【7 晩餐】
かんべんしてよ、なんで傷心なのにこんな目にあわなきゃならないの?
広間に向かって、拡声器で叫んでやりたい気分だ。
着替えさせられた私が連れてこられたのは、玉座のある先ほども来た大広間。
とうぜん、あの気持ちの悪い目玉のついた通路を通り、やわらかいなぞの手すりにつかまりながららせん階段をいくつか下りてやってきたのだ。目の前にはものすごく長いテーブルがいくつもつなげられて置かれており、その上には良いにおいを放つ食べものがところ狭しと並んでいる。
じっくり見ないと料理の内容はわからないが、今はそれどころじゃない。
ああ、このまま消えてしまいたい。
注がれる無数の視線で胃が足もとまで落っこちそうなくらい重い。
なぜなら、永遠とも思えるほど長いテーブル席には、魔物たちが片端から腰を下ろしており、その目玉はすべて私を見ていたからだ。もう色々と怖すぎて倒れてしまいそう。そんな思いを押し込めて、私はガーグに引っ張られるまま、上座に向かって歩き始めた。
この悪夢はどうやら覚めてくれないらしい。
やがて、一番の上座に来ると、美麗な魔王が少し前に見たのとまったく変わらぬ出で立ちで銀の酒杯を持っているのが見える。魔王は私に気づくと、杯をかかげてほほえんだ。
「ようこそ、我が妃よ。その姿は可愛らしい月の精のようだな。お前の美しい瞳が余に向けられる日が来るのが待ち遠しいぞ。さあ、今宵の宴はお前のために開いたのだ、存分に楽しむが良い」
「は、はい」
全身が粟立つような口説き文句を吐かれ、私はもうどうしたらいいかわからなくなった。そのまま、ガーグに引っ張られて魔王の横に座る。
ありがとうガーグ。君がいなかったら私はもう一歩も動けてない。
心の中でそんなことを思いつつ、呆けたように目の前の大皿を見ると、なぞの生きものの丸焼きがあった。他にも、見たことのない植物がサラダのように刻まれて和えられていたり、少し色が毒々しすぎる緑色のゼリーが揺れている。パンにいたっては炭かよと突っ込みたいくらいまっ黒だったり、逆に真っ白だったり、綺麗なグラスに注がれている飲みものは、美味しそうに泡立ちながらもテーブルにでろでろとスライム状になってこぼれていた。
あはは、なんですかねこの料理たち。食べたら毒にあたって死にそう。だって色が変だよ? まあしょうがないか。人間の食べものじゃないもんね。うふふ。
正気が薄れていく中、隣の魔王様が立ちあがり、言う。
「さあ、宴の開始だ! 皆、思う存分飲み、食べるが良い! 乾杯!」
『乾杯ー!』
魔物たちがそれぞれの杯を打ち鳴らして、食事がはじまった。魔物たちが食べものをがっついている光景は見ないようにする。ただでさえ消えかけている食欲がさらになくなってしまうからだ。
こんなストレスフルなことがつづくようなら、食べておかないと体力が持たない。何でもいいので、食べても危険そうに見えないものを探す。
やがて私は困惑気味に、近くに置いてあった、何とかのどに押し込めそうなゼリー寄せを引き寄せて、フォークでつついてみた。何かの肉片が入っている。何の肉だろう。しばらくゼリー寄せとにらめっこした結果、私はあきらめた。
無理だ。よほどお腹が空かない限り、口に入れられない。
すると、飲みものなどを給仕しているあの猫たちのひとり?が私のところへやってきた。手に、よくレストランで見る、銀色のボウルをひっくり返したようなふたをした皿を持っている。
「お妃さまにはこちらを召し上がっていただくようにとのことです」
猫はそう言ってふたを取った。すると、中からなじみのある食べものが現れる。
牛丼だった。
「え、あの……?」
「余が用意させた。いきなり魔界の食べものに慣れろというのも難しい話だと思ってな。以前にそなたのように連れてきた人間の妃は、それですぐに死んでしまった。二の舞はごめんだ」
私は魔王の気づかいに一瞬感謝したあと、すぐに背すじが寒くなった。
つまり、ここにある何かを食べたら死ぬということだ。私はテーブルの上を見渡して、どれがそれなのだろうと考えた。
「その魔界草だ。それには決して口をつけるな、今お前がつついているゼリー寄せは食べても平気だ。魔界の酒脂豚の肉が入っている。他の人間にそれを食べさせたが影響はなかった。ただし、アルコール度数が非常に高いから酔う、気をつけろ」
無表情で魔王は言い、酒杯を傾けた。
私は、どう反応して良いのかわからないが、とりあえず言った。
「……ありがとうございます。それじゃあ、頂きます!」
私は手を合わせて言った。魔王は、そんな私をほほえましげに見てくる。その笑顔の破壊力はやはり抜群だったが、それでも結婚は嫌だった。
目の前の牛丼からは、なじみの美味しそうな匂いがしてくる。給料がピンチのときには、よくお世話になったものだ。私は、さっそく食べはじめた。
美味しい。やっと少しほっと出来た気がする。
そうして何とか食事を終え、最後にまたしても魔王様に恥ずかしい口説き文句を吐かれたあと、私はあの恥ずかしい部屋へ戻り、ドレスよりはまだましな、青いワンピース風の寝間着に着替えてベッドに横になった。
「はぁ、これで夢オチが来ればいいんだけどなあ」
望み薄な気もしないではないが、私はそうぼやいて、目を閉じた。
幸いなことに、疲れすぎたせいか失恋の痛みを思い出すこともなく、私は熟睡したのだった。