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雨花の花嫁  作者: 蜃
第十話
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【63 魔石に誓いを】

 その空間は、まるでフラスコを横に倒したような丸い形をしていた。床は平らで、中央に夜空を固めたようなりんご大の石が置かれている。石の周りには、ガラス越しに宇宙空間を見ているのでは、と錯覚するような星空が広がっており、私は思わず足を出すのをためらった。


「何だか落ちちゃいそう……」


「大丈夫だ。気になるならつかまっていればいい」


「うん」


 言われた通り、私はジェズアルドの腕につかまった。足を踏み出してみると、固い感触が返ってくる。ちゃんとした床があるのはわかっていても、空に飛び出すような感覚がぬぐえない。


 少しずつ歩いて、魔石の側へ行くと、ジェズアルドがひざまずいたので、私もそれにならう。彼はしばらく魔石を見つめたまま、黙っていた。私も、声を出して良いのかわからずに黙りこくる。その場所は静かで、名前に反して神聖な印象を持っていた。


「良かった、魔界は正常だ。余の力も全く元通りになっている」


「見てわかるの?」


「ああ。では、誓いの言葉を述べよう。石に触れながら『永久に互いの半身となることをここに誓う』と言えば、全てが終わる……さあ」


 右手をとられ石に触れさせられる。私はわかったと言うようにうなずいた。呼吸を整え、少し前にジェズアルドが言った言葉を頭の中で反芻する。石に触れた指先が、ほんのりと温かくなった。何か、強い力が流れ込んでくるような感覚に、私は酔ったような気分になる。


「同時に言おう……いいか?」


 私がうなずくと、ジェズアルドの口が開いた。私はそれに合わせて誓いを述べる。


『永久に互いの半身となることをここに誓う』


 声は綺麗に重なり合った。


 これでいいのかなと思っていると、まだ石に触れたままの指先から、何か黒くて大きいものが私の身体の中を通過して行ったような感覚に貫かれる。全身の体温が一気に上がってから冷えたように、体の中心が重い。


 私は体力が一気に奪われたように疲れを感じて、思わずジェズアルドにもたれかかった。軽く息があがっている。何だったのだろう。


「な、何かが今……私の身体の中を通って行ったように感じたんだけど」


「そうか、では、儀式は成功だな」


 見上げた顔が、嬉しそうにほほ笑んでいる。それだけではなくて、瞳の底に、ようやく獲物を捕らえたみたいな恍惚としたものが揺れていた。理由がわからず、眉をひそめる。すると、ジェズアルドがいきなり謝ってきた。


「水紀、すまないな。実はひとつ、儀式に関して言っていなかったことがある」


「え?」


 まさかここでそんな爆弾発言が飛び出すとは思っていなかったため、私はただ驚いた。


「人間は、長くても百年程度しか生きられないだろう?」


「まあ、そうだけど」


「だが、余はこの魔界が滅びぬ限りは消滅しない。まだ何千年も生き続けることになる訳だ。だから、魔王の妃となる者は、一度生物として死を迎えることとなる」


 私は一瞬思考が停止した。今、ジェズアルドは何て言った? 死を迎える?


「つまり、私は一回死んだってこと?」


「そうだ。そして、別の生物として生まれ直すことになる……魔王と同じ存在としてな、石に目を映して見てみると良い」


 言われるがまま、私は魔石の表面に自分の顔を映して見る。鏡ほどはっきりとは見えないが、虹彩がそれまでの黒褐色ではなく、深紅に変化していることがわかった。


「……ようするに、私は一度死んで、ジェズアルドと同じ種族になったって事?」


「ああ、もし嫌がられたらと思うと言えなかった。すまない……しかし、余はどうしても水紀に側にいて欲しかったのだ。許してもらえるだろうか?」


 ――そう言われても、正直全く実感がわかないんだけど……。


 私は、どう答えたものか迷った。彼の側にいると決めたときから、もう元の場所に戻るつもりはなかったから、魔物になっても特に困ることはない。それどころか、戦いの中で足手まといになっている自分が嫌でたまらなかったのだ。


 だとしたら、何を気にすることがあるだろう。


「いいわよ、だって私も側にいたいから」


 そう答えると、もの凄く強い力で抱きしめられた。背中から、ひとつ大きなため息が聞こえる。私は彼の背中を叩いて、思わず笑った。


「なぜ笑う?」


「だって、嬉しいから。わざわざ隠しごとしてまで誓わせたかったなんて」


 今まで、誰かに執着したこともされたこともないから、ただ嬉しかった。必要とされること。例え相手の迷惑になったとしても側にいて欲しい、側にいたいと願うこと。絆があること。ひとつひとつが嬉しくてたまらなかった。


「最高に嬉しいの、ありがとう……私を選んでくれて」


 告げると、体が離れた。赤い瞳が私を映す。顔が近づいてくるのがわかっても、私は逃げなかった。どんなことがあっても、私は彼から逃げたりしない。


 やがて静かに唇が重なった。



  ◆ ◆ ◆


 その夜は、初めてふたりだけで過ごした最初の夜となった。


 

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