【9 再談判】
広間へ入っていくと、魔王様は昨日と同じように玉座にかけていた。相変わらずさまになっている。まあ、魔王なんだもんね、さまになってなければ変か。
「魔王様! お妃さまがお話があるとのことですぞ!」
バルトが広間いっぱいに響き渡るような声で言った。魔王様は立ち上がることもせずに、言う。
「何だ? 余と結婚する気になったのか?」
どこをどうとったらそんな極端な結論が飛び出してくるんでしょうね。私は玉座のある場所まで歩いていくと、真っ向から魔王様を見た。
「残念ながら違います。お願いがあって来ました」
「ふむ、言ってみるがいい」
私はのどをごくり、と鳴らして昨夜少しだけ考えた要望を口にした。
「せめて昼間の間だけでも帰してもらえませんか? 仕事があるんです。ずっと休んで首にでもなったら困ります」
「却下」
魔王様はにべもなく言い切った。私は、昨日の疲労祭りの最中、これくらいなら許されるのでは、と考えた案をすぐに却下されて、すこしムッとした。
「検討もしてくれないんですか?」
「する必要がどこにある。お前は余の妃になるのだぞ? 今は猶予期間を与えているに過ぎぬということを忘れるな。お前の生活に必要なものは全て余が揃える。仕事などせずとも、お前が生きていくのには何の不都合もない。以上だ」
「じゃあ、せめて外に出して下さいよ。息がつまります」
「却下」
私はうめいて、もっと上手い考えはないものかさがして、ふと思う。
「もし、私がここにいても雨が降らなかったらどうするんです。もういらないからってもとの場所に戻された場合、暮らしていけないじゃないですか!」
「大丈夫だ。自分の行いには責任を持つ。それが君主というものだ。例えお前が雨乞いに失敗しても、死ぬまでの面倒くらい見てやる。以上」
ああそうですか。私は何を言っても無駄だとわかって肩を落とした。
「わかりました、失礼します」
「いつか色よい返事が返ってくるのを待っているぞ」
魔王様は微笑をうかべて言った。破壊力に変わりはない。けれど、少し慣れてきた私は薄笑いをうかべただけだった。
それよりも、一生をこの赤茶けた場所で過ごさねばならないと思うと、うんざりしてくる。しかも、部屋はあのありさまだ。そう思ったとき、私はひとつ思いついた。少しだけ、快適に過ごす方法を。
「そうだ、出られないなら、あのお部屋の模様替えをしてもいいですか?」
「何だ、あれでは不満だったのか。地上の若い娘が好む本を取り寄せてそのようにしてみたのだが、なぜ早く言わなかったのだ、すぐに配下のものを呼んで……」
そんなことしてたのか。
私は魔王が若い女の子向け雑誌を眺めているようすを想像して吹き出しかけた。お、面白い。見られなかったのが残念なくらいだ。
しかし、またぞろ、魔物の皆さんが大挙して押し寄せるのは困る。皆丁寧に対応してくれるけれど、やっぱり、まだ見た目が怖すぎる。こればかりは慣れようとしてもすぐに慣れられるものではない。
なので、私は慌てて言った。
「いえっ! お手伝いしてくれる方が少しいればいいですから、ガーグもいますし、あとは……」
私は振り向いてバルトを見やる。彼はすぐに気づいてくれた。少しでも顔見知りにいてもらったほうが安心する。私はほっとした。
「おお、我は構いませんぞ! どうせいつも城の中を巡回しておるだけですからな」
「そうか? 必要ならば誰でも呼びつけて使うがいい。欲しいものがあれば、城の物置にさまざまなものがあるから好きに使え。ただし、中には危険なものもあるからな、バルト、気をつけるのだぞ」
「はっ! 仰せの通りに。それではお妃さま、戻りましょうぞ」
「はい。それじゃあ、また」
私は少し遠慮気味に別れのあいさつをする。魔王は少し寂しそうな顔をしていた。いや、気のせいだろう。私はそのままきびすを返し、ガーグとバルトをともなって広間を後にしたのだった。