「わー、王女様だー」「きれーい」「税金の無駄使いだよなぁ」などという声が聞こえてくるが、維委は一切を無視した。


「人違いです」


「あなたが黒岩累子さんであることは、しっかりと確認いたしました! ゆえに勝負です!」


「やだ、めんどくさい」


 累子はそういうと、本を読み始めた。髪と同じ赤い瞳は、あっさりと維委から視線を外す。


「せめて、コレを読み終わるまで待っててよ」


「わかりました」


「わかっちゃうんですね、姫様……」


 焼き菓子の詰め合わせを抱えるエルフが嘆息した。

 天王家に仕えて長い彼女は、維委が世間知らずかつ素直なところに一抹の不安を感じながらも、ハンカチを敷き「こちらにどうぞ」と維委にベンチを勧める。

 従者である彼女は当然座る気などなかったが、維委がポンポンと自分の隣を叩くので仕方なしに座った。

 主人の好意を無下にするのも、失礼にあたると考えたから。

 ベンチに座りながら「まだかまだか読み終わるのはまだか」といった、マテをされた犬のような維委にまたため息を吐く。

 そして、こっそりと累子を盗み見る。

 彼女が読んでいる本の背表紙には『大西洋大決戦!シリーズ 超魔級空中要塞戦艦あらわる!』とかかれてあった。

 どうも超兵器モノや架空戦記モノといった小説らしい。

 当の本人が楽しそうに読んでいるのだから、突っ込むのは無粋だが、敗戦側の魔王が読む物として正しいのだろうか?



「ふぅ………可変戦闘魔物サイコー」


 小説内にでてきた変形する魔物の描写を思い出しながら、ご満悦な累子はにぃぃぃぃっこりと笑った。

 笑顔だけは魔王らしく黒いものを感じさせる。ジャージ姿だけど。


「読み終わりましたね? もう一回読むのなしですよ? いざ尋常にしょ」


「で、誰?」


 勢いよく立ち上がり、勇者の剣を抜こうをする維委をあっさり無視し、エルフに声をかける累子。


「私は天王維委! 37代目勇者で」


「いや、違くて。そっちのエルフの人なんだけど」


「わ、私ですか?」


「うん。良い匂いがする」


 その言葉に、色々と葛藤していた維委の表情が明るくなる。

 ちなみに葛藤というのは「私は影が薄いのでしょうか?」や「魔王に無視される勇者って」などである。


「今日はお土産を持ってきていたのを忘れていました」


「お土産?」


「はい。手ぶらでは失礼かと思い、我が家に仕えるパティシエによる焼き菓子などを」


「をを! それはありがとうね、維委ちゃん」


「『維委ちゃん』っ!?」


 勇者の一族は色々あって、飾りとはいえ王族となっている。そんな一族に産まれた彼女にとって、家族以外から「ちゃん」付けで呼ばれたことなどなかった。

 さらにいうなら、友達呼べる相手もいなかった。

 畏怖され敬意を受ける者、高みに立つ者、それが勇者。対等な者がほとんどいない。対等でなければ、友情などなかなか育たない。

 対等でなければ、友情よりも利害が先に来てしまうから。


「うん、維委ちゃん。ちゃん付けは駄目かな?」


「いいえっ、是非是非そのままでっ」


 家族以外には、従者か、敵か、護るべき存在しかもたなかった維委。

 そんな彼女にとって、「維委ちゃん」と呼ばれることは、あきらめていた幸福が手に入るかもしれないという予感を与えていた。

 彼女は友達が、本当に、本当に、友達が欲しかった。


「うん、わかった。お菓子ありがとねー。維委ちゃん、またねー」


「はい、またお会いしましょう」


 友人との再開の約束「またね」、これがどれだけ嬉しいことか。

 しかもまた維委ちゃんと呼んでくれた。

 維委は感動に身体を震わせ累子を見送った。

 ああ、この感動をわかちあいたい! 私がこれほどの喜びを得ていると、世界中に知らせたい!


「あの、姫様……」


「はい、なんでしょう。私は彼女と友達となったこの感動をあなたにも分け与えたいと考えていますが、どうすればよろしいのでしょうか?」


「魔王さん帰りましたけど、決着はどうなさるので?」


「あ」


「さらに言わせていただきますと。二度しかあっておらず、手土産を渡しただけの間柄は、友達と言い切れないのでは?」


「で、では、累子さんと私の関係は、何になるのですかっ?!」


 従者は妙なテンションになっている維委を華麗にスルーし、事実を淡々と告げる。


「せいぜいが知り合いといったところですか」


「ううう、私、初めて友達ができたと思ったのに」


「友達というより仇敵、では? 勇者と魔王ですし」


「友達より先に仇敵ができるなんていやですぅぅぅぅっ!」


 泣き崩れる維委。絶望は希望を得てからのほうが深いというのは、本当のようだ。

 維委を追い込んだ従者は、姫様を連れて帰るのに自分だけでは大変だと判断し、周辺にいるはずの警護に手を振る。

 泣き崩れる維委に嘆息する彼女こそが魔王じゃないのかと、警護員が思ったとか思わなかったとか。



超魔級空中要塞戦艦の元ネタは、超時空要塞マクロスです

可変戦闘魔物は当然ヴァリアブルファイター(VF)が元ネタ……とみせかけて、実はヴァジュラです


いいよねマクロス


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